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90・離宮へ①

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 前聖王陛下と前聖王妃陛下がいる離宮は聖王都にはない。
 かと言って、それほど離れているわけではなかった。
 馬車で二日の距離となるのだが、出たのが朝ではなかったのもあって、途中の町で二泊する予定となっている。
 今回、同行してくれる人員はそれなりに多く、馬車だけで4台、その周りを護衛騎士たちが取り囲むように配置されていて、非常に物々しい。
 サフィルの我儘ひとつでこんな事態に陥ってしまった。
 思うと大変に居た堪れず心苦しいのだが、

『お立場をお考え下さい』

 リシェを始め司祭たちにも寄ってたかってそう諭されては拒絶するわけにもいかず、結局サフィルはおとなしく従うより他になかった。

(そんなに心配しなくても大丈夫なのに……)

 そう思うのだけれど、立場と言われると確かに今までのように気軽には動けないのだろうことぐらいはサフィルも理解している。
 一国の王の伴侶。
 確かに滅多なことがあってはいけないし、侍女や侍従、護衛などもそれなりの数が必要だった。
 特に今回はお忍びと言うわけでもない。
 先触れを出し、近隣にも伝えた上での、離宮への訪問なのである。
 正式な行事ではなくとも、きっと大きな違いはないことだろう。
 馬車に乗り込んだ時から、自然、体を強張らせたままのサフィルの前で、今回も同行してくれたサフィル付きの侍女の一人がくすと笑う。

「聖王妃陛下ったら。それほど緊張なさらずとも宜しいでしょうに」

 そう言われても、こんなに大層な移動になるとは思ってもみなかったし、何よりこういうことは初めてなのだ。仕方がないことだと思う。
 サフィルが気まずそうに視線を逸らすと、侍女はますますくすくすと笑って。

「馬車での移動は初めてではないのでしょう? 何をそんなに気にしていらっしゃるのか、私にはわかりませんわ」

 そんな、華やかに告げられたけれど、サフィルは表情を取り繕うことが出来なかった。
 元々、感情を表に出さずにいられるような性質はしていない。
 それに初めてではないとは言っても、実の所、馬車での長距離移動など数えるほどしか経験がなくて。
 なにせ育ったリリフェステには国家間転移施設ポータルがある。
 子爵邸から国家間転移施設ポータル自体、数刻ほどの距離で、それを利用すれば、リリフェステ国内にある母の居る離宮にも、ナウラティスの王都にも一瞬のうちに移動が可能だった。
 つまり数日かけての移動など必要がない環境で育っているのだ。
 馬車での長距離移動の経験自体、精々が旅行、あるいは学園の行事の際や、あるいはそれこそ、マチェアデュレこの国へと嫁いできた時ぐらいのもの。
 いずれも馬車一台程度での移動で、これほど大勢での移動でなどなかったのだった。
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