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2章 ウィリアム
貴方が知りたい
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ケーキ店で存分にケーキを堪能したアイリスはまだ口の中に残るケーキの余韻に浸っていた。
「ありがとうございます、ウィリアム様。このような幸せな時間を過ごせるなんて、何とお礼申し上げたら良いのか···。」
「気にすることはないよ、アイリス嬢。これは私から誘った逢い引きなのだから。それに、君の幸せそうな顔を見ることが出来ただけで十分だよ。」
「ですが···。」
お礼は要らないと言うウィリアムにアイリスが食い下がると、
「なら、敬語を止めてくれないか?」
「え?」
「礼儀正しいのは良い事だけれど、壁を感じてしまうから。ついでに、私の事を『ウィル』と呼んで欲しいな。」
「そ、そんな!自分よりも階級の高い方に対して馴れ馴れしくなど···。」
「·····駄目、かな?」
心なしかウィリアムの頭にしゅんと垂れた犬の耳のようなものが見えて、アイリスは思わず頷いてしまうところだった。
「だ、駄目····」
「アイリス···。」
『アイリス』と呼ばれ、顔に熱が集まるのを感じる。捨てられた子犬のようなウィリアムに、これ以上駄目と言う事はアイリスには出来なかった。
「わ、分かり···、分かった。これからは、ウ、ウィル、って呼びま、呼ぶ、ね···?」
これで満足か、とアイリスがウィリアムの方を向くと、さっきまで垂れていた耳がピンと立っているのが見えた。
「あぁ、ありがとうアイリス。」
「·····っ!」
(どうして、この人は私が敬語を止めて愛称で呼んだだけでこんなに、嬉しそうにするの?)
彼の一挙一動に心を揺さぶられる。
「ねぇ、アイリス。この後、まだ時間はあるかな?」
「う、うん。今日は、特に予定はないけど···。」
「良かった。それじゃあ、君に王都を案内してあげるよ。君が気に入りそうなお店が沢山あるんだ。」
「う、うん!ありがとう。」
*****
王都には様々なお店がずらりと並んでいた。メルヘンな外観のお菓子店や、流行の服がガラスのショーケースに並ぶブティック、薫り漂う花屋など、どれも目移りしてしまうようなものばかりだ。
「どれも素敵···。見ていて飽きないわ。」
「そうか、喜んでもらえて私も嬉しいよ。」
落ち着かなげに辺りをキョロキョロと見渡すアイリスを、ウィリアムは優しげな眼差しで見つめていた。
「あ、あのお花、お母様のお好きなものだわ。あのネクタイはお父様に似合いそう。」
「フフッ」
「···?あ、ご、ごめんなさい私ったら···。はしゃいでしまって恥ずかしい···。」
「あぁ、気にすることないよ。はしゃいでいる君はとても可愛かったから。」
(そうやってサラッと甘い言葉を吐く所、ウィルの悪い癖だわ。勘違いしてしまうじゃない···。)
出会ってから日が浅いというのに彼に囁かれた甘い言葉は数知れない。褒められて嬉しい反面、慣れているようで何だか悔しい。
「····ウィルは、いつもこうやって女性に愛を囁くの?」
「アイリス?」
「私は、こうして言われるのはウィルが初めてだからいっぱいいっぱいなのに、貴方は慣れているみたいで···。」
嫌だ、そう言いかけて口をつぐむ。まだ恋人ですらないアイリスにウィリアムの女性関係をとやかく言う筋合いはない。アイリスは思わず俯いた。すると、上から笑い声がした。
「私が誰にでも愛を囁く遊び人だと思った?」
声を聴く限りウィリアムに怒っている様子はないので、アイリスは素直に頷く。
「私は、生まれてから今まで君以外に愛を囁いた事などないよ。」
ウィリアムが放った言葉を上手く理解できず、顔を上げるとウィリアムは瞳に愛おしげな光を宿しながら微笑んでいた。
「本当に···?」
「君に嘘なんて吐かないよ。本当はいつも緊張しているんだよ?」
「で、でも、とてもスラスラと言ってきて···。」
と、徐にウィリアムがアイリスの手を取り自身の胸に当てた。すると、
「···ね?アイリス、君といると私の心臓はいつも早鐘を打ったようになるんだ。君にだけだよ。」
(勘違いしてはいけない、自惚れてはいけないと必死に思い続けているのに···。)
ウィリアムは、狡い。ウィリアムがアイリスに飽きるまでの関係だと割り切った筈なのに、知らなかった彼を知る度に無視出来ない程、アイリスの心は膨らむ。彼を想えば想う程何時か来る別れの日が辛くなるのは分かっているのに。けれど、アイリスはウィリアムへのこの想いを捨てようとは思えなかった。
