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「一億出す」
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「あの、すいません」
よそよそしく声をかける青年はその姿から歴戦の旅人であることが伺える。
身体中に刻まれた古傷は痛々しくも、その身体に馴染んでいた。
そしてその青年が話しかけた相手は、一見ただの老ぼれだ。
背に青臭い風呂敷を背負い、巻物が突き出ていることから商人なのだろう。
ご立派とはいえない傷んだ髭は唇に寄れかかるほどに弱々しく、活気がない。
髭の主人によく似ている。
「うむ?どういうおこしで?」
少々気怠げに捉えられるその言葉に全くの憤りを覚えずに青年は続けた。
「すいません!商人さんですよね?よろしかったらその巻物を一つ売ってはいただけませんか?それがどうしても欲しくて」
どうやらその古ぼけた巻物が目当てだったようだ。
一般人からするとその巻物からはなんの魅力も感じることができない。
よく見なくてもわかる。
「ほほう。お主これが欲しいと。なかなかの若いもんじゃな。お主これの価値がわかるのかい?」
巻物に触れられた古い商人は口角を上げニヤリと笑いながら問いかける。
何やら不思議な力と薄気味悪いものを感じるその笑みだが、青年は変わらず満面の笑みを絶やさない。
「はい、もちろんです!いくらでも出しますので譲ってはいただけないでしょうか?」
元気よく喋る青年と微笑み、嬉しそうな商人の2人は、自分たちだけの世界かのような底知れない未知の領域にいるように見えた。
到底理解できないような2人の独特のリズムは他を寄せ付けなかった。
現にここは真っ白な砂漠の上だ。
その砂漠にぽつんと立つ2人を見ていると世界は破滅したようにも思えてくる。
「いくらでもと言ったか。では一億ではどうだ?」
「もちろん出します!」
断られる前提のような額にあっさりと答え切った青年に少し驚き気味の商人だった。
普通ならこれはおかしいと言えよう。
こんな古ぼけたなんの役にも立たない巻物に一億出すと言っているのだから。
この青年はイカれてる。この段階では何も知らないものはそうも思うだろう。
「お主はなかなかの者だな。では、二億でどうだ?」
「く、わかりました。ただそれ以上は出せません...」
巻物の高レートっぷりにまずは驚嘆の一拍を置き、飄々とした2人の世界を楽しむ。
先程の驚きがかった商人の顔とは裏腹に今度は少し余裕が垣間見えるような表情だった。
一方青年は、真剣な面持ちであの巻物のために二億を手放す覚悟をしている。
「それで限界か、なら二億十万ならどうだ?」
「二億十万か...。それぐらいなら...」
意地の悪い商人の言葉に釣られ、ついつい十万も値段を上げてしまった。
あんな跳ね上がり方をした後に十万と言われたら衝撃は落ちるに決まってる。
青年の気持ちは十分に理解できる。
二億もの大金を出す奴がたった十万払えんわけないからな。
「ほう、では二億二十万といこうか?」
「くそ、まだ出せる...」
もうやめておけと言いたい気持ちをグッと堪えて私は2人のやりとりをマジマジと見ている。
それにしてもあの青年はなんの考えがあってその巻物が欲しいのやら。
それからも攻防は続き、商人はどんどん値段の上げ幅を下げ、現在二億四十六万六千八百七十六というなんとも半端なところまできた。
ここで青年の態度は急変し、声を荒げる。
「ええい!もういいわ!五億!五億出す!だからさっさとその巻物を譲れ!」
痺れを切らした青年は今までの攻防を無に返す「五億」という破格の値段を叩き出してきた。
こうしてこの2人だけの競りは五億という大台に乗ってしまった。
この青年の執念たるや恐ろしい。
さぞかし驚いた顔をしているだろうと商人の顔を見ると、ケロッとした表情で次の言葉を言い出した。
「では、五億十万」
「なに...!!!」
これには青年も呆れんわけにはいかない。
まだ粘るというのかこの老ぼれは。
その十万多くもらってお前に何があるのか、と言いたいところだが部外者が口を挟んではいかぬ。
私は天界から見守らなければ。
この天界にはあの老ぼれ商人に敗れた者がわんさか溢れかえっている。
その数、二百万。
あの青年がもしこの天界まで来るとちょうど二百十万になるところだ。
「すいません、いくらになったら譲ってくれるのですか?」
青年は半ば諦めたように聞いた。
あの青年はついにやってしまったのか。青年の愚行に思わず息が漏れてしまう。
「十億だ。十億出したら譲ってやろうか。ただ払えればええがな」
不敵な笑みをこぼしながら商人がそう言った途端、青年は天界まで飛ばされた。
そりゃそうだ。我慢できずに最終の値段を聞いてしまうとこの競りの意味がなくなってしまう。
つまりルール違反ということだ。
この青年も敗者になったのだ。
ちなみにあの「十億」という言葉も嘘っぱちだ。
仮に十億まで跳ね上げたとしてもまた十万上げられてしまう。
今までの最高が確か六京七千八百ニ兆四百五十四万二千百九十九なのだが、なぜこんな半端な数字で終わってるかと言うと、そいつは寿命で死んだからだ。
一体誰があの商人に勝てるというのか。
