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43・希望
しおりを挟む行為の後、ぐったりと臥せる俺を、いつもと違ってグローディはゆっくり休ませることなく、一瞬部屋を出たかと思うと赤ん坊を抱えて戻ってきて、力の入らない俺の腕に抱かせた。
ほにゃほにゃと泣いている。
お腹が空いているのだろうか。ならまた、指を与えればいいのか?
ゆると指先を赤ん坊の口元へと寄せた俺を、だけど何故かグローディが止めた。
「待ってください、レシア様」
そうして俺を抱え起こし、俺の腕ごと赤ん坊を支えて、赤ん坊の口を、裸のままの俺の胸元へと持っていく。
え?
「グローディ……?」
俺は男だから母乳などでないのだが。
「大丈夫ですよ、レシア様。指でもよいと言えばよいのですが、こちらの方が効率がいいようなのです」
グローディの言葉を裏付けるように赤ん坊は俺の吸い付きにくそうな乳首をはむとくわえ、ちゅくちゅくと懸命に吸い始めた。
「え、え、ぁ、ぁっ……」
胸から、先程指先を吸わせた時と同じ感覚がする。
自分の中から何かがさらさらと流れ出ていくようなそれだ。
くらりと眩暈がした。だが、先程と違って、頭痛がするということまではない。
赤ん坊は必死で、そのさまを見ていると、何とも言えない愛しさが込み上げてきた。
「んっ……」
慣れない何かを吸い出される感触に耐えながら、赤ん坊を見た。
かわいい。俺の子供。
いや、違う、レシアの子供だ。でも俺が産んだ。なら、この子は。
混乱する。
だって俺はレシアだ。実感が湧かなくてもなんでも、今は俺がレシア。記憶もある。でも俺はレシアにはなれない。
俺は俺でしかなく、レシアを求められても困るのだ。なら、この子は。
レシアを知らない、この子は。
他の子供達とは違う。
この子は、レシアとグローディの間に出来て、つまりレシアの腹に宿ったのだけれども、俺が産んだからレシアを知らないで育つのだ。
俺をレシアとして育つ。
そういう意味では年少のスピとミハリムの二人もまだ小さいので育つにつれ、元のレシアのことなど忘れていくだろう。直に俺に馴染む、というか、すでに馴染んでくれている。
他の子供達も、多少の違和感は覚えているようだが、そこまで拒否感など抱いていはいないようで……――シェスから聞くレシアの日常を思えば、まぁ、わからなくもない。
なんというか、とにかくレシアにはグローディがべったりで、子供達に構うというよりはグローディに構う時間の方が多かったのだそうだ。元々子供たちの世話は使用人が中心になって行っている。子供たちと触れ合うとはいっても、それほど濃く長時間構うこともなく、レシア自身そうやって育ってきたので、それが当たり前で、逆に俺になってからの方が、子供達とはよく触れ合っているとのこと。
子供達からすると、大好きな母親がより自分たちに構ってくれるようになった程度の認識だろうと教えてくれた。
あれでよく構っている方だとは、今までどれほど子供達と距離があったのか。レシアの記憶を探ると、そもそも貴族とはそういうものではあるようなのだが。
「? 母上はちゃんと、私たち全員を愛して下さっていますよ。今も以前も」
そう、微笑みながら言われても。どうりでリルセスなどは俺が頭を撫でたりすると、慣れてない風にはにかむわけである。
そんな俺だけを母としてこの子は育つのだ。
よく、わからなかった。
俺が今感じているのは何なのだろうか。安堵? それとも。罪悪感は変わらずにある。だが、それが少しだけ薄れているようにも思えた。
そう言えばこの子は。
グローディの方を仰ぎ見ると、彼はにこと柔らかく、慈しみを込めて微笑んでくれた。
いつも通り、その眼差しは俺のことが愛しいのだと言葉にせずとも伝えてくる。
「どうしました? レシア様」
「ああ、いや、この子……」
「この子がなんです? 元気で順調ですよ? ああ、もうお腹もくちくなったみたいですね。何か気になることでもありますか? 性別? それとも名前?」
俺の疑問を先回りしていくつか挙げてくれたので、もう一度、すでに俺の胸元から口を離してうつらうつらし始めている赤ん坊を見下ろした。
可愛いってことだけしかわからない。顔は……やっぱり、グローディにより似ている、だろうか。産毛のように生えている髪の色は、どうもグローディよりは薄そうだ。
目は俺と同じ濃い緑。
「うーん、両方、かな……」
性別も、名前も。特に名前は、もしや俺が決めなければならないのあろうか。全く何も思いつかない。
「性別は女の子です。私たちの子供は男の子の方が多いので、少し華やかになりますね」
なるほど、女の子なのか。華やかになると言うが、今いる6人の子供たちのうち2人は女の子だし、それでなくとも充分に華やかだと思う。
だって全員、顔がすこぶるいい。レシア自身の顔が少女めいているせいか、それとも皆まだ幼いからか、そこまで雄々しい子もいない。グローディも美形だし。
「名前は……実は母が考えてくれたものがあるのですが、レシア様さえお嫌でなければ、それでいかがでしょうか?」
ばっと、勢い良くグローディの方を振り仰いだ。
「え、ティアリィさん、が?」
正直な所、助かった、と思う。
どうすればいいのだろうかと今さっき途方に暮れたところだったので、候補があるのなら聞きたい。
「ええ、母が。エシュトゥリア。古い言葉で希望を意味します。この子があなたの希望になるようにと。母なりにレシア様の沈んだ様子を気にかけて下さっていたのでしょう」
名前とその意味とを聞いて、胸がいっぱいになった。ティアリィさんの気遣いが嬉しい。
涙ぐむ俺を、グローディがそっと包み込んでくれる。
「お嫌でなければこれで良いですか?」
確かめられて、頷いた。
なんだか俺は今、自分が少し、受け入れられたような気持ちになっていて、いや、そもそも初めから誰も俺を拒絶なんてしていなくて。罪悪感に打ちのめされていたのは、俺一人。
グローディから注がれる眼差しは最初から変わらずに優しくて。俺を求めてくれていて。
俺は少しだけレシアの気持ちが。俺に、馴染んだようにも思えたのだった。
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