1 / 6
5月のはじめ、僕は食パンをくわえて走る
しおりを挟む
僕は、たぶんずっと君が好きで。
だけど、そんな事を言えるはずもなく――。
こんな毎日がずっと続けばいいなって、思うんだ。
◇
「食パンを咥えて通学する男子高校生って……アニメっぽいよね!」
優菜が隣で腹を抱えてケラケラと笑っている。
ツインテールにまとめた髪が揺れるのを横目に、僕はすたすた歩いていく。
5月の暖かく透明な風を感じながら、僕たちは学校に向かっているところだ。
「ほっとけ。好きでやってるわけじゃないし」
今朝は寝坊してユウナに起こされて、食パンだけの朝食なのだ。
「ね? どうせなら遅刻チコク! って言いながら走ってみて」
キラッキラと瞳を輝かせるアホな幼馴染の提案を無視し、僕は仏頂面のままもぐもぐと味気ない食パンを咀嚼する。
「やらない」
「えー?」
「曲がり角も無いんじゃ転校生とぶつかるわけないだろ……」
「いえてる!」
ユウナが鳶色の瞳を丸くして「なるほど」と言う顔をする。嘆息しつつも僕は、パンを丸めて口に放り込んだ。
意外に思うかもしれないが、「曲がり角」というものは建物の多い街角でなければ存在しないのだ。
見晴らしのいい道は1キロ先にある酪農家の赤い屋根まで見渡せる。朝の爽やかな通学路……とはいっても目に入るのはひたすらに田んぼと低い山々に囲まれた田舎道だけだ。
田植えの終わったばかりの水田は稲も小さく朝日が水面で輝いている。
ぐるりと目線を転じれば、隣を歩きながらまだ何かしゃべりたそうなユウナと、道端の道祖神の小さな祠。
僕たちが歩く道沿いには綺麗な小川が流れていて、底が見えるほどに透明な水がさらさらと涼しげな音を立てている。
しばらく進むと川を跨ぐように長さ10メートルも無い古びた橋がかかっていて、その先にはようやく建物が見えた。それは「田中商店」と何の捻りもない雑貨屋さんで、コンビニの無いこの村では「ライフライン」といっていいありがたい存在だ。
ジャンプが1日遅れで発売になるけれど、長靴に草刈鎌やアイスに缶詰、そして適当な雑誌類となかなかにカオスな品揃えが自慢だ。
昭和から完全に時間が止まっている雑貨屋の横には、少し塗装のはげた赤いポストがぽつんと忘れられたように立っていた。
「よっと」
ユウナが突然ぴょん、と跳ねる。
アスファルトの上で干からびていたカエルを避けたみたいだ。そのままの勢いで肩に体当たりしてくるのは毎度お見通しの攻撃なのでサッと横に避ける。
「ニュータイプ!?」
「ごめん。ユニコーンからしか知らない」
何故にユウナのネタがファーストなのかは謎だけど、聞こえるのは可愛らしい小鳥たちのさえずりと、ユウナのころころとした笑い声だ。
仲のいい同級生達に会えるのはもう少し先に行ってからだろうし、しばらくは僕がユウナの相手をするしかなさそうだ。
僕達の住んでいる綾織村はとても小さな村だ。
買い物は隣町のジャスコまで行かなきゃなんないし、僕らには退屈で信じられないくらい不便なところだ。
田舎具合の勝負なら全国の猛者(?)を相手にしても負ける気はしない。
途中、小学生とそのお婆ちゃんらしき人とすれ違って挨拶を交わす。この辺りでは朝帰りのタヌキやキツネと出会うこともしばしばで、今の二人も人間かどうかは怪しい所だ。
「はぁ……」
隣町の県立高校までの道のりは歩いてキッカリ1時間。チャリなら25分だというのに今日は徒歩で通学となった。
理由はユウナの自転車がパンクして修理中だからなのだけど、何故に僕まで歩くんだ?
