上 下
31 / 58

31・大領主邸での日々と、そして④

しおりを挟む

 僕の眉は自然と寄っていた。

「? ホセさん?」

 その表情は何なのだろう。
 そこにいったいどんな意味があるのか。
 明るい陽射し。
 昼下がり。
 傍らには刺しかけの刺繍。
 室内は熱くも寒くもない温度に保たれていて、いつも通り。
 僕の近くにいて、何くれとなく世話を焼いて支え続けてくれているホセ。
 まるで僕の侍従か何かのように。
 先程、頷いたのに、ホセは今度はゆっくりと首を横に振る。
 小さく微笑む。
 だけどその顔は何処か寂しそうだった。

「全て、ね……デュニナは凄いことを言うね。きっと俺のことを過大評価している。全てなんてわかるわけがない。でも、少なくともデュニナについては一番詳しくあれていると自負している。何より、君よりも、君について知っていることは多いだろう」

 それは間違いがない。
 そう告げるホセはどこか痛みを堪えてでもいるかのようで。僕は二の句が継げなくなる。

「ホセさん……」

 ただ、そう、名を呼ぶだけ。
 いつしか同じ部屋にいたはずのシズも、少し離れた所にいたはずのネアもいなくなっていた。
 部屋の中にいるのは今、僕とホセだけ。
 他にはない。
 他には、何も。

「ねぇ、デュニナ。僕の真実なんて、それほど多くはないんだよ。ただ、君を――」

 求めているだけだ。

 にこりと微笑んで。伸ばされた手に恐怖を感じた。
 どうしてだろう、わからない。
 だけどその手に触れられてはいけない、そう思った。
 咄嗟に身を捩る。

「デュニナ」
「ホセさん、どうしてっ……」

 どうして。何がいったいどうなっているのか。
 身を捩った程度では、勿論、全く逃げられなくて。
 ホセの手が容易く僕を捕まえた。
 肩を掴んで、引き寄せて。

「デュニナ」

 まるで抱きしめるかのような格好のまま、そっと耳元へと唇を寄せられた。
 デュニナ。
 呼ばれる僕の名がひどく切ない。
 デュニナ。
 何が起こっているの変わらない。
 どうして。
 なぜ僕は今、ホセに抱きしめられているのだろう。
 縋るようにきつく。きつく。
 僕は今までホセに、否、シズやネア、フォルにも、こんな風に明確に抱きしめられたことはなかった。
 特にホセにはいつも支えてもらっていたし、エスコートのようなものを受けたことは何度もある。
 運ぶためと言えばいいのか、横抱きにされたことだって。
 だけどそれらへ決して、抱きしめるのとは違う。
 今、僕を抱きしめるホセの腕には、なんだか意味・・があるようにしか思えなかった。
 勿論、そう言った、いわゆるのようなものに裏打ちされた意味・・だ。
 なんだか今、僕はホセに求められている。そう感じる。
 そしてそれが何故か堪らなく嫌だった。

「いやっ、放して、ホセさんっ、放してっ……!」
「デュニナ」

 なのに僕を抱きしめる、ホセの腕は緩まなくて。

「デュニナ、デュニナ、デュニナ。ねぇ、俺を選んで」

 デュニナ。

「っ!」

 甘く切ない声でそっと名を吹き込まれた。
 切実に、請うように、そう。
 背筋をぞくっとした何かが駆け抜ける。
 それは決して歓喜ではない。

「いやっ!」

 腕を振り解いた。
 咄嗟に立ちあがって逃げようとしたのだけれど、出来なくて。
 立ち上がることさえ、出来なくて。
 這うようにして距離を取ろうとしても、ホセの力強い腕は容易く僕を捕まえる。

「デュニナ、デュニナ、デュニナ。ねぇ、俺を選んで。ねぇ、デュニナ。好きなんだ。愛してる、デュニナ」

 突然の愛の告白。
 わからない。
 そんな予兆はなかった。さっきまでそんな雰囲気なんてなかった。
 縋るような手が僕の頬にかかる。
 耳元へと寄せられていた唇がますます寄せられて、そして。
 唇と唇が合わさりそうになった、その瞬間だった。

「デュニナっ!」

 ホセが、まるで何かに弾き飛ばされたかのように僕から離れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ああ、異世界転生なんて碌なもんじゃない

深海めだか
BL
執着美形王子×転生平凡 いきなり異世界に飛ばされて一生懸命働いてたのに顔のいい男のせいで台無しにされる話。安定で主人公が可哀想です。 ⚠︎以下注意⚠︎ 結腸責め/男性妊娠可能な世界線/無理やり表現

