贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十六話 狂犬と番犬

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「・・・・・・話はわかった。君達の判断は正しい。よく戻ってきてくれたね」

 レイナが指揮した暴竜師団第一軍は、無事にエステラン国へ到着した。帰還してすぐ、レイナとクリスはエステラン国内にある帝国軍駐屯地へと駆け込み、この地で軍の指揮を執っている軍師エミリオ・メンフィスへと報告を行なった。
 第一軍が遭遇した正体不明の敵と、リックが拉致された事がエミリオに伝わり、すぐさま彼は主だった者達を召集するよう指示を出した。更に彼は、この件に関して緘口令を敷き、情報の漏洩を防いだのである。このような緊急事態を、他国に知られるわけにはいかないという、彼の機転の利いた判断だ。
 エミリオは主だった者達を、帝国宰相リリカのために用意された、エステラン城の一室に集めた。部屋に集められたのは、第一軍のレイナ、クリス、イヴと、作戦を終えて帰還していた第二軍の、ミュセイラ、ゴリオン、シャランドラ、ヘルベルトである。そしてここには、部屋の主であるリリカと、彼女の護衛であるアングハルトもおり、偶然幹部達が召集されているのを知り、気になってここに駆け付けたライガの姿もあった。
 リックが正体不明の敵勢力の手に落ちたこの事実を、逸早く知らせなければいけない者達は、全員この場に集まった。リックがいない今、帝国軍の全指揮権はエミリオにある。皆を集めた彼がこの場を̪仕切り、一体何があったのか、詳しい話をレイナとクリスに行なわせ、今し方話が終わったところである。
 この話を聞いていたのはエミリオ達だけではない。帝国軍駐屯地に重要な情報を届けるよう命令された、帝国メイド部隊所属のリンドウもまた、語られた衝撃的な話を黙って聞いていた。
 彼女が情報を届けた時には、全てが手遅れであった。エステラン国へ到着し、エミリオのもとに情報を届けてすぐに、リックが拉致された事実を知ったのである。リンドウがこの場にいるのは、彼女の届けた情報が、リックの拉致と関係している可能性が極めて高いからである。

「レイナもクリスも、よく第一軍を指揮して帰還してくれた。これで私達は、すぐに状況の整理と立て直しが図れる」
「畜生・・・・・っ!俺が付いていながら、リックを敵に奪われちまった・・・・・っ!!」
「リックは必ず救い出す。だから皆、気持ちはわかるけど落ち着いて欲しい。くれぐれも早まった行動は起さないでくれ」

 リックを奪われた事実は、この場の全員に衝撃を与えた。誰もが表情に影を落とし、場に沈黙が流れる。話を聞いたアングハルトなど、顔面蒼白となってその場に膝をつき、言葉を発する事ができなかった。
 敵の人質となり、リックが敵の手に落ちるきっかけとなってしまったイヴは、部屋の隅で座り込み、ずっと涙を流し続けている。そんなイヴに寄り添うシャランドラ。彼女はイヴを抱きしめたまま、憤怒の表情を見せていた。リックを拉致した敵を、決して許さぬ怒りの表れだ。
 冷静な様子のエミリオでさえ、内心は怒りの炎で真っ赤に燃えている。敵への怒りと、自分自身への怒りを必死に抑え、彼は軍師としての己の責務を全うするべく、状況の整理を始めた。

「第一軍を襲撃した謎の敵勢力。証拠があるわけではないけど、恐らくこれはアーレンツの仕業だろう」
「メンフィス先輩、アーレンツと言うと、あの中立国の事ですの?」
「そうだよ。大陸最大の中立国にして、情報大国。リンドウさんの情報を踏まえて考えると、この国の仕業に違いない」

 中立国アーレンツ。大陸中の大国が決して手を出さないという、謎多き中立国。その国が、リックを拉致した敵だとエミリオは言う。

「アーレンツっていや俺も知ってる。でもよ、あそこは中立だろ?なんだって中立の国が俺達にちょっかいかけてくるんだよ?」
「おっさんの言う通りだぜ。それによ、大陸最大の中立国ってのは俺も知ってるが、情報大国ってのは初めて聞いたぞ。それがリックと何の関係があるんだよ?」

