贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十七話 愛国者

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 南ローミリアの盟主であり、着々と国力を拡大している国家、ヴァスティナ帝国。この国の軍隊の最高司令官である、帝国参謀長リクトビア・フローレンスが拉致され、一週間以上の月日が流れてしまった。
 リクトビアが奪われた事実は、公には公表されていない。帝国軍内部でも緘口令が敷かれており、幹部の者達と、彼が拉致された時に率いていた軍団の兵士以外は、この事実を知らされていないのである。勿論、察しのいい兵士達は既に気付いており、帝国軍全体がこの事実に気付くのには、そう時間はかからないだろう。
 この事実を外部に漏らさぬよう、帝国軍は徹底した情報統制を行なっているが、知られるのは時間の問題と言っていい。他国・・・・、特に敵対国家に知られる前にリクトビアを取り返さなければ、帝国は危機的状況に陥る可能性が十分にある。
 帝国軍の動きは迅速だった。リクトビア奪還のために行動を開始した帝国軍は、大陸中央侵攻の拠点であるエステラン国に、戦力を結集し始めている。侵攻作戦時に編成された「暴竜師団」の戦力を再編成し、来るべき作戦に備えていた。
 それだけでなく、リクトビアを拉致した国家を特定した帝国軍は、その国と戦うために、軍事以外の準備も進めている。その準備のために、既に帝国宰相リリカが護衛を引き連れ、交渉のためにエステラン国を出国していた。
 そして、帝国軍が本格的な軍事行動を開始する前に、最重要の任務を帯びて行動を始めた、一人の女性がいる。

「二度と戻る事はないと・・・・・、そう思っていたけれど・・・・・」

 大陸中央に存在する、最大の中立国家アーレンツ。
 特徴的なのは、国全体を覆う高く頑丈な壁である。他国の侵攻があった場合、国内に敵を一兵たりとも侵入させないという信念のもと構築され、壁の高さは五十メートルを超えている。この壁を破壊する事は、大陸に存在するどんな攻城兵器でも不可能だと言われており、この国を難攻不落の要塞と変えている。

「何も変わってない。相変わらず、馬鹿みたいに高い壁・・・・・」

 アーレンツから一キロメートルは離れた場所に、彼女の姿はあった。森の中で木の上に上り、持っている双眼鏡を覗きながらアーレンツの様子を探っていた彼女は、行動を開始するべく木から飛び降りて、音も立てずに着地する。
 
「雲で月も隠れたし、そろそろ行こうかしら」

 彼女の言う通り、今は夜も更けた頃で、月明かりは分厚い雲に隠されてしまっている。星の光しかないそんな闇の中でも、彼女の眼は機能する。この程度の夜の闇は、彼女の行動に何の支障をきたさない。
 彼女の名はリンドウ。帝国メイド部隊フラワー部隊の一人であり、全身に武器を隠し持った殺しの手練れである。
 彼女の任務は、中立国アーレンツへの潜入である。帝国宰相リリカの命令を受け、すぐさま行動を開始したリンドウは、アーレンツの諜報員に気付かれる事なく、この地まで辿り着いた。

(久しぶりの潜入になるわね・・・・・)

 彼女が帝国メイドとなる前は、潜入任務など日常茶飯事であった。諜報も暗殺も、全てが彼女の日常であり、任務を果たす事だけが、自分の存在理由だった。
 そんな自分を変えてくれたのが、今は亡き一人の少女だった。その少女に生涯の忠誠を誓った事で、メイドとして生きる、幸福な人生を送る事ができた。
 少女には大切な人がいた。その人は少女を愛し、少女もまたその人を愛していた。大切なその人は、少女のために己の全てを捧げたが、それが報われる前に、少女はこの世を去った。彼女もその人も、深い悲しみと絶望に暮れたあの日々を、今も忘れない。
 彼女にとってその人は、自分を変えてくれた少女を救おうと戦った、優しい救世主だった。だからこそ彼女は、今は捕らわれの身となっているその人を、自分の手で救い出したいと願うのだ。
 そのために彼女はメイド服を脱ぎ去り、全身に武器を仕込んで、この地に再びやって来た。自分の過去と向き合い、皆にとっても、そして自分にとってもかけがえのない、彼を救い出すために・・・・・。

「どうか、ご無事で・・・・・・」

 帝国宰相リリカから下された命令は、帝国軍の攻撃が始まる前にアーレンツへと潜入を果たし、帝国参謀長リクトビア・フローレンスの救出を果たす事。
 たった一人、孤立無援の彼女の戦いもまた、始まったばかりだ。
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