(貴方を好きになった事を、なかった事にはしたくない。···私はもっと、貴方を知りたい。)
「ありがとうございます、ウィリアム様。このような幸せな時間を過ごせるなんて、何とお礼申し上げたら良いのか···。」
「気にすることはないよ、アイリス嬢。これは私から誘った逢い引きなのだから。それに、君の幸せそうな顔を見ることが出来ただけで十分だよ。」
「ですが···。」
お礼は要らないと言うウィリアムにアイリスが食い下がると、
「なら、敬語を止めてくれないか?」
「え?」
「礼儀正しいのは良い事だけれど、壁を感じてしまうから。ついでに、私の事を『ウィル』と呼んで欲しいな。」
「そ、そんな!自分よりも階級の高い方に対して馴れ馴れしくなど···。」
「·····駄目、かな?」
心なしかウィリアムの頭にしゅんと垂れた犬の耳のようなものが見えて、アイリスは思わず頷いてしまうところだった。
「だ、駄目····」
「アイリス···。」
『アイリス』と呼ばれ、顔に熱が集まるのを感じる。捨てられた子犬のようなウィリアムに、これ以上駄目と言う事はアイリスには出来なかった。
「わ、分かり···、分かった。これからは、ウ、ウィル、って呼びま、呼ぶ、ね···?」
これで満足か、とアイリスがウィリアムの方を向くと、さっきまで垂れていた耳がピンと立っているのが見えた。
「あぁ、ありがとうアイリス。」
「·····っ!」
(どうして、この人は私が敬語を止めて愛称で呼んだだけでこんなに、嬉しそうにするの?)
彼の一挙一動に心を揺さぶられる。
「ねぇ、アイリス。この後、まだ時間はあるかな?」
「う、うん。今日は、特に予定はないけど···。」
「良かった。それじゃあ、君に王都を案内してあげるよ。君が気に入りそうなお店が沢山あるんだ。」
「う、うん!ありがとう。」
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王都には様々なお店がずらりと並んでいた。メルヘンな外観のお菓子店や、流行の服がガラスのショーケースに並ぶブティック、薫り漂う花屋など、どれも目移りしてしまうようなものばかりだ。
「どれも素敵···。見ていて飽きないわ。」
「そうか、喜んでもらえて私も嬉しいよ。」
落ち着かなげに辺りをキョロキョロと見渡すアイリスを、ウィリアムは優しげな眼差しで見つめていた。
「あ、あのお花、お母様のお好きなものだわ。あのネクタイはお父様に似合いそう。」
「フフッ」
「···?あ、ご、ごめんなさい私ったら···。はしゃいでしまって恥ずかしい···。」
「あぁ、気にすることないよ。はしゃいでいる君はとても可愛かったから。」
(そうやってサラッと甘い言葉を吐く所、ウィルの悪い癖だわ。勘違いしてしまうじゃない···。)
出会ってから日が浅いというのに彼に囁かれた甘い言葉は数知れない。褒められて嬉しい反面、慣れているようで何だか悔しい。
「····ウィルは、いつもこうやって女性に愛を囁くの?」
「アイリス?」
「私は、こうして言われるのはウィルが初めてだからいっぱいいっぱいなのに、貴方は慣れているみたいで···。」
嫌だ、そう言いかけて口をつぐむ。まだ恋人ですらないアイリスにウィリアムの女性関係をとやかく言う筋合いはない。アイリスは思わず俯いた。すると、上から笑い声がした。
「私が誰にでも愛を囁く遊び人だと思った?」
声を聴く限りウィリアムに怒っている様子はないので、アイリスは素直に頷く。
「私は、生まれてから今まで君以外に愛を囁いた事などないよ。」
ウィリアムが放った言葉を上手く理解できず、顔を上げるとウィリアムは瞳に愛おしげな光を宿しながら微笑んでいた。
「本当に···?」
「君に嘘なんて吐かないよ。本当はいつも緊張しているんだよ?」
「で、でも、とてもスラスラと言ってきて···。」
と、徐にウィリアムがアイリスの手を取り自身の胸に当てた。すると、
「···ね?アイリス、君といると私の心臓はいつも早鐘を打ったようになるんだ。君にだけだよ。」
(勘違いしてはいけない、自惚れてはいけないと必死に思い続けているのに···。)
ウィリアムは、狡い。ウィリアムがアイリスに飽きるまでの関係だと割り切った筈なのに、知らなかった彼を知る度に無視出来ない程、アイリスの心は膨らむ。彼を想えば想う程何時か来る別れの日が辛くなるのは分かっているのに。けれど、アイリスはウィリアムへのこの想いを捨てようとは思えなかった。
(貴方を好きになった事を、なかった事にはしたくない。···私はもっと、貴方を知りたい。)
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