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第一章 高等学院編 第二編 学院の黒い影(一年次・冬)
EP.XX ようこそ生徒会へ
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(四月の夜、とし老った猫が)
友達のうちのあまり明るくない電燈の向ふにその年老った猫がしづかに顔を出した。
(アンデルゼンの猫を知ってゐますか。
暗闇で毛を逆立てゝパチパチ火花を出すアンデルゼンの猫を。)
実になめらかによるの気圏の底を猫が滑ってやって来る。
(私は猫は大嫌ひです。猫のからだの中を考へると吐き出しさうになります。)
猫は停ってすわって前あしでからだをこする。見てゐるとつめたいそして底知れない変なものが猫の毛皮を網になって覆ひ、猫はその網糸を延ばして毛皮一面に張ってゐるのだ。
(毛皮といふものは厭なもんだ。毛皮を考へると私は変に苦笑ひがしたくなる。陰電気のためかも知れない。)
猫は立ちあがりからだをうんと延ばしかすかにかすかにミウと鳴きするりと暗の中へ流れて行った。
(どう考へても私は猫は厭ですよ。)
無限回廊書架 DDC. 895
―― 宮沢賢治『猫』 A.D. 1913
朝ごとに少しずつ寒さが厳しくなり、山々にも末枯野や雪化粧が目立つようになってきた、洗礼月のある日。今日の寒さはまだマシだなと、僕は小春日和を実感しながらイェスペルと一緒に登校していた。寮から学生塔までは歩いて十五分ぐらいあるので、歩いているうちに体もぽかぽかと温まってくる。
学生塔の前まで来ると、そこにはいつもと違う光景があった。掲示板を前にして二十人ぐらいの人集りができている。
「なんだありゃ?」
「さぁ…」
その中に何人かクラスメイトを見つけたので、気になって近くまで行くと彼女たちは僕に気がつくなり無言で掲示板を指差した。
『下記の者は放課後、早急に生徒会室まで来るように。
コーダ・リンドグレン。
以上一名』
――そこに貼られていたのはそんな内容の貼り紙だった。
屯している面子を見るといかにも噂話の好きそうな女子たちばかりだ。……って、リズベツまで居るじゃないか。情報収集は隠密士の基本スキル、なんてこの前自慢そうに言っていただけあって、こういう風聞には耳聡い。
「コーダ、なにやらかしたの」
リズベツが挨拶もそこそこに、開口一番そう言った。
「おはよう、リズベツ。いや、正直言って僕にも何のことだか…」
と、そこまで言って、この前トロリーレースの時に生徒会長に会っていたことを思い出した。
(そう言えば、なんか入科試験のときの不正を疑われていたな…)
でも、その時の疑いは晴れたはずではなかっただろうか…。
――いや、そもそも、なんで僕とマルガレータの個人的な勝負の審判に、スティーグさんや生徒会長が来ていたんだ? マルガレータの事情を知っていたから? マルガレータがスティーグさんと生徒会長に頼んだのだろうか? でも彼女の性格からしてそんな個人的な用向きに、ギルド幹部と生徒会長なんて役職を持つ人達を無闇に呼び出したりしないだろう。
「うん、やっぱり何のことだか分からないな…」
「あのお嬢様と密会して何か不届きでも働いたんじゃねぇのか?」
……イェスペル、君は一体何を言っているのだ。
「コーダさん!? それは一体どういうことですか!?」
そら来た。リズベツが居るということはルームメイトであるマリーが一緒にいる確率も高い。況してや今は登校時間。寮から登校する生徒でクラスメイトであるなら、ほとんどの生徒は一緒に来ている。というか、噂好きの女子たちが集まっている前で、イェスペルはなんてことを言うんだろう。
「ちょ、ちょっと待て、イェスペル! 誤解を招く言い方はよしてくれ!」
噂なんて尾ひれ腹ひれが付いて、大方都合のいいように、話者が面白いと思うように改竄されていく。道聴塗説。巷談俗説。広宣流布。瓜田李下であれとは言うが、人の口に戸は立てられない。マルガレータが傾国の縹緻を持つだけに、話題性としては充分だった。
「と、とにかく! 放課後に生徒会室に行って話を聞いてくるよ」
こんな場所でマルガレータと出くわしたりしたら話がややこしくなりかねないので、吹聴に勤しんでいる女子たちはほっぽって、そそくさと校舎に入った。
校舎に入る寸前、「これは一体何の騒ぎですの?」なんて声が聞こえた気がしたが、ギリギリのタイミングで出くわさずに済んだことを、運気の指環に感謝するのだった。
ℵ
ユングヴィア高等学院には主要な建物は十二個ある。職業ごとの専用棟が四棟と、学生寮が三棟、総合学生塔、中央管理塔、図書館、教会、そして生徒会館だ。職員室やギルドの支部、魔法教会の支部は中央管理塔に集約されているにもかかわらず、生徒会の建物は中央管理塔の横に一つの屋敷として建てられている。夜になっても明かりが点いていることが多いことから通称月宮殿とも呼ばれているそれは、中央管理塔からわざわざ独立していることからも、生徒会が学院内でもそれなりの権威を有していることが見て取れる。中央管理塔が四階建ての円柱の塔であるのに対し、月宮殿は二階建ての屋敷であるため、建物の高さこそ低いものの、小高い丘の上に立てられていることで、玄関が中央管理塔よりも一階分高くなっているのが象徴的だ。
丘に設けられた一階分の高さの階段を登り、玄関口をくぐると吹き抜けのエントランスに二階の回廊が見渡せる。木製の床に映えるように設計されたのか、正面には大きな赤絨毯の階段があり、階段は踊り場を介して左右に別れて二階へ続く。一階も二階も左右の壁には扉があるが、正面の壁沿いにはまだ奥に伸びる廊下があり、その先はここからでは見えない。
――それで、生徒会室はどこだろうか…?
