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1.きらいなもの
しおりを挟むあたし、杉浦茉菜には、きらいなものがある。
「おう、杉浦。お前赤点。よって、放課後の補習決定な」
「げぇ~っ! またあ!?」
たった今、担任から伝えられた言葉。
これはあたしにとって、死刑宣告とも言える。
心底嫌そうに顔を歪めてみせると、担任は呆れた顔をしてため息をついた。
「杉浦、“また”ってのはこっちのセリフだ。お前赤点とり過ぎ。一年のうちからこんなんじゃ、いざ進学したいって思った時には手遅れだぞ?」
……それを言われるとなにも言い返せない。
手元の答案用紙数枚。
どれもバツ印ばっかりで、見てられないほど悲惨。
いや、自分の答案なんだけどさ。
まさかのオール・レッドポイントです、はい。
自分のバカさに、さすがに賞賛を与えたくなるレベルだよね、これは。
……そう、あたしは勉強が大の苦手!
というよりも大きらい!
勉強って全然楽しくないし、わからないから超つまんない。
そんなあたしは、入学してからもう何度目かわからない赤点をとっているわけでして。
先生たちの間であたしは問題児化しているらしい。
問題児って言っても勉強がとことんできないってだけで、ほかはなにも問題ないと思う。
スカートはちょーっと短いかもしれないけど、ほかのみんなと変わらないくらいだし。
髪も生まれつきの真っ黒ショートカットで染めてなんかいない。
授業だって一応真面目に聞いてるんだよ?
ただ、さっぱり理解不能だけど。
友達だって多い方だし、問題を起こしたことなんかない……たぶん。
だから、問題児扱いされるのはちょっと心外なんだよね。
あたしがバカだってことは先生たちみんなが知ってるんだから、もーっとわかりやすく授業してくれてもいいと思うんだ。
なんて文句を言ったとしたら、補習が増えること間違いなしだから黙っておいた。
担任から渡された放課後補習の計画プリントを見てびっくり。
これはなんということだろうか。
月曜から金曜日まで、隙間なく毎日びっちりと予定が詰め込まれていた。
これはいくらなんでも鬼すぎるんじゃない?
「ちょっと待ってセンセ。この計画ってありえなくないですか!?」
「ありえないのはお前の頭だ」
「あだっ!」
痛い、痛い!
学級日誌で頭叩かれた。
体罰反対、ダメ、絶対!!
あたしのバカさ加減がありえないのはわかってるけど、これはあたしに死ねって言ってるようなもんだよー。
もう、本当にありえない。
さすがにオール赤点とったのは初めてだから、お母さんに答案見せるのが怖すぎる。
……いっそのこと隠しちゃおうか。
「あ、親に秘密にしておこうなんて無駄な抵抗やめろよー? 親御さんにはしっかり電話連絡しといたからな」
「……っ! 先生の鬼ー!!」
まずいよ、まずすぎるんだけど。
実は言われてたんだよね。
次のテストで赤点3つとったら家庭教師つけるって。
それが嫌なら死ぬ気で勉強しろって。
しかも、カテキョ週4でつけるって言ってた。
ああもう、なんでもっとちゃんと勉強しておかなかったんだろう!
勉強してもわかんないことには変わりないんだけどさ。
本当に人生お先真っ暗だよ。
こんな勉強したらバカになる!
もうバカなんだけど!
こんな鬼補習に加えてカテキョとか、本当にみんなはあたしを殺す気なんだ。
どうしよう、今日家に帰るのが本当に憂鬱なんですけど……。
とりあえずこれは、慰めてもらうしかない。
それで少し元気出そう。
「ミヤコちゃーん!」
「なに、あんたまた赤点だったわけ? 相変わらずバカね」
「う……っ」
走って向かった場所は、親友の中里都ちゃんのところ。
つやつやの茶髪のロングヘアが似合うツンデレ美人。
背だってあたしより20センチも高い170センチで、超超超モデル体型。
ちんちくりんで童顔なあたしとは大違い。
だけど、完璧なルックスに騙されちゃいけないよ?
あたしに容赦なく暴言はいてくるからね!
