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36・金色の獣②
しおりを挟むと、思ったら、次いで頭をもたげた獣が、僕へとすりと顔を寄せて、ふんすふんすと匂いを嗅いでくる。
首元の少しでも涼を取れるようにと、大きく開いた状態となっていた素肌に柔らかな毛が当たってなんだかくすぐったい。
なのに構わずすりすり、すりすりと鼻先を擦り付けられて、堪えきれずに僕は笑った
「え? ちょ、あはは、やめ、ホセさんっ! ぁっ、」
ひとしきり僕へとすり寄った後、獣はやはり、やんわりと僕を包み込むように体勢を変えた。
まるで守られているみたいだ。否、きっと真実、守ってくれているのだろう。……――いつもと同じように。
いつも、僕を支えるように側にいてくれたのと同じ。
姿かたちが変わっても、わからないはずがない。
変わらない魔力、変わらない気遣い、そして何よりも濃く、辺りに立ち込めるそれは僕の番の香りだった。
同時に、以前、出会ったその瞬間から、ホセが纏っていた香りでもある。
シズやネア、フォルからも濃く香った、僕の番の香りであるはずのそれ。
もう一度、周りを見る。
何度見たって見覚えなんてない。
やはり森。
どうやらこの場所はうっそうと茂った樹々の隙間であるらしい。
陽の光が眩しい。
が、あの、落ちる前。砂漠の只中にあったフォルの大領主邸に降り注いでいた暴力的なそれとは違い、ただ単純に明るいばかりのそれだ。
その上、濃く生い茂った樹々が影を多く作っていて、いっそ陽を直接、浴びられるところの方が少ないようにも見えるほどだった。
金色の獣……――おそらくホセさんは、僕を包み込むように囲い込んだまま、どうやら離すつもりはないらしい。
何かを警戒しているのだろうか、ただ僕を守ろうと、支えようとしてくれているだけなのか。
でも。
「ホセさん」
呼びかける。
すると応えるようにまた鼻先を摺り寄せられたので、そっと輪郭の辺りを宥めるように撫でて、小さく微笑んだ。
「いつまでもここでこうしていても仕方がないんじゃないですか? 動かないと」
周りにあるのは木ばかりで、よく耳を澄ますと、葉末の揺れる音と、鳥の鳴き声のようなもの、生命の息吹の欠片が感じられた。
生き物のいる森らしい。
いったい此処はどこなのか。
ほんのついさっきまで砂漠の只中にある街の、更に中心部付近の屋敷にいたはずなのだけれど。
確かにあそこは庭には樹々が植わっていた。
だけどもちろん、今目の前にあるものとは全く様子が違っている。
少なくとも、この場所の近くに砂漠があるようにはなぜかどうにも思えなかった。
とは言え、実際に見て回ったわけではないので確かなことはわからないのだが。感じる陽射しからして違うのだから、きっと全然違う、遠く離れた場所のはずだ。
ホセさんは、じっと僕を見ていたかと思うと、ふと視線を逸らし、溜め息を吐くかのような仕草を見せると、のっそりと体を起き上がらせた。
「うわ」
すっかり彼に支えられたままだった僕の体が揺れると、すかさず尻尾が巻き付いてきて支えてくれる。
もふもふでふわふわで気持ちい感触。なのに物凄く力強い。
「あ、ありがとうございます」
礼を述べると構わない、言うかのように小さく頷いていて。ちらとこちらを見た眼差しは、やはり見慣れたホセから注がれていたそれと同じようにしか感じられなかった。
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