ふと見渡してみると、階段の側に木で作られた、多少年季の入った立て札が置いてあった。
『↑生徒会室は二階の左奥』
(どうせここに来る人は生徒会室ぐらいしか用事ないんだから一階の部屋にすればいいのに…)
というか生徒会室以外の部屋は何の用途に使われているのだろうか。見たところ結構な部屋の数がありそうだけど。勝手に入って怒られてもかなわないので、とりあえず二階の左奥へと向かう。
部屋の前に来て、そこが一目で生徒会室と分かった。そこはまず、扉からして違う。他の片開きの扉と違って、ここだけは豪華な木彫りが施された両開きの彫刻扉になっている。
――コンコン。
扉をノックしてしばらくすると、中から桜色の髪のメイド服姿の女の人が出てきた。白いカチューシャの奥には焦茶色の猫の耳が見える。猫人族だろうか。
「あ、例の方ですね~。中へどうぞ~」
扉に招き入れられて中に入るとより一層伝統を感じさせる、けれども古めかしいということはなく、床から壁から非常に綺麗に保たれている。床は廊下のような板張りではなく、全体に絨毯が敷き詰められている。部屋の中央には応接テーブルと二つのソファが向かい合って置かれている。構図としては寮の備え付けのソファと同じだが、テーブルもソファも寮のものとは段違いに高価そうなものが設えてある。
向かって左のソファには銀色の長い髪をした白い肌の女性が一人座って優雅に紅茶を飲んでいる。重苦しい空気が漂っている空間で、その人の周りの空間だけがまるで王宮の庭園のお茶会のように見えてしまうほど、ある意味異質な雰囲気が醸し出されていた。その対角線上、右のソファには濃菫色の髪の眼鏡の女性が一人、何やら不敵な笑みを浮かべながら何かをメモ帳に書いている。入り口の扉を入ってすぐ左の方には、大きな槍を持った蜥蜴か鰐のような種族の、いかにも屈強そうな男性が凛と立っていた。もはや何の種族か分からない。
そして、中央の応接セットの向こうには重厚な木製の机とこれまた高級そうな革製の椅子が置かれている。そこに生徒会長、ニコライ・ギルノール・ハルストレームは座っていた。
「遅い。どこで油を売っていたんだ」
…うっ。早速叱責が飛んでくる。やっぱりこの人ちょっと苦手かもしれない。
「す、すみません。場所とかあまり知らなかったので…」
おかしい。授業が終わって比較的すぐにこっちに向かってきたはずなのに、彼らは五分も十分も前からすでに全員揃っていて僕を待っていたかのような雰囲気だ。どうやって彼らはそんなにすぐにここに来れたのだろうか。
「まぁまぁ。一年生は六時限目まであるんだから仕方ないよ」
先程僕を出迎えてくれた桜色の髪の猫耳メイドの女性が、僕の弁護に回ってくれる。…っていうか、なんでこの人は学生服じゃないんだ?