とぼとぼと砂漠をほっつき歩く商人の背中を多少羨ましげに見つめながら思った。
よそよそしく声をかける青年はその姿から歴戦の旅人であることが伺える。
身体中に刻まれた古傷は痛々しくも、その身体に馴染んでいた。
そしてその青年が話しかけた相手は、一見ただの老ぼれだ。
背に青臭い風呂敷を背負い、巻物が突き出ていることから商人なのだろう。
ご立派とはいえない傷んだ髭は唇に寄れかかるほどに弱々しく、活気がない。
髭の主人によく似ている。
「うむ?どういうおこしで?」
少々気怠げに捉えられるその言葉に全くの憤りを覚えずに青年は続けた。
「すいません!商人さんですよね?よろしかったらその巻物を一つ売ってはいただけませんか?それがどうしても欲しくて」
どうやらその古ぼけた巻物が目当てだったようだ。
一般人からするとその巻物からはなんの魅力も感じることができない。
よく見なくてもわかる。
「ほほう。お主これが欲しいと。なかなかの若いもんじゃな。お主これの価値がわかるのかい?」
巻物に触れられた古い商人は口角を上げニヤリと笑いながら問いかける。
何やら不思議な力と薄気味悪いものを感じるその笑みだが、青年は変わらず満面の笑みを絶やさない。
「はい、もちろんです!いくらでも出しますので譲ってはいただけないでしょうか?」
元気よく喋る青年と微笑み、嬉しそうな商人の2人は、自分たちだけの世界かのような底知れない未知の領域にいるように見えた。
到底理解できないような2人の独特のリズムは他を寄せ付けなかった。
現にここは真っ白な砂漠の上だ。
その砂漠にぽつんと立つ2人を見ていると世界は破滅したようにも思えてくる。
「いくらでもと言ったか。では一億ではどうだ?」
「もちろん出します!」
断られる前提のような額にあっさりと答え切った青年に少し驚き気味の商人だった。
普通ならこれはおかしいと言えよう。
こんな古ぼけたなんの役にも立たない巻物に一億出すと言っているのだから。
この青年はイカれてる。この段階では何も知らないものはそうも思うだろう。
「お主はなかなかの者だな。では、二億でどうだ?」
「く、わかりました。ただそれ以上は出せません...」
巻物の高レートっぷりにまずは驚嘆の一拍を置き、飄々とした2人の世界を楽しむ。
先程の驚きがかった商人の顔とは裏腹に今度は少し余裕が垣間見えるような表情だった。
一方青年は、真剣な面持ちであの巻物のために二億を手放す覚悟をしている。
「それで限界か、なら二億十万ならどうだ?」
「二億十万か...。それぐらいなら...」
意地の悪い商人の言葉に釣られ、ついつい十万も値段を上げてしまった。
あんな跳ね上がり方をした後に十万と言われたら衝撃は落ちるに決まってる。
青年の気持ちは十分に理解できる。
二億もの大金を出す奴がたった十万払えんわけないからな。
「ほう、では二億二十万といこうか?」
「くそ、まだ出せる...」
もうやめておけと言いたい気持ちをグッと堪えて私は2人のやりとりをマジマジと見ている。
それにしてもあの青年はなんの考えがあってその巻物が欲しいのやら。
それからも攻防は続き、商人はどんどん値段の上げ幅を下げ、現在二億四十六万六千八百七十六というなんとも半端なところまできた。
ここで青年の態度は急変し、声を荒げる。
「ええい!もういいわ!五億!五億出す!だからさっさとその巻物を譲れ!」
痺れを切らした青年は今までの攻防を無に返す「五億」という破格の値段を叩き出してきた。
こうしてこの2人だけの競りは五億という大台に乗ってしまった。
この青年の執念たるや恐ろしい。
さぞかし驚いた顔をしているだろうと商人の顔を見ると、ケロッとした表情で次の言葉を言い出した。
「では、五億十万」
「なに...!!!」
これには青年も呆れんわけにはいかない。
まだ粘るというのかこの老ぼれは。
その十万多くもらってお前に何があるのか、と言いたいところだが部外者が口を挟んではいかぬ。
私は天界から見守らなければ。
この天界にはあの老ぼれ商人に敗れた者がわんさか溢れかえっている。
その数、二百万。
あの青年がもしこの天界まで来るとちょうど二百十万になるところだ。
「すいません、いくらになったら譲ってくれるのですか?」
青年は半ば諦めたように聞いた。
あの青年はついにやってしまったのか。青年の愚行に思わず息が漏れてしまう。
「十億だ。十億出したら譲ってやろうか。ただ払えればええがな」
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そりゃそうだ。我慢できずに最終の値段を聞いてしまうとこの競りの意味がなくなってしまう。
つまりルール違反ということだ。
この青年も敗者になったのだ。
ちなみにあの「十億」という言葉も嘘っぱちだ。
仮に十億まで跳ね上げたとしてもまた十万上げられてしまう。
今までの最高が確か六京七千八百ニ兆四百五十四万二千百九十九なのだが、なぜこんな半端な数字で終わってるかと言うと、そいつは寿命で死んだからだ。
一体誰があの商人に勝てるというのか。
とぼとぼと砂漠をほっつき歩く商人の背中を多少羨ましげに見つめながら思った。
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