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30・レシアについて①
しおりを挟むたった数日の間に俺は随分とたくさんのことを思い出していた。
俺が今の俺となってから2週間と少し。
特にティアリィさんと話してからの思い出しっぷりは顕著だ。
ただ、いくら思い出せたとはいっても、実感は沸かないまま。俺は記憶を失くす前の元の俺のことを、レシアと名前で区別して呼ぶようになっていた。
俺が今いる此処は、この世界の大陸の中で、五指に入る大国ナウラティス帝国のパンレソイ辺境伯領の領都の、更に中心地に建つ、辺境伯邸である。邸と言ったが、規模としてはすでに城だ。
だが、一時期滞在したことのある、王都の王宮は此処の比ではないほど荘厳だったので、これでもまだ規模は小さい方なのかもしれない。
なお、ティアリィさんが連れてきていた小さな子供、テュリーをグローディが殿下と呼んでいたが、あれは正しく王族であっていたらしく、ティアリィさんは他でもないこの帝国の、前皇后陛下だったようだ。今はもう代替わりしたので、ただの庶民だと本人は嘯いていたがそんなわけはない。
そもそもティアリィさん自身、公爵家の嫡男で、今は弟が家督を継いで、さらにそこから代変わりしているとはいえ、何処をどう切り取っても庶民にはなりようがないのである。
おまけにそんな諸々を抜きにしても、彼自身、王宮の魔術師塔に籍を置く優秀な魔術士でもあり、その腕前はこの国の中で1、2を争うほど。そんな庶民がどこにいるのか。レシアは、
「そうなのか!」
と、言葉通りに受け止めているかのような返事をしていたが、ティアリィさんのことを、庶民だと認識していたかもしれない人物など、レシアぐらいだと思う。
そんなティアリィさんを母とするグローディは、つまり王子様だった。
とは言え、養子であり、血は繋がっておらず、元より帝位継承権もないに等しいのだとか。
だからと言って、他国へ渡り、一個人の護衛になるだなんてとんでもない話だと思うのだが、こと、この国にとっては、別段珍しいことでもないらしい。立場を捨て、市井に下った者もそれなりにいると聞かされては驚くしかない。
そんなグローディが主と仰ぎ膝をついたのは、隣国であり、属国でもあるカナドゥサ公国の第一公子。レミュシア・マロナウ・カナドゥサ。つまり、俺だった。
俺はどうやらこの世界では、産まれた時から公子、すなわち、王子的な立場であったようである。
おそらく小さい子供に分かりやすく伝える為だろう、レシアは幼少期誰かに、カナドゥサは王国であり、レシアは王子であると言われたことがあるらしく、そのまま、正しいことは知識として知っていたはずなのに、どうやらいつまでも、自身を元王子だと認識していたようだった。
何せ名前さえも、レシアだと思っていた節がある。レシアはあくまで愛称、あるいは略称なのだが、記憶の中でティアリィさんと初めて会った時に、
「レミュシア公子というのは何ですか?」
とか何とか言っていた。
……――レミュシアとは、自分の名前である。
思考回路が、我がことながら本当にわからない。
しかもどうやらそれを助長させていたのがグローディなのだ。
それというのも、グローディが護衛となった12までは、どうもレシアの周囲はレシアが少しでも他と同じ言動が取れるようにと教育に腐心していた。
レシアは全く何も思っていなかったようだが、記憶の中での周囲のレシアの扱いはひどいに尽きる。
レシアの言動はほとんど全て否定され、ただひたすら言うとおりにすることだけを求められていた。
レシアは諾々と自身の意思など存在しないかのように言われた通りに行動し、否、言われた通りにしか行動できないでいたようだった。
しかしだからこそ、レシアの言動はそこまでおかしくなることはなく、周囲から浮き立つこともなく。
レシアの奇異さは一見わからなくなっていた。
それに変化をもたらせたのが、グローディなのである。
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