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第5話 珠美さん、家庭について考える
第5話 その3
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じゃじゃーん。
珠美さんが、主人と奥方の前にしゃしゃり出ました。しゃしゃり出るとしか表現しようのない登場の仕方でした。
「勇者タマミが、理性と悟性と論理と倫理を理路整然と筋立てて組み上げた理屈で、道理を通して無理を引っ込める、綺麗な采配をしてみせましょう!」
ほほーっと、全員感心したように珠美さんを見ています。騎士様のお手並み拝見というところでしょう。
「今回の騒動について、ご主人と奥様と双方の主張、意見を聞き取りました。十分に聞き取れたと考えています。その上で、論理的に判断してみましょう。論理です、論理。論理大事。そこがしっかりしていないと、双方の合意とかね、そういうの、無理だから。
——で。
今回のおふたりの話を聞くに、そもそもの原因はご主人がダメだからです。
ダメです。ダメダメなのです。
ご主人は、人としてダメなのです。
いや人としては言いすぎかもしれないけれど、一家の長としては、ダメなのです。
ですので、ここはご主人を追い出して、しっかり者の奥さんが女主人として家業を切り盛りすればいいのです。
女の時代です。立ち上がれ! 奥さん!」
ババン!
そして得意気に周囲を「どう? どう?」と見回しました。
周囲は固まっていました。なんとも言えない、重い空気が支配していました。
マリさんがため息をつきながら、珠美さんの頭をコツンとやりました。
「あのねえ、奥さんが家を継ぐなんて、できるわけないでしょ? タマミの案のほうが、よっぽどダメ」
「えー。いい線だと思うんだけどなあ」
「ダメ。決まってるでしょ」
「えー」
ごほん。マリさんは軽く咳払いをしました。
「みなさん、失礼しました、冷静かつ穏便に、落とし所を考えましょう。私に任せておいてください。——えーと。えーと、うーん。
まず奥さんには選択肢があります。ひとりで家を出ていくか、またはこの家に残るか。残念ながら、子供たちは家を継ぐ立場です。どちらの子供が後継者に選ばれるとしても、ね。この子たちが家を出ていくという選択肢はありません。あったとしても、それは家の主人が決めることです。奥さんは、子供を置いて家を出るか、子供とともに家に残るか、選んでください」
「えー」
「タマミは黙ってて」
奥さんもまた、固まっていました。だけど両手の拳を強く握りしめていることに、僕は気づきました。その拳が震えていることにも。
「騎士様……」
絞り出した奥さんの声は、問いかけなのでしょうか。自分には本当に、そのふたつの選択肢しかないのか。自分の望みは叶わないのか。百歩譲って、息子を守る方法は他にないのか。騎士ならば、真の正しさを知っているのではないのか。
「ふたつの道から、選んでください」
「……家に残ります」
「分かりました。ご主人も依存はないですね? また、今回のことは、仲介に入った騎士の顔を立てていただき、以後蒸し返さないようにしてください」
これが決着のようです。一応……ま、一応。
「タマミの言うことも分かるよ」
買い物を終えた帰り道です。日は傾いて、二人の影が長く落ちています。
「じゃあ、なんで?」