 ヘルベルトとクリスの疑問は尤もだった。これは、アーレンツについて詳しい話を知っている者にしかわからない、ローミリア大陸の裏側を知る事になる話なのだ。
 
「中立国アーレンツについては、メイド部隊のリンドウさんから説明して貰おうと思う。お願いできますか?」
「承知いたしました」

 エミリオの願いを聞き、先ほどまでは話を聞いているだけであったリンドウが、ここでようやく口を開く。彼女がここにいるのは、皆の前でこの話をするためだったのだ。

「まず始めに、中立国アーレンツについて説明致します。皆さんもご存知の通り、アーレンツは他国の戦争に介入しない、中立を宣言している国家です。そのため、大陸各国はこの国とどんな事があろうと戦争はせず、不干渉を貫いています」
「そうだな。俺が傭兵やってた頃も中立だったからな、あの国は。不思議と一度も侵略とかされてないしな」
「ジエーデル国ですら、アーレンツを侵略しないのには理由があります。それはアーレンツが、各国に様々な情報を売っているからです。ゼロリアスもジエーデルも例外ではありません。だからこそ、特にアーレンツから情報を買っている大国は、決して手を出さない」

 情報大国という話を聞くのは、あまり知られている話ではない。元は傭兵でしかなかったヘルベルト達が知らないのも、無理はない話だ。
 
「表向きは中立国として振舞い、鉄鉱石や鉛の輸出などで経済発展を遂げた国家ですが、その裏では大陸中から様々な情報を集め、他国に売り渡す事を生業としています。そのためアーレンツには、国家保安情報局と呼ばれる諜報組織があり、大陸のあらゆる情報はこの組織が集めている状態です」

 ヘルベルトを始め、レイナとクリス、イヴとシャランドラ、アングハルトにゴリオン、当然ライガも、こんな話は初耳であった。
 彼女が語った話は、ローミリア大陸の裏側に触れた話である。つまり、各国はアーレンツから情報を買い取り、これまで様々な経済発展や問題の解消に役立て、国を動かしていたというのだ。これでは、アーレンツに大陸中が支配されていると言っても、過言ではないだろう。何故なら、大陸中の国家の未来は、アーレンツが所有している情報次第となるからだ。

「国家保安情報局は独自の軍事力を保有しており、その戦力は諜報活動に特化した精鋭です。諜報に暗殺、拉致や拷問までこなす精鋭達が、あの国を支える要です」
「つまりあれか?その諜報組織の軍隊が隊長を攫ったってわけか。たかが諜報員が、レイナとクリスを簡単に倒しちまったっていうのかよ」
「国家保安情報局の精鋭部隊ならば可能です。情報局の精鋭一個小隊であれば、一個大隊以上の戦闘力がありますから。恐らく、リック様を攫った敵部隊は情報局の中でも随一の戦力。その部隊は、レイナ様達の情報も銃器の情報も掴んでいたのでしょう。だから、銃火器の攻撃にも冷静に対処できた」
「こいつらが苦戦した理由はそれか。厄介な連中だぜ・・・・・」

 リンドウの話が事実ならば、帝国軍の手の内は全て、アーレンツに知られている事を意味してしまう。ヘルベルトが厄介に思うのも無理はない。帝国がリック奪還のためにアーレンツを攻撃するにしても、攻撃手段が全て読まれているのであれば、作戦の立てようがないのである。
 しかも、アーレンツがリックを攫ったのが事実だったとして、奪還のためにすぐさま宣戦布告とはいかない。中立国であり、大国の情報仕入れ先でもあるアーレンツを、もしも帝国軍が攻撃したならば、アーレンツを利用している各国が黙ってはいない。
 直ちに外交問題に発展し、最悪の場合、帝国は大陸中の国家を敵にまわす可能性が高いのだ。今のままでは、帝国はアーレンツに対し宣戦布告は出来ない。もし行なえば、滅ぶのは自分達になってしまう。そうなれば、リックを奪還するどころの話ではない。