「あのね、私たち三年生は、基礎科目は終わってるから~。あとは選択授業ばかりなんだよ~」
なんだかクラスメイトのアンナリーナに近いような抜け感のある話し方をするが、幾分かおっとりとした上品な雰囲気を纏っている。猫耳メイドの女性の話によると、授業はほとんど選択制になっているため、一時限目から六時限目までフルに授業が入ることなどほとんど無いそうだ。今日も生徒会メンバー全員が昼頃には授業が終わり、僕よりも二時間は早くここに来ていたそうだ。
「おい、フランチシュカ。早く本題に入らせてくれ」
「は~い、ごめんなさ~い」
ニコライからお怒りの言葉が飛んでくるが、フランチシュカと呼ばれた猫耳メイドはそれに慣れているのか、妙に軽い対応をしている。もしかしてニコライは別に怒っている訳じゃなくて、普段からそういう話し方なだけなんだろうか。そう思うと確かに少し気は楽になる。
「早く座れ」
「え? あ、はい」
…とは言え、やっぱりニコライの話し方は、怒られているような気がしてまだ慣れない。右のソファの手前側は怪しげな眼鏡の少女が座っているので、左のソファの手前側に座る。慌てていたので迂闊に座ってしまったが、王宮庭園のような一人お茶会の異質な銀髪少女が隣りに座っていた。なんだかピリピリした空気と、ロイヤルな空気に挟まれて、非常に心の落ち着けどころがない。
僕の対角線上の開いている場所には猫耳メイドの少女が座る。あ、しまった! 蜥蜴の男性の座る場所が無いじゃないか! と気付いて、席を空けないといけないのかと思って蜥蜴の男性の方を見るが特に意に介していないようだ。ニコライにも座れって言われたし、これでいいのだろうか。
「さて、では全員揃ったところで会議を始めようか。最近、修練の森の近くで――」
「はいは~い。先にコーダくんに自己紹介しましょう!」
ニコライが話し始めたところで、フランチシュカが会話をぶった切る。フランチシュカの奔放な言動に狼狽するが、逆にニコライもそれに慣れているのか、溜息を一つ吐いて勝手にしろと言わんばかりだ。
「はい、それでは私から~。フランチシュカ・チペローヴァだよっ!」
なんて言って立ち上がって招き猫のようなポーズを取る少女。あざといのは分かっているが、正直言って――結構かわいい。
「見ての通り猫人族だよ~。よろしくねぇ~」
自己紹介してくれたところ誠に申し訳ないが、名字ぐらいしか得られる情報がなかった。というかなんでそもそも自己紹介なんかすることになっているんだろうか。
「ほいっ! 次、エミりんだよ!」
そう言って僕の隣りに座っている銀髪の少女に目を向ける。名指しされた少女は優雅にティーカップを置いて囁くように綺麗な声でその名を名乗った。
「はじめまして。神療士のエミリリア・センナーシュタットと申します。種族は人間族と人魚族の混血です。生徒会副会長を務めております。同じ魔法士としてコーダさんの噂は耳にしております。以後よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
非常に丁寧な自己紹介に釣られて同じように返す。丁寧で上品ではあるが、なんだか事務的という感じもする。
――え? 神療士!?
それって最上級職じゃないか!
学院を卒業するまでに最上級職になれるのは毎年数人しかいないと言われている。学院を卒業して開拓者として独立した後でも、最上級職まで辿り着けるのは半分ほどしかいない。それを僅か二年と少しで成し遂げるなど、相当な素質があった上で、相当な努力を重ね、相当な研鑽を積まないかぎり、おおよそ達成できるものではない。
例えば小さい頃から祈りの魔法に通じていたマリーはおそらく既に神聖士としての素養を満たしているだろうが、それでもまだ神託士にさえ遠いだろう。神療士というと、さらにその上の職位となる、途方もない話だ。
「ほいじゃ、次はカイしゃんだね」
やはり異質な空気を纏っているだけに、能力も飛び抜けているということなのだろう。と、僕が驚いているうちに次の自己紹介に進む。次は僕の向かいに座っている眼鏡の少女だ。
「あー…検察担当のカイサ・ヴィオラ・アルムグレーンだ。私はこの中では唯一の二年生だが、まぁ、よろしく頼むよ」
そう言ってぶっきらぼうに自己紹介を終える彼女を魔力視でこっそり見てみると、濃密な水属性の魔力に覆われていた。普通、水というと綺麗で澄んでいて、さらさらとした細流のようなイメージを思い浮かべるが、彼女のそれはまるで粘液のようにどろどろとしていた。それだけ、水の力が濃いということだろう。濃菫色の髪と相まって、それこそ怪しげな毒のようにも見える。……水の属性魔道士だろうか。一体、どんな能力を使うのだろうか。彼女も一癖ありそうだ。
「ほ~い、それじゃ次はべるるんね!」
やたらキュートなニックネームで呼ばれているが、どうやら蜥蜴の男性のことらしい。
「…ベル・ウル=エル・ハーンだ。警備担当だ。竜人族の三年生で、龍騎士だ」
――竜人族だったのか! そんな希少種族が普通に生徒として学院にいるとは…。あれ? 竜人族なのに龍騎士?? 龍騎士といえば、竜の討伐が陞進条件のはずだが、竜人族が竜を討伐するということだろうか…。流石にここで訊くことは憚られるが、何か深い事情でもあるのだろうか…。
「…竜人が竜を倒すことをおかしいと思うか?」
「い、いえ。人間族も人間同士で戦争とかするわけですし、別に変なことではないと…」
「……。くっくっく」
…な、なんだか僕の答えが気に入ったのか、くつくつと笑っている。
