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第一章

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 たどりついたのは、ぼくの家だった。


「ここまで逃げれば、いいだろう?」


「そうね、上出来。助かったわ。ジャングー、ヒューマノイドモード」


 アザリアの命令で、ジャングーはガチャンガチャンと音をたてながら変形して、もとの人間(大きい)の形にもどった。やっぱり、どこがどう組み合わさっているのか、わからない。


「さ、カイキ。案内して?」


「案内して?」


「今日から、カイキの家にお世話になろうと思うの」


「ええっ! そんなこと言われても、こまるよ」


「カイキさま、プリンセスの宿にえらばれることは、光栄なことです」


「ジャングー、もう少しおだやかな言いかたのほうが、いいわね」


「注意します。プリンセス」


 どうせ怒られるのがわかっていたので、ぼくは家に入ることにした。お父さんとお母さんがだめだと言えば、アザリアもひきさがるだろう。


 玄関のかぎを開けて中に入り、「ただいまー」と声をかけた。ぼくにつづいて、プリンセスとジャングー(大きい)も玄関に入ってきた。


「おそかったわね」


 台所からお母さんが出てきた。


「変な怪人に追いかけられたんだ。あと、この人たちが泊めてほしいって」


「カイキのお母さまですね。わたしはプリンセス・アザリア。シャンバラの王妃です。こちらは、護衛ロボットのジャングー」


「はじめまして、ジャングーです」


「あら!」


「お母さん、だめならだめだって言って。しょうがないよ」


「プリンセスってことは、お姫さまよね。どうしましょう。お姫さまが泊まれる部屋なんかあったかしら。おそうじしないと」


 なんか、変なことになってきたな。無理とかダメとか言われると思っていたんだけど。


「どうしたんだ」


 こんどは奥から父さんがでてきた。アニメのキャラが書いたTシャツを着ていて、少しはずかしい。なれたけど。


「これはこれは、お父さまですね。わたしはこういう者です」


 アザリアは手をくるんと回すと、カードを一枚とりだした。名刺だ。父さんは丁寧な姿勢で両手でそれを受け取った。


「これはこれはご丁寧に。ぼくはこういう者です」


 父さんもポケットから財布を出して、その中にしまってあった名刺をわたす。なんだこれ。なんでこんな、仕事みたいなこと、やっているんだろう。


「ほう、プリンセスは、ロボット工学の博士ですか」


「お父さまも工学の博士なのですね」


「いやいや、ぼくのは大したものではないです。……こちらのロボットは、プリンセスの?」


「はじめまして、護衛ロボットの、ジャングーです」


「よくできている。なにより、大きい」


 どういうことか、お父さんとアザリアの会話はもりあがっている。たしかに僕の父さんは博士号をもってはいるけれど、大学の先生ではないし、研究所で働いているわけでもない。


