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146・街歩き
しおりを挟む空けて翌日、いつも通りリシェの腕の中で目覚め、お互いに身支度を整えた後、やはり二人きりで朝食を摂った。
昨夜、寝る前にはこれはもしや朝まで眠れないのではないだろうかと不安に思うほど、鼓動を高鳴らせていたというのに、逆にドキドキし疲れでもしたのか、気が付けば朝で、サフィルは自分が存外早く寝入ることが出来たようだとまた朝から頬を赤らめることとなったのだが、いつも通りであったことに変わりはない。
そしてリシェは朝になっても変わらず眩しくて。サフィルの心臓の音もうるさいばかり。
努めて気持ちを落ち着けて食事を口に運んだのだが、当然味などよくわからなかった。
ちなみに今日もセディとイーニアは起き出してこられる状態ではないらしく、しかし流石に今日は夕食時には同じテーブルに着けるだろうと言付けを受け、リシェのエスコートに従って馬車に乗り込む。
街までそう離れてはいないけれども、流石に歩いて向かうには少しばかり距離があって。そもそも離宮の敷地は当たり前に広い上、少し小高い丘のようになっている場所の天辺に建っていて、街までは丘を降りる必要もあったのだ。
馬車の中ではいつかの神殿へと向かった時と同じ、向かい合わせの席に着いた。
そうすると、距離は少し離れるけれども、常にリシェが視界の中にいることとなり、サフィルはやはり眩しさに直視できず、俯くばかりだった。
きっとリシェも不審に思ったに違いない、そう思う。
否、むしろこうして同じ馬車に乗ること自体、あの祭事の際以来なのだから、こんなものだとでも思ってくれているだろうか。
サフィルにはわからない。
わからないけれども、結局、どうしようもなく高鳴る鼓動だけは確かで。前日に引き続き、そんな自分を持て余した。
程なくして着いた町は決して広くない。
かと言って決して狭くもなく、朝から活気があり、にぎわっている。
サフィルにとっては何もかもが目新しく、視線が定まらないのを見てリシェが笑った。
途端サフィルは恥ずかしくなる。だけど。
「サフィル。行こうか。ほら、手を。……はぐれるといけないから」
そんな風、少し照れたように言いながら手を取られて。繋がれたリシェの手を、もうずっと離したくない、そんなことを思ったりもした。
リシェと共に街を歩く。
それは当たり前に初めてのこと。
街の人は、流石に貴族だとぐらいは思っているだろうけれども、まさか聖王と聖王妃だとまでは思ってもみないのだろう、特別注目を浴びるということもなく、否、もしかしたら視線は集めていたかもしれないけれども、サフィルはそんなこと全く気にすることが出来なかった。
だってリシェと一緒なのだ。
近くで歩いている。
それだけで他にいったい何を思えるというのだろう。
初めて見る街、初めて見る景色。
リシェが隣にいる、それだけで光輝いて見えた。
だけども、意識のほどんどがリシェに向かってしまって、何もかもがよくわからない。
リシェはきっと気を使ってかサフィルに色々なものを見せたり、進めたりしてくれた。
市場の露店で売っていた、きっとそう高くはないだろう髪飾りを当てられて、
「ああ、よく似合う。サフィルが付けると、それだけでとてもいい物に見えそうだ」
なんて言われたりして照れたり、
「サフィル、これも食べてみないか。王宮ではあまりこういったものが出ないから、食べ慣れてないだろうけれども……」
などと言いながら、初めて見る串焼きのような物を差し出され、かじっては、予想以上のおいしさに舌鼓を打ったり。
見る物やること全て光り輝いて、楽しくて。なのに、リシェのこと以外全部、何もかもがよくわからないだなんて。自分のことながら不思議で仕方がなかった。
別に覚えていられないだとか、理解できないだとかそういうわけではなくて、ただ全てがリシェの眩しさにかき消されてしまったのである。
例えば髪飾りも、
『リシェ様の勧めてくれた髪飾り』
としか認識できなかったし、串焼きだって、
『リシェ様が美味しいと勧めて下さった串焼き』
なのである。
他も全てそんな調子で。
そうしてその日は一日、昼食も街で摂り、夕方まで離宮に戻らず過ごしたのだった。
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