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7話 カタツムリのデステイカー
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えらく真面目そうなニュースキャスターとアナウンサー。肩書きが偉大な専門家の白髪のおじさんも交えて事実かどうかも分からない宙ぶらりんな議論をしている。その隣にはネットで持ち上げられただけの女のコメンテーターが熱心に自論を映像にぶちまける。
お題は「魔法少女自殺2年後の大きな影響」。
チャンネルを変えようとした美玲を手で止める。不安そうにしながらも、机の上にそっとリモコンを置いた。
『だいたいですね、遺書の内容が全くもって割れていない時点でなぜ自死を選んだかなんて分からないんです。私たちの過度な期待もあるでしょうし、自作自演だというSNSの誹謗中傷かもしれない、恋人と別れた末なのかもしれない。分かっているのは、彼女が何かしら深い悲しみの末に自ら死を選んだということだけです』
『やはり国が率先して魔法少女を守るべきじゃなかったんですか?当時中学生2年生だったんですよ?成人していない女の子が人の命のために働いていたら、それを保護するのが国じゃないんですか!?』
『彼女が活躍していた1年半、私たち専門家も魔法少女が中学生であるということすら特定できませんでした。そんな状況で国は保護できません。私たちがやるべきだったのは彼女の保護ではなく、彼女に対する誹謗中傷を許さないことだけだったと思います』
肩書きのテロップの中で自著を3冊紹介する大学教授とは引き換えに、何かの運動で有名になったコメンテーターは熱く自分の主張を押し通し続ける。
誰も彼もが的外れの言説に自惚れる。キャスター、アナウンサーもまるで真実であるかのように真面目な面して聞き入っている。
『間接的な支援では限度があります。現にもう魔法少女は存在しないじゃないですか。彼女の死後、どれだけ犯罪が増えたか分かりますか?窃盗は以前の1.5倍、強制性交は2倍、殺人に至ってはかの列島殺人含む模倣犯によって件数が3倍近く膨れています。魔法少女の二の轍を踏んではいけません。魔法少女にできなかった支援を、今度は日本国民、特に被害に遭いやすい女性に対して行うべきです!』
「よく見たらこの人知らない。初めて見る」
「知らないの?石澤悠っていって、ちょっとネットでは有名かな。特に性差別問題に熱心だね。グラドル時代にされたセクハラ問題で裁判してからずっとこの調子。まあこれくらいの活動家はごまんといるし、別に知らなくていいんじゃない?何か気になった?」
「んー、なんとなく」
この中で一番騒がしいのは誰かと言われれば、間違いなくこの石澤って人だ。専門家の人も、的外れではあるが多少事実を並べているのに対して、この人は持論以外の情報がほとんどない。
なんというか、空っぽというか。
他にも気になることはある。今対処する必要はなさそうだが、いつか面倒なことが起きる、そんな気がする。
「もういいや。飽きた」
「あれ?意外と何も思ってないの?」
「なんの話?」
ソファに寝転がっていると本当に寝てしまいそうなので起き上がる。座っていても眠いから、後ろの棚からいつも使う拳銃を取り出して整備する。
「さっきまでテレビで六花の話ずっとしたじゃん。私は多少なりとも怒りを覚えたよ?六花のいない場所でずっと地団駄踏んでいるみたいで。一番六花に近かったシノなら、なおさらと思ったけど」
「んー、まあ、プラマイ0って感じ」
スマホからの通知。「いつ帰ってくるの」という母からの連絡。「8時半までには帰る」とだけ返信しておく。
「美玲の言うとおり、怒りはあるよ。好き勝手自分の考えをさも世間の常識みたいに言っちゃって。何も知らないくせにって思う。美玲もそうなんでしょ?」
