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96・前聖王陛下③

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 出自を告げると余計に納得されるだけで済んだ。
 自分の育った環境以外のことなどサフィルにはよくわからない。
 子爵はいつもサフィルの容姿を、母によく似ていると褒めそやしていたけれど。ただ、彼は母の信望者なので、また少し事情が違うのではないかと思われた。

「ふむ。そんなものかね」

 そんなにまで非凡なのに。
 言外に告げられても、サフィルは頷く以外に術を持たない。
 実際にサフィルの容姿など、その程度の物なのだ。

「僕は、あの、魔力は多いのですがその……それほど、魔法や魔術が得意なわけではないので……」

 ご期待に沿えていなかったのなら申し訳ない。
 それらについても、確かに他者より多少は出来る自覚ぐらいある。
 だが、祖母や母のようないわゆる天才と言えるほどのものではなかった。

「まぁ、魔法や魔術の巧みさ等、聖王妃には必要なものでもないがね」

 気にするようなことではないと頷かれ、サフィルはなんとか笑みを返した。
 その笑みは非常にぎこちなく、だがセディはそれを指摘しない。

「ともあれよく来てくれた。歓迎しよう。ただ、申し訳ない、私はご覧の通り老齢でね。ろくに相手も出来そうにない。我が伴侶も伏せることが多い。気を悪くしないでくれたまえ、歓迎していないわけではないんだ。女官によく言いつけておいたから、少しでも楽しんでもらえるといいのだが……ここは聖王都の喧騒などとは遠いからね。ゆっくりするにはもってこいの場所ではある。寛いでいってくれると嬉しい」

 そんな風に申し訳なさそうにされ、サフィルの方こそ恐縮してしまった。

「いえっ! あの、僕こそ……僕の我儘で。そちらの都合も顧みず押しかけてしまって……」
「いやいや、挨拶がしたいと、我々に会いたいと希望してくれたのだと聞いている。その気持ちはとても嬉しい。気にするようなことではないさ」
「でしたら、いいんですけど……」

 かかと朗らかに笑い飛ばされ、ようやくサフィルは僅かばかり力を抜くことが出来た。
 やはりセディはリシェに似ていて、だがリシェよりもセディの方が僅かばかり、細やかな気遣いが出来る人のように思えた。
 その後も少しばかり言葉を交わして、長居はせずに部屋を辞す。
 元々サフィルはおしゃべりな性質をしておらず、気の利いたこと一つ言えない上、人見知りで何を話せばいいのかさえ分からなかったというのもあるが、見るからに老齢なセディを長く引き留めるのも気が引けたという部分があった。
 セディは最後まで友好的な態度を崩さず、とてもいい人そうだというのがサフィルの印象。
 そしてこの後続けて、臥せっているという前聖王妃陛下とも会う予定になっていた。
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