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5・集落
しおりを挟む僕が今、お世話になっている、ホセの診療所があるこの集落は、どうやらエリュナと呼ばれているらしい。
否、それを僕に教えてくれたご老人は、
『この辺りのことは、皆、エリュナと呼ぶ』
という言い方をしていたので、この集落固有の呼び名ではないのかもしれないけれど。
ここは一応、どうやら近くに小さな水場、つまりオアシスがあり、そのほとりに形成された集落であるようで、それほど規模の大きくない、こじんまりした集落のようだった。
村だとか街だとかいうほど大きくはなく、小さな畑と酪農とで、なんとか食いつないでいるらしい。
余力のある若い男たちは、狩りかあるいは出稼ぎに出かけて行って、残った一部の女性と老人達は、この辺りの伝統となる織物を手掛けている。それを行商人に扱ってもらって、なんとか糧を得ているのだとか。
他の者は子供も皆、畑と酪農を請け負っていて、当然ホセは、この集落唯一の医療師であるらしい。
ここも勿論、ただ一つの診療所だ。
むしろこの近辺の集落全てを併せても、此処にしか診療所はないのだとか。
他の集落の者の中で、何か隊長に異変が起こったり、大きな怪我をしてしまったりなどした場合は砂漠を超えてここまで来るか、あるいはホセを呼びに来て連れて行くか、どちらかをしなければならないと聞いていた。
「今の所は何処からも、お呼びがかかっていないけれどね」
そんな風に苦笑していた通り、僕が身を寄せてからの数日間、ホセが集落から出ていったことはない。
なお、ホセは日中、集落にあるいくつかの家を回って、体の不自由なご老人などの様子をうかがうことを日課にしているという。
ここに診療所がある故か、それとも元からなのか。あるいはだからこそここに診療所が出来たのか、この集落は他よりも、そういった者が多いらしい。
当たり前の話ではあるのだが、ここに住む者は誰も余裕など持ってはおらず、ホセはほとんど無料で診療を請け負っている。
とは言え見返りは貰っているらしく、その多くは日々の食料や日用品などなのだとか。
つまりは物々交換のようなものだということなのだろう。
勿論、相手に余裕がある場合は、金銭が支払われる場合もあるらしいが。
そもそもここでは金銭など、行商人相手ぐらいしか使用しないとも言っていた。
ならばこそ僕の面倒が増えたのは、ホセにとって負担ではないかと確認したのだが、ホセ曰く、
「それぐらいの余裕はあるから。デュニナは気にしなくていい」
とのことで。ホセに放り出されたら、今の僕にはなす術もないこともあり、それ以上、ホセから厚意を固辞することはしないでいることにした。
そしてホセは、どうやら僕が家の外に出ることそのものを、好ましく思わないようだった。
なにせ少し外が気になるそぶりを見せるだけで、強く止めることこそないものの、非常に本意ではないというような、どこか縋る視線で見つめてくるのである。
それを突っぱねきることはできず、かと言って家にずっと引きこもり続けているのも息が詰まる。
いくら僕の周囲の世話を、ホセが率先して何くれとなく焼いてくれていると言っても、だ。
少しぐらい外の様子をうかがいたいという気持ちは、僕の中に当然、発生してしまっていて。
だが、お腹が大きいこともあり、そうたくさん動き回ることが億劫であることは間違いなかったので、僕が外に出ると言ったら、陽射しが落ちてきた夕暮れ時に、診療所の周囲を少しだけ歩き回る程度なのだった。
そう言った時にはだいたいホセが傍らに付き添ってくれていて、同時にターバンですっぽり頭を覆った上、出来るだけ顔も隠しておくよう申し付けられた。
いくら陽が落ちかけた、幾分か過ごしやすい時間しか外へ出ないとはいえ、日差しが強いことに違いはないということらしく、同時にどうやら僕の髪色は非常に目立つ為であるようだった。
だが、集落の者は皆、僕のことを知っているとも聞いていて、しかも、僕が身を隠すこと自体はホセだけではなく、集落の他の者も望んでいるようなのである。
それは僕が疎んじられているだとか、見苦しいだとかいう理由ではないようで。
「神人様のお姿は、我々にはあまりにも眩しすぎるのです。それも身重でいらっしゃる。どうぞ御身大切になさってくださいませ」
などと出会う者のほとんどに、拝まんばかりに申し付けられる有様なのだった。
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