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1・幼少期〜学園入学まで
1-8・青天の霹靂と僕にとっての僥倖
しおりを挟む思えば。ティアリィが僕と違って倦むことがなかったのは、ひとえに転生者だったからではないかと思う。
世界がつまらなくはないということをはじめから知っていたのだろう。
勿論、生前の記憶はひどく朧気なようで、初めて人が叱られるところを見ただけで混乱していたが。
産まれた時から記憶を持っている者にはよくあることらしい。だんだんと歳を経る事に忘れていくのだ。しまいに具体的なことなど何も覚えていなくなる。意外に習慣的なものや身に染み付いた価値観などは残るままなことも多いようだけど。
ティアリィははじめから知っていた。世界がつまらなくはないことを。だから世界に倦むことがなかった。
何せ以前の世界では魔法そのものもなかったらしく、倦むも何も魔法の使える世界と言うだけで面白く感じていたのだとか。
ティアリィが自身が特別だと言う自覚がどこが薄い理由もそんなところから来ているのかもそれない。
とにかくティアリィは僕と同じで、だけど初めから違っていたのだろう。僕にはそんなティアリィはひどく眩しくて。知れば知るだけ、一緒にいれば一緒にいるだけ、どんどんますます際限なく。僕はティアリィにのめりこんでいく。
ティアリィ、ティアリィ、ティアリィ。
僕の全部は彼で出来ていた。
だからだろうか。僕の祈りが、何かに届いたのか。
ティアリィが僕の遊び相手となった次の年には、ティアリィの婚約者であるアルフェスがやはり遊び相手として、ティアリィと一緒に王宮に上がってくるようになった。アルフェスも侯爵家の人間なので何らおかしなことではない。その更に翌年にはルーファ嬢も。
ティアリィの弟とは、彼自身の魔力的欠陥もあってほとんど顔を合わせることがなかったが、だから僕はアルフェスとルーファ嬢とも、なんだかんだと一緒に育っていくこととなる。その中でも、一番親しいのはティアリィ。同じ年だったし、何より僕自身が彼だけを望んでいたからだ。周囲の気遣いも、もしかしたらあったかもしれない。ティアリィはアルフェスやルーファ嬢の倍ぐらいは足しげく、僕の元へと通うこととなっていたのだから。
そうして日々を過ごすことで、僕は気付いたことがあった。
ティアリィはもしかしたらルーファ嬢のみならず、自分より年が下の者や、幼い者、女性や、立場が弱い者全てに等しく対応が甘くなるのではないかということだ。
だって、体つきだけならティアリィより大柄なアルフェスにだって、年下だからだろう、対応が甘い。勿論、ルーファ嬢は格別なのだが、ティアリィは基本的にアルフェスのことだって甘やかしていた。アルフェスの望むことは出来るだけ叶えて、アルフェスの望む通りに振舞って。
そんなティアリィを見るアルフェスの眼差しと言ったら!
明確な好意が、そこにはあった。逆にティアリィの方には欠片とてそんな気配はなかったけど。
多分ティアリィはアルフェスのことも、守るべき相手、庇護すべき者として認識している。おそらくは保護者のようなつもりでいるのではないだろうか。
それも転生者ゆえだろうか。ティアリィにしてみると、子供の我が儘を大人の寛容さで叶えてあげているだけなのかもしれない。
だから対応が何処までも甘くなるのだ。
その範囲がどうも物凄く広い所は見ていて何とも言えない気持ちになったが、僕は同時に分かっていた。
僕自身がティアリィの中で、その枠には入っていないということをだ。
僕はティアリィにとっては、守るべき相手ではないのだ。
僕が同じ年で、誕生日も数日とはいえ早くて、体格だって初めて出会った時から、ティアリィに勝っていたからだろうか。公爵家より立場が上の王族だから? もしくはティアリィほどではなくても、全てにおいて他の追随を許さない程度の優秀さを誇っているから……その全てかもしれないし、単純に、初めての出会いの印象を引きずっているだけなのかもしれない。
とにかく僕はティアリィにとって対等で、守ろうと気負わなくてもいい、気遣わないで済む存在であるらしく。そんなの、嬉しくないはずがない。
だって僕はティアリィに守ってほしいわけではないのだ。僕がティアリィを守りたいのだ。否、本当は彼と触れ合えるのなら何でもいいのだけれど、出来ることなら。
ティアリィが僕といる時に気を休めることが出来るというのなら。今の僕には、もう、それだけで。
そして何よりもの僕にとっての僥倖は、どうやらティアリィはどちらかと言わずとも、そうして誰かに自身を委ねることをこそ、心地よく思うような性質であるらしいこと。
僕と二人だけの時にこそ気に抜けた顔を、何処か安堵と共に向けてくれること。
何よりもティアリィの婚約者であるはずのアルフェスもまた。ティアリィと同じような、あるいはそれ以上に、誰かに守ってほしいと望むような性質であるらしいこと。
そんな状態でティアリィとアルフェスが、将来上手くいくはずもない。
僕は笑う。
なかなかそのことに気付かなかったらしいティアリィも、うちのタラクが産んだ子猫がきっかけだったのか、アルフェスにかなり決定的なことを言われたらしく、珍しくも弱り切った様子で項垂れていた。
曰く、アルフェスは将来、ティアリィの子供を産みたいのだとか!
でもティアリィにはアルフェスを、どうにかできるとはどうしても思えないのだとか!
ああ!
これが幸運と言わずしてなんと言える?
これだと僕が何もしなくたって、彼らは上手くいかないだろう。
僕はただ、待つだけでいい。
ティアリィの横で、彼から目を離さず、彼らが上手くいかなくなる瞬間を、ただ、待つだけでいいのだ。
逆だと、多分どうにもならなかった。
だってアルフェスはティアリィが好きだ。
ティアリィはアルフェスのことを好きではないけれど、迫られて受け入れられる程度の好意は抱いているだろう。
そうだった場合、僕に付け入る隙なんてほとんどなく、その隙を作り出すためにも、何らかの策を講じねばならなかったはず。それも、この国の倫理に抵触しない方法を模索せねばならないともなると。どれほど難しかったことだろうか。
だけど、そうではなかった。そうではなかったのだ。
誓って言うが、アルフェスがそういう性質であることに僕の作意など欠片もなかった。アルフェス自身、何処か気弱な所があるし、あれはおそらくは生まれつきだ。彼の両親を想像するだに遺伝だろうか。アルフェスの性格は彼の父親とそっくりだから。反して、見た目や能力、そして何より求められたいと思う性質こそ母親の方に似たようだけれど。
そしてティアリィもきっと、生まれつき。まるで僕と添うように生まれてきたかのようだとすら思った。
僕は笑う。
宥めるように笑う。
本当は心の底から。嬉しくて仕方なくて笑う。
「今からそんなに悩んでも……実際に結婚するのはもっとずっと先だろう? なるようにしかならないよ」
件のアルフェスの発言について相談されて、僕はそんな風に言ってティアリィを窘めながらも、ただひたすらにティアリィだけを想い続けている。
決して彼にだけは悟られないようにと注意しながら。
項垂れるティアリィもやはり美しく、そして何よりかわいかった。
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