「貴殿は存外面白いことを言うものだな。合点、いや、誠に興味が湧いた」
何故だか僕にまで興味を持たれてしまった。まぁ気に入ってもらえたということなら悪いことではないと思うことにしよう。というか、この人も最上級職なのか…。もしかして、他の職業を聞かなかったメンバーも全員最上級職なのだろうか。いや、流石に二年生のカイサは最上級職ということはあるまいが、生徒会のメンバーとして在籍しているということは何かしら特出した能力があるのだろう。
「さて、もう充分だな」
そう言ってニコライが場をまとめ――
「会長とコーダくんがまだだよっ!」
――ようとしたところで、フランチシュカの制止が入る。
「……俺はいい。顔合わせは済んでいる」
「え? そ~なの?? ――いや、それでもだよっ!」
「………」
フランチシュカもなかなか強情そうだ。ニコライはまた溜息をついている。なんともフランチシュカの相手をするのに難儀をしている様子だ。
「俺は生徒会長のニコライ・ギルノール・ハルストレーム、三年生だ。職位は鷹目だ」
それでも律儀に自己紹介をしているあたり、もしかするといい人なのかもしれない。いや、フランチシュカと自己紹介の是非の言い合いをするより、さっさと自己紹介した方が手早く済むと考えたのかもしれない。
やはり、ニコライも例に漏れず最上級職らしい。職位が鷹目ということは、彼は魔法弓士ではなく狙撃士の職業系統だったようだ。それでいて魔力感知にも長けているなど、その能力は計り知れない。
「ええと…。コーダ・リンドグレン、一年生です。魔法士です。使える魔法は、元素魔法が四元素とも Lv1 までと、回復魔法が少しです。あとは……」
「二重魔法も使えるんだよねっ!? すっご~い!」
フランチシュカが目をらんらんとさせて尻尾を振っている。褒められているところ、逆に周りが最上級職ばかりで萎縮してしまう。カイサは何かを観察するかのように僕を見ている。目線が恐い…。
「あの、一つお伺いしたいんですが……」
「何だ?」
そうしてニコライに尋ねる。
「今日はどうして僕がここに呼ばれたんでしょう?」
「………」
ニコライが沈黙する。……あれ? 僕、なんか変なこと言ったか? なんかマズいこと聞いてしまったのか? ――なんて狼狽えていると、またニコライがため息をついた。
「スティーグからは何も聞いていないのか」
そうニコライに言われるが、思い返してみても特に思い当たる節はない。
「……いえ、特に何も」
そう答えるとまたニコライがため息をついた。
「そういえば、学生塔前の掲示板に呼び出しの貼り紙がされてましたね」
「…そういうことか。スティーグのやつ…」
エミリリアが貼り紙のことについて言及すると、ニコライが何かを得心したように、三度ため息をついた。
「仕方あるまい。ならば、改めて説明するしかないな…。ったく、いつになったら本題に入れるんだ…」
な、なんだか僕のせいで面倒なことになっているんだろうかと、申し訳なく思う。いや、違うな。多分スティーグさんのせいだ。僕にするべき説明をせずに生徒会室に行くように仕向け、説明を生徒会長に丸投げしたということだろう。あの人のやりそうなことだ。
「コーダ・リンドグレン、お前には生徒会に入ってもらう」
――僕が? 生徒会に? 入る?
「ええっ!?」
「なんだ、嫌なのか?」
「あ、いえいえ。嫌ではないです、むしろ光栄なぐらいですが…皆さんほどの実力もまだ無いので…」
全員の職業を聞いたわけではないが、ほとんどが最上級職ばかりのメンバーだ。一年生の中でこそ多少の実力を評価されているが、この中では入学して日の浅い基本職の僕は足手まといにしかならない。
「そんなことは知っている。だが俺が自分の目でお前の実力を見た上で、いいと言ったんだ」
そう言えばこの前のマルガレータとの勝負の時にニコライは一部始終を見ていたんだった。
「…どうしてまた、僕が生徒会に入ることになったんでしょう?」
「生徒会は人手不足ではあるが、危険な仕事も多い。おいそれと実力のない生徒を入れる訳にはいかない。スティーグからお前の話を聞いて、ちょうどいい機会だったから俺も決闘を見に行ったんだ」
決闘って…。まぁそういうことになるのか。それでニコライとスティーグがあの場所にいたということか。ニコライの話によると、マルガレータとの勝負の噂を聞きつけたスティーグは、ちょうどいい機会だと審判を名乗り出たそうだ。そして、ニコライもそこに誘ったということだろう。
「いまだに二重魔法の過去の与太話に縛られて偏見を捨てない輩がいる。そんな下らないことでうちの生徒を危険に晒すなど看過できない。お前はこれから生徒会で保護するが、ここで相応の実力を身につけて、手の届くものは自分で守れ」
例えば誰かが僕の暗殺を企てているとして、相手が手段を選ばない輩なら、マリーやリズベツ、イェスペルなど近しい人間を人質に取ったりなど、彼らに害を及ぼさないとも限らない。僕が強くなければ、仮に自分の身だけ守れても、彼らまで守ることが出来ないかもしれない。最悪の場合――いや、そんなことは、想像するだけでもゴメンだ。
そういえば水害大灰猪を討伐した次の日、確かスティーグは、二重魔法についての後ろ盾を整えておくと言っていた。なるほど、そういうことだったのか。
「さて、それでようやく本題なのだが…」
やっと当初の予定通り、生徒会会議の議題を話せると、半ば安堵したように、もう何度目かも分からないため息をついた。一息置いて、誰も、何も、これ以上余分な話題を差し込むことがないというのを確認してから、ニコライは続きを話した。
