93 / 242
90・離宮へ①
しおりを挟む前聖王陛下と前聖王妃陛下がいる離宮は聖王都にはない。
かと言って、それほど離れているわけではなかった。
馬車で二日の距離となるのだが、出たのが朝ではなかったのもあって、途中の町で二泊する予定となっている。
今回、同行してくれる人員はそれなりに多く、馬車だけで4台、その周りを護衛騎士たちが取り囲むように配置されていて、非常に物々しい。
サフィルの我儘ひとつでこんな事態に陥ってしまった。
思うと大変に居た堪れず心苦しいのだが、
『お立場をお考え下さい』
リシェを始め司祭たちにも寄ってたかってそう諭されては拒絶するわけにもいかず、結局サフィルはおとなしく従うより他になかった。
(そんなに心配しなくても大丈夫なのに……)
そう思うのだけれど、立場と言われると確かに今までのように気軽には動けないのだろうことぐらいはサフィルも理解している。
一国の王の伴侶。
確かに滅多なことがあってはいけないし、侍女や侍従、護衛などもそれなりの数が必要だった。
特に今回はお忍びと言うわけでもない。
先触れを出し、近隣にも伝えた上での、離宮への訪問なのである。
正式な行事ではなくとも、きっと大きな違いはないことだろう。
馬車に乗り込んだ時から、自然、体を強張らせたままのサフィルの前で、今回も同行してくれたサフィル付きの侍女の一人がくすと笑う。
「聖王妃陛下ったら。それほど緊張なさらずとも宜しいでしょうに」
そう言われても、こんなに大層な移動になるとは思ってもみなかったし、何よりこういうことは初めてなのだ。仕方がないことだと思う。
サフィルが気まずそうに視線を逸らすと、侍女はますますくすくすと笑って。
「馬車での移動は初めてではないのでしょう? 何をそんなに気にしていらっしゃるのか、私にはわかりませんわ」
そんな、華やかに告げられたけれど、サフィルは表情を取り繕うことが出来なかった。
元々、感情を表に出さずにいられるような性質はしていない。
それに初めてではないとは言っても、実の所、馬車での長距離移動など数えるほどしか経験がなくて。
なにせ育ったリリフェステには国家間転移施設がある。
子爵邸から国家間転移施設自体、数刻ほどの距離で、それを利用すれば、リリフェステ国内にある母の居る離宮にも、ナウラティスの王都にも一瞬のうちに移動が可能だった。
つまり数日かけての移動など必要がない環境で育っているのだ。
馬車での長距離移動の経験自体、精々が旅行、あるいは学園の行事の際や、あるいはそれこそ、マチェアデュレへと嫁いできた時ぐらいのもの。
いずれも馬車一台程度での移動で、これほど大勢での移動でなどなかったのだった。
0
お気に入りに追加
907
あなたにおすすめの小説
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
結婚式の晩、「すまないが君を愛することはできない」と旦那様は言った。
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
「俺には愛する人がいるんだ。両親がどうしてもというので仕方なく君と結婚したが、君を愛することはできないし、床を交わす気にもなれない。どうか了承してほしい」
結婚式の晩、新妻クロエが夫ロバートから要求されたのは、お飾りの妻になることだった。
「君さえ黙っていれば、なにもかも丸くおさまる」と諭されて、クロエはそれを受け入れる。そして――
バイバイ、セフレ。
月岡夜宵
BL
『さよなら、君との関係性。今日でお別れセックスフレンド』
尚紀は、好きな人である紫に散々な嘘までついて抱かれ、お金を払ってでもセフレ関係を繋ぎ止めていた。だが彼に本命がいると知ってしまい、円満に別れようとする。ところが、決意を新たにした矢先、とんでもない事態に発展してしまい――なんと自分から突き放すことに!? 素直になれない尚紀を置きざりに事態はどんどん劇化し、最高潮に達する時、やがて一つの結実となる。
前知らせ)
・舞台は現代日本っぽい架空の国。
・人気者攻め(非童貞)×日陰者受け(処女)。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
番だと言われて囲われました。
桜
BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。
そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
【完結】酔った勢いで子供が出来た?!しかも相手は嫌いなアイツ?!
愛早さくら
BL
酔って記憶ぶっ飛ばして朝起きたら一夜の過ちどころか妊娠までしていた。
は?!!?なんで?!!?!って言うか、相手って……恐る恐る隣を見ると嫌っていたはずの相手。
えー……なんで…………冷や汗ダラダラ
焦るリティは、しかしだからと言ってお腹にいる子供をなかったことには出来なかった。
みたいなところから始まる、嫌い合ってたはずなのに本当は……?!
という感じの割とよくあるBL話を、自分なりに書いてみたいと思います。
・いつも通りの世界のお話ではありますが、今度は一応血縁ではありません。
(だけど舞台はナウラティス。)
・相変わらず貴族とかそういう。(でも流石に王族ではない。)
・男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。
・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。
・頭に☆があるお話は残酷な描写、とまではいかずとも、たとえ多少であっても流血表現などがあります。
・言い訳というか解説というかは近況ボードの「突発短編2」のコメント欄からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる