贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十七話 愛国者

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 ディートリヒの命令で、執務室を退出したヴィヴィアンヌ達は、部屋の前で待機していた。もし、執務室内で問題が発生した場合、突入して即時制圧できるよう構えているのだ。
 
「宜しかったのですか同志大尉。准将閣下とあの男を二人だけにしては-------」
「言うな、これは閣下の命令だ。無視するわけにはいかない」

 部下の一人が意見を口にしようとしたが、彼女はその言葉を遮って答えた。部下に言われずとも、そんな事は言われなくともわかっている。だが、命令を無視する事は彼女にはできない。彼女は国家保安情報局の軍人であり、命令は絶対だからである。
 
「貴様達は戻れ。ここは私一人で問題ない」
「いえ、同志大尉。我々もここで待機致します」

 ディートリヒとリクトビアの話が、一体どれだけかかるのか分からない以上、ここで部下達を待機させるのは酷だと考え、ヴィヴィアンヌは彼らを撤収させようとする。しかし彼らは、国家に忠誠を尽くすと同時に、彼女に忠を尽くす鍛え上げられた兵士達である。彼女一人がここに残るというのであれば、自分達が残らぬわけにはいかないのだ。
 冷酷非情と謳われる彼女だが、意外な事に普段の彼女は、自分の部下達に厳しくも優しい。国家に忠誠を誓い、同じ志を持つ者達を仲間と考える彼女は、自分が同志と定めた者達には、大きな敬意を払う。
 そんな彼女によって鍛えられた兵士達は、徹底的な愛国精神を叩き込まれ、徹底的な戦闘訓練と諜報訓練を受けた、国家のために命を捧げる兵器と化す。兵士達は、自分達を最強の兵器と変えた彼女に感謝し、彼女を愛国者の鏡と讃えて、彼女に忠誠を誓うのである。
 故に彼女の部下達は、彼女の命令であればどんなものでも従う。例えそれが、「死ね」という命令であったとしても、彼らは喜んで従うのだ。

「・・・・・好きにしろ」
「はっ!」

 部下達は敬礼し、ヴィヴィアンヌと同じように部屋の前で待機を始めた。執務室に紅茶を持ってきた女性兵士は、ヴィヴィアンヌ直属ではなかったが、ディートリヒの秘書のようなものであり、彼の身を案じてか、この女性兵士も待機を始めた。

「駄犬如きが・・・・!」
「!」

 執務室を睨み続ける彼女が、低い声でそう呟いた。この場の部下達にではなく、その言葉は間違いなくリクトビアと向けられている。
 ヴィヴィアンヌは祖国のため、自分の直属の上司であるディートリヒの命令を受けて、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビアの調査を命じられた。それが彼女の、今回の任務の始まりである。
 オーデル王国の侵攻を防ぎ、国力と軍事力を拡大していく帝国の情報を収集し、参謀長リクトビアの正体を探る事を命令された彼女は、彼を拉致したあの日まで、徹底的な調査を行なっていた。リクトビアが調査対象となった理由は、彼が突然帝国に姿を現した瞬間から、帝国の急速な軍備拡張が進行し、小国ヴァスティナ帝国を大きく変化させたからである。
 帝国の変化の原因はリクトビアにある。そう考えた情報局首脳部は、ディートリヒを責任者として帝国とリクトビアの調査を決定した。ヴィヴィアンヌはディートリヒの手駒であり、任務の重要度や難易度を考えると、彼の配下の中では彼女が最も適任だった。何故なら彼女は、ディートリヒ配下の誰よりも優秀な諜報員であり、任務の失敗はあり得ないからだ。
 上手くいけば、帝国軍の正体不明の兵器の情報も得る事ができる。この情報には大きな価値があり、失敗は許されなかった。故に、彼女が任務に選ばれるのは必然であったのだ。
 ヴィヴィアンヌは祖国のため、任務を受けて部下達とアーレンツを出発した。これが、約一年前の出来事である。長くても半年で終わると思われていた彼女の任務は、途中命令された他国への諜報活動や、帝国軍の活発な動き、そして帝国参謀長の情報収集の難航などが重なり、当初の想定以上の時間を費やした。
 結局、リクトビアの正体はわからないまま、ディートリヒの命令で彼を拉致する事となり、現在に至る。任務に関しては完璧主義である彼女は、今回の任務を完遂できたと考えてはいない。部下達も初めて見る程、ヴィヴィアンヌは彼に執着しているのだ。
 リクトビアに対し感情的になっているのは、部下達の眼にも明らかであった。だからこそ彼女は、彼に名前を聞かれた際、あの場で本名を答えてしまったのだ。
 諜報員である以上、他国の人間に本名を知られるわけにはいかない。それは彼女もよく理解している。しかしあの時の彼女は、いつもと何かが違った。ほんの一瞬だけ、私情に流されたのである。自分を苦戦させ続ける存在に、自分の名を知らしめるために、彼女はあの場で本名を口にしてしまったのだ。
 
「奴への尋問は全て私が行なう。今度こそ、必ず吐かせてやる」

 任務に執着し続ける彼女を、部下達は止める事は出来ない。ならば、彼女の行ないを祖国のためと信じ、彼女の命令に従うのが正しい行為となる。何故なら彼らは、命令に従い行動する、祖国の忠実な一兵士だからだ。
 執務室の扉へ向けて、決して視線を外さないヴィヴィアンヌ。この状態の彼女なら、入室の許可が下りた瞬間、リクトビアに襲い掛かってもおかしくない。この時彼女の部下達は、冗談と笑えないそんな光景を想像し、そうならない事を静かに祈ったのである。
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