「最近『修練の森』付近で昏倒事件が相次いでいる。全員で調査に当たる」
友達のうちのあまり明るくない電燈の向ふにその年老った猫がしづかに顔を出した。
(アンデルゼンの猫を知ってゐますか。
暗闇で毛を逆立てゝパチパチ火花を出すアンデルゼンの猫を。)
実になめらかによるの気圏の底を猫が滑ってやって来る。
(私は猫は大嫌ひです。猫のからだの中を考へると吐き出しさうになります。)
猫は停ってすわって前あしでからだをこする。見てゐるとつめたいそして底知れない変なものが猫の毛皮を網になって覆ひ、猫はその網糸を延ばして毛皮一面に張ってゐるのだ。
(毛皮といふものは厭なもんだ。毛皮を考へると私は変に苦笑ひがしたくなる。陰電気のためかも知れない。)
猫は立ちあがりからだをうんと延ばしかすかにかすかにミウと鳴きするりと暗の中へ流れて行った。
(どう考へても私は猫は厭ですよ。)
無限回廊書架 DDC. 895
―― 宮沢賢治『猫』 A.D. 1913
朝ごとに少しずつ寒さが厳しくなり、山々にも末枯野や雪化粧が目立つようになってきた、洗礼月のある日。今日の寒さはまだマシだなと、僕は小春日和を実感しながらイェスペルと一緒に登校していた。寮から学生塔までは歩いて十五分ぐらいあるので、歩いているうちに体もぽかぽかと温まってくる。
学生塔の前まで来ると、そこにはいつもと違う光景があった。掲示板を前にして二十人ぐらいの人集りができている。
「なんだありゃ?」
「さぁ…」
その中に何人かクラスメイトを見つけたので、気になって近くまで行くと彼女たちは僕に気がつくなり無言で掲示板を指差した。
『下記の者は放課後、早急に生徒会室まで来るように。
コーダ・リンドグレン。
以上一名』
――そこに貼られていたのはそんな内容の貼り紙だった。
屯している面子を見るといかにも噂話の好きそうな女子たちばかりだ。……って、リズベツまで居るじゃないか。情報収集は隠密士の基本スキル、なんてこの前自慢そうに言っていただけあって、こういう風聞には耳聡い。
「コーダ、なにやらかしたの」
リズベツが挨拶もそこそこに、開口一番そう言った。
「おはよう、リズベツ。いや、正直言って僕にも何のことだか…」
と、そこまで言って、この前トロリーレースの時に生徒会長に会っていたことを思い出した。
(そう言えば、なんか入科試験のときの不正を疑われていたな…)
でも、その時の疑いは晴れたはずではなかっただろうか…。
――いや、そもそも、なんで僕とマルガレータの個人的な勝負の審判に、スティーグさんや生徒会長が来ていたんだ? マルガレータの事情を知っていたから? マルガレータがスティーグさんと生徒会長に頼んだのだろうか? でも彼女の性格からしてそんな個人的な用向きに、ギルド幹部と生徒会長なんて役職を持つ人達を無闇に呼び出したりしないだろう。
「うん、やっぱり何のことだか分からないな…」
「あのお嬢様と密会して何か不届きでも働いたんじゃねぇのか?」
……イェスペル、君は一体何を言っているのだ。
「コーダさん!? それは一体どういうことですか!?」
そら来た。リズベツが居るということはルームメイトであるマリーが一緒にいる確率も高い。況してや今は登校時間。寮から登校する生徒でクラスメイトであるなら、ほとんどの生徒は一緒に来ている。というか、噂好きの女子たちが集まっている前で、イェスペルはなんてことを言うんだろう。
「ちょ、ちょっと待て、イェスペル! 誤解を招く言い方はよしてくれ!」
噂なんて尾ひれ腹ひれが付いて、大方都合のいいように、話者が面白いと思うように改竄されていく。道聴塗説。巷談俗説。広宣流布。瓜田李下であれとは言うが、人の口に戸は立てられない。マルガレータが傾国の縹緻を持つだけに、話題性としては充分だった。
「と、とにかく! 放課後に生徒会室に行って話を聞いてくるよ」
こんな場所でマルガレータと出くわしたりしたら話がややこしくなりかねないので、吹聴に勤しんでいる女子たちはほっぽって、そそくさと校舎に入った。
校舎に入る寸前、「これは一体何の騒ぎですの?」なんて声が聞こえた気がしたが、ギリギリのタイミングで出くわさずに済んだことを、運気の指環に感謝するのだった。
ℵ
ユングヴィア高等学院には主要な建物は十二個ある。職業ごとの専用棟が四棟と、学生寮が三棟、総合学生塔、中央管理塔、図書館、教会、そして生徒会館だ。職員室やギルドの支部、魔法教会の支部は中央管理塔に集約されているにもかかわらず、生徒会の建物は中央管理塔の横に一つの屋敷として建てられている。夜になっても明かりが点いていることが多いことから通称月宮殿とも呼ばれているそれは、中央管理塔からわざわざ独立していることからも、生徒会が学院内でもそれなりの権威を有していることが見て取れる。中央管理塔が四階建ての円柱の塔であるのに対し、月宮殿は二階建ての屋敷であるため、建物の高さこそ低いものの、小高い丘の上に立てられていることで、玄関が中央管理塔よりも一階分高くなっているのが象徴的だ。
丘に設けられた一階分の高さの階段を登り、玄関口をくぐると吹き抜けのエントランスに二階の回廊が見渡せる。木製の床に映えるように設計されたのか、正面には大きな赤絨毯の階段があり、階段は踊り場を介して左右に別れて二階へ続く。一階も二階も左右の壁には扉があるが、正面の壁沿いにはまだ奥に伸びる廊下があり、その先はここからでは見えない。
――それで、生徒会室はどこだろうか…?
