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39・安堵
しおりを挟む痛かった。
痛くて痛くて、それだけしか考えられなかった。今まで感じたことのないぐらいの痛みだ。
なんで、こんな。
「ぅっ……うぅっ……」
脂汗を滲ませて、自分の口からも呻きが漏れていることにも気づかず、俺は痛む腹を両手で抱えた。
痛い、お腹。痛い。
眩みそうな痛みの中で、周りの騒がしさには気づいていた。
「っ……! ――……っ!」
「! ――……!」
色々な声がした。聞いたことがある声も、無い声もあったが、よくわからない。だけど、やがて。
「……っ! …ア君っ! レシア君!」
腹を抱える手を取られ、そこから温かな何かが流れ込んできた。痛みが少しだけ遠ざかる。
俺の名を呼んだ。これは……。
「てぃぁりぃ……さ、ん……?」
ようやく絞り出した声に、応えるよう、握られた手に力が込められた。
「! よかった、気が付いたね。すぐにグローディも来るからね」
励ますように言われ、何とか頷く。周囲の状況が、ようやく少しだけわかってきた。
俺はどこかに寝かされているようで、相変わらず恐ろしいほどの美貌を誇るティアリィさんの向こう側には見慣れない天井が見える。いつの間に中庭から移動したのだろうかと首を傾げた。気付いたティアリィさんが頷いて。
「ああ、ここはガゼボだよ。流石に今の君を動かせられなくてね。せめて室内ならよかったのに……庭に出るなんて。こうなってはもう、ここで産むしかない」
そう、柔らかな声で教えてくれた。
産む? ああ、そうか、この痛みは。
「うっ……、ぐっ……!」
少し引いていた痛みが、また強くなり始める。呻く俺の手を、ティアリィさんはぎゅっと握り続けてくれていた。
あたたかな手。そうされるとまた、痛みが少し遠ざかるのはティアリィさんが何かをしてくれているからなのだろうか。
「おばあ様、これほどの痛みをお感じになられるだなんて……」
ティアリィさんのすぐ後ろにシェスもいたらしい。戸惑う声で話しかけられたティアリィさんは俺から目を離さず、振り返らないまま口を開いた。
「前世の影響だと思うよ。出産は痛みを伴うものだからね」
「でも、前回は、」
「前回も、初めはこうだった。君は小さかったから記憶が曖昧になっているんだろう。2回目以降はそうではなくなっていっていたし。2年弱の間に彼が知識を得たのと、多少なり馴染めたからだろうね。何より今のレシア君は上手く魔力の操作が出来ないみたいだ。気を付けてはいたつもりだったけど……」
「すみません、僕が見送ってしまったから……」
何の話をしているのかはわからなかったけれど、きっと俺のことを話しているのだとは思う。
落ち込んだように声を震わせるシェスの方へと、流石にティアリィさんがちらと視線を流して、だが、すぐに俺へと向き直る。
「君のせいではないさ。それに俺に出来るだけ早くと教えてくれたから、今、こうしてすぐに駆け付けられた」
ティアリィさんを呼んでくれたのはシェスだったらしい。
痛みの中で、かろうじて会話を拾っていく。
ティアリィさんの握ってくれている手だけが、今の俺を支えているかのようだった。
「それより、グローディは、」
「母様!」
ティアリィさんの確認と同時ぐらい、ぐわんと空間が歪んだような気配と共に、慣れた体温が近づいてくる。
「ようやく来たか」
「レシア様っ!」
呟くティアリィさんの声を遮るようにグローディからの呼びかけが届いて、初めて聞くような焦りを含んだ声音に、俺はなぜだか少しだけ、ほっと息を吐いてしまった。もう安心だとそう思えて。
慣れた体温が、俺に寄り添ってくれる。
「ぐろぉ、でぃ……」
どうにかこうにか口から絞り出した声は。痛みに塗れて掠れていた。
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