「それはマイナスでしょ。プラスって何?」
嫌な予感がするので、壁のハンガーのマントを羽織る。きちんとガスマスクも装着して、顔を隠す。
「何も知らないんだっていう優越感、かな」
◆◆◆◆◆
「お、誠司郎。無事だったか」
「無事だったって、ずっと捜査本部にいたから当たり前じゃないですか。それよりどこ行ってたんですか?杉田さんいないから他の刑事の方は文句言いに来ましたよ。俺に」
「だはは、悪い悪い。ちょっくら情報を聞き取りにな」
机に自分のバッグを置き、荷物を整理する。きちんと今日は大切なお土産があるから、無くしていないことを確認する。
「一体誰と会ってきたんですか?こちとらK県のことでてんやわんやなのに」
「まあ俺にしかツテがない奴よ。お前には少し早かったな」
「またそうやってパチンコ打ってたんじゃないんですか?」
「馬鹿言え。俺が捜査中にパチンコに行ったことあるかよ。………この前行ったか。いや、あれもパチンコの常連と話しに行っただけだからノーカン」
「でも5万負けたって言ってましたよね」
「パチンコ屋行って打たねえ方が問題だろうが」
もう少し刑事としての情報収集力について教えないとこいつはまずいかもしれない。
「それで、何か収穫はありました?」
「ああ、あったとも。これだ」
"例のブツを"を取り出す。誠司郎は不思議そうにジッパー袋の中身を確認する。中身の正体に勘づいたのか、怪訝な顔で俺の事を見る。
「髪の毛だ」
「現行犯いいですか?」
「待て待て待て早まるな」
警察で警察を呼ぼうとする誠司郎の手を止める。警察が警察に捕まる訳には行かない。
一旦誠司郎を落ち着かせる。本気でこいつ警察呼ぶ気だ。真面目なのはいいのだが、真面目すぎるいい子ちゃんも考えものだ。この性格は今からの仕事に支障をきたしそうで。
「おそらくDNA鑑定に出すやつでしょうけど、犯人候補でも見つかったんですか?証拠隠滅の度合いが凄すぎて、誰も目星がつかなかったのに。この前も第三者の血痕があったのにも関わらず警視庁のデータベースにないから特定できなかったし」
「ああ、犯人候補のやつだ。と言っても20%くらいの賭けみたいなものだし、そんな真剣そうな顔をするな。目がガンギマリになってるぞ」
俺に言われて誠司郎は自分の頬を両手で叩く。誠司郎なりの気合いの入れ直しのルーティンだ。
「ま、個人的には外れてくれるとありがたいんだがな。悪いやつじゃないし」
「そういえば女の子とか言ってましたね。杉田さんのお子さんと同い年くらいだからですか?」
「俺の娘は8つと5つだから全然違うな。ただな、あんな子が本当に殺人を犯して、ムショに入って、なんて。そう言うのは寂しいだろ?」
「そう、ですね」
「おいおい何思い詰めた顔してんだ?」
俺より少し身長の高い誠司郎の頭を軽く叩く。
「誰だって思うことだろ?いちいち思い詰めてたら刑事として身が持たねえぞ?さ、科捜研に持ってくぞ」
◆◆◆◆◆
カタツムリみたいな長いツノに、まるでクリスマスの飾りのように無数に飾られてる注射針。赤、青、緑と、明らかに人体に悪影響を及ぼしかねない色をした液体が入っている。
ナメクジのような薄肌色の体躯は同じ大きさのそばのジャングルジムを登り、ひれなのかなんかわからない無数の足たちで私にゆっくり近づいていく。夜闇の中といえど、亀のような遅さだから、私も急がずに距離をとっていく。
珍しいタイプの、デステイカー。人工物と動物が融合したデステイカー。融合というには、いささか人工物の主張が激しいけど。
こいつの心臓部はどこだろうか。
ナメクジっぽいし、ナメクジの心臓部と同じところにあると思うけど、ナメクジの生態なんて知らない。
そもそもあの注射器たちはなんだろう。飾りか?攻撃手段か?