ふと見渡してみると、階段の側に木で作られた、多少年季の入った立て札が置いてあった。
『↑生徒会室は二階の左奥』
(どうせここに来る人は生徒会室ぐらいしか用事ないんだから一階の部屋にすればいいのに…)
というか生徒会室以外の部屋は何の用途に使われているのだろうか。見たところ結構な部屋の数がありそうだけど。勝手に入って怒られてもかなわないので、とりあえず二階の左奥へと向かう。
部屋の前に来て、そこが一目で生徒会室と分かった。そこはまず、扉からして違う。他の片開きの扉と違って、ここだけは豪華な木彫りが施された両開きの彫刻扉になっている。
――コンコン。
扉をノックしてしばらくすると、中から桜色の髪のメイド服姿の女の人が出てきた。白いカチューシャの奥には焦茶色の猫の耳が見える。猫人族だろうか。
「あ、例の方ですね~。中へどうぞ~」
扉に招き入れられて中に入るとより一層伝統を感じさせる、けれども古めかしいということはなく、床から壁から非常に綺麗に保たれている。床は廊下のような板張りではなく、全体に絨毯が敷き詰められている。部屋の中央には応接テーブルと二つのソファが向かい合って置かれている。構図としては寮の備え付けのソファと同じだが、テーブルもソファも寮のものとは段違いに高価そうなものが設えてある。
向かって左のソファには銀色の長い髪をした白い肌の女性が一人座って優雅に紅茶を飲んでいる。重苦しい空気が漂っている空間で、その人の周りの空間だけがまるで王宮の庭園のお茶会のように見えてしまうほど、ある意味異質な雰囲気が醸し出されていた。その対角線上、右のソファには濃菫色の髪の眼鏡の女性が一人、何やら不敵な笑みを浮かべながら何かをメモ帳に書いている。入り口の扉を入ってすぐ左の方には、大きな槍を持った蜥蜴か鰐のような種族の、いかにも屈強そうな男性が凛と立っていた。もはや何の種族か分からない。
そして、中央の応接セットの向こうには重厚な木製の机とこれまた高級そうな革製の椅子が置かれている。そこに生徒会長、ニコライ・ギルノール・ハルストレームは座っていた。
「遅い。どこで油を売っていたんだ」
…うっ。早速叱責が飛んでくる。やっぱりこの人ちょっと苦手かもしれない。
「す、すみません。場所とかあまり知らなかったので…」
おかしい。授業が終わって比較的すぐにこっちに向かってきたはずなのに、彼らは五分も十分も前からすでに全員揃っていて僕を待っていたかのような雰囲気だ。どうやって彼らはそんなにすぐにここに来れたのだろうか。
「まぁまぁ。一年生は六時限目まであるんだから仕方ないよ」
先程僕を出迎えてくれた桜色の髪の猫耳メイドの女性が、僕の弁護に回ってくれる。…っていうか、なんでこの人は学生服じゃないんだ?