毒舌だよ。
「バカっていう方がバカなんですぅ~!」
「そういうこと言ってる時点でバカ丸出し」
「ひどい!」
バカなのは百も承知なんだけど、さすがに傷つくって。
こうやって赤点をとるたびにミヤコちゃんに泣きついてるから、このやり取りはもう名物になっているらしい。
周りの友達は「またやってる~」なんて笑ってる。
あたしは見せ物じゃないのに。
もう慣れちゃったけど!
でも、ミヤコちゃんはズバッとはっきり言うけど、本当は優しかったりするんだ。
「で、茉菜。あんた今回のテスト赤点とったらやばいって言ってなかった? 大丈夫なの?」
そう言ったミヤコちゃんは、髪の毛を指にくるくると巻きつけている。
クールな表情を保ってるけど、落ち着かなかったり心配事があるときは、ミヤコちゃんはこうして髪の毛を触るんだ。
あたしのことをバカって言いつつ、心配してくれちゃうから大好き!
ニヤニヤしてたらミヤコちゃんに冷たい声で「気持ちわる」なんて、本気で引かれた目で見られたけど。
うーん、ツンデレさんの扱いはやっぱり難しい。
……って、こんなにのんびりしている場合じゃなくって!
危機的状況なのには変わりないんだってば。
ミヤコちゃんの優しさに浸ってる時間なんてないんだった。
放課後の補習は明日からさっそく始まるし、なによりお母さんから恐怖のメッセージが届いてた。
『話があるからさっさと帰ってこい、バカ娘』
いつもは年甲斐もなく絵文字でゴテゴテなメッセージを送ってくるのに、今日に限っては色がひとつもない。
おまけに言うと文末に丸すらついてない。
これは相当怒っていらっしゃる。
ますます帰りたくなくなったんだけど。
「ミヤコちゃーん、お母さんめっちゃ怒ってるんだけど。どうしよ、帰りたくない~」
「うるさいバカ娘。さっさと帰って勉強しなさい」
「……はい」
完璧、泣きつく相手を間違えた。
ミヤコちゃんにも冷たくあしらわれたし、早く帰らない方が怖い気がするし。
仕方ない、帰ろう……。
最後に恨めし気にミヤコちゃんを見たら、倍以上の威力で睨み返された。
こわい、こわい。
いつも一緒に帰ってるんだけど、今日ミヤコちゃんは日直だから、すぐには帰れないみたい。
ひとり寂しく学校の玄関を通り抜け、とぼとぼと家に向かう。
ミヤコちゃんがいない帰り道って、つまんない。
グラウンドからは、野球部が部活している声が聞こえてくる。
ボールを打つ時の金属音、土を踏む音まではっきり聞こえる。
ひとりで帰るのは今日が初めてで、いつもは聞こえない周りの音が聞こえてくるのがなんだか新鮮。
寂しいことに変わりはないけど。
片耳にだけイヤホンを差し込んで、お気に入りの曲を流す。
こんなんじゃ、全然気分は晴れないけど。
そうだ、コンビニ寄って帰りのお供でも買っていこうかな?
入学してから早二か月。
季節は初夏、六月に入って一週間が経った。
最近梅雨入りしたせいかむしむしと暑くて、アイスかキンキンに冷えたジュースでもないとやってられない。
あたし、めちゃくちゃ暑がりだから。
ちょうど先に馴染みのコンビニが見えてきて、足を速めた。
お気に入りの曲は、ロック。
アップテンポな曲にノッてきたのにも加えて、足取りはさっきよりも軽くなった。
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど」
曲がサビにかかった瞬間、すぐ真後ろから聞こえてきた男の人の声。
誰だよ。
せっかくサビに入ってテンション上がってたのに。
……と思いつつ、イヤホンを外して振り返った。
「なんですか? ……うわっ!」
予想外に距離が近くてびっくりした。
目の前には、その人の胸。
上を向いて顔を見て、さらにびっくり。
この人、ありえないくらいかっこいいんだけど!
さらっさらの黒髪に、切れ長の瞳。
長いまつげに縁取られたその中は、真っ黒で煌めいていた。
背だって高くて、たぶん175センチ以上はあるはず。
鼻筋も通っていて、嫌味なくらい整っちゃってる。
スーツ姿だけど社会人っぽくないからたぶん大学生だと思われる。
そんなマンガの世界から飛び出してきたようなイケメンが、すぐ傍に立っていた。
……でも、なんだろう。
この人、どこかで見たことあるような、ないような?
