魔法使いの夏休み

きもとまさひこ

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次の日の朝は、よく分からない喧噪の中で目が覚めた。車の音や廊下を人が走る音なんかを、寝ぼけまなこの中で聞いたような気がする。

眠い目をこすりながら適当に着替えをして、階下に降りて行ってみたら、一気に目が覚めた。

玄関には男が立っていた。

ユッカ姉がその男に抱きついていた。しがみついていた。すがりついて泣いていた。

何か言っているみたいだったけれど、言葉になっていなかった。

男は優しい表情で、ユッカ姉の肩を抱いていた。

一目で分かった。この人がユッカ姉の旦那さんで、ユッカ姉を悲しませた張本人だ。

帰れ、と思った。追い出そうと思った。

魔法を使ってこいつを飛ばしてしまおうと思い、なんども指を回転させた。しかし魔法は発動しない。

繰り返し念じながら指を回す。

帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!

だけど魔法は使えない。

理由は分かる。何故なら、僕はもう魔法使いじゃないからだ。

少しだけ見えたユッカ姉の横顔は、涙にまみれている癖に、ものすごく幸せそうだった。

僕はそれが、堪らなく悔しい。



ユッカ姉はその日の早い時間に、旦那さんに連れられて帰っていった。

昨夜の魔法は、僕が使った最後の魔法は、成功していたのだ。

ユッカ姉が望んだ幸せ、求めた幸せというのは、つまりそういうことだ。

結局僕では、ユッカ姉を癒すことさえも出来なかった。ただの役立たずだ。

僕はやりきれない気持ちのまま、帰りの電車に乗った。再びいくつもの山と街を越えて、仕事の待つ都会に帰っていく。来るときと同じ顔が、電車のガラス窓に映っていた。

いや、前と同じではないな。僕はもう魔法使いじゃない。

そう、僕はもう魔法を使えない。

だけど僕は忘れないだろう。

魔法使いだったこの一年のことを。

最後に使った魔法のことを。

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