462 / 841
第二十七話 愛国者
4
しおりを挟む
ディートリヒの命令で、執務室を退出したヴィヴィアンヌ達は、部屋の前で待機していた。もし、執務室内で問題が発生した場合、突入して即時制圧できるよう構えているのだ。
「宜しかったのですか同志大尉。准将閣下とあの男を二人だけにしては-------」
「言うな、これは閣下の命令だ。無視するわけにはいかない」
部下の一人が意見を口にしようとしたが、彼女はその言葉を遮って答えた。部下に言われずとも、そんな事は言われなくともわかっている。だが、命令を無視する事は彼女にはできない。彼女は国家保安情報局の軍人であり、命令は絶対だからである。
「貴様達は戻れ。ここは私一人で問題ない」
「いえ、同志大尉。我々もここで待機致します」
ディートリヒとリクトビアの話が、一体どれだけかかるのか分からない以上、ここで部下達を待機させるのは酷だと考え、ヴィヴィアンヌは彼らを撤収させようとする。しかし彼らは、国家に忠誠を尽くすと同時に、彼女に忠を尽くす鍛え上げられた兵士達である。彼女一人がここに残るというのであれば、自分達が残らぬわけにはいかないのだ。
冷酷非情と謳われる彼女だが、意外な事に普段の彼女は、自分の部下達に厳しくも優しい。国家に忠誠を誓い、同じ志を持つ者達を仲間と考える彼女は、自分が同志と定めた者達には、大きな敬意を払う。
そんな彼女によって鍛えられた兵士達は、徹底的な愛国精神を叩き込まれ、徹底的な戦闘訓練と諜報訓練を受けた、国家のために命を捧げる兵器と化す。兵士達は、自分達を最強の兵器と変えた彼女に感謝し、彼女を愛国者の鏡と讃えて、彼女に忠誠を誓うのである。
故に彼女の部下達は、彼女の命令であればどんなものでも従う。例えそれが、「死ね」という命令であったとしても、彼らは喜んで従うのだ。
「・・・・・好きにしろ」
「はっ!」
部下達は敬礼し、ヴィヴィアンヌと同じように部屋の前で待機を始めた。執務室に紅茶を持ってきた女性兵士は、ヴィヴィアンヌ直属ではなかったが、ディートリヒの秘書のようなものであり、彼の身を案じてか、この女性兵士も待機を始めた。
「駄犬如きが・・・・!」
「!」
執務室を睨み続ける彼女が、低い声でそう呟いた。この場の部下達にではなく、その言葉は間違いなくリクトビアと向けられている。
ヴィヴィアンヌは祖国のため、自分の直属の上司であるディートリヒの命令を受けて、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビアの調査を命じられた。それが彼女の、今回の任務の始まりである。
オーデル王国の侵攻を防ぎ、国力と軍事力を拡大していく帝国の情報を収集し、参謀長リクトビアの正体を探る事を命令された彼女は、彼を拉致したあの日まで、徹底的な調査を行なっていた。リクトビアが調査対象となった理由は、彼が突然帝国に姿を現した瞬間から、帝国の急速な軍備拡張が進行し、小国ヴァスティナ帝国を大きく変化させたからである。
帝国の変化の原因はリクトビアにある。そう考えた情報局首脳部は、ディートリヒを責任者として帝国とリクトビアの調査を決定した。ヴィヴィアンヌはディートリヒの手駒であり、任務の重要度や難易度を考えると、彼の配下の中では彼女が最も適任だった。何故なら彼女は、ディートリヒ配下の誰よりも優秀な諜報員であり、任務の失敗はあり得ないからだ。
上手くいけば、帝国軍の正体不明の兵器の情報も得る事ができる。この情報には大きな価値があり、失敗は許されなかった。故に、彼女が任務に選ばれるのは必然であったのだ。
ヴィヴィアンヌは祖国のため、任務を受けて部下達とアーレンツを出発した。これが、約一年前の出来事である。長くても半年で終わると思われていた彼女の任務は、途中命令された他国への諜報活動や、帝国軍の活発な動き、そして帝国参謀長の情報収集の難航などが重なり、当初の想定以上の時間を費やした。
結局、リクトビアの正体はわからないまま、ディートリヒの命令で彼を拉致する事となり、現在に至る。任務に関しては完璧主義である彼女は、今回の任務を完遂できたと考えてはいない。部下達も初めて見る程、ヴィヴィアンヌは彼に執着しているのだ。
リクトビアに対し感情的になっているのは、部下達の眼にも明らかであった。だからこそ彼女は、彼に名前を聞かれた際、あの場で本名を答えてしまったのだ。