常に私を追っているからこちらに気づいているはずだけど、全然攻撃してこない。
時間をかけたくないので、とりあえずマントの胸元から拳銃を取り出して、体の中心に狙いを定める。
「ニオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
モスキート音に近い悲鳴に思わず耳を塞ぐ。
頭が、狂いそうだ。
直接音波でぐしゃぐしゃにされているような、手で脳を掻き回されているような。
なんとか標準を合わせる。
視界の揺れと頭の揺れをなんとか補正しながら一発銃弾を打ち込んで____
いや、避けて。
「くっ____!!」
一歩後ろに下がり、木の後ろからデステイカーを伺う。
さっき私がいたところに、赤色の注射器が刺さっている。
デステイカーの角、注射器が1つだけ欠けている。
欠けたところに、皮膚の下から注射器が生えてくる。
(これ食らったらどうなるんだ?っぶなっ!?)
体ごと角を振るデステイカー。
注射器が公園のあちこちに刺さる。
木の影に隠れてなんとかやり過ごす。
何回か擦りそうになるたびに体を細くしようと___
無限に続く注射器のばら撒き。
いつかは一般人にまで危害が及ぶ。
それはそれで構わない。私はデステイカーを倒せればそれで。
頭が痛い。
体調不良もいいところだ。
こんな状態でも、デステイカーを倒さないといけないとか。
足元の小石を拾う。
またバラマキが続く空間にひょいと投げやる。
狙っていたかのように、10を超える注射器が石を突き刺し、壊れる。
(………どうすっかなこれ~)
しくじれば死ぬだろう作戦を思いつく。
そしてしくじる可能性が高いことも。
でもやるしかない。
私は、私の命題を証明し続けるんだから。
拳銃を投げる。無数の針が拳銃を襲う。
反対側に駆け出す。胸元から拳銃を取り出す。
1発、2発、3発、そして4、5発と。
もう片方の手に拳銃を握り締める。
6発、7発、8発。
角の注射器を一つ一つ撃ち落とす。
(再生が早い。ならもう)
弾数は有限。全て破壊し尽くす前に注射器の補填が終わる。
本体を狙うしか方法はない。
おそらく頭部?にあたるところに心臓がある。
確証はない。
だけど、これ以上ジリ貧になれば、周りに危害が及ぶ。
「当たれ!!!」
両手で20発以上。
その間にも注射器は私を襲う。
全部撃ち落とす。
向こうに届いたのは、3発あるかどうか。
注射器が飛んでくる。
撃ち落としきれない。
体をそらして避ける。
体勢を崩す。
だが弾は打ち続ける。
注射器が足を掠める。
切り傷ひとつ。
(あー、靴下勿体無い)
最後の1発を撃つまでもなく、デステイカーは動きを止める。
徐々に形を崩し、周囲に撒かれた注射器と一緒に光の塵となってソラに消えていく。
大きく深呼吸。冷たい空気が喉を突き刺しても深呼吸はやめない。白い息を吐いて、吸う。
心臓の鼓動が激しく主張する。全身が心臓と一緒に鼓動しているようだ。身体中の脈が感知できるくらいに。
デステイカーの素となった人を見る。仰向けに倒れて、心臓には「アクの種」の欠片が。
(ごめんなさい、知らないあなた)
心臓に1発。
確認して銃を収める。さっき投げた銃も回収して
「____!?」
力が抜ける。拳銃を握れない。指でつっかえさせるように拳銃を取り、懐にしまう。
おかしい。全身に力が入らない。どころか、視界も揺れている。まともにまっすぐ歩いている感覚がない。世界と私が一緒に振り子の舞台で揺れているみたいに。
早く逃げないといけないのに、思うように体が動いてくれない。
さっき注射器が掠ったからか。あの謎の怪しい液体にそう言う効果があったのか。
これは、まずい。非常にまずい。
注射器の中身はおそらく魔力的に人間を苦しめる薬か何か。効果はおそらく、筋弛緩剤のようなものだろう。思考はまだはっきりしているし。
