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52・真っ黒い荒野②
しおりを挟むホセが、僕の言葉に合点が言ったとばかり小さく頷く。
僕がいったい何を気にかけているのかがわかったからなのだろう、その表情には僅かに安堵が滲んで見えた。
「ああ、そうか、神人殿が知るはずがないよね。神人殿、ここは魔界だよ」
しかし返ってきた答えはホセからではなくもっと上から。
フォルだ。
相変わらず、聴覚を震わせるのではないらしい声はテレパシーか何かなのだろう、あるいは魔法だとかいうものなのだろうか。
だけど声自体はいつも通り。澄んだ少年のようなそれだ。
「魔界……」
それはいったい何なのか。そう教えられても結局わけがわからない。
「そう、魔界。ま、便宜上、僕達がそう呼んでいるだけだけどね。瘴気が濃くて、魔力の凝った場所。荒廃しきったこの世界では、通常の生物は活動できない。もしできても、すぐに餌食になってしまう、魔の者たちの住処」
「餌食? 魔の者?」
両方の意味が解らず復唱するばかりの僕に、フォルが静かに頷いたような気配が伝わってきた。
「そう、餌食。魔の者とは他よりもずっと瘴気に強く、魔力の影響が強い種族の者たちを指す。姿かたちは様々で、人間に近い知能のある者もいれば、それらを持たないただの獣や、あるいは形さえない影そのもののような者もいる。魔の者の大部分は、過剰な魔力に常に苦しめられていて、余程でなければ正気を保てず、苦しみから逃れる為、他の生き物を襲う習性があるんだよ。それでもここ魔界では、他に生き物がいないから、彼らもただその場にあるだけなんだけど……」
今は僕たちがいる。
ひどく苦い声で続けられたのはつまり、この世界にいるというだけで危険があるからだ、ということであるらしかった。
そんな危険な世界にどうして。
見渡す限り真っ黒なのはようは瘴気の影響なのだそうだ。
瘴気に晒され、濃い魔力を吸い込まざるを得ず、それが故に何もかも黒く染まっているのだとフォルが説明してくれた。
薄暗いのも瘴気の所為。
だけど今はそれらを遮断するように、フォルが僕達を囲ってくれているらしい。
「早くこの界から出てしまいたいんだけど……それには少しばかり準備が必要でね」
準備というよりは正しくは、適した場所というべきか。
今はその場所を目指して歩いているのだという。
「ここは神人殿の体にもよくないからね」
早く別の界に移動しないと。
フォルの言葉に、ちらと真っ黒な、そちらを見るだけでよくわからない奇妙な忌避感を覚える景色を見て頷いた。
早くこの界から移動した方がいい。
なんとなく僕自身、そう強く感じたためだ。
それにしても界。
別の、世界。
それらが飲みこみきれなくて、よくわからないままの僕に、更にフォルが教えてくれる。
「神人殿は記憶がないんだったね。この世界は多重構造になっているんだよ。一番上に神界、あるいは楽園と呼ばれる、神人だけが済む世界がある。もっとも、今現在となっては神人はもうほとんど残っていないと聞いているけれど。おそらく神人殿が今までいたのもそこのはずだ。何故なら純粋な神人は、もう他の世界ではいなくなってしまっているから。他の界の生き物と交わって、神性を失い、寿命に囚われてしまったんだよ。だからもう、誰も残っていない。そしてその下にはいくつかの世界があって、僕達の生まれ育った、あの砂漠のあった世界もその中の一つ。比較的状に位置するあの世界は、おそらく、存在そのものが揺らいでいると思われる神界より、余程安定しているはずだ。何故なら純粋な神人がいなくなったとは言っても、神人の因子を持つ存在が多く繁殖できているから。それこそ、僕達みたいにね」
フォルの話してくれる内容は途方もなく、やはり僕にはどこまでも、実感できないようなことばかりだった。
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