諜報員である以上、他国の人間に本名を知られるわけにはいかない。それは彼女もよく理解している。しかしあの時の彼女は、いつもと何かが違った。ほんの一瞬だけ、私情に流されたのである。自分を苦戦させ続ける存在に、自分の名を知らしめるために、彼女はあの場で本名を口にしてしまったのだ。
「奴への尋問は全て私が行なう。今度こそ、必ず吐かせてやる」
任務に執着し続ける彼女を、部下達は止める事は出来ない。ならば、彼女の行ないを祖国のためと信じ、彼女の命令に従うのが正しい行為となる。何故なら彼らは、命令に従い行動する、祖国の忠実な一兵士だからだ。
執務室の扉へ向けて、決して視線を外さないヴィヴィアンヌ。この状態の彼女なら、入室の許可が下りた瞬間、リクトビアに襲い掛かってもおかしくない。この時彼女の部下達は、冗談と笑えないそんな光景を想像し、そうならない事を静かに祈ったのである。
「宜しかったのですか同志大尉。准将閣下とあの男を二人だけにしては-------」
「言うな、これは閣下の命令だ。無視するわけにはいかない」
部下の一人が意見を口にしようとしたが、彼女はその言葉を遮って答えた。部下に言われずとも、そんな事は言われなくともわかっている。だが、命令を無視する事は彼女にはできない。彼女は国家保安情報局の軍人であり、命令は絶対だからである。
「貴様達は戻れ。ここは私一人で問題ない」
「いえ、同志大尉。我々もここで待機致します」
ディートリヒとリクトビアの話が、一体どれだけかかるのか分からない以上、ここで部下達を待機させるのは酷だと考え、ヴィヴィアンヌは彼らを撤収させようとする。しかし彼らは、国家に忠誠を尽くすと同時に、彼女に忠を尽くす鍛え上げられた兵士達である。彼女一人がここに残るというのであれば、自分達が残らぬわけにはいかないのだ。
冷酷非情と謳われる彼女だが、意外な事に普段の彼女は、自分の部下達に厳しくも優しい。国家に忠誠を誓い、同じ志を持つ者達を仲間と考える彼女は、自分が同志と定めた者達には、大きな敬意を払う。
そんな彼女によって鍛えられた兵士達は、徹底的な愛国精神を叩き込まれ、徹底的な戦闘訓練と諜報訓練を受けた、国家のために命を捧げる兵器と化す。兵士達は、自分達を最強の兵器と変えた彼女に感謝し、彼女を愛国者の鏡と讃えて、彼女に忠誠を誓うのである。
故に彼女の部下達は、彼女の命令であればどんなものでも従う。例えそれが、「死ね」という命令であったとしても、彼らは喜んで従うのだ。
「・・・・・好きにしろ」
「はっ!」
部下達は敬礼し、ヴィヴィアンヌと同じように部屋の前で待機を始めた。執務室に紅茶を持ってきた女性兵士は、ヴィヴィアンヌ直属ではなかったが、ディートリヒの秘書のようなものであり、彼の身を案じてか、この女性兵士も待機を始めた。
「駄犬如きが・・・・!」
「!」
執務室を睨み続ける彼女が、低い声でそう呟いた。この場の部下達にではなく、その言葉は間違いなくリクトビアと向けられている。
ヴィヴィアンヌは祖国のため、自分の直属の上司であるディートリヒの命令を受けて、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビアの調査を命じられた。それが彼女の、今回の任務の始まりである。
オーデル王国の侵攻を防ぎ、国力と軍事力を拡大していく帝国の情報を収集し、参謀長リクトビアの正体を探る事を命令された彼女は、彼を拉致したあの日まで、徹底的な調査を行なっていた。リクトビアが調査対象となった理由は、彼が突然帝国に姿を現した瞬間から、帝国の急速な軍備拡張が進行し、小国ヴァスティナ帝国を大きく変化させたからである。
帝国の変化の原因はリクトビアにある。そう考えた情報局首脳部は、ディートリヒを責任者として帝国とリクトビアの調査を決定した。ヴィヴィアンヌはディートリヒの手駒であり、任務の重要度や難易度を考えると、彼の配下の中では彼女が最も適任だった。何故なら彼女は、ディートリヒ配下の誰よりも優秀な諜報員であり、任務の失敗はあり得ないからだ。
上手くいけば、帝国軍の正体不明の兵器の情報も得る事ができる。この情報には大きな価値があり、失敗は許されなかった。故に、彼女が任務に選ばれるのは必然であったのだ。
ヴィヴィアンヌは祖国のため、任務を受けて部下達とアーレンツを出発した。これが、約一年前の出来事である。長くても半年で終わると思われていた彼女の任務は、途中命令された他国への諜報活動や、帝国軍の活発な動き、そして帝国参謀長の情報収集の難航などが重なり、当初の想定以上の時間を費やした。