一旦美玲を呼ばないと。今頃事務所にいるだろうし、私のこと気づいていないかもしれないし。
「誰呼ぼうとしてるの?」
スマホを出そうとする腕にそっと手を添えて、体を支える世に背中に触れる手の平。
「………みれ、い?どうして、ここに?」
「どうしてもこうしても、いつもあなたがデステイカー倒すまで近くにいる約束でしょ」
そうだった。どうやら思考もまともじゃないらしい。
「にしてもひどい熱。さっきのデステイカーにやられたんだ。家まで意識保てる?」
「わ、かんない。体、力、入らな、くて」
「とりあえず車に戻りなさい。家までは送ってあげるから」
ふんばって、と優しく背中を叩かれる。美玲はいつも通り不要な証拠を消すために公園に残る。
公園の出口までそう遠くない。30メートルもなかったはず。ゆっくりいけば、なんとかたどり着けるはず。
なのに、足が動かない。疲れとかじゃなくて、力が入らない。地面に力が吸われているみたいに。
視界も、よく見えない。何重にもモザイクがかけられたみたいだ。周りが暗いことと光が何色かくらいしかわからない。
今日は最悪な日だ。補習はあるし、あの刑事には来いと言われるし、デステイカーは出現するし、おまけにデステイカーの攻撃を受けるし。厄日にも程がある。
体がだるい。インフルの時以上にだるい。力が入らないのに、全身におもりが吊り下がっているように。
1歩が重い。それでも前に進まなければ。
私はまだ、終わるわけにはいかない。
(あ、やば)
足の力が抜けて、両膝が地面に当たる。それを皮切りに全身のおもりを繋ぐ糸が切る。地面に伏せる。
「__!」
美玲の声が聞こえる。でもどこか遠い。私だけ水の中にいる気がする。
体が抱えられている気がする。でも感覚が遠い。全身軍手をはめている気がするくらい。
全身が冷めきっている。悪寒。意識も遠くなってくる。
だけどどこか悪い気がしない。布団よりは快適ではないけど、どこか遠い日の、何かに守られていた時に感じた心地よさ。似たような感覚を全身が覚えている。
お題は「魔法少女自殺2年後の大きな影響」。
チャンネルを変えようとした美玲を手で止める。不安そうにしながらも、机の上にそっとリモコンを置いた。
『だいたいですね、遺書の内容が全くもって割れていない時点でなぜ自死を選んだかなんて分からないんです。私たちの過度な期待もあるでしょうし、自作自演だというSNSの誹謗中傷かもしれない、恋人と別れた末なのかもしれない。分かっているのは、彼女が何かしら深い悲しみの末に自ら死を選んだということだけです』
『やはり国が率先して魔法少女を守るべきじゃなかったんですか?当時中学生2年生だったんですよ?成人していない女の子が人の命のために働いていたら、それを保護するのが国じゃないんですか!?』
『彼女が活躍していた1年半、私たち専門家も魔法少女が中学生であるということすら特定できませんでした。そんな状況で国は保護できません。私たちがやるべきだったのは彼女の保護ではなく、彼女に対する誹謗中傷を許さないことだけだったと思います』
肩書きのテロップの中で自著を3冊紹介する大学教授とは引き換えに、何かの運動で有名になったコメンテーターは熱く自分の主張を押し通し続ける。
誰も彼もが的外れの言説に自惚れる。キャスター、アナウンサーもまるで真実であるかのように真面目な面して聞き入っている。
『間接的な支援では限度があります。現にもう魔法少女は存在しないじゃないですか。彼女の死後、どれだけ犯罪が増えたか分かりますか?窃盗は以前の1.5倍、強制性交は2倍、殺人に至ってはかの列島殺人含む模倣犯によって件数が3倍近く膨れています。魔法少女の二の轍を踏んではいけません。魔法少女にできなかった支援を、今度は日本国民、特に被害に遭いやすい女性に対して行うべきです!』