「・・・・・・貴女はどうして、そんな事まで知っている?」
「・・・・・・」
「槍女の言う通りだ。お前、アーレンツの事詳し過ぎるんじゃねぇのか?」

 リンドウの話の途中で、レイナは疑問を口にする。普通のメイドではなく、武装メイド部隊の人間だとしても、アーレンツの事について詳し過ぎると感じた二人は、彼女へとその理由を問う。
 考えてみると、レイナ達はリンドウの事について何も知らない。メイド長ウルスラ旗下の武装メイドの一人で、体中に武器を仕込んでいる危険な女性という事以外、何にも知らないのである。その彼女が、この場でエミリオから説明を求められたのである。誰がどう考えても、彼女とアーレンツには何か関係があるのは明白だった。

「・・・・・中立国アーレンツ国家保安情報局第十四特別処理実行部隊、ミカエラ・エヴォンス少佐。これが昔の私の名前です」
「リンドウさん・・・・・貴女は・・・・・・」
「お前・・・・・、アーレンツの諜報員だったって事かよ?」
「クリス様の言う通り、アーレンツの国家保安情報局は私の古巣です。私はそこで部隊を指揮し、様々な諜報活動を行ない、拉致や暗殺、拷問に至るまで、任務とあれば全て遂行しました。それが国家の安定のためと信じて・・・・・」

 ミカエラ・エヴォンス。それが彼女の本当の名前だと言う。しかも彼女は、アーレンツの兵士だったというのである。ならば彼女は、リックを拉致した部隊の仲間だった事を意味する。
 アーレンツに詳しいのも当然だ。彼女は部隊を率いる佐官で、階級の低い者達よりも情報に精通していた。だからこそ知っている。中立国アーレンツの、表と裏を・・・・・・。

「私の居た頃と何も変わっていなければ、アーレンツは情報を求めてリック様を拉致したのでしょう。今頃はもう既に、リック様の身は情報局の特別収容所だと思われます。そこでは・・・・・・」
「リンドウの姉御・・・・・、そこで言うの躊躇うんはなんでや・・・・・?」

 彼女は説明を躊躇った。この場でこの内容を口にするのは、あまりに残酷であったからだ。しかしシャランドラは、言葉の続きを求めた。自分達は、これからリックの身に起こるであろう事を、全て知らなければならないと覚悟したからである。

「特別収容所では、徹底的な尋問が行なわれます。昼夜問わずの尋問と、器具を使っての拷問。場合によっては強力な薬物投与も-------」
「やめて!!もうそれ以上聞きたくない!」

 リンドウの言葉を遮ったのは、膝を抱えて座り込んでいたイヴだった。泣き叫ぶ彼の強い言葉は、彼の心中を察するには十分すぎる。

「僕のせいだ・・・・・・。僕が捕まったりしなければ・・・・・」
「イヴ様・・・・・、これは貴方のせいではありません」
「違う!全部僕のせいだよ!僕が捕まったからリック君は攫われた!!あの時僕が死んでれば、リック君は--------!!」
「イヴっち!!」

 泣き叫び、自分は死ねばよかったと叫ぶイヴ。シャランドラは、そんな彼の頬を叩き、彼を無理やり落ち着かせた。
 シャランドラがイヴを叩いたのは、これが初めてであった。普段からお互い仲が良く、喧嘩など滅多にしない。シャランドラは彼の事を、大切な親友だと思っている。だからこそ彼女は怒った。

「シャランドラ・・・・ちゃん・・・・?」
「イヴっちが死んだら、うちもリックも滅茶苦茶悲しいんやで。もうこれ以上、大切な人が死ぬのは嫌なんや。だからうちは、イヴっちにそんな事言って欲しくない」
「・・・・・・ごめん、シャランドラちゃん」
「ええんや・・・・、イヴっちの辛さは、うちもようわかっとるんやから・・・・・」

 泣いているイヴを抱き締め、彼の顔を自分の胸元に埋めたシャランドラもまた、その眼に涙を浮かべていた。これからリックが、どんな残酷な目に遭わされるかと思うと、この二人も、そしてこの場の者達も、胸を切り裂かれるような思いだった。
 
「皆落ち着きなさい。敵の目的はリックが持つ帝国軍の情報さ。ならばあれは、そう簡単に殺される事はない。そうだろう、リンドウ?」
「リリカ様の仰る通りです。敵がどんな情報を求めているのかは不明ですが、リック様は帝国軍の最高司令官です。情報局からすれば、殺してしまうにはあまりに惜しい存在でしょう。過度の尋問は必ず控えるはずです」