「女性がひとりで子供を抱えて生きていくのは無理なんだよ。野垂れ死ぬか、夜の仕事を始めるか。私の実家、食堂でしょ? 夜になると仕事に出かけるお姉さんとか、捨てる食材があったら分けて欲しいって言ってくる人とかが来るのよね。そういうの見てるから、世の中がそんなに優しくないことも知ってる。騎士団はね、試験に受かれば誰でもなれるけど、そんな仕事はめったにないし、あのお母さんが今から騎士団に入れるとも思えない。だから、家族は壊さないほうがいいの」
「でもね。もしマリちゃんが結婚した相手がダメな男の人で、最初はよかったんだけど、結局さっきの人みたいな感じになっちゃったとして、同じ風に思える?」
「私はそうはならない」
マリさんはきっぱりと言いました。
「だって、ショーンはそんな人じゃないもの。私が選んだ人だもの。私は大丈夫、幸せになる。——私は、幸せになる」
「そっか……」
そうは言いつつも、実際に結婚してみたら相手が思っていたのと違う態度をとるなんて、世間ではありふれた話なのかもしれません。それこそ、さっきのご主人のように。
マリさんがいくら幸せになると宣言しても、それを貫けるかは当人すら分からないでしょう。強い気持ちがあれば大丈夫なんてのは甘い話です。
おそらく、そうなのでしょう。
だけど、マリさんがそれを幸せになる意思を強く心に持ち続け、それで珠美さんが受容するというのなら、僕はその幸せは実現されて欲しいなと思います。
「けどさあ、タマミね」
「なあに?」
「あの店主に向かって、あんたはダメって言ったの傑作だったよね」
「えー、ダメって言うのはダメって言ったじゃん」
「常識ではね。でも、実際あの旦那、ダメだと思うよ」
「じゃあ私の案でいいじゃない」
「そうもいかないのよ。ダメな人にダメだと言って追い出して、みんなハッピーになるなんて旨い話にはそうそう転がらない。特に、女性は弱いからね」
「それじゃあ、女性が可愛そうなだけじゃ」
「かもしれない。こんなことで問題が起こらない国がどこかにあればいいんだけどね」
「どこかには……あると思うよ」
「そう?」
異世界パンゲアはまだまだ未熟な世界で、誰かが我慢しながら生きているのかもしれません。そしてこちらの世界にもやっぱり未熟なところはあって、量の大小はあっても、誰かが我慢しているのでしょう。
人間の社会のことに、僕ら神様は立ち入ることができませんが、願わくば彼ら彼女らが、苦しみを溜め込まずに生きていられる世界であって欲しいと思います。
珠美さんに世界を動かす勇者になってもらおうなんてのは勝手な要望ですが、ふたつの世界を知っている彼女なら、どちらの世界をも少しずつ変えてくれるのではないか……というのは、やっぱり僕の勝手な期待なのかもしれませんね。
珠美さんが、主人と奥方の前にしゃしゃり出ました。しゃしゃり出るとしか表現しようのない登場の仕方でした。
「勇者タマミが、理性と悟性と論理と倫理を理路整然と筋立てて組み上げた理屈で、道理を通して無理を引っ込める、綺麗な采配をしてみせましょう!」
ほほーっと、全員感心したように珠美さんを見ています。騎士様のお手並み拝見というところでしょう。
「今回の騒動について、ご主人と奥様と双方の主張、意見を聞き取りました。十分に聞き取れたと考えています。その上で、論理的に判断してみましょう。論理です、論理。論理大事。そこがしっかりしていないと、双方の合意とかね、そういうの、無理だから。
——で。
今回のおふたりの話を聞くに、そもそもの原因はご主人がダメだからです。
ダメです。ダメダメなのです。
ご主人は、人としてダメなのです。
いや人としては言いすぎかもしれないけれど、一家の長としては、ダメなのです。
ですので、ここはご主人を追い出して、しっかり者の奥さんが女主人として家業を切り盛りすればいいのです。
女の時代です。立ち上がれ! 奥さん!」
ババン!
