いつかの相転移

きもとまさひこ

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 ——時間が動きだす。

 ——明日がやってくる。

 私はベッドで目を覚ました。身体に時刻が染み着いてしまったみたいで、部屋の時計は七時を指している。毎日、同じ時刻だ。

 窓の外に首を出して、ぽっかりと広がる空の端から端までを仰ぐ。塩の香りは消えていないけれど、それは世界のどこでも同じことだ。

 母が作ってくれた朝食を食べながら、テレビのニュースを見た。

「そういえば選挙はどうなったのかしら」

「昼前には結果が出るみたいだね」

 お父さんが言った。

「そう」

 私はテレビから目を離さずに答える。

 お父さんもお母さんも、昨日と変わらずここにいて、でも昨日と今日とは違う。

 今日は昨日ではない。世界は常に変化するのだ。

 昼近くまで家でのんびりしてから外出することにする。

 広場では地元の新聞が号外を配っていて、それを一部もらって中身を確認し、私はジャックの屋敷へと向かった。

 私が近付いてくるのが見えていたのだろう。ジャックは屋敷の裏の松の木の下で待っていた。

「評議員様、当選おめでとうございます。これからが大変ね」

「ありがとう。だけど、やりがいのある仕事だと思ってるよ」

「あなたなら、うまくやれるわ」

「頑張るよ。……ところで、昨日の返事なんだけど」

「ごめんなさい。一晩考えたけれど、私には評議員の妻は無理だと思う。あなたのこと、好きよ、ジャック。尊敬もしているし。あなたは立派な評議員になれるわ。だけど、私は無理。評議員の良き妻にはなれないわ」

「そんなことない! 君は聡明な女性だって、僕は知っている」

 私はおおげさにかぶりを振った。

「あなたが考えているほど、評議員の妻は簡単じゃないと思うの。私が考えているほどにも、ね。私には荷が重すぎるわ」

「……だけど、二人なら」

「ごめんなさい、ジャック。私の身勝手だってことは分かってます。だけど、無理なんです」

「分かったよ。君がそこまで言うのなら、僕は引き下がる」

「ありがとう。ごめんなさい。あなたが成功することを祈っているわ」

 私は足早に屋敷から離れた。後ろを振り返ろうともしなかった。

 次に目指したのは、病院だった。キシムから場所を聞いたわけではないけれど、この町で手術ができるような大きな病院はひとつしかない。

 キシムはすぐに見つかった。廊下の椅子に、うつむいて座っていた。私は努めて平静を装って、彼にゆっくりと近付いた。

「手術は……どう?」

「……駄目だった。さっき亡くなったよ。寝ているみたいだった」

「そう……」

 私はキシムの隣に座った。彼の手に自分の手を重ね、指を一本ずつ絡めていく。

 キシムは頭を私の肩に預ける。私よりも背が高いくせに。

「キシム、私が一緒にいてあげる」

「すまない」

「時間をかけましょう。私がずっと、あなたのそばにいてあげる」

「……すまない」

 キシムが泣いているのが分かる。彼の悲しみを癒せるのは、私だけだ。

 ——これはそう、ありえた「明日」

 キシムの頭を片手で抱いて、私は目を閉じた。

 ——これはそう、ありえた「未来」

 私はすべてが遠くなっていくのを感じる。ゆっくりと、ゆっくりと。

 ——これはそう、ひとつの「可能性」

 こんな明日が、来るのかしら。

 ——これはもしかして、誰かの希望、あるいは誰かの「意志」

 指の先の感覚が消えていく。まるで塩のかけらになって崩れるみたいに。

 ——これは多分、課せられた「運命」

 私の意識が消えた。

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