「アキラの自転車の後ろに乗せて貰えって、おかーさんが言ってた」
今朝ユウナはそう言って僕の自転車を勝手にひっぱり出していた。
ちなみにユウナの家と僕の家は隣だけど、何でも使っていいってワケじゃない。
「公平に歩こう」
「遅刻しちゃうよ!」
中学の頃ユウナを自転車の後ろに乗せていたら、クラスメイトに目撃され「夫婦?」とからかわれたトラウマがある。
「アキラ、走ろう。よーいどん!」
「えっ!? 朝から、ちょっ……まてって!」
ペースを上げたユウナを僕は慌てて追いかけた。
中学時代は女子サッカー部で鍛えた脚力について来いとか、朝から無茶すぎるよ。
制服のスカートを翻しながら走るその後ろ姿に、僕はやっぱり追いつけない。
――何もない田舎で嫌じゃね?
なんて、みんなは言う。
その時は曖昧に頷いたけれど、僕は結構気に入っていた。
見上げれば青い空と、澄んだ空気ときれいな水と。
本当に何もないところだけれど、それでも僕は構わなかった。
遅いよっ! とユウナが余裕の笑みで振り返る。栗色の髪がふわりと舞って、逆光の朝日できらめいて、僕は眩しさに思わず目を細めた。
――ずっと、こんな毎日が続くなら。
それも悪くないと、そんな風に思えるからだ。
<つづく>
だけど、そんな事を言えるはずもなく――。
こんな毎日がずっと続けばいいなって、思うんだ。
◇
「食パンを咥えて通学する男子高校生って……アニメっぽいよね!」
優菜が隣で腹を抱えてケラケラと笑っている。
ツインテールにまとめた髪が揺れるのを横目に、僕はすたすた歩いていく。
5月の暖かく透明な風を感じながら、僕たちは学校に向かっているところだ。
「ほっとけ。好きでやってるわけじゃないし」
今朝は寝坊してユウナに起こされて、食パンだけの朝食なのだ。
「ね? どうせなら遅刻チコク! って言いながら走ってみて」
キラッキラと瞳を輝かせるアホな幼馴染の提案を無視し、僕は仏頂面のままもぐもぐと味気ない食パンを咀嚼する。
「やらない」
「えー?」
「曲がり角も無いんじゃ転校生とぶつかるわけないだろ……」
「いえてる!」
ユウナが鳶色の瞳を丸くして「なるほど」と言う顔をする。嘆息しつつも僕は、パンを丸めて口に放り込んだ。
意外に思うかもしれないが、「曲がり角」というものは建物の多い街角でなければ存在しないのだ。
見晴らしのいい道は1キロ先にある酪農家の赤い屋根まで見渡せる。朝の爽やかな通学路……とはいっても目に入るのはひたすらに田んぼと低い山々に囲まれた田舎道だけだ。
田植えの終わったばかりの水田は稲も小さく朝日が水面で輝いている。
ぐるりと目線を転じれば、隣を歩きながらまだ何かしゃべりたそうなユウナと、道端の道祖神の小さな祠。
僕たちが歩く道沿いには綺麗な小川が流れていて、底が見えるほどに透明な水がさらさらと涼しげな音を立てている。
しばらく進むと川を跨ぐように長さ10メートルも無い古びた橋がかかっていて、その先にはようやく建物が見えた。それは「田中商店」と何の捻りもない雑貨屋さんで、コンビニの無いこの村では「ライフライン」といっていいありがたい存在だ。
ジャンプが1日遅れで発売になるけれど、長靴に草刈鎌やアイスに缶詰、そして適当な雑誌類となかなかにカオスな品揃えが自慢だ。
昭和から完全に時間が止まっている雑貨屋の横には、少し塗装のはげた赤いポストがぽつんと忘れられたように立っていた。
「よっと」
ユウナが突然ぴょん、と跳ねる。
アスファルトの上で干からびていたカエルを避けたみたいだ。そのままの勢いで肩に体当たりしてくるのは毎度お見通しの攻撃なのでサッと横に避ける。
「ニュータイプ!?」
「ごめん。ユニコーンからしか知らない」
何故にユウナのネタがファーストなのかは謎だけど、聞こえるのは可愛らしい小鳥たちのさえずりと、ユウナのころころとした笑い声だ。
仲のいい同級生達に会えるのはもう少し先に行ってからだろうし、しばらくは僕がユウナの相手をするしかなさそうだ。
僕達の住んでいる綾織村はとても小さな村だ。
買い物は隣町のジャスコまで行かなきゃなんないし、僕らには退屈で信じられないくらい不便なところだ。
田舎具合の勝負なら全国の猛者(?)を相手にしても負ける気はしない。
途中、小学生とそのお婆ちゃんらしき人とすれ違って挨拶を交わす。この辺りでは朝帰りのタヌキやキツネと出会うこともしばしばで、今の二人も人間かどうかは怪しい所だ。
「はぁ……」
隣町の県立高校までの道のりは歩いてキッカリ1時間。チャリなら25分だというのに今日は徒歩で通学となった。
理由はユウナの自転車がパンクして修理中だからなのだけど、何故に僕まで歩くんだ?
