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本編

出会った時から(かなり)変でした。

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その日、私はお父様の兄であられる国王陛下の元へ伺っていました。元々お父様たちは自身の子供たちを引き合わせて、あわよくば婚約を···と思っていたそうです。
忘れもしません。あれは早咲きの薔薇が咲き誇り、芳しい香りが漂う春の終わりの王宮の薔薇園で····。

『君が、アイネリーゼ?』

まだ変声期を向かえる前の少年特有の高い声が聞こえ、振り向くと何故か顔を真っ赤に染め上げて大きな瞳をこれでもかと見開いた美少年が佇んでいました。

『はい、お初にお目にかかります。トレンティス公爵が娘、アイネリーゼ·トレンティスと申します。二人を繋ぐ運命が絡まるこの良き日にお会い出来た事、恐悦至極に存じます。』

あの時私は、お母様や礼儀作法の先生から教わった貴族の挨拶を噛まずに言えた事が誇らしかったのを覚えています。しかし、挨拶をしたのにその美少年は元々真っ赤だった顔を益々真っ赤にして何やらブツブツ呟いていました。

『うわあうわあ何あれめっちゃめちゃ可愛いんですけどえ、あの子僕の婚約者候補?いいよもう候補とか要らないあの子が婚約者で決定うんもう決めた今まで我が儘とか言わずに良い子で過ごしてたんだからこれくらいいいよねあー良い子でいて良かったていうかなんなのこの子天使?女神?何前世で世界救ったの?あああもうめちゃくちゃドタイプなんですけど早く結婚したいああああ』
『あ、あの····?』

今にして思えば、よくあそこまでノンストップで喋り続けられたな、とか本当に五歳なのかしら、とか思う事は山程あるのですが、当時の私にはそこまで頭が回りませんでした。

『ね、僕と結婚してくれる?』
『え····?』
『ねぇ·····、駄目、かな····?』

鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くに完璧な美貌を誇る美少年がいたからです。何かの芸術品なのかと思わせる程美しい顔は、ともすれば冷たい印象を与えそうでしたが私を見つめるその表情は、何と言うかとても艶やかでとてもその当時五歳とは思えない程だったのです。そんなご尊顔を惜し気もなく近付けながら、己の美貌を最大限に発揮して駄目?などと聞いてきたのです!断れる訳ないではないですか。

『駄目、では、ない·····です·······。』

そんなこんなで私はエミリオ殿下の婚約者となったのですが····、見誤ったと早々に後悔しました。確かに殿下はルックスも、スタイルも、頭も良いのです。大層おモテになりますが、他の女性との交流もなく一途に私を想って下さいます。あんなに素敵な方が私を妻に望んで下さっている····それはとても嬉しい事なのですが·····、殿下は、少々····、いえかなり、とてつもなく、超絶、愛が重いのです。
出会ったその日の内に婚約者になりそれも早過ぎやしないかと思っていたのですが、それはまだ序の口でした。婚約者となったばかりの次の日、殿下が抱えきれない程大量の薔薇の花を持って私の屋敷にやって来たのです。

『おはよう、僕のアイネ。今日の君は昨日の君よりもずっと魅力的だね。』

昨日の今日で変わる訳がない、とかまだ婚約して一日なのに愛称呼びですか、とか思うところはあったのですが、目の前の大量の薔薇を見てそれどころではないな、と思いました。

『エ、エミリオ殿下····、あの、これは····?』
『ああ、君の事が恋しくて顔を見に来たんだけど、手ぶらで行くわけにもいかないからね。うちに咲いている薔薇が綺麗に咲いたから、幾つか摘み取ってきたんだ。』
『そ、うですか····。』
『·····でも、やっぱり薔薇なんかよりもずっと君の方が美しいね。薔薇園に咲いていた時には綺麗だと思っていたんだけど、君を前にするとやはり霞んでしまうな。』

······殿下、本当に五歳ですか?と思わず疑いたくなるくらい歯の浮くような台詞がスラスラと出てきていました。

『あ、ありがとうございます····。ですが、私は一輪で充分ですわ。』
『ど、どうして?何か気に入らなかった!?好きな子を落とす攻略法☆では綺麗な花とキュンとくる台詞を言えばイチコロって書いてあったのにクッソ誰だよこれで愛しのアイネがメロメロになるぜ☆とか思ってた奴!僕だよ!ああああどうすれば良いんだせめて前世でそれなりに恋愛経験積んでおけば····ああああ自分で自分の傷を抉るなよ僕ああああ』

·····また殿下が壊れてしまいました。いつだったかお父様にエミリオ殿下は常に無表情で五歳にして周囲の大人に血も涙もない冷血漢と言わしめた方だと伺ったのですが、······なんというかただの(?)ちょっと(いや、かなり)変な男の子という印象が強いのですが。

『お、落ち着いて下さいませ、殿下!一輪だけで良いと言ったのはそんなにあったら屋敷中薔薇だらけになってしまうからで、殿下のお気持ちは嬉しいですから!』

途端、殿下が謎のブツブツを止めてグリンッと思い切り首をこちらに向けました。····首、大丈夫でしょうか。

『ほ、本当に·····?』
『え、ええ。私綺麗なお花が大好きなのです。ですが、こんなに沢山あったらお世話出来ずに枯らしてしまうでしょう?だから、手元に置いておけるたった一輪があれば、それで良いのです。それにほら···』

私は花束の中から一輪を抜き、鼻に近づけました。すると、とても芳しい香りが鼻腔を擽ります。

『たった一輪でも、とっても良い香りですわ。·····とっても綺麗。』
『······っ!!?!?え、待って待ってヤバイヤバイ僕の婚約者本当に可愛い天使?あああもう早く結婚しまい何で今五歳なんだろう一気に十歳くらい成長出来ないかなあああでも可愛いアイネが綺麗になっていく過程も一番近くで見たいぃぃぃぃ!』

·······もう、殿下は放っておきましょう。
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