そんな気がするんだけど、気のせいかな。
それに……。
「急に驚かせちゃってごめんね? 聞きたいんだけど、この辺りで“杉浦さん”ってお宅、どこにあるか知らないかな?」
じろじろと不躾に見ていたにも関わらず、にこりと笑みを浮かべる目の前のお兄さん。
ああ、わかった。
この人、目が笑ってないんだ。
通りすがりのあたしなんかに心からの笑顔を向ける必要なんてないけど、その目を少しだけ、怖いと思った。
「えーと、聞いてたかな? 杉浦さんのお宅を……」
首を傾げ、困ったように笑うお兄さん。
ああ、すみません。
道を聞かれてたことなんてすっかり忘れてた。
なんせあたしは、バカなものですから。
それはそうと、困ってるんだから助けてあげないと。
ここら辺で杉浦っていうと……。
「そこのコンビニを通り過ぎて、ふたつ目の角を左に行くとありますよ。真っ赤な屋根が目印です!」
うん、大丈夫。
間違ってないよね、合ってる合ってる。
あたしいつもこの道から帰ってるし、これで間違えたら救いようがないし。
「そっか、教えてくれてありがとね。それじゃあ」
「あ、はい。どういたしましてー!」
手を振ってくれたお兄さんにあたしも同じように振り返して、目前のコンビニへと駆け込んだ。
いいことしたし、ご褒美にいつもより高いアイスを買おう。
ルンルン気分で鼻歌を歌いながらアイスコーナーに向かうバカなあたしは、家に帰るまで大事なことを忘れているってことに気が付かなかった。
「ただいまー……」
そう、お母さんから恐怖のメッセージが届いてたっていうのに、それをすっかり忘れて寄り道して帰ったあたし。
そろーっと静かに玄関を開けて、中の様子をうかがう。
自分の家なのに、まるで泥棒みたいだ。
とりあえず、“鬼”、つまりお母さんには、まだあたしが帰ってきたことに気付かれてないっぽい。
怒られることには変わりないからさっさと終わらせたいところだけど、やっぱりこう何度も同じことで怒られるとその内容も毎回一緒だから、正直めんどくさいっていうのが本音。
うんざりするほど怒られるって、いい加減自分も懲りろよって感じだけど。
勉強はどうしたって無理なんだからしょうがない。
……でも、今回はちょっとわけが違う。
だって、絶対カテキョの話が持ち上がるはずだから。
憂鬱になりながら靴を脱いでいると、見慣れない革靴がきれいにそろえて置かれているのが目に入った。
「誰か来てるのかな?」
リビングの方からは話し声がするから、やっぱりお客さんみたい。
思わぬ幸運来た。
これでしばらく時間稼げそうだし、その間に心の準備をしておこう……。
なんて安心してたんだけど、現実は厳しかった。
人生って甘くない。
「もう、あの子ったらどこで油売って……。茉菜、遅い! 早くこっちに来なさいっ」
「げっ」
なんと、タイミングよくリビングから出てきたお母さんに見つかってしまった。
なんてことだ。
本当に運がない。
思わず引きつった表情を浮かべたあたしに、お母さんは目尻をつり上げた。
「早く帰ってきなさいって言ったでしょ! もうお客さん待ってるんだから!」
「いたたた、痛いからっ。逃げないから引っ張んないでー!」
腕ちぎれちゃうよ。
さすがにこんな状況になって、ここで逃げたらどうなるかなんてわかりきってる。
引っ張らなくても、逃げたりしないってのに。
というか、お説教されるんじゃなかったの?
お客さんが来てるって、あたしに関係あるわけ?
そんなことを考えながら、結局そのままズルズルとリビングまで引きずられた。
解放されたヒリヒリと痛む腕をさする。
お母さん、どんだけ強くつ掴んでたんだ。
危うく血が止まりかけた。
「すみませんね、お待たせしちゃって。これが娘の茉菜です」
お母さん、自分の娘を“これ”とか言っちゃう?
あーあ、それに腕に指の跡くっきりついちゃってるし。
「なにやってるのあんたは! ほら、挨拶して。オホホ、すみませんね」
うわ、お母さんが猫なで声出してる。
いつもはガハガハ大口開けて笑ってるのに、気持ち悪い笑い方しちゃって。
痛々しい跡がついている部分をわざと叩いたお母さんに「早くしろ」と目で促された。
普通に痛い。
「あ、こんにちは……?」
戸惑いつつも一応挨拶をし、そこで初めて顔を上げた。
「あ……!」
今日はなんという日だろう、本当に。
なんでこの人がここにいるの?