そして得意気に周囲を「どう? どう?」と見回しました。
周囲は固まっていました。なんとも言えない、重い空気が支配していました。
マリさんがため息をつきながら、珠美さんの頭をコツンとやりました。
「あのねえ、奥さんが家を継ぐなんて、できるわけないでしょ? タマミの案のほうが、よっぽどダメ」
「えー。いい線だと思うんだけどなあ」
「ダメ。決まってるでしょ」
「えー」
ごほん。マリさんは軽く咳払いをしました。
「みなさん、失礼しました、冷静かつ穏便に、落とし所を考えましょう。私に任せておいてください。——えーと。えーと、うーん。
まず奥さんには選択肢があります。ひとりで家を出ていくか、またはこの家に残るか。残念ながら、子供たちは家を継ぐ立場です。どちらの子供が後継者に選ばれるとしても、ね。この子たちが家を出ていくという選択肢はありません。あったとしても、それは家の主人が決めることです。奥さんは、子供を置いて家を出るか、子供とともに家に残るか、選んでください」
「えー」
「タマミは黙ってて」
奥さんもまた、固まっていました。だけど両手の拳を強く握りしめていることに、僕は気づきました。その拳が震えていることにも。
「騎士様……」
絞り出した奥さんの声は、問いかけなのでしょうか。自分には本当に、そのふたつの選択肢しかないのか。自分の望みは叶わないのか。百歩譲って、息子を守る方法は他にないのか。騎士ならば、真の正しさを知っているのではないのか。
「ふたつの道から、選んでください」
「……家に残ります」
「分かりました。ご主人も依存はないですね? また、今回のことは、仲介に入った騎士の顔を立てていただき、以後蒸し返さないようにしてください」
これが決着のようです。一応……ま、一応。
「タマミの言うことも分かるよ」
買い物を終えた帰り道です。日は傾いて、二人の影が長く落ちています。
「じゃあ、なんで?」
「女性がひとりで子供を抱えて生きていくのは無理なんだよ。野垂れ死ぬか、夜の仕事を始めるか。私の実家、食堂でしょ? 夜になると仕事に出かけるお姉さんとか、捨てる食材があったら分けて欲しいって言ってくる人とかが来るのよね。そういうの見てるから、世の中がそんなに優しくないことも知ってる。騎士団はね、試験に受かれば誰でもなれるけど、そんな仕事はめったにないし、あのお母さんが今から騎士団に入れるとも思えない。だから、家族は壊さないほうがいいの」
「でもね。もしマリちゃんが結婚した相手がダメな男の人で、最初はよかったんだけど、結局さっきの人みたいな感じになっちゃったとして、同じ風に思える?」
「私はそうはならない」
マリさんはきっぱりと言いました。
「だって、ショーンはそんな人じゃないもの。私が選んだ人だもの。私は大丈夫、幸せになる。——私は、幸せになる」
「そっか……」
そうは言いつつも、実際に結婚してみたら相手が思っていたのと違う態度をとるなんて、世間ではありふれた話なのかもしれません。それこそ、さっきのご主人のように。
マリさんがいくら幸せになると宣言しても、それを貫けるかは当人すら分からないでしょう。強い気持ちがあれば大丈夫なんてのは甘い話です。
おそらく、そうなのでしょう。
だけど、マリさんがそれを幸せになる意思を強く心に持ち続け、それで珠美さんが受容するというのなら、僕はその幸せは実現されて欲しいなと思います。
「けどさあ、タマミね」
「なあに?」
「あの店主に向かって、あんたはダメって言ったの傑作だったよね」
「えー、ダメって言うのはダメって言ったじゃん」
「常識ではね。でも、実際あの旦那、ダメだと思うよ」
「じゃあ私の案でいいじゃない」
「そうもいかないのよ。ダメな人にダメだと言って追い出して、みんなハッピーになるなんて旨い話にはそうそう転がらない。特に、女性は弱いからね」
「それじゃあ、女性が可愛そうなだけじゃ」
「かもしれない。こんなことで問題が起こらない国がどこかにあればいいんだけどね」
「どこかには……あると思うよ」
「そう?」
異世界パンゲアはまだまだ未熟な世界で、誰かが我慢しながら生きているのかもしれません。そしてこちらの世界にもやっぱり未熟なところはあって、量の大小はあっても、誰かが我慢しているのでしょう。
人間の社会のことに、僕ら神様は立ち入ることができませんが、願わくば彼ら彼女らが、苦しみを溜め込まずに生きていられる世界であって欲しいと思います。
珠美さんに世界を動かす勇者になってもらおうなんてのは勝手な要望ですが、ふたつの世界を知っている彼女なら、どちらの世界をも少しずつ変えてくれるのではないか……というのは、やっぱり僕の勝手な期待なのかもしれませんね。
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