 皆を落ち着かせるべく、言葉を発したのはリリカであった。やはりこのような事態の時、一番冷静でいられるのは彼女だけである。
 だが今回ばかりは、彼女の表情から妖艶な笑みは消え去っている。彼女が押し止めているだろう業火の怒りは、この場の全員の想像を遥かに超えているはずだ。

「とにかく今は情報が欲しいです。レイナ様、クリス様、リック様を攫ったその女は何か言っておりませんでしたか?どんな些細な事でも構いません」
「大した事は言ってねぇ。無駄に口が悪いのと女装男子の話したぐらいだ」
「わかっているのは名前だけ。ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ・・・・・・、それが私達が遭遇した敵の名です」

 リンドウがメイド長ウルスラに命令されて届けた情報というのは、中立国アーレンツの動きであった。
 メイド長ウルスラ旗下の武装メイド部隊フラワー部隊にも、少数ながら諜報部隊が存在している。まだ帝国にリック達が現れる前は、ウルスラ旗下の諜報部隊が大陸の情報を集め、女王の政務に役立てていたのである。
 今の帝国は、エミリオが組織した諜報組織と、リリカの構築した情報網によって、大陸の情報を集めているが、メイド部隊の諜報部隊もまた、今でも陰ながら諜報活動に取り組み、帝国女王のために働いているのだ。
 その諜報部隊が、メイド長ウルスラに情報を届けた。その内容は、中立国アーレンツの諜報部隊が、帝国の情報収集を行なっているというものであった。しかも、諜報部隊の狙いはリックであり、彼の行動に合わせて既に諜報員が動いているというのだ。
 リックの身に危険が迫っている。そう直感したウルスラは、アーレンツに最も詳しいリンドウを使いに出し、情報を届けさせたのである。万が一手遅れとなってしまった場合、彼女が助けになるように・・・・。
 
「ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ・・・・・。その名前、噂で聞いた事があります」
「ほんとか!?何者なんだよあの眼帯女!?」
「国家保安情報局の中で、最も危険な諜報員だと言われています。どんなに困難な任務も完遂し、必ず成功させる超人。暗殺と拷問を得意とし、国家に絶対の忠誠を誓う愛国者である事から、付いた異名が情報局の番犬・・・・・」
「番犬・・・・・。それが参謀長を攫った、私達の敵の正体か・・・・・」

 レイナとクリスは、情報局の番犬という異名を持つ、ヴィヴィアンヌへの報復を固く誓っている。自分達が全く歯が立たなかったせいで、リックは敵の手に落ちたと、そう後悔しているのだ。
 二人の眼はまだ死んではいない。二人の戦意は高く、リック奪還に燃えている。

「レイナ、そのヴィヴィアンヌと名乗った女性は、自分から名前を名乗ったのかい?」
「違う、参謀長があの女に問うたのだ」
「あいつ、あんな状況でもいつもの悪い癖が出やがってよ。興味が湧いたとか言って聞き出したんだよ」
「そうか・・・・・。リックは私達のために、救出のヒントを残してくれたんだね」

 エミリオの言葉の意味が分かったのは、リリカとリンドウだけであった。他の者達には、リックのいつもの悪い癖が出て、名前を聞き出したとしか思えなかったのである。
 しかし、それは大きな誤解だった。リックが彼女の名前を聞いたのは、自分の興味だけが理由ではない。

「ヴィヴィアンヌという名前は立派な敵の情報だ。リンドウさんのお陰で、ヴィヴィアンヌがアーレンツの人間と分かった以上、敵はアーレンツだと確定したんだ」
「リック様は私達のために、業とふざけた様に見せて名前を聞き出したのでしょう。私達が敵の正体を見破れるように・・・・・・」

 あの状況下で、リックは自分にできる最大限のヒントを残していたのだ。彼は救出される事を諦めてはいない。リックは自分の救出を、信頼する仲間達へと託したのだ。
 
「リックは私達の助けを待っている。さあ、私も動くとしよう」
「リリカ宰相。貴女が動く必要は-------」
「相手は今までにない強敵さ。私達の総力を結集しなければ、勝利はないよ」

