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25・罪悪感
しおりを挟む「レシア様は何もご心配なさらずともよろしいですよ」
グローディが言う。
俺は何も疑わずに頷いて。
「そうか。ならば気にしないでいよう」
そう決めると本当に何も気にせずに過ごした。
例えばつけられていた家庭教師から、
「レシア様。これぐらいのことが出来なければ、将来お父上の後は継げませんよ」
などと叱られても。
自分付きの侍女に、
「あら、レシア様ったら。そのようなこともお分かりにならないのです?」
なんて馬鹿にされたようにからかわれても。
婚約者から、
「レシア王子ではおわかりになりません」
などときっぱり否定されたとしても。
グローディが気にせずともよいというのならば、俺は本当に何も気にしなかった。
家庭教師も侍女も、いつの間にか顔触れが変わっていたが、それももちろん、気にはせず。
自分の婚約者であるはずの少女が、他でもない自身の弟と妙に親しく会話している所を見たとしても、俺は当たり前に素通りするような有り様で。
グローディが言うのなら。
グローディの言うことに間違いはない。
それは妄信に他ならず、狭すぎるほどの視野はいっそ恐ろしいぐらいだった。
俺はそんな記憶を一つ一つ思い出す度、毎回毎回、頭を抱えた。
だって記憶の中の俺があまりにあんまりなのだ。
記憶はあくまで断片的で、全てを思い出せたわけではない。
夢の形で見ることが多く、つまり起き抜けの朝の行為までがセットで、それもあり、曖昧になってしまうこともあった。
だけど。
「レシア様」
グローディが微笑む。
俺を慈しむように。俺を、愛しているのだと眼差しで告げて。
愛しているのは、本当に俺なのだろうか。
日が経つにつれ、俺はそう思わずにはいられなくなっていった。
だって以前の俺と今の俺が、どう考えてもあまりにも違い過ぎて。
「お気になさる必要はないと思いますけどね」
自分のどうすればいいのかわからない心の内を、打ち明ける先に困ってシェスを頼ると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「あの父上がどのような状況であっても、母上を手放すとは思えませんよ」
「でも、」
でも。
確かにグローディは俺を手放さないだろう。それぐらい、短い付き合いの俺にもわかる。
何も覚えておらず、元の俺とはあまりに違い過ぎる今の俺を、しかしどうやら変わらずに求め続けてくるぐらいだ。
あの男は俺が俺であるのならもしや何でもいいのかもしれないとまで思う。
それでも。
『レシア様』
記憶の中、微笑むグローディが愛したのは、俺ではなかった。
俺であり、俺ではない。
「母上。あまり思い悩まれない方が良いですよ。ご出産も差し迫ってきておりますし、どうぞ父上のことを信じて差し上げて下さい」
シェスの言葉に小さく頷く。
大きく膨らんだ腹を見下ろした。この中にいる子供を、取り上げるのはグローディらしい。
この世界では、それが主流なのだと聞いた。
母親の体内においては、あくまでも魔力の塊でしかない子供を、父親は取り出すと同時に肉体を生成するらしい。
その際に用いる魔力は子供に多大な影響を与える為、それは主に父親の役目なのだそうだ。
話を聞いても、よくわからない感覚だった。
今もって実感もわかないまま。
「かあたまー?」
とてとてと歩み寄ってきたスピが、座り込んでいた俺の膝に懐く。幼い子供達に母と慕われる度にも、俺はやはり罪悪感に捕らわれた。
自分は偽物だという根拠のない思考。
考えても仕方がないとはわかっていつつも、俺はどうしても考えずにいられず。どうしようもなくなった俺が頼ったのは、グローディではなく彼の母親だった。
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