リビングのソファーに座って手にしていたコーヒーカップを置いたその人は、さっきあたしが道を教えてあげた、あのお兄さんだった。
「あれ、君はさっきの?」
お兄さんも、あたしに気付いたみたい。
というか、さっきあたしがお兄さんに教えてあげたのって、もろにあたしの家だ。
自分がここまでバカだったとは思わなかった。
本当にもう救えない。
お兄さんだってきょとん顔してるし。
「あら、顔見知り?」
不思議そうな顔をするお母さんに、「いえ、ここまで来るのに道に迷ってしまって。茉菜さんに教えていただいたんですよ」と、お兄さんは人のいい笑みを浮かべて説明した。
けど、やっぱり目が笑ってない。
「あんた、そのまま一緒に帰ってくればよかったのに。なにしてたのよ」
「ま、まあそれはいろいろっていうか。それに、お兄さんに家教えた時、それが自分の家だったって気付かなかったんだもん!」
だってさ、こんなかっこいい人が家を訪ねてくるなんて、そうそうあるわけないじゃん?
気付かないのもしょうがないと思うんだけど。
「あんたが自分の名字も覚えられないほどバカなのは、今日初めて知ったわ」
怒るを通り越して呆れたのか、お母さんはそれ以上なにも言わなかった。
見放された気分。
さすがにちょっと悲しくなった。
ところで、このお兄さんはなにをしに家に来たんだ。
それに、あたしになにか関係あるみたいだし。
こんなイケメンがなんの用だろう。
疑問に思いつつも、あたしもお兄さんの向かい側のソファーに座った。
そして、タイミングを見計らったように、お兄さんが話し始めた。
……胡散臭い笑顔を浮かべて。
「自己紹介がまだだったね。初めまして、というよりさっきぶりかな? これから君の家庭教師をすることになりました。桐島陸斗です。よろしくね」
そう言って、握手を求めるかのように手を差し出してきたキリシマさん?
「あ、はい。よろしく……って、ん?」
今、この人なんて言った?
「すみません、今なんと?」
流れで握手をしそうになったけど、寸前でぴたりと手が止まった。
キリシマ……、桐島さんが、なに?
あたしたちの手は空中に浮いたまま。
どちらともなくその手を下ろし、桐島さんは嫌がるそぶりを見せることなく、また説明し直してくれた。
「君の家庭教師をすることになった、桐島です。よろしくね」
……聞き間違いなんかじゃなかった。
この人、“家庭教師”って。
あたしのカテキョが、この人?
マジか。
いきなりすぎるでしょ、いくらなんでも。
というか、信じられない。
「驚いた? 桐島さんはね、あの有名大学の四年生なのよお!」
興奮気味に話すお母さんにドン引き。
なんでもこの桐島さんという人は、この辺でもかなり有名な難関大学の四年生、二十二歳。
お母さんは今日担任からあたしがオール赤点をとったと電話で聞かされて、すぐにカテキョ依頼したらしい。
よくもまあそんな優秀な人に、こんな急なのにカテキョ引き受けてもらえたよね。
それにしてもお母さん、機嫌よすぎ。
イケメン好きなのはわかるけど。
たしかにかっこいいし爽やか系イケメンだけど、この笑顔とか超胡散臭い。
絶対裏があるって。
……っていうかカテキョか。
あたし、放課後みっちり鬼補習の予定を担任に入れられたんですけど。
まさかの補習終わりにもまた勉強?
勉強漬けのスタディーライフ?
