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32・大領主邸での日々と、そして⑤
しおりを挟む息を切らしてそこにいたのはシズ。少し離れた所からゆっくりと、剣呑な眼差しのネアが近づいてくるのがわかった。
いつの間に。
さっきまで確かにいなかったのに。
「神人殿っ!」
どこからか駆けつけてきたのだろう、フォルの声がした。
「ちっ」
次の瞬間、聞こえてきたホセからの舌打ち。
信じられなかった。
まさかホセがそんな態度を取るだなんて、全く思ってもみなかったからだ。
「ホセ、さん……?」
怪訝に思ってぽつり、おそるおそる名を呟く。
怖かった。
さっきのはいったい何だったのだろう。
愛している。
そう、縋られた。
愛の言葉だ。
決して、悪い言葉ではない。
なのに感じたのは嫌悪。そして恐怖。
「神人殿」
フォルが僕へとそっとストールをかけてくれる。
次いで、支えるように側へ。まるでいつもホセがそうしてくれているように。
痛まし気な眼差しに、いったい何を言えばいいのかわからなかった。
わかるのは、ただ。
弾き飛ばされるように転がっていたのに、ゆっくりと目の前で起き上がってきた、ホセが怖い。
ホセが顔を上げた。そしてなんだか嫌に熱を感じる眼差しで僕を見る。
欲を灯した目だ。
ぞっとした。
だってホセは番ではない。
番以外の者から、そんな眼差しを受けるだなんて。
「どうして……」
「どうして?」
はは。
はははは。
はは、はははははは!
ぽつん、落ちた言葉にホセが笑った。
大きく、声を立ててまるで壊れたかのように。
「どうして、だって? 君が聞いたんじゃないか、デュニナ。俺は何を知っているのかって。俺が知っていることなんて、俺自身のこの気持ちだけだよ」
全ては君に好意を寄せていたからだ。
ホセはにこり、いつも通りの笑みでそう言った。ぞっとする。
ぞっとして、同時にどうしてだろう、しくり、胸が痛んだ。
ホセが嫌いなわけではない。
なのにどうしてか受け入れられなかった。なぜならば、ホセは。
「でも、貴方は番じゃない」
僕の番じゃないから。
番と同じ匂いがする。いつも僕に優しくて、気遣ってくれて、そして僕を支えてくれていた。
でもそれだけ。
ホセは僕の番ではないのだ。
番を探さなければ。
僕の番。
どこにいるの?
「……どこ?」
「デュニナ?」
何かに導かれるように立ちあがった。
ゆらり、歩き出す。先にあるのは庭だ。
何か、何処かを目的としていたわけではなかった。
ただ。
『デュニナ』
喚ばれているような気がして。
ああ、番を。探さなければ。
僕の番。どこに。
「っ、デュニナっ!」
「?! 磁場がっ……!」
「いけない、神人殿っ、そちらはっ……!」
僕の名を呼ぶ声が聞こえた。止める声も。
だけど止まれない。
ゆらり、ゆらりと歩みを進めた。
ゆっくりと、だけど着実に。
足が地面を踏みしめた。
行かなければ。
探さなければ。
僕の番。
どこにいるの。
「どこ……?」
視界が揺らぐ。
ぐわりと、地面が揺らぐ。
「っ……! デュニナっ!」
ふと、何かが近づいて来たことに気付いた。僕に手を伸ばす。
僕は振り返る。
「デュニナ!」
僕が最後に目にしたのは、初めて見るような、ひどく焦った表情でこちらへと手を伸ばすホセの姿だった。
「ホセ……さん……」
揺れる、揺れる、視界が、地面が。
足元がぐにゃりと撓んで形を変えていく。
そして。
「デュニナーっ!」
まるで悲鳴のよう、僕の名を呼ぶ声を聞きながら。
僕は落ちた。
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