隷属神官の快楽記録

彩月野生
BL
魔族の集団に捕まり性奴隷にされた神官。 神に仕える者を憎悪する魔族クロヴィスに捕まった神官リアムは、陵辱され快楽漬けの日々を余儀なくされてしまうが、やがてクロヴィスを愛してしまう。敬愛する神官リュカまでも毒牙にかかり、リアムは身も心も蹂躙された。 ※流血、残酷描写、男性妊娠、出産描写含まれますので注意。 後味の良いラストを心がけて書いていますので、安心してお読みください。

浮気性で流され体質の俺は異世界に召喚されてコロニーの母になる

いちみやりょう
BL
▲ただのエロ▲ 「あーあ、誰か1人に絞らなくてもいい世界に行きてーなー」 そう願った俺は雷に打たれて死んでなかば無理やり転生させられた。 その世界はイケメンな男しかいない。 「今、この国にいる子を孕むことができる種族はあなた一人なのです」 そう言って聞かない男に疲弊して俺は結局流された。 でも俺が願った『1人に絞らなくてもいい世界』ってのは絶対こう言うことじゃねぇ

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】狼オメガは、このアルファに溺れたい

犬白グミ ( 旧名・白 )
BL
【番外編更新予定】 狼獣人のオメガである俺は、褒められる容姿をしているらしいが、三十歳になっても番どころか恋人さえいたことがない。 そんな俺が、王宮で暮らすことになり、四人のアルファの中から愛する一人のアルファを番に選ぶまでの物語。 宰相補佐官の知的眼鏡α・人たらしの王弟α・初恋の騎士団長α・引きこもりヘタレα × 狼獣人美形男前Ω 「聖獣人アルファは事務官オメガに溺れる」の登場人物ゲリンのスピンオフ *R18 前作未読でも、どちらを先に読んでも大丈夫です。 お気に入り、いいね、エール、ありがとうございます!!

前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき
BL
 五歳の時、突然前世の記憶を取り戻した僕は、前世で大好きな魔法研究が完遂できなかったことを悔いていた。  常に夫に抱きつぶされ、何一つやり遂げることができなかったのだ。  そこで、今世では、夫と結婚をしないことを決意した。  魔法研究オタクと番狂いの皇太子の物語。  相愛ですが、今世、オタクは魔法研究に全力振りしており、皇太子をスルーしようとします。 ※番認識は皇太子のみします。オタクはまったく認識しません。  ハッピーエンド予定ですが、前世がアレだったせいで、現世では結ばれるまで大変です。  第一章の本文はわかりにくい構成ですが、前世と今世が入り混じる形になります。~でくくるタイトルがつくのは前世の話です。場面の切り替えが多いため、一話の話は短めで、一回に二話掲載になることもあります。  物語は2月末~3月上旬完結予定(掲載ペースをあげ当初予定より早めました)。完結まで予約投稿済みです。  R18シーンは予告なしに入ります。なお、男性の妊娠可能な世界ですが、具体的な記述はありません(事実の羅列に留められます)。

堕落神官調教の書

彩月野生
BL
元神官のリュカは魔族の男ディランにその肉体を嬲られ、快楽には抗えない身体となってしまっていた。 美しいリュカはたくさんの男達を魅了し、リュカも誘惑には勝てなかった。 そんなリュカを主人であるディランは気に食わず、躾をすると宣言する。 息子との絡みあり、注意。 隷属神官の快楽記録の続きの流れとなります。この話だけでも読めると思いますが、 隷属神官の快楽記録を読まれた後の方がわかりすいです。

ざまぁされた小悪党の俺が、主人公様と過ごす溺愛スローライフ!?

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
わんこ系執着攻めヒーロー×卑屈な小悪党転生者、凸凹溺愛スローライフ!? やり込んでいたゲームそっくりの世界に異世界転生して、自分こそがチート主人公だとイキリまくっていた男、セイン……こと本名・佐出征時。 しかし彼は、この世界の『真の主人公』である青年ヒイロと出会い、彼に嫉妬するあまり殺害計画を企て、犯罪者として追放されてしまう。 自分がいわゆる『ざまぁされる悪役』ポジションだと気付いたセインは絶望し、孤独に野垂れ死ぬ……はずが!! 『真の主人公』であるヒイロは彼を助けて、おまけに、「僕は君に惚れている」と告げてきて!? 山奥の小屋で二人きり、始まるのは奇妙な溺愛スローライフ。 しかしどうやら、ヒイロの溺愛にはワケがありそうで……? 凸凹コンビな二人の繰り広げるラブコメディです。R18要素はラストにちょこっとだけ予定。 完結まで執筆済み、毎日投稿予定。

処理中です...