結局、リクトビアの正体はわからないまま、ディートリヒの命令で彼を拉致する事となり、現在に至る。任務に関しては完璧主義である彼女は、今回の任務を完遂できたと考えてはいない。部下達も初めて見る程、ヴィヴィアンヌは彼に執着しているのだ。
リクトビアに対し感情的になっているのは、部下達の眼にも明らかであった。だからこそ彼女は、彼に名前を聞かれた際、あの場で本名を答えてしまったのだ。
諜報員である以上、他国の人間に本名を知られるわけにはいかない。それは彼女もよく理解している。しかしあの時の彼女は、いつもと何かが違った。ほんの一瞬だけ、私情に流されたのである。自分を苦戦させ続ける存在に、自分の名を知らしめるために、彼女はあの場で本名を口にしてしまったのだ。
「奴への尋問は全て私が行なう。今度こそ、必ず吐かせてやる」
任務に執着し続ける彼女を、部下達は止める事は出来ない。ならば、彼女の行ないを祖国のためと信じ、彼女の命令に従うのが正しい行為となる。何故なら彼らは、命令に従い行動する、祖国の忠実な一兵士だからだ。
執務室の扉へ向けて、決して視線を外さないヴィヴィアンヌ。この状態の彼女なら、入室の許可が下りた瞬間、リクトビアに襲い掛かってもおかしくない。この時彼女の部下達は、冗談と笑えないそんな光景を想像し、そうならない事を静かに祈ったのである。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
これがホントの第2の人生。
神谷 絵馬
ファンタジー
以前より読みやすいように、書き方を変えてみました。
少しずつ編集していきます!
天変地異?...否、幼なじみのハーレム達による嫉妬で、命を落とした?!
私が何をしたっていうのよ?!!
面白そうだから転生してみる??!
冗談じゃない!!
神様の気紛れにより輪廻から外され...。
神様の独断により異世界転生
第2の人生は、ほのぼの生きたい!!
――――――――――
自分の執筆ペースにムラがありすぎるので、1日に1ページの投稿にして、沢山書けた時は予約投稿を使って、翌日に投稿します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
神の盤上〜異世界漫遊〜
バン
ファンタジー
異世界へ飛ばされた主人公は、なぜこうなったのかも分からぬまま毎日を必死に生きていた。
同じく異世界へと飛ばされた同級生達が地球に帰る方法を模索している中で主人公は違う道を選択した。
この異世界で生きていくという道を。
なぜそのような選択を選んだのか、なぜ同級生達と一緒に歩まなかったのか。
そして何が彼を変えてしまったのか。
これは一人の人間が今を生きる意味を見出し、運命と戦いながら生きていく物語である。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
異世界金融 〜 働きたくないカス教師が異世界で金貸しを始めたら無双しそうな件
暮伊豆
ファンタジー
日々の生活に疲れ果てた若干カスな小学校教師が突然事故で死亡。
転生手続きを経て、生まれ変わった場所はローランド王国の辺境の街。剣と魔法を中心に発展しつつある異世界だった。
働きたくない一心で金貸し向きの魔法を手に入れた主人公。
「夢はのんびり利子生活」
だが、そんなものは当然許される筈はなく、楽をしようと思えば思う程、ありがちなトラブルに巻き込まれることも。
そんな中、今まで無縁と思っていた家族の愛情や友情に恵まれる日々。
そして努力、新しい人生設計。
これは、優秀な家系に生まれた凡人が成長することをテーマとした物語。
「成り上がり」「無双」そして「ハーレム」その日が来るまで。
神の宿題 異世界救済とチートポーション
buri
ファンタジー
『細かすぎるヤツ』
それが彼、鈴木修の他人からの評価だった。
小さな事だろうと、地味だろうと。
何事も丁寧に徹底的に。
きっちりこなす、でも目立たない。
そんな地味な主人公、鈴木修(すずきおさむ)が、人知れず死に、異世界へと転生する。
「《マナ》の『使いすぎ』の解消じゃ」
そんな異世界神の軽い頼みからスタートする修の新たな人生。
前世では日の目を見なかった彼の性格。そこに異世界神から授かったスキルが合わさり、誰も予期せぬチートを生み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる