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第一話: 僕のこと
第一話【第二章】
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何を話せばいいのやら。
もともと、「どう対応したらいいのか分からない」などという、塩対応もいいところの言葉を投げつけてしまった手前、今更仲良くお話しましょうとも言えない。
そんな前提がなかったとしても、下級生の女の子とふたりで「おはなし」する能力なんて、僕は持ち合わせていないけれど。
文豪と呼ばれる人には二種類いるような気がしていて、恋多くトラブルを起こしている人か、恋心をこじらせてトラブルを起こしている人か。どちらも大抵トラブルを起こしているんだよな。おとなって、しょうがないって思う。ホント。
でも、今の自分はそんな偉そうなことを言える立場にはなくて、気づいてしまった恋心をどう扱えばいいのか、本当に頭を抱えていた。
しかたがないので、図書館の外に出て、自動販売機にスマホをかざしてペットボトルの紅茶と缶コーヒーを買い、紅茶のほうを亜紀に渡し、自分は缶コーヒーに口をつける。ベンチに並んで座る勇気なんかないから、灰色の建物の壁によりかかってのお茶の時間だ。沈黙が痛い。
無言に耐えかねて、なんとか会話を引き出そうと試みる。
「あのさ、亜紀さん? その……あー……さっきのことは──」
「いいんです!やっぱり変ですよね、私」
「変って……僕なんかのことが、その……好きってのは変ってこと?」
「あ!違います!そうじゃなくて、いきなり変なこと言っちゃったなって」
「そんなことないよ!」
僕は自分でも驚くくらいの大きな声を出していた。足元をうろついていた数羽の鳩が、驚いてパタパタと飛んで逃げる。
「あ、ごめん」
「私のほうこそ、ごめんなさい」
そして再び沈黙の時間。
コーヒーを飲む。亜紀も紅茶を飲む。ふたりで、ふぅっとため息をつく。あ、シンクロした。なんか嬉しい。……ダメだ。緊張しすぎて思考回路が支離滅裂になっている。落ち着け。話題を変えよう。
「ロシア文学、好きなの?」
「え?ロシア?」
「その本、ツルゲーネフの初恋。ロシアの作家でしょ」
「そうなんですか?タイトルが素敵だったから読もうと思っただけで、どの国の作家かなんて考えてみなかったです」
「海外文学ならなんでもいいとか?」
「私、本ならなんでもいいんです。ロシア文学とか分からないけれど、タイトルとか作者の名前の雰囲気とか、そんなので気になったのを片っ端から読んでいるんです」
「ふうん。乱読家っていうやつかな」
「恥ずかしながら」
「いいんじゃない?」
「いいですか?節操がない感じなんですけど」
「本が好きなんでしょ?全力で節操がないってのは、いいことだと思うよ」
僕はくすりと笑う。
「私……」と、亜紀が小さく切り出した。
「うん?」
亜紀の横顔を盗み見る。僕の視線には気づかずに、彼女は前を見据えたまま言葉を続けた。
「小説家になりたいんです」
なるほど。僕は納得すると同時に、なんだか嬉しくなった。翻訳家志望と、作家志望、悪くない組み合わせなんじゃないかな。
「すごいね」と、僕は言った。
「別にすごくなんかありません」と、亜紀は即座に返事する。
「どうして?立派な夢じゃないか」
「だって、なれっこないですもの」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
「じゃあ、小説を書いたら、僕に読ませてよ。きっと、読むよ。どんな文章でも、僕は絶対、君の小説を読む」
「ありがとうございます」
彼女は素直に礼を言う。
「……でも、私、書けないんです。だから、小説を読むしかないんです。本は好きなのに、自分で書いたことがないなんて、笑っちゃいますよね」
「書けないの?」
「はい」
「書こうと思えば書けるんじゃない?」
と、僕は言った。
「書こうと思えば?」
「うん。だって、亜紀さんは小説家志望なわけでしょ?それなら、書くことが一番大切だよ。本を読んで、勉強して、知識を蓄えることも必要かもしれないけれど、まずは書き始めないと何も始まらないと思う」
「そうですよね。でも、私は何を書けばいいんでしょうか?」
これはまた無理難題な。書きたいことを書けばいいというのは簡単だけれど、それができていれば自分の力で書き始めているはずなんじゃないかなと思う。彼女が求めているのは、そういう安直な答えではない気がした。少し考えて、僕は言う。
「亜紀さんにしか書けないことを書けばいいんじゃないかな」
亜紀はこちらを向いて言った。
「私にしか?」
「そうだ……そうだよ!。誰に頼まれたわけでもないんでしょ?自分が書きたくて、自分にしか書けないものがあるはずだよ!」
「無理ですよ」
「どうして?」
「私ずっと、小説家になる夢がかなうまでは、彼氏とかつくらないし、恋愛とかもしないって決めてたんです。本を沢山読んで、いつかすごい小説を書いて、それでデビューするんだって思ってたんです。でも先輩のこと好きになっちゃったから、もう小説家になれない気がする」
亜紀は無茶苦茶な理屈を出してきた。屁理屈のような気もするけれど、彼女の中では本気なのだろうなとも思うし。それにさらっと僕のこと好きって言ってるし。二回目の告白だ。どうしよう……って、そっちの問題じゃない。彼女はあっさりと夢をあきらめようとしているんだ。
僕なんかのことで!
「小説家になればいいんじゃないかな」
「え?」
「小説家になるのが夢だったんでしょ?だったら、そっちを優先したほうがいいよ。僕のこと、好きって言ってくれたのは嬉しいけれど、それで夢をあきらめちゃうのは、もったいないと思う」
「私のこと、嫌いですか?」
「そうじゃないよ。そうじゃないんだ。亜紀さんの夢がかなうのは、素敵だと思うんだ。小説家になる夢をかなえて、大きな賞をとって、みんなに読んでもらって、それってすごいことじゃないか」
僕は適当に言葉を並べたわけではない。本当に思っていることを話したつもりだ。でも──。
「それって私と付き合えないってことですか?」
「……それよりも、夢を目指そうよ」
きっぱりと言ったつもりが、言葉に力はなかったかもしれない。僕はその程度の意気地なしだ。自分に自信がないから、ほかの人にも嫌われたくないんだ。だけど、亜紀も引き下がらなかった。僕に詰め寄ってくる。
「私のこと嫌いですか?好きじゃないんですか?」
「好きだよ!好きになった!」
断言した。してしまった。
「意味がわかんないっ!」
亜紀は、もたれかかってた灰色の壁から身を起こして一歩踏み出した。バッグを漁って財布の中からコインを取り出すと、僕に差し出した。
「紅茶のお金です。おごってもらって嬉しいって思ったけど、おごられるの嫌になりました」
「そんなこと言われても……どう反応すればいいのか、分からないよ」
「もう、いいです!」
押し付けられたコインを握った僕を置いて、彼女は走って去っていった。
いったい、どうすればよかったと言うのだろう。なんてことを考えても、僕の頭で答えを導き出せるはずもなく。
飲み終えた缶コーヒーの空き缶を、自動販売機の隣のゴミ箱に捨てに行った。
──いつからそこに存在していたのだろうか。
ジュースの自動販売機の隣に、メダル式のカプセルトイの機械があった。いわゆる、ガチャというものだ。
普段の僕なら、こんな玩具の相手はしなかったと思う。無駄なものだと思っていたからだ。でも今は、思い切り無駄なことをしてみたい気分だった。ちょうど手の中にはコインがあり、このコインはなるべくなら持っていたくないコインだった。ガチャの機械には、「初恋ガチャ」なんていう、胡散臭いような、今の僕にはうってつけのような、まるで僕を狙っているかのような文字が書いてある。
僕はガチャの機械にコインをいれて、レバーを回した。ギチギチギチという音に続いて、コトンとカプセルが落ちてきた。カプセルには「道標」というラベルが貼ってある。
カプセルをひねって、中身を取り出した。出てきたのは、小さな本だった。いわゆる「豆本」。3センチ四方程度の大きさで、厚さは1センチもない。それでもちゃんと製本されていて、ページをめくることができる。
本を開いてみたら、白紙のページだけが現れた。何も書いていない豆本だった。
翻訳家志望の僕と、小説家志望の彼女。共通点は本なので、「道標」としては間違っていないのかもしれないけれど、中身が白紙では、行く先を示していることにならない。
僕はため息をつくと、それをポケットに入れて家に帰った。家は家で、問題が待っているのだけれど。
もともと、「どう対応したらいいのか分からない」などという、塩対応もいいところの言葉を投げつけてしまった手前、今更仲良くお話しましょうとも言えない。
そんな前提がなかったとしても、下級生の女の子とふたりで「おはなし」する能力なんて、僕は持ち合わせていないけれど。
文豪と呼ばれる人には二種類いるような気がしていて、恋多くトラブルを起こしている人か、恋心をこじらせてトラブルを起こしている人か。どちらも大抵トラブルを起こしているんだよな。おとなって、しょうがないって思う。ホント。
でも、今の自分はそんな偉そうなことを言える立場にはなくて、気づいてしまった恋心をどう扱えばいいのか、本当に頭を抱えていた。
しかたがないので、図書館の外に出て、自動販売機にスマホをかざしてペットボトルの紅茶と缶コーヒーを買い、紅茶のほうを亜紀に渡し、自分は缶コーヒーに口をつける。ベンチに並んで座る勇気なんかないから、灰色の建物の壁によりかかってのお茶の時間だ。沈黙が痛い。
無言に耐えかねて、なんとか会話を引き出そうと試みる。
「あのさ、亜紀さん? その……あー……さっきのことは──」
「いいんです!やっぱり変ですよね、私」
「変って……僕なんかのことが、その……好きってのは変ってこと?」
「あ!違います!そうじゃなくて、いきなり変なこと言っちゃったなって」
「そんなことないよ!」
僕は自分でも驚くくらいの大きな声を出していた。足元をうろついていた数羽の鳩が、驚いてパタパタと飛んで逃げる。
「あ、ごめん」
「私のほうこそ、ごめんなさい」
そして再び沈黙の時間。
コーヒーを飲む。亜紀も紅茶を飲む。ふたりで、ふぅっとため息をつく。あ、シンクロした。なんか嬉しい。……ダメだ。緊張しすぎて思考回路が支離滅裂になっている。落ち着け。話題を変えよう。
「ロシア文学、好きなの?」
「え?ロシア?」
「その本、ツルゲーネフの初恋。ロシアの作家でしょ」
「そうなんですか?タイトルが素敵だったから読もうと思っただけで、どの国の作家かなんて考えてみなかったです」
「海外文学ならなんでもいいとか?」
「私、本ならなんでもいいんです。ロシア文学とか分からないけれど、タイトルとか作者の名前の雰囲気とか、そんなので気になったのを片っ端から読んでいるんです」
「ふうん。乱読家っていうやつかな」
「恥ずかしながら」
「いいんじゃない?」
「いいですか?節操がない感じなんですけど」
「本が好きなんでしょ?全力で節操がないってのは、いいことだと思うよ」
僕はくすりと笑う。
「私……」と、亜紀が小さく切り出した。
「うん?」
亜紀の横顔を盗み見る。僕の視線には気づかずに、彼女は前を見据えたまま言葉を続けた。
「小説家になりたいんです」
なるほど。僕は納得すると同時に、なんだか嬉しくなった。翻訳家志望と、作家志望、悪くない組み合わせなんじゃないかな。
「すごいね」と、僕は言った。
「別にすごくなんかありません」と、亜紀は即座に返事する。
「どうして?立派な夢じゃないか」
「だって、なれっこないですもの」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
「じゃあ、小説を書いたら、僕に読ませてよ。きっと、読むよ。どんな文章でも、僕は絶対、君の小説を読む」
「ありがとうございます」
彼女は素直に礼を言う。
「……でも、私、書けないんです。だから、小説を読むしかないんです。本は好きなのに、自分で書いたことがないなんて、笑っちゃいますよね」
「書けないの?」
「はい」
「書こうと思えば書けるんじゃない?」
と、僕は言った。
「書こうと思えば?」
「うん。だって、亜紀さんは小説家志望なわけでしょ?それなら、書くことが一番大切だよ。本を読んで、勉強して、知識を蓄えることも必要かもしれないけれど、まずは書き始めないと何も始まらないと思う」
「そうですよね。でも、私は何を書けばいいんでしょうか?」
これはまた無理難題な。書きたいことを書けばいいというのは簡単だけれど、それができていれば自分の力で書き始めているはずなんじゃないかなと思う。彼女が求めているのは、そういう安直な答えではない気がした。少し考えて、僕は言う。
「亜紀さんにしか書けないことを書けばいいんじゃないかな」
亜紀はこちらを向いて言った。
「私にしか?」
「そうだ……そうだよ!。誰に頼まれたわけでもないんでしょ?自分が書きたくて、自分にしか書けないものがあるはずだよ!」
「無理ですよ」
「どうして?」
「私ずっと、小説家になる夢がかなうまでは、彼氏とかつくらないし、恋愛とかもしないって決めてたんです。本を沢山読んで、いつかすごい小説を書いて、それでデビューするんだって思ってたんです。でも先輩のこと好きになっちゃったから、もう小説家になれない気がする」
亜紀は無茶苦茶な理屈を出してきた。屁理屈のような気もするけれど、彼女の中では本気なのだろうなとも思うし。それにさらっと僕のこと好きって言ってるし。二回目の告白だ。どうしよう……って、そっちの問題じゃない。彼女はあっさりと夢をあきらめようとしているんだ。
僕なんかのことで!
「小説家になればいいんじゃないかな」
「え?」
「小説家になるのが夢だったんでしょ?だったら、そっちを優先したほうがいいよ。僕のこと、好きって言ってくれたのは嬉しいけれど、それで夢をあきらめちゃうのは、もったいないと思う」
「私のこと、嫌いですか?」
「そうじゃないよ。そうじゃないんだ。亜紀さんの夢がかなうのは、素敵だと思うんだ。小説家になる夢をかなえて、大きな賞をとって、みんなに読んでもらって、それってすごいことじゃないか」
僕は適当に言葉を並べたわけではない。本当に思っていることを話したつもりだ。でも──。
「それって私と付き合えないってことですか?」
「……それよりも、夢を目指そうよ」
きっぱりと言ったつもりが、言葉に力はなかったかもしれない。僕はその程度の意気地なしだ。自分に自信がないから、ほかの人にも嫌われたくないんだ。だけど、亜紀も引き下がらなかった。僕に詰め寄ってくる。
「私のこと嫌いですか?好きじゃないんですか?」
「好きだよ!好きになった!」
断言した。してしまった。
「意味がわかんないっ!」
亜紀は、もたれかかってた灰色の壁から身を起こして一歩踏み出した。バッグを漁って財布の中からコインを取り出すと、僕に差し出した。
「紅茶のお金です。おごってもらって嬉しいって思ったけど、おごられるの嫌になりました」
「そんなこと言われても……どう反応すればいいのか、分からないよ」
「もう、いいです!」
押し付けられたコインを握った僕を置いて、彼女は走って去っていった。
いったい、どうすればよかったと言うのだろう。なんてことを考えても、僕の頭で答えを導き出せるはずもなく。
飲み終えた缶コーヒーの空き缶を、自動販売機の隣のゴミ箱に捨てに行った。
──いつからそこに存在していたのだろうか。
ジュースの自動販売機の隣に、メダル式のカプセルトイの機械があった。いわゆる、ガチャというものだ。
普段の僕なら、こんな玩具の相手はしなかったと思う。無駄なものだと思っていたからだ。でも今は、思い切り無駄なことをしてみたい気分だった。ちょうど手の中にはコインがあり、このコインはなるべくなら持っていたくないコインだった。ガチャの機械には、「初恋ガチャ」なんていう、胡散臭いような、今の僕にはうってつけのような、まるで僕を狙っているかのような文字が書いてある。
僕はガチャの機械にコインをいれて、レバーを回した。ギチギチギチという音に続いて、コトンとカプセルが落ちてきた。カプセルには「道標」というラベルが貼ってある。
カプセルをひねって、中身を取り出した。出てきたのは、小さな本だった。いわゆる「豆本」。3センチ四方程度の大きさで、厚さは1センチもない。それでもちゃんと製本されていて、ページをめくることができる。
本を開いてみたら、白紙のページだけが現れた。何も書いていない豆本だった。
翻訳家志望の僕と、小説家志望の彼女。共通点は本なので、「道標」としては間違っていないのかもしれないけれど、中身が白紙では、行く先を示していることにならない。
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