「よく見たらこの人知らない。初めて見る」
「知らないの?石澤悠っていって、ちょっとネットでは有名かな。特に性差別問題に熱心だね。グラドル時代にされたセクハラ問題で裁判してからずっとこの調子。まあこれくらいの活動家はごまんといるし、別に知らなくていいんじゃない?何か気になった?」
「んー、なんとなく」
この中で一番騒がしいのは誰かと言われれば、間違いなくこの石澤って人だ。専門家の人も、的外れではあるが多少事実を並べているのに対して、この人は持論以外の情報がほとんどない。
なんというか、空っぽというか。
他にも気になることはある。今対処する必要はなさそうだが、いつか面倒なことが起きる、そんな気がする。
「もういいや。飽きた」
「あれ?意外と何も思ってないの?」
「なんの話?」
ソファに寝転がっていると本当に寝てしまいそうなので起き上がる。座っていても眠いから、後ろの棚からいつも使う拳銃を取り出して整備する。
「さっきまでテレビで六花の話ずっとしたじゃん。私は多少なりとも怒りを覚えたよ?六花のいない場所でずっと地団駄踏んでいるみたいで。一番六花に近かったシノなら、なおさらと思ったけど」
「んー、まあ、プラマイ0って感じ」
スマホからの通知。「いつ帰ってくるの」という母からの連絡。「8時半までには帰る」とだけ返信しておく。
「美玲の言うとおり、怒りはあるよ。好き勝手自分の考えをさも世間の常識みたいに言っちゃって。何も知らないくせにって思う。美玲もそうなんでしょ?」
「それはマイナスでしょ。プラスって何?」
嫌な予感がするので、壁のハンガーのマントを羽織る。きちんとガスマスクも装着して、顔を隠す。
「何も知らないんだっていう優越感、かな」
◆◆◆◆◆
「お、誠司郎。無事だったか」
「無事だったって、ずっと捜査本部にいたから当たり前じゃないですか。それよりどこ行ってたんですか?杉田さんいないから他の刑事の方は文句言いに来ましたよ。俺に」
「だはは、悪い悪い。ちょっくら情報を聞き取りにな」
机に自分のバッグを置き、荷物を整理する。きちんと今日は大切なお土産があるから、無くしていないことを確認する。
「一体誰と会ってきたんですか?こちとらK県のことでてんやわんやなのに」
「まあ俺にしかツテがない奴よ。お前には少し早かったな」
「またそうやってパチンコ打ってたんじゃないんですか?」
「馬鹿言え。俺が捜査中にパチンコに行ったことあるかよ。………この前行ったか。いや、あれもパチンコの常連と話しに行っただけだからノーカン」
「でも5万負けたって言ってましたよね」
「パチンコ屋行って打たねえ方が問題だろうが」
もう少し刑事としての情報収集力について教えないとこいつはまずいかもしれない。
「それで、何か収穫はありました?」
「ああ、あったとも。これだ」
"例のブツを"を取り出す。誠司郎は不思議そうにジッパー袋の中身を確認する。中身の正体に勘づいたのか、怪訝な顔で俺の事を見る。
「髪の毛だ」
「現行犯いいですか?」
「待て待て待て早まるな」
警察で警察を呼ぼうとする誠司郎の手を止める。警察が警察に捕まる訳には行かない。
一旦誠司郎を落ち着かせる。本気でこいつ警察呼ぶ気だ。真面目なのはいいのだが、真面目すぎるいい子ちゃんも考えものだ。この性格は今からの仕事に支障をきたしそうで。
「おそらくDNA鑑定に出すやつでしょうけど、犯人候補でも見つかったんですか?証拠隠滅の度合いが凄すぎて、誰も目星がつかなかったのに。この前も第三者の血痕があったのにも関わらず警視庁のデータベースにないから特定できなかったし」
「ああ、犯人候補のやつだ。と言っても20%くらいの賭けみたいなものだし、そんな真剣そうな顔をするな。目がガンギマリになってるぞ」