……マジで、死ぬ。
絶望的だよ、本当に。
でも、このお兄さんに勉強教えてもらったからといって、この超バカなあたしの成績が良くなるのかすら疑問だし。
愛想つかされて、カテキョやめるとか言い出すんじゃないのかな。
うん、ありえる。
だって、あたしの成績ってそのくらいボロボロだし。
これからどうなっちゃうんだろう。
「それで今後の計画についてなんですが、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、よろしくお願いします」
綺麗な営業スマイルを浮かべた桐島さん。
そんな彼を見て目をハートマークにするお母さん。
これは、先行き不安だ。
というかやっぱり、カテキョつくのは決定事項みたいだ。
「それでは説明させていただきますね。お母さまから事前にうかがった話ですと、僕はこれからこちらで週4日、茉菜さんの家庭教師をさせていただくということでしたが、間違いや変更等はなかったでしょうか?」
そう言って何枚かの紙を黒いビジネスバッグから取り出した桐島さんは、できる男のにおいがプンプンする。
料金の説明やら、勉強科目の設定とか、あたしの意見なんか関係ないというふうに、お母さんと桐島さんは話を進めていく。
これはあたしがいる意味ないね。
かといって抜け出せる雰囲気でもなく、仕方がないから桐島さんを観察することにした。
それにしてもやっぱり、整った顔立ちしてるよね。
おまけに高学歴だし、絶対モテてそう。
そりゃ、こんな男の人がいたらさ、女の人は放っておかないよね。
スーツの隙間からのぞく腕時計だって、なんか高そうだし。
桐島さんが行ってる大学、授業料がとんでもなく高いって有名だ。
もしかしてこの人って、とんでもなくハイスペック男子?
そんな人があたしのカテキョって、天と地の差だ。
正直かなりへこむ。
それにしても、どこかで見たことがある気がするんだよね、桐島さんの顔。
芸能人顔負けの美形だし、もしかしたら似てる俳優さんとかいたかな?
そう思って記憶を手繰り寄せるけど、全然思いつかない。
「……ということで、大丈夫かな。茉菜さん?」
「へっ?」
やばい、話全く聞いてなかった。
ここはとりあえず返事しておくに限る。
怒られるのを承知で、桐島さんが帰ったあとにお母さんに説明してもらおう。
「だ、大丈夫です……?」
あたしがそう言うと、桐島さんは僅かに目を見開いた。
あたし、なにかおかしなこと言ったかな?
不思議に思って首を傾げるも、その理由はわからなかった。
「それでは来週から、夕方六時に参りますので。よろしくお願いいたします」
四十五度のお辞儀とともにそんな言葉を残して、桐島さんは帰って行った。
……疲れが今になって押し寄せてきた。
「いやあ、桐島さんほんとかっこよかったわねえ!」
あたしとは対照的に、10歳は若返ったんじゃないかってくらいイキイキしちゃってるお母さんを見て、さらにため息が漏れた。
来週からか。
これからあたしに、地獄の毎日が……っ!
「そうだ。あんた、来週までにちゃんと部屋片付けておきなさいよ?」
「は? なんで?」
カテキョとあたしの部屋と、なんの関係があんの?
そう言うと、お母さんは見るからに呆れた顔をして、あからさまに大きく息を吐き出した。
「なんでってあんた。来週からあんたの部屋で勉強教えてもらうからに決まってんでしょうが」
「はあ!?」
なにそれ、あんな足の踏み場もない部屋で勉強するって?
いつ決まったの、そんなこと。
「あんたさっき自分で、“大丈夫です”ってはっきり言ってたでしょ。じゃあ、頑張りなさいね~」
……なんてことだ。
つまりさっきあたしが桐島さんに確認されたのは、そういうことだったらしい。
よく聞いとけよ、あたし。
でも、こうなったらしょうがないよね。
話聞かないで返事したあたしが悪いんだし、ちゃんと掃除しよ。
「ん? ということは、週四日、桐島さんと部屋で2人きりってこと?」
マジか―。
イケメンとふたりきりなのは願ったり叶ったりなんだけど、不安だ。
来週なんか永遠に来ないでくれ。
「そういえば……」
さっき、あたしが返事をしたとき、この話をされたんだとして。
なんで桐島さんは、あんなにびっくりした顔をしたんだろう。
……まさか、あたしみたいなバカとふたりきりになるのは嫌だったとか?
それが思わず顔に出ちゃったとか?
そうだとしたら、かなりショックだ。
あたしバカだけど、バカは感染症じゃないから大丈夫なのに。
「ま、考えても仕方ないよね」
なんとかなるでしょ。
そう思っていたあたしの考えがとことん甘いこと。
あの時『大丈夫』なんて迂闊な返事をしたこと。
それに後悔することになるのは、桐島さんと初めてふたりきりになった瞬間だった。
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