【完結】僕は番を探してる。〜放浪妊夫は愛に惑う〜

愛早さくら

文字の大きさ
上 下
24 / 58

24・神人①

しおりを挟む


「やはりどうしても慣れぬ旅の途中というのがあったのでしょう。今ほど緩やかなお顔はなさっていらっしゃいませんでしたよ」

 それを聞いたフォルがははと笑う。

「そうか。神人かむびと殿はこちらで気を緩めてくれているということだな。それは何よりだ。しばらくはここで過ごすのだから、少しでも心安らかにあれるというなら、それに越したことはない」

 その声には安堵が滲んでいて、フォルなりに心配していたのかもしれないと知った。
 なんだか半ば強制的に保護したいだとかなんだとか言ってきていた所からしても、強引な印象が強かったのだけれど、それだけでもないということなのだろう。
 そもそも背に乗せてまで一足早く僕を此処へ連れてきたところからしても気遣いのようなものは伝わってきていた。
 ならば何故無理を押してまで移動など、と思わなくもないが、あの集落では環境が充分ではなかったのは確かだろうと、この屋敷や使用人の多さを見てしまうとやはりどうしても思ってしまう。
 結局は僕を気遣ったが故に。
 だけど。

「あのっ……! それで、その……『かむびと』というのは……」

 今更ではあるのだけれど、初めからずっと。それこそ、ホセの家で気が付いた時の初めの初めから、皆が僕を称している。
 ならばきっと間違いなく、僕は『かむびと』という存在なのだろう。
 だけどその、『かむびと』というのは何なのか。
 僕にはいまだにわからないまま。

「ん? なんだ君たち、誰も彼に伝えていないのか? 不安そうな顔をさせてしまっているじゃないか」

 フォルがどこか咎めるように、他の三人を順番に眺めやった。
 ネアは軽く目を伏せ、シズは知らん顔。ホセはひょいと肩を竦めていて、誰一人として悪びれている様子がない。

「記憶がないようだったからな。急にいろいろと伝えて、混乱させても良くないだろうという判断だ。見たところ日常生活に支障はなさそうだったし。急ぐようなことでもないだろ」

 僕の状態を見極めた上での判断だとでも言いたげなホセに、フォルは深く溜め息を吐いた。

「だからと言って、何も知らないままというのも問題だろう。いざという時、身を守るすべを得られない」
「いざという時など来ない」
「彼を、守り切れるとでも?」
「守り切るさ」
「…………そう」

 咎めるようなフォルの言葉に、ホセがひょうひょうと言い返していく。
 最後に言いきったホセに、フォルが静かに目を伏せた。
 守る、だとかなんだとか。いったい何の話なのか。
 僕の話だと思うのに、僕には何もわからない。だけど何を言えばいいのかもわからないから、おとなしく何も言わないでおく。
 しばらくの間、フォルは何かを考えているかのようにそのまま口を噤んで、だが次いで顔を上げてホセをまっすぐに睨み据えた。

「なら、これまでのことは言わないでおこう。君は君なりに彼に尽くしているようにも見えるしね。だけど僕はそうは思えない」

 強い眼差し。それを受け、ホセが口の端を引き上げる。まるで何処か挑むように。

「だから……――神人かむびと殿」

 なのに呼びかけられたのはどうやら僕で、僕は思わず反射的に、びくっと背筋を伸ばしていた。

「は、はいっ!」
「ああ、そんなに緊張しないでもいい。君は本来誰かにおもねるような存在ではないのだから」

 そう、宥めるようなフォルの眼差しがやんわりと撓む。慈しむように。否、まるで眩しい至上のものを、尊ばんと仰ぎ見るように。いっそ崇敬するかの如く。

神人かむびと殿」

 フォルからの視線を、僕は受け止めきれなかった。その上、フォルが口にした言葉は。

神人かむびととは、つまり『世界・・』だ」

 僕にはまったく理解できそうもないものなのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...