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x・レシアの記憶
しおりを挟む「今回は前回より早く馴染みそうだね」
出産の疲れにより意識を失ったレシアを見たティアリィはグローディにそう告げた。
グローディも頷く。
「そうですね。前回より状況はいいです。ところで母様、これの原因は……」
「レシア君にも言ったけど、これに関しては俺たちの領分じゃないからなぁ……わからないとしか」
レシアのように、どうして突然感覚だけ、前世のことを思い出したりするのか。しかもその上、一時的とはいえ記憶まで失うなんて。
原因は不明で、対処も現状、取りようがなかった。
「前回はいつでしたっけ……」
「ちょうどムーリュが生まれる前だから……19年前じゃないか?」
「ああ、そうですね、それぐらいのはずです」
ムーリュはグローディとレシアの4番目の子供で、19歳になったばかりだ。
学園を卒業してすぐ、冒険者になると豪語して国を出ている。その後、連絡もなく、いつ帰って来るのかも不明だ。
「それで、馴染むまでに10年……」
「今度も同じぐらいですかね」
つまりだいたい20年後ぐらいに、同じことが起こるのかもしれない。
「いや、今回は馴染むのが早そうだからね。どうだろ……」
もしかしたらもっと早いのかもしれない。
「こうやって繰り返したということは、次がある可能性が高い。レシア君には可哀そうだけど、どうしようもないなぁ……」
言うならば持病のようなものだ。いつ、また前回や今回のように記憶を失くすかわからない。その時にレシアがどうなるのかも。
前回と今回でも、レシアの反応は同じようで違っていた。
「レシア様はレシア様です。なんとかしますよ。少なくとも今回ぐらい、俺の魔力を受け入れてくれるといいなとは思いますけど」
前回は初めレシアがグローディの魔力を受け入れられなくてひどいことになったのだ。グローディもグローディで、今回より余裕なく、それでいて遠慮があったのがいけなかったのかもしれない。魔力欠乏により臥せって起き上がれなくなってしまって。仕方なしに、少々強引な手段を取るしかなく、ますますレシアは頑なになってしまった。
出産の時も、今回の比ではないほど痛がり、苦しんで、おまけにグローディの手を拒み、危うく子供も霧散してしまう所だった。
痛みと苦しみと拒絶感に暴れるレシアを押さえつけて半ば無理やり子供を取り出し、体を成したのは誰にとっても思い出したくない記憶だ。
今回はそうはならなくてよかったと思う。
子供への授乳も、ほとんど抵抗がなかったというし。
「俺もそうであればいいと思うよ」
今回ぐらいならまだしも、前回のようなことは二度とごめんだ。あんなことが幾度もあるなんて心が荒む。
「毎回母様にご助力頂くのも、いい加減、父様に叱られそうですしね」
「お前は本当にあいつの肩ばかり持つなぁ」
肩を竦めるグローディにティアリィはあからさまに嫌そうな顔をした。
「そりゃ、俺が一番、父様に似ているんでしょう? 実際、父様の気持ちもわかりますから。俺だっていくら子供とは言え、レシア様をそう頻繁に呼び出されては心安らかでいられません」
想像するのも悍ましいと言いたそうなグローディの様子に、ティアリィは溜め息しか出なかった。
「レシア君を呼び出すなんて命知らずは、お前たちの子供の中に誰もいないだろうが」
子供は両親を見て育つ。それゆえ、両親のことはどの子供もよくよく理解していた。ティアリィの言うとおり、レシアを呼び出す者などいない。
「いい子たちばかりで有り難い限りです」
にっこり微笑むグローディには最早ティアリィも返す言葉がない。
それにしてもと話を変えることにした。
「面白いよね。同じレシア君なのに、今回も前回も、元のレシア君も全然違う」
「? レシア様はレシア様ですよ。何も変わりません。いつだって天使です」
きょとんと本気で首を傾げたグローディから、ティアリィは思わずそっと視線を逸らした。
グローディの言うとおり、確かに彼は彼だ。本質は何も変わらない。だが、言動があまりに違い過ぎて、イメージが重ならなかった。別人に変わったわけではないので、見た目は同じなのだけど。
「その証拠にレシア様は一度も、うちの結界に抵触したことがありませんよ」
なにせ天使ですから。
グローディの戯言はともかく、一理ある話ではあった。
ナウラティスが誇る守護結界。悪意や害意を弾き出す。
いかに言動が変わろうと、根本的な精神性に変化がない証拠だ。
今回は随分と罪悪感に苛まれていたようだから、少し危ういかとも思ったけれど、結局は何も問題は起こらなかった。
結界の特性上、自分が自分に向ける悪意や害意には他に向けるそれより少々甘く出来ているからなのだろう。
自傷に走るほどではなかったというのも大きい。
おそらくレシア自身、そこまで考えていなかったはずだ。
「レシア様はレシア様です。何も変わりません。記憶を失くそうが、俺を拒絶しようが、会話が成り立たなかろうが、何も。レシア様はレシア様ですから」
そう言い切って微笑むのだから、彼のことは結局、グローディに任せるしかないのだろう。
レシア自身も、前回はともかく今回はグローディのことを受け入れ始めているようだし、グローディ自身もレシアを手放すとは思えない。
「まぁ、ほどほどに。また何かあれば呼べばいい」
原因も何もなく、出来る対処もなく、不定期的に記憶を失くすレシア。
今のレシアがいくら馴染んでもまた、何年後かには同じように記憶を失くすのだろう。
次のレシアが、少しでも早く心安らかになれればいいと。ティアリィはそっと、目を伏せるしか出来なかった。
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