俺に言われて誠司郎は自分の頬を両手で叩く。誠司郎なりの気合いの入れ直しのルーティンだ。
「ま、個人的には外れてくれるとありがたいんだがな。悪いやつじゃないし」
「そういえば女の子とか言ってましたね。杉田さんのお子さんと同い年くらいだからですか?」
「俺の娘は8つと5つだから全然違うな。ただな、あんな子が本当に殺人を犯して、ムショに入って、なんて。そう言うのは寂しいだろ?」
「そう、ですね」
「おいおい何思い詰めた顔してんだ?」
俺より少し身長の高い誠司郎の頭を軽く叩く。
「誰だって思うことだろ?いちいち思い詰めてたら刑事として身が持たねえぞ?さ、科捜研に持ってくぞ」
◆◆◆◆◆
カタツムリみたいな長いツノに、まるでクリスマスの飾りのように無数に飾られてる注射針。赤、青、緑と、明らかに人体に悪影響を及ぼしかねない色をした液体が入っている。
ナメクジのような薄肌色の体躯は同じ大きさのそばのジャングルジムを登り、ひれなのかなんかわからない無数の足たちで私にゆっくり近づいていく。夜闇の中といえど、亀のような遅さだから、私も急がずに距離をとっていく。
珍しいタイプの、デステイカー。人工物と動物が融合したデステイカー。融合というには、いささか人工物の主張が激しいけど。
こいつの心臓部はどこだろうか。
ナメクジっぽいし、ナメクジの心臓部と同じところにあると思うけど、ナメクジの生態なんて知らない。
そもそもあの注射器たちはなんだろう。飾りか?攻撃手段か?
常に私を追っているからこちらに気づいているはずだけど、全然攻撃してこない。
時間をかけたくないので、とりあえずマントの胸元から拳銃を取り出して、体の中心に狙いを定める。
「ニオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
モスキート音に近い悲鳴に思わず耳を塞ぐ。
頭が、狂いそうだ。
直接音波でぐしゃぐしゃにされているような、手で脳を掻き回されているような。
なんとか標準を合わせる。
視界の揺れと頭の揺れをなんとか補正しながら一発銃弾を打ち込んで____
いや、避けて。
「くっ____!!」
一歩後ろに下がり、木の後ろからデステイカーを伺う。
さっき私がいたところに、赤色の注射器が刺さっている。
デステイカーの角、注射器が1つだけ欠けている。
欠けたところに、皮膚の下から注射器が生えてくる。
(これ食らったらどうなるんだ?っぶなっ!?)
体ごと角を振るデステイカー。
注射器が公園のあちこちに刺さる。
木の影に隠れてなんとかやり過ごす。
何回か擦りそうになるたびに体を細くしようと___
無限に続く注射器のばら撒き。
いつかは一般人にまで危害が及ぶ。
それはそれで構わない。私はデステイカーを倒せればそれで。
頭が痛い。
体調不良もいいところだ。
こんな状態でも、デステイカーを倒さないといけないとか。
足元の小石を拾う。
またバラマキが続く空間にひょいと投げやる。
狙っていたかのように、10を超える注射器が石を突き刺し、壊れる。
(………どうすっかなこれ~)
しくじれば死ぬだろう作戦を思いつく。
そしてしくじる可能性が高いことも。
でもやるしかない。
私は、私の命題を証明し続けるんだから。
拳銃を投げる。無数の針が拳銃を襲う。
反対側に駆け出す。胸元から拳銃を取り出す。
1発、2発、3発、そして4、5発と。
もう片方の手に拳銃を握り締める。
6発、7発、8発。
角の注射器を一つ一つ撃ち落とす。
(再生が早い。ならもう)
弾数は有限。全て破壊し尽くす前に注射器の補填が終わる。
本体を狙うしか方法はない。
おそらく頭部?にあたるところに心臓がある。
確証はない。