「あのね、私たち三年生は、基礎科目は終わってるから~。あとは選択授業ばかりなんだよ~」
なんだかクラスメイトのアンナリーナに近いような抜け感のある話し方をするが、幾分かおっとりとした上品な雰囲気を纏っている。猫耳メイドの女性の話によると、授業はほとんど選択制になっているため、一時限目から六時限目までフルに授業が入ることなどほとんど無いそうだ。今日も生徒会メンバー全員が昼頃には授業が終わり、僕よりも二時間は早くここに来ていたそうだ。
「おい、フランチシュカ。早く本題に入らせてくれ」
「は~い、ごめんなさ~い」
ニコライからお怒りの言葉が飛んでくるが、フランチシュカと呼ばれた猫耳メイドはそれに慣れているのか、妙に軽い対応をしている。もしかしてニコライは別に怒っている訳じゃなくて、普段からそういう話し方なだけなんだろうか。そう思うと確かに少し気は楽になる。
「早く座れ」
「え? あ、はい」
…とは言え、やっぱりニコライの話し方は、怒られているような気がしてまだ慣れない。右のソファの手前側は怪しげな眼鏡の少女が座っているので、左のソファの手前側に座る。慌てていたので迂闊に座ってしまったが、王宮庭園のような一人お茶会の異質な銀髪少女が隣りに座っていた。なんだかピリピリした空気と、ロイヤルな空気に挟まれて、非常に心の落ち着けどころがない。
僕の対角線上の開いている場所には猫耳メイドの少女が座る。あ、しまった! 蜥蜴の男性の座る場所が無いじゃないか! と気付いて、席を空けないといけないのかと思って蜥蜴の男性の方を見るが特に意に介していないようだ。ニコライにも座れって言われたし、これでいいのだろうか。
「さて、では全員揃ったところで会議を始めようか。最近、修練の森の近くで――」
「はいは~い。先にコーダくんに自己紹介しましょう!」
ニコライが話し始めたところで、フランチシュカが会話をぶった切る。フランチシュカの奔放な言動に狼狽するが、逆にニコライもそれに慣れているのか、溜息を一つ吐いて勝手にしろと言わんばかりだ。
「はい、それでは私から~。フランチシュカ・チペローヴァだよっ!」
なんて言って立ち上がって招き猫のようなポーズを取る少女。あざといのは分かっているが、正直言って――結構かわいい。
「見ての通り猫人族だよ~。よろしくねぇ~」
自己紹介してくれたところ誠に申し訳ないが、名字ぐらいしか得られる情報がなかった。というかなんでそもそも自己紹介なんかすることになっているんだろうか。
「ほいっ! 次、エミりんだよ!」
そう言って僕の隣りに座っている銀髪の少女に目を向ける。名指しされた少女は優雅にティーカップを置いて囁くように綺麗な声でその名を名乗った。
「はじめまして。神療士のエミリリア・センナーシュタットと申します。種族は人間族と人魚族の混血です。生徒会副会長を務めております。同じ魔法士としてコーダさんの噂は耳にしております。以後よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
非常に丁寧な自己紹介に釣られて同じように返す。丁寧で上品ではあるが、なんだか事務的という感じもする。
――え? 神療士!?
それって最上級職じゃないか!
学院を卒業するまでに最上級職になれるのは毎年数人しかいないと言われている。学院を卒業して開拓者として独立した後でも、最上級職まで辿り着けるのは半分ほどしかいない。それを僅か二年と少しで成し遂げるなど、相当な素質があった上で、相当な努力を重ね、相当な研鑽を積まないかぎり、おおよそ達成できるものではない。
例えば小さい頃から祈りの魔法に通じていたマリーはおそらく既に神聖士としての素養を満たしているだろうが、それでもまだ神託士にさえ遠いだろう。神療士というと、さらにその上の職位となる、途方もない話だ。
「ほいじゃ、次はカイしゃんだね」
やはり異質な空気を纏っているだけに、能力も飛び抜けているということなのだろう。と、僕が驚いているうちに次の自己紹介に進む。次は僕の向かいに座っている眼鏡の少女だ。
「あー…検察担当のカイサ・ヴィオラ・アルムグレーンだ。私はこの中では唯一の二年生だが、まぁ、よろしく頼むよ」
そう言ってぶっきらぼうに自己紹介を終える彼女を魔力視でこっそり見てみると、濃密な水属性の魔力に覆われていた。普通、水というと綺麗で澄んでいて、さらさらとした細流のようなイメージを思い浮かべるが、彼女のそれはまるで粘液のようにどろどろとしていた。それだけ、水の力が濃いということだろう。濃菫色の髪と相まって、それこそ怪しげな毒のようにも見える。……水の属性魔道士だろうか。一体、どんな能力を使うのだろうか。彼女も一癖ありそうだ。
「ほ~い、それじゃ次はべるるんね!」
やたらキュートなニックネームで呼ばれているが、どうやら蜥蜴の男性のことらしい。
「…ベル・ウル=エル・ハーンだ。警備担当だ。竜人族の三年生で、龍騎士だ」
――竜人族だったのか! そんな希少種族が普通に生徒として学院にいるとは…。あれ? 竜人族なのに龍騎士?? 龍騎士といえば、竜の討伐が陞進条件のはずだが、竜人族が竜を討伐するということだろうか…。流石にここで訊くことは憚られるが、何か深い事情でもあるのだろうか…。
「…竜人が竜を倒すことをおかしいと思うか?」
「い、いえ。人間族も人間同士で戦争とかするわけですし、別に変なことではないと…」
「……。くっくっく」
…な、なんだか僕の答えが気に入ったのか、くつくつと笑っている。
「貴殿は存外面白いことを言うものだな。合点、いや、誠に興味が湧いた」
