上 下
29 / 49

27・結局

しおりを挟む

 ティアリィさんは通信機の向こうでしばらく何事かを考えこんでいた。
 通信機とは、俺の感覚で言うとスマホやアイフォンのようなもので、遠くにいる存在と連絡が取れる魔道具らしい。とは言え、機能は名前の通りに通信・・に特化していて、インターネットのようなものがないこの世界では、情報の検索なども出来なければ、当然、アプリゲームのようなものもない。しかし、カメラ機能のようなものはあるらしい。
 形態は言うならば手のひらに収まるぐらいの丸い石だ。
 そこへ魔力を流し、相手を思い浮かべる。思い浮かべた相手が同じ魔道具を持っていて、かつ、電話を受信するかのように、応えるつもりで魔力を流すと、それだけで通信がつながるのだと聞いた。
 双方ともに微量とは言え魔力が必須で、かつ一見するとただの石にしか見えない魔道具自体にも複雑な魔術式が組み込まれているらしく、値段も高価で庶民では手が出せず、持っている存在は限られているのだとか。
 実際に俺が今いるこの屋敷……いや、城にある通信機は、シェスが個人で所有しているものも含めて4つしかないとのこと。
 通信がつながると、今のように、ホログラムのような映像として相手の様子が見えることもあれば、音声だけの場合もあり、それは概ね使用者の魔力量とイメージによって左右されるのだそうだ。
 自覚も実感もないのだが、どうも俺は魔力量が多いらしい。
 だからこうして映像も含めたやり取りが出来ている。

『正直な話をすると、それはおそらく難しいよ』
「そうですか……」

 やがてティアリィさんが出した応えは、俺を落胆させるに相応しいものだった。

『シェスから、どれぐらい話を聞いているのかな? 前も言ったと思うけど、君の状態は記憶喪失ではない・・・・・・・・。いや、失っている記憶もあるようだから、記憶喪失と言えばそうなんだけど、君は前世の記憶を感覚だけ・・・・よみがえらせた状態なんだ。その上で前世の記憶も、この世界でこれまで生きてきた全てもなくしている。多分、前世の記憶が感覚だけとは言え甦ったことによる、一時的な混乱だとは思うけど……その証拠に、この世界でこれまで生きてきたことなら、思い出してきているだろう?』

 俺はティアリィさんの言葉に頷いた。
 確かに、何も覚えていない。覚えていないけれど、思い出してきていることもたくさんあるのだ。
 だからこそ今、悩んでいるのだとも言えるけれど。

『君は思い出してなお、元のレシアの感覚が遠く、別人だとしか思えないと言っているけれど、その違和感も時間の経過とともになくなっていくはずだ。ただし、それにどれぐらいの時間がかかるのかはわからない。ちなみに前回、君は10年ほどをかけて馴染んでいたようだから、気が付いてから・・・・・・・まだ1ヶ月も経っていない今じゃ難しいだろうね』

 10年。途方もない時間だ。そりゃ今は違和感だらけでも仕方がないのだろう。
 でも。

『君の混乱と戸惑いは想像して余りある。それは俺にだってわかるんだ。でも、君が望むように、すぐにでも元の君へと戻すことは難しい。ただの記憶喪失ならともかく・・・・、今の君の状態は前世が絡んでいることだし、前世の関連はね、我々が踏み入ることの出来ない領分・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ』

 ティアリィさんは、この国で1、2を争うほどに魔法、魔術に長けている。その事実は、思い出した元の記憶の中から伺い知れた。
 元の俺はそれさえ、ろくに理解していなかったようだけれども、今ならそれがどんなに凄いことなのかがわかる。
 そもそもおそらくこの人は、俺がこうしてこんな相談事で連絡を取るのさえ、恐れ多く思うような相手なのだ。気安い人なので比較的ほいほいと相談に乗ってくれて、それは今もなのだけれども。
 ティアリィさんは更に続けた。

『この世界……否、この国で、前世の記憶を持っている人間自体は珍しくない。その中ではもちろん、君のように、急に前世を思い出す人もいる。その際、記憶を失くす人もね。いるにはいるんだけど、そんな時に出来るのはある程度のノウハウに沿った対応を取ることだけで、そもそもなぜそんなことが起こるのかという根本的な原因は、何もわかっていない・・・・・・・・・んだ。原因がわからないことをどうにかするのは、やはりどうしたって難しい。だから、』

 つまり、結局、俺は元のレシアを、皆に返すことが出来ないのだそうだ。

『いずれは馴染んで行くだろうから、いつかは返せるとは思うけど、それを気長に待つしかないね』

 年単位で、気長に。
 そんな風に色々と教えてくれたティアリィさんはどこか申し訳なさそうにしていた。
 彼が悪いわけではないのに、いい人だと思う。
 とにかく俺は今後も長く、この罪悪感と付き合っていくしかないらしいことだけが確かだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。 それはビッチングによるものだった。 幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。 国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。 ※不定期更新になります。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

すれ違い片想い

高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」  ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。 ※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。 他の短編はノベプラに移行しました。

処理中です...