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15・青年の正体
しおりを挟むその青年に、俺はさっきどんな姿を見られたのだったか。
思い出して恥ずかしくなって、かっと頬が熱くなった。きっと赤くなっていることだろう。
青年はそんな俺を目を細めて見ている。
「へぇ?」
まるで値踏みするような視線だと思った。と、それを遮るかのようにグローディが口を開く。
「母様」
まただ。さっきも思ったのだが、母様?
「王宮を辞されてマナーをお忘れになりましたか?」
続けてグローディが告げたのは明確な嫌味だ。
青年がぴくと片眉を上げた。
「だから悪かったって言っているじゃないか。だが、お前もお前だよ。全く、朝っぱらから無体を強いて」
「レシア様は私の伴侶なのですから、何の問題もございませんよ。特に今は産み月も近いですから」
「そうは言っても、朝からなんて過剰だろう。必要があったとは思えないけど。今見る限りでも問題はなさそうだし」
「そうですね、今の所、目立った弊害は出てきておりませんね」
「ふむ。それは重畳」
朝から、とは、あの見られた行為のことだろう。無体と言って差し支えない状況だったので、それを責めるのならもっと責めて欲しいような気もした。
と、言うか、今、必要がなかったと言っただろうか。え、俺は昨夜、必要だと言われてあんな行為に至ったはずなのだがどういうことなのか。まさか実はいらなかったとか?
「え?」
その後の会話の意味までは分からなかったけれど、そこまでを拾って思わず声を出してしまった俺へと、二人の視線がさっと集まる。
青年が小さく首を傾げた。
「レシア君、どうかしたかな?」
柔く問いかけられ口ごもった。
「いえ、あの、必要とか必要じゃないとか、その……」
もごもごと何とかそれだけ口にする。
それ以上なんてとても言葉には出来ない。
いくら真っ最中を見られてしまったとは言え、だ。
この場には小さい子供達もたくさんいるのだし。
「うん? ああ、それか」
「レシア様、必要なのは間違いではございませんよ」
「そうそう。行為自体はね。残念ながら必須なんだよ、今の君の状態だと。ただ、どうせグローディのことだから、夜にしっかり注いだだろうに、朝にまた、なんて過剰だったんじゃないかなって、それだけの話で」
思い至ったらしい青年が、グローディと一緒になって補足してくれる。
なんだ、結局あれは必要だったのかと、俺はなんだか複雑な心境になった。
続けて青年がちらとグローディに視線を投げる。
けど、話しかけてきたのは俺に向けて。
「で、確認なんだけど、レシア君。君は何処まで何を聞いていて、現状をどう把握しているのかな?」
そんなことを尋ねられても、俺に応えられることなど何もなかった。
「現状?」
怪訝に思って、きゅっと眉根を寄せた俺に、青年が今度はしっかりとグローディを見る。
「グローディ」
呼ばわった声音は咎める響きを含んでいた。
「ほとんど何も、お伝えしていませんね。何せ昨夜はもう遅かったですし。早急に確認する方が先決かと」
にっこり笑って答えるのに、青年が明確に溜め息を吐いた。
「はぁ。そんなことだろうと思ったよ。お前は本当にろくでもない所ばかりミスティに似て」
「曲がりなりにも親子ですからね。そりゃ似ているところぐらいありますよ」
「血も繋がっていない癖によく言う。お前のそれは生まれつきじゃないのか?」
「今更それを言います?」
「言うさ。なんだかんだでお前が一番ミスティに似ているからね。特に中身なんてそっくりで驚くよ」
またしても俺にはわからない会話を二人でいくらか交わした後、青年が改めて俺へと向き直った。
「レシア君」
「はいっ!」
名前を呼ばれて、思わずぴっと背筋が伸びる。
別に厳しい声音、というわけではなかったのだけれど。どうしてか、青年の声にはそうせねばならない威厳のようなものがあった。
俺の緊張が伝わったのだろう、青年がくすと笑った。
「ごめんね、そう緊張しないで欲しいんだけど、どうもグローディは君に何も伝えていないみたいだから」
柔らかい口調で続けられる。俺はちらと傍らのグローディを見た。
視線に気づいた彼が、にっこりと俺に笑いかけてくる。
昨日から幾度も見た、慈しむような柔らかな笑顔だ。
ドキリ、と胸が高鳴った。
「じゃあ、改めて。俺はティアレルリィ・ジルサ・ナウラティス。そこのグローディの母親になる」
続けて聞こえてきた言葉に俺は思わず固まってしまう。
あり得ないとしか思えないような単語が聞こえてきた気がしたからだった。
はい? 今なんて?
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