何故だか僕にまで興味を持たれてしまった。まぁ気に入ってもらえたということなら悪いことではないと思うことにしよう。というか、この人も最上級職なのか…。もしかして、他の職業を聞かなかったメンバーも全員最上級職なのだろうか。いや、流石に二年生のカイサは最上級職ということはあるまいが、生徒会のメンバーとして在籍しているということは何かしら特出した能力があるのだろう。
「さて、もう充分だな」
そう言ってニコライが場をまとめ――
「会長とコーダくんがまだだよっ!」
――ようとしたところで、フランチシュカの制止が入る。
「……俺はいい。顔合わせは済んでいる」
「え? そ~なの?? ――いや、それでもだよっ!」
「………」
フランチシュカもなかなか強情そうだ。ニコライはまた溜息をついている。なんともフランチシュカの相手をするのに難儀をしている様子だ。
「俺は生徒会長のニコライ・ギルノール・ハルストレーム、三年生だ。職位は鷹目だ」
それでも律儀に自己紹介をしているあたり、もしかするといい人なのかもしれない。いや、フランチシュカと自己紹介の是非の言い合いをするより、さっさと自己紹介した方が手早く済むと考えたのかもしれない。
やはり、ニコライも例に漏れず最上級職らしい。職位が鷹目ということは、彼は魔法弓士ではなく狙撃士の職業系統だったようだ。それでいて魔力感知にも長けているなど、その能力は計り知れない。
「ええと…。コーダ・リンドグレン、一年生です。魔法士です。使える魔法は、元素魔法が四元素とも Lv1 までと、回復魔法が少しです。あとは……」
「二重魔法も使えるんだよねっ!? すっご~い!」
フランチシュカが目をらんらんとさせて尻尾を振っている。褒められているところ、逆に周りが最上級職ばかりで萎縮してしまう。カイサは何かを観察するかのように僕を見ている。目線が恐い…。
「あの、一つお伺いしたいんですが……」
「何だ?」
そうしてニコライに尋ねる。
「今日はどうして僕がここに呼ばれたんでしょう?」
「………」
ニコライが沈黙する。……あれ? 僕、なんか変なこと言ったか? なんかマズいこと聞いてしまったのか? ――なんて狼狽えていると、またニコライがため息をついた。
「スティーグからは何も聞いていないのか」
そうニコライに言われるが、思い返してみても特に思い当たる節はない。
「……いえ、特に何も」
そう答えるとまたニコライがため息をついた。
「そういえば、学生塔前の掲示板に呼び出しの貼り紙がされてましたね」
「…そういうことか。スティーグのやつ…」
エミリリアが貼り紙のことについて言及すると、ニコライが何かを得心したように、三度ため息をついた。
「仕方あるまい。ならば、改めて説明するしかないな…。ったく、いつになったら本題に入れるんだ…」
な、なんだか僕のせいで面倒なことになっているんだろうかと、申し訳なく思う。いや、違うな。多分スティーグさんのせいだ。僕にするべき説明をせずに生徒会室に行くように仕向け、説明を生徒会長に丸投げしたということだろう。あの人のやりそうなことだ。
「コーダ・リンドグレン、お前には生徒会に入ってもらう」
――僕が? 生徒会に? 入る?
「ええっ!?」
「なんだ、嫌なのか?」
「あ、いえいえ。嫌ではないです、むしろ光栄なぐらいですが…皆さんほどの実力もまだ無いので…」
全員の職業を聞いたわけではないが、ほとんどが最上級職ばかりのメンバーだ。一年生の中でこそ多少の実力を評価されているが、この中では入学して日の浅い基本職の僕は足手まといにしかならない。
「そんなことは知っている。だが俺が自分の目でお前の実力を見た上で、いいと言ったんだ」
そう言えばこの前のマルガレータとの勝負の時にニコライは一部始終を見ていたんだった。
「…どうしてまた、僕が生徒会に入ることになったんでしょう?」
「生徒会は人手不足ではあるが、危険な仕事も多い。おいそれと実力のない生徒を入れる訳にはいかない。スティーグからお前の話を聞いて、ちょうどいい機会だったから俺も決闘を見に行ったんだ」
決闘って…。まぁそういうことになるのか。それでニコライとスティーグがあの場所にいたということか。ニコライの話によると、マルガレータとの勝負の噂を聞きつけたスティーグは、ちょうどいい機会だと審判を名乗り出たそうだ。そして、ニコライもそこに誘ったということだろう。
「いまだに二重魔法の過去の与太話に縛られて偏見を捨てない輩がいる。そんな下らないことでうちの生徒を危険に晒すなど看過できない。お前はこれから生徒会で保護するが、ここで相応の実力を身につけて、手の届くものは自分で守れ」
例えば誰かが僕の暗殺を企てているとして、相手が手段を選ばない輩なら、マリーやリズベツ、イェスペルなど近しい人間を人質に取ったりなど、彼らに害を及ぼさないとも限らない。僕が強くなければ、仮に自分の身だけ守れても、彼らまで守ることが出来ないかもしれない。最悪の場合――いや、そんなことは、想像するだけでもゴメンだ。
そういえば水害大灰猪を討伐した次の日、確かスティーグは、二重魔法についての後ろ盾を整えておくと言っていた。なるほど、そういうことだったのか。
「さて、それでようやく本題なのだが…」
やっと当初の予定通り、生徒会会議の議題を話せると、半ば安堵したように、もう何度目かも分からないため息をついた。一息置いて、誰も、何も、これ以上余分な話題を差し込むことがないというのを確認してから、ニコライは続きを話した。
「最近『修練の森』付近で昏倒事件が相次いでいる。全員で調査に当たる」
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