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18・急ごしらえの一室と果実水
しおりを挟む僕はフォルに抱えられたまま、きょろりと辺りを知らず見回す。
「ここは……」
とかく拾い、そして明るい。
「貴方のために急遽用意した。なにぶん急ごしらえで至らぬところも多々あるのだが……」
「え?」
どこが?!
言いながら僕を抱えて、部屋の中の中央よりやや奥まった場所に用意されていた、クッションなどの沢山敷き詰められたどこへと進むと、柔らかそうなそれらの部分の上に僕をそっと座るように降ろしてくれた。
と、言うか、至らぬところ?
いったい何処が。
全くわからず目を白黒させる僕に、フォルがさっと出入口辺りに視線を投げる。
いつの間にかそこにいた、使用人らしき女の人が、フォルの視線を受け、心得たとばかりさっと礼を取り、すぐに部屋を出ていった。
「今、飲み物を用意させた。ゆっくりくつろいでいるといい」
どうやら先程の視線一つで飲み物の用意を申し付けたことになるらしい。
なんとも慣れたやり取りのようで、ただひたすらに感心した。
「何か痛いところとか辛いところとかはないか? 医師も用意させてある。後で確認してもらおう」
続けて心配そうに気遣われて、僕はやんわり微笑んで首を横に振った。
「いいえ、特には。そもそもここ数日は、砂嵐の所為で動けていませんでしたし、逆に動かなさ過ぎているのではないかと気になっていたぐらいです」
その前から僕はずっとラクダの上に乗せられ続けていて、碌に歩いてすらいない。
そんなことではむしろ動けなくなりそうだと心配すらしていたほどだ。
いくらお腹が大きくて動きづらいとはいえ、全く動かないのはよくないように思えて。
フォルはふむと納得したように頷いた。
「そうか。大事ないようならいいのだが。だが、そうだな……医師に確認して、問題ないようなら明日にでも庭を案内することにしよう」
それなら動かなさすぎるなどと言うこともあるまい。
提案に、僕はありがたいと顔を綻ばせる。
「ありがとうございます。いろいろごお気遣い頂いて」
「何、これぐらい、気遣いのうちに入らぬ。今は大事な御身だ、大切にしすぎるぐらいでちょうどいい」
にこと微笑んだフォルはやはり大変に美しく。
赤い髪が更と流れ、真っ赤な瞳が細まって。
ホセの見目もとてもいいと思っていたけれど、これはまた別次元だな、そんな風に見惚れてしまった。
何よりも番の匂いが辺りに漂ったまま、僕を包み込んでいる。
ずっと濃いとは思っていたけれど、こうして部屋の中に入ると、それ以前の日ではない。
どれだけこの匂いは煮詰まっていくのか。
これほどまでに匂いが濃いのは、もしかしてフォルこそが僕の番だからなのだろうか。
一瞬、そんな考えがよぎったけれど、違うと、同時に漠然と否定していた。
フォルは、僕の番ではない。
ホセやシズ、ネアがそうであるように、ただ番の匂いを纏っているだけ。
番本人ではないことだけを、どうしてか僕はどこかで確信している。
「ああ、ちょうど飲み物が届いたようだ。存分に喉を潤すといい」
いつの間にか戻ってきていて先程の女性が、ひどく静かに近づいてきて、僕達の前にひざまずいた。
とても繊細なガラスでできているらしい透明なグラスに、水差しから何かを注ぎ入れている。
フォルが彼女が捧げ持ったそれを受け取り、まるで毒味でもするかのように一瞬口をつけてから僕へと差し出してきた。
なんとなく複雑な気分でそれを受け取りながら僕は。
「ありがとう、ございます……」
ただ素直にグラスへと、口をつける他にない。
それは何らかの果実が溶け込んだかのような、微かな匂いのする水で。まるで喉へと染みわたるかのように、ひどく冷たく僕には感じられたのだった。
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