 それでもジャングーみたいなロボットを作れるアザリアと話があうところをみると、こういうひとたちは……なんていうのか、同じ仲間? なのかもしれない。


 お父さんが言った。


「泊まるところがないのなら、今日は居間にねてもらえばいいだろう。明日は、納戸のそうじをして、使ってもらおう」


「いいけど……」


 母さんはどうにもうかない顔をしている。


「なんだい?」


「わたしに分からない話を楽しそうにしているの、なんかくやしいわ」


「はっはっは、ナオさんはヤキモチやきだなあ」


「そういうのでは、ありません」


 とか言いつつも、母さんは少し不機嫌になって、台所のほうにもどっていった。父さんはあわててそれを追いかける。


 玄関は僕とアザリアたちだけになった。


「よかったね」


「話せばわかるのよ」


「紳士的解決方法です、プリンセス」


「それよりも、アザリアのこと、もっと教えてよ。あっちの世界だけじゃイメージできない」


「そうね……どこから話そうかしら」


 母さんがぼくらをよぶ声がした。晩ごはんだ。


「いいわ、食べながら説明する」


 そしてアザリアは、異次元世界シャンバラの話をはじめた。


 ぼくたちの世界よりもずっと進んだ科学力を持つシャンバラは、しかし自然界と調和していた。緑は多く、動物たちとなかよくくらしている。


 アザリアたちのような王族はいるけれど、ぜいたくな生活をしているわけではなく、また民衆の中に貧しいひともいなかった。


 すべてのひとが、同じように平和で、それぞれの得意なことをして生活していた。誰もが尊敬しあっていた。


 おだやかな世界だった。


 ある時、ザルダントという政治家があらわれた。頭のよい政治家で、どんどん力をつけていった。


 彼は「新公平主義」というしゅちょうをかかげた。頭のよい人間は、ほかのひとより幸せになるべきだという主張だった。


 これは一部のひとには賛成されて、一部のひとには反対された。しかし彼は演舌が巧みでで、彼の話を聞いたひとは、次第に「これはこれでもっともだ」と考えるようになった。


 ザルダントは首相になり、大きな力を持った。やがて、王様たちを邪魔に思うようになり、追い出そうとする計画をねりはじめた。


 最初に王子の親友がたいほされた。つぎに王子のいとこがたいほされた。そして、王子も。


 ザルダントは王様たちの一族を攻撃しはじめた。


 王様は危険なことだと感じて、プリンセスであるアザリアを、別の次元の世界に逃がすことにした。


「もっとも、逃げてきた先がこの世界だってことは、ザルダントにばれちゃっているけどね」


 アザリアは器用におはしでご飯を食べながら言った。


「苦労しているのねえ」


 母さんが言った。


「……正直に言うと、ぼくはどちらが悪いのかはわからない」


 父さんが言った。


「ザルダントという首相が言っていることも、ある部分では正しいかもしれない。絶対ではないかもしれないけどね。そして、アザリアさんたち王族が、本当に特別でなかったのかどうかも、あなたの話だけではわからない」


「お父さん、そんな言い方って……」


「カイキ、聞きなさい。ものごとには二面性というのがある。どちらか片方の話だけでは判断できないさ。その首相の話を聞けば、また考え方が変わるかもしれない。ただ……今はアザリアさんに助けを求められていて、それを断る理由もないように思う。だから、アザリアさんは家にいてもらっていい。……いいよね、ナオさん?」


 父さんは母さんに確認した。


「ええ、いいわよ。そちらの護衛のロボットさんがいれば安心だしね。ええと、アザリアさんは、何歳なのかしら」


「こちらの世界のねんれいで計算すると、13歳になります」


「カイキからみると、お姉さんね。よろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします。お父さま、お母さま」


「いえいえ、ところでさっきから気になっているんだけれど、ロボットさんは晩ご飯は必要ないのかしら」


「わたしは相転移ギャップドライブを駆動系としておりますので、有機物の摂食は必要ありません。ご配慮、感謝します」


「まあまあ、食費がかからなくていいわねえ」


 などという会話をしながら、晩ご飯の時間はすぎていった。


 さて寝ることになり、アザリアをジャングーには居間を使ってもらおうということになったのだけれど、なにせジャングーが大きいので、テーブルをどかさないといけない。


「今日はいいけれど、明日から納戸にふたりで寝てもらうのはむずかしいかもしれないな」


 父さんが言った。


「ジャングーさん、そんなに大きいのだから、寝ぶくろにならないのかしら」


「は?」


 母さんの質問に、おもわずつっこんでしまう。


「お母さま、ネブクロとは何ですか?」


「キャンプの時なんかにつかうふくろで、布団のかわりになるのよ。すっぽりと中にはいって寝るの」


「寝ぶくろモードですか……考えておきますわ」


 結局居間のテーブルをどかして大きな場所をつくり、アザリアとジャングーには並んで寝てもらうことになった。


「失礼します、プリンセス」


「あら、あなたは護衛ロボットだもの。となりで寝るのはあたりまえよ」


 アザリアは、なんだか楽しそうだった。
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