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オトナ
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しおりを挟む夜風に当たるなんて、心地のいいものは外には全く無くて
夏特有の嫌に生暖かい風を感じながら、あいつに呼ばれた公園に向かった。
「あ、来た。遅いよー」
1人、公園のベンチに腰掛けタバコを吸うセナがそこに居た。
「急に呼ばれてすぐに行けるわけねーだろ」
それもそうか、とヘラヘラ笑うセナを尻目におれもタバコに火をつける。
「で、なんだよ話って。」
「あ、あぁ。今日のライブの事なんだけどさ。率直にどうだった?」
「…どうって言われても。初めての土地で告知無しでやってあの盛り上がりなら、成功の部類入るんじゃねえの?」
一つを除いては。
「じゃあさ、東京進出の件、前向きに考えてくれる?」
「前向きも何も、別におれは異論も何もねえよ。」
「そっか、なら良かった。」
相変わらず何考えてるかわかんない笑顔を向けてくるセナに少し苛立ちを覚える。
「おれからもさ、一つ聞いていい?」
触れなくていい話題。
なに?と首を傾げるセナに投げかける。
「最近ゆいとどうなん?」
一瞬だが、セナが顔を曇らせる。
「どうって?別に今まで通りだけど。」
「その割には、いつもと違って今日は顔色良いじゃん。久々なんだろ、会うの。」
「いやー?ちょっと前に1回会ってるよ。」
どうやら嘘じゃないみたいだ。
「お前さ、ひと言もそういう話した事ないからあえて聞くけど、アイツのこと好きなんだろ?」
ヘラヘラしながら当たり前じゃんと答えるセナの余裕そうな態度が癪に障る。
「どうなりてぇの?あいつと。」
おれに関係無いように思えるが、大事な事だった。
おれたちバンドに取って、ものすごく大事なこと。
「え?んー、どうって言われてもなー。」
相変わらず真剣に向き合う気のないような態度。
「お前がゆいと本気で一緒になりてえならおれらだって色々手伝うし。」
「あのさ」
少し食い気味にセナが言う。
「ゆいちゃんにはゆいちゃんの人生があるし、もちろんおれだってそうだよ。みんなであれこれしてあの人の道作るのってなんか違うんじゃないかなーって。」
何言ってんだよこいつ。
「おれはさ、ゆいちゃんが不幸になりそうな時に不幸に落ちないようにしてあげれればそれでいいよ。」
振り向いて貰うために努力して、それが実らなかった時に傷つくのが怖いだけじゃねえかよ。
「だせぇな、セナ。」
「…ハハッ、そりゃどーも。」
ムカつく
「お前がなに怖気付いてるのか知らんけど、だせぇよ。言っとくけど、おれアイツのこと抱いたから。」
さぁ、どんな反応する?
「ふーん、そっか。」
「懐かしいなー、あん時だよ。おれらが初めて遊んだ時。お前らコンビニ行ってからさー」
「知ってるよ……知ってる。」
笑顔で答えるセナ。
「だろうな、曲聴いてればわかる」
「別に、怒ったりしないよ。きっとゆいちゃんにとってはあの時必要だった事なんだろうし。」
余裕ないくせに。
「…でも、ことに及んだ場所はいただけないね。そこに関してはおれ怒ってるよ。お前はもっと周りの色んな人達の気持ちに寄り添った上で、行動に移すべきだ。」
さっきまでヘラヘラしていたせなが真剣な目に変わった。
大方、ハルの気持ちのことを言っているんだろう。
「お前のその優しさ、もっと自分に向けてみれば?」
「それをやった所で今のおれに得は無いよ」
そこには今まで見た事のない、冷たい表情のセナが立っていた。
なるほどね、全部敢えてやってるのか、自分のために。
「ま、昔のことだし。今はもう充分わかってると思うけど。いきなり出てきてもらってごめんね。部屋戻ろっか」
そう言い残してスタスタとホテルに戻ってくセナの背中を見つめながらあるひとつの答えにたどり着いた。
「そっか、せなって詰んでるんだ」
どう足掻いても、あの男ってゲームオーバーにたどり着いちゃうんだな。
このまま、ゆいを思い続けてそれが実らなければ実らないほど、あいつはいい音楽を生み出す。
ただ、それを続ければ続けるほど、あいつはとことん弱っていく。
でもその姿で立つステージは、誰よりも輝いている。
あいつの想いが実ってしまえば、きっとただただ生ぬるい物が出来上がっていって、あいつの唯一の『音楽』というものが花を開くことは無くなる。
どう見たって、あいつの人生は終わってるんだ。
しかも、全部あいつは分かっているんだね。
そして、そんなあいつに乗っかっているおれもまた、ゲームオーバーに片足を突っ込んでる男なんだ。
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