 中立国アーレンツは、今この時より、ヴァスティナ帝国最大の敵対国家となった。帝国宰相リリカまでもが動くと宣言し、場の緊張感が一気に高まる。
 ヴァスティナ帝国の英雄であり、帝国軍の最高司令官にして、帝国の人々の希望である、救国の英雄リクトビア・フローレンスを拉致されるなど、あってはならない事なのだ。そのような行為に及んだ国を、帝国は決して許さない。リクトビア奪還と相手を滅亡させるまで、帝国の最優先攻略対象はアーレンツとなるのだ。
 
「アングハルト、現時刻を持って私の護衛の任を解く。直ちに原隊に復帰し、リクトビア奪還の任に就きなさい」
「!!」
「ヘルベルト、お前の部隊が私の新しい護衛だ。少し用事ができたから、私に付き合って貰うよ」
「へいへい、了解ですよ宰相殿」
「エミリオ、現時刻を持って帝国軍全指揮権を君に委譲する。帝国参謀長奪還を果たすまで、君が帝国軍の最高司令官だ。これは女王陛下に許可を頂いていない私の独断だが、責任は全て私が取る。好きにやるといい」
「ありがとう御座います、宰相閣下」
「リンドウ、君にはやって貰いたい事がある。これは君にしかできない任務だ。覚悟はいいね?」
「もちろんです。リック様奪還を果たすまで、私の命は宰相閣下にお預け致します」
「シャランドラ、次の戦いは君の発明が必要になる。第二軍の作戦で実戦は済ませたと聞いた。期待しているよ」
「任せてくれや姉御。うちの発明でアーレンツの連中を皆殺しにしたるわ」

 リリカの命令のもとに、リクトビア奪還の作戦が動き出す。誰にも彼女達を止める事は出来ない。帝国宰相の彼女がアーレンツを攻撃するという以上、誰も逆らう事は許されず、逃げる事も、止まる事も許されない。
 膝をつき、顔面蒼白となっていたアングハルトは、リリカの言葉を受けて立ち上がり、その眼に闘志を宿して前を向く。ヘルベルトもエミリオも、リンドウやレイナ達もまた、彼女と同じように闘志を剥き出しにし、拳を握りしめる。
 泣き続けるイヴを抱きしめたままのシャランドラは、今まで誰にも見せた事のない、怒りと憎しみの顔を見せていた。目付きは鋭く、歯を食いしばり、異常なまでの殺意を剥き出しにしている。
 衝撃的な話の数々に、言葉を失っていたゴリオンもライガも、皆と気持ちは同じである。リリカ以外のこの場のほとんどの者達は、今にもこの部屋を飛び出して、リクトビア奪還に走り去っていきそうな、そんな空気を放ち続けていた。
 だが焦ってはいけない。慎重に行動しなければ、この戦いに勝利は出来ないからだ。こんな時こそ、皆をまとめるリックの存在が必要不可欠だが、彼は今、敵の手中で助けを待っている。
 しかし、この場にリックがいなくとも、彼女がいるなら戦える。誰よりもリックを理解し、彼と同じく強いカリスマ性を持つ、帝国最凶の彼女がいれば敗北はあり得ない。
 帝国宰相リリカの号令が下された瞬間、彼女達の愛と命を懸けた戦いが始まる。

「これより我が国は、中立国アーレンツに対し大規模侵攻作戦を開始する!我が帝国の英雄諸君、大義ある戦争の時間だ!彼の国の全てを滅ぼすまで、戦闘を止める事は私が許さない!!帝国万歳!!」
 



 
 何もかも順調だと思われていた歯車は、たった一つ欠けただけで脆く崩れた。欠けた歯車は、あまりにも大切な、掛け替えのないものだったのである。その歯車に代わりなく、決して失わぬようにと皆が守っていた。その歯車を無理やり奪い去ったのは、番犬と呼ばれる一人の少女である。
 帝国の狂犬と呼ばれる、帝国女王に絶対の忠誠を誓う男と、祖国に絶対の忠誠を誓う、番犬の異名を持つ女。二人の出会いがもたらしたのは、燃え上がる戦いの道と、流れ出る鮮血で赤黒く染まるであろう戦場だ。
 狂犬と番犬。似て非なる二匹の出会いは、新たな血と争いしか生み出さないのだろうか・・・・・・。
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