だけど、これ以上ジリ貧になれば、周りに危害が及ぶ。
「当たれ!!!」
両手で20発以上。
その間にも注射器は私を襲う。
全部撃ち落とす。
向こうに届いたのは、3発あるかどうか。
注射器が飛んでくる。
撃ち落としきれない。
体をそらして避ける。
体勢を崩す。
だが弾は打ち続ける。
注射器が足を掠める。
切り傷ひとつ。
(あー、靴下勿体無い)
最後の1発を撃つまでもなく、デステイカーは動きを止める。
徐々に形を崩し、周囲に撒かれた注射器と一緒に光の塵となってソラに消えていく。
大きく深呼吸。冷たい空気が喉を突き刺しても深呼吸はやめない。白い息を吐いて、吸う。
心臓の鼓動が激しく主張する。全身が心臓と一緒に鼓動しているようだ。身体中の脈が感知できるくらいに。
デステイカーの素となった人を見る。仰向けに倒れて、心臓には「アクの種」の欠片が。
(ごめんなさい、知らないあなた)
心臓に1発。
確認して銃を収める。さっき投げた銃も回収して
「____!?」
力が抜ける。拳銃を握れない。指でつっかえさせるように拳銃を取り、懐にしまう。
おかしい。全身に力が入らない。どころか、視界も揺れている。まともにまっすぐ歩いている感覚がない。世界と私が一緒に振り子の舞台で揺れているみたいに。
早く逃げないといけないのに、思うように体が動いてくれない。
さっき注射器が掠ったからか。あの謎の怪しい液体にそう言う効果があったのか。
これは、まずい。非常にまずい。
注射器の中身はおそらく魔力的に人間を苦しめる薬か何か。効果はおそらく、筋弛緩剤のようなものだろう。思考はまだはっきりしているし。
一旦美玲を呼ばないと。今頃事務所にいるだろうし、私のこと気づいていないかもしれないし。
「誰呼ぼうとしてるの?」
スマホを出そうとする腕にそっと手を添えて、体を支える世に背中に触れる手の平。
「………みれ、い?どうして、ここに?」
「どうしてもこうしても、いつもあなたがデステイカー倒すまで近くにいる約束でしょ」
そうだった。どうやら思考もまともじゃないらしい。
「にしてもひどい熱。さっきのデステイカーにやられたんだ。家まで意識保てる?」
「わ、かんない。体、力、入らな、くて」
「とりあえず車に戻りなさい。家までは送ってあげるから」
ふんばって、と優しく背中を叩かれる。美玲はいつも通り不要な証拠を消すために公園に残る。
公園の出口までそう遠くない。30メートルもなかったはず。ゆっくりいけば、なんとかたどり着けるはず。
なのに、足が動かない。疲れとかじゃなくて、力が入らない。地面に力が吸われているみたいに。
視界も、よく見えない。何重にもモザイクがかけられたみたいだ。周りが暗いことと光が何色かくらいしかわからない。
今日は最悪な日だ。補習はあるし、あの刑事には来いと言われるし、デステイカーは出現するし、おまけにデステイカーの攻撃を受けるし。厄日にも程がある。
体がだるい。インフルの時以上にだるい。力が入らないのに、全身におもりが吊り下がっているように。
1歩が重い。それでも前に進まなければ。
私はまだ、終わるわけにはいかない。
(あ、やば)
足の力が抜けて、両膝が地面に当たる。それを皮切りに全身のおもりを繋ぐ糸が切る。地面に伏せる。
「__!」
美玲の声が聞こえる。でもどこか遠い。私だけ水の中にいる気がする。
体が抱えられている気がする。でも感覚が遠い。全身軍手をはめている気がするくらい。
全身が冷めきっている。悪寒。意識も遠くなってくる。
だけどどこか悪い気がしない。布団よりは快適ではないけど、どこか遠い日の、何かに守られていた時に感じた心地よさ。似たような感覚を全身が覚えている。
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