「アキラの自転車の後ろに乗せて貰えって、おかーさんが言ってた」
今朝ユウナはそう言って僕の自転車を勝手にひっぱり出していた。
ちなみにユウナの家と僕の家は隣だけど、何でも使っていいってワケじゃない。
「公平に歩こう」
「遅刻しちゃうよ!」
中学の頃ユウナを自転車の後ろに乗せていたら、クラスメイトに目撃され「夫婦?」とからかわれたトラウマがある。
「アキラ、走ろう。よーいどん!」
「えっ!? 朝から、ちょっ……まてって!」
ペースを上げたユウナを僕は慌てて追いかけた。
中学時代は女子サッカー部で鍛えた脚力について来いとか、朝から無茶すぎるよ。
制服のスカートを翻しながら走るその後ろ姿に、僕はやっぱり追いつけない。
――何もない田舎で嫌じゃね?
なんて、みんなは言う。
その時は曖昧に頷いたけれど、僕は結構気に入っていた。
見上げれば青い空と、澄んだ空気ときれいな水と。
本当に何もないところだけれど、それでも僕は構わなかった。
遅いよっ! とユウナが余裕の笑みで振り返る。栗色の髪がふわりと舞って、逆光の朝日できらめいて、僕は眩しさに思わず目を細めた。
――ずっと、こんな毎日が続くなら。
それも悪くないと、そんな風に思えるからだ。
<つづく>
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
M性に目覚めた若かりしころの思い出
なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
青の時間
高宮 摩如(たかみや まこと)
青春
青という事。
それは未熟という事。
知るべき事がまだあるという事。
社会というものをまだ知らないという事。
そして、そういう自覚が無いという事。
そんな青い世代の生き様を登場人物名一切無しという”虚像”の世界観で絵描き出す青春群像劇。
創作中
渋谷かな
青春
これはドリームコンテスト用に部活モノの青春モノです。
今まで多々タイトルを分けてしまったのが、失敗。
過去作を無駄にしないように合併? 合成? 統合? を試してみよう。
これは第2期を書いている時に思いついた発想の転換です。
女子高生の2人のショートコントでどうぞ。
「ねえねえ! ライブ、行かない?」
「いいね! 誰のコンサート? ジャニーズ? 乃木坂48?」
「違うわよ。」
「じゃあ、誰のライブよ?」
「ライト文芸部よ。略して、ライブ。被ると申し訳ないから、!?を付けといたわ。」
「なんじゃそりゃ!?」
「どうもありがとうございました。」
こちら、元々の「軽い!? 文芸部」時代のあらすじ。
「きれい!」
「カワイイ!」
「いい匂いがする!」
「美味しそう!」
一人の少女が歩いていた。周りの人間が見とれるほどの存在感だった。
「あの人は誰!?」
「あの人は、カロヤカさんよ。」
「カロヤカさん?」
彼女の名前は、軽井沢花。絶対無敵、才色兼備、文武両道、信号無視、絶対無二の存在である神である。人は彼女のことを、カロヤカさんと呼ぶ。
今まで多々タイトルを分けてしまったのが、失敗。
過去作を無駄にしないように合併? 合成? 統合? を試してみよう。
これからは、1つのタイトル「ライブ!? 軽い文学部の話」で統一しよう。
片翼のエール
乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」
高校総体テニス競技個人決勝。
大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。
技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。
それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。
そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。
雨上がりに僕らは駆けていく Part2
平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女
彼女は、遠い未来から来たと言った。
「甲子園に行くで」
そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな?
グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。
ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。
しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる