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第六十話 女王の決断
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「そんで、ヴィヴィっちは二人の訓練に付き合わんの?」
「今日は特別にメイド長が二人の相手をしてくれる。時には、常識外れの怪力を持つ化け物を経験するのも二人のためだ」
「ふーん、なるほど⋯⋯⋯。いやそれ、別にメイド長やなくても、いつも訓練付き合っとるヴィヴィっちかて化け物やん」
「⋯⋯⋯私はメイド長のような脳筋ではないつもりだ」
「そこ気にしとるん? だれもヴィヴィっちが怪力脳筋お化けなんて言うてないやん」
ブラド公国の宮殿内には、ヴァスティナ帝国国防軍技術開発部主任シャランドラのために、仮の研究室代わりの部屋が一つ用意されている。
部屋のそこら中に実験器具や薬品、工具や図面の束などを散乱とさせ、仮部屋を完全に自分の研究室としたシャランドラは、椅子に座らせたヴィヴィアンヌの検査を行なっていた。
シャランドラはヴィヴィアンヌの右眼を隠す眼帯を捲り、異常や変化がないかを確認する。特に変わったところがないと判断したシャランドラは、ヴィヴィアンヌのために用意しておいた、痛み止めの飲み薬を渡す。
「変わりはあらへんけど、どっか気になるところある?」
「特にはない。いつも通り薬だけで十分だろう」
「うちとしては、もっと本格的に調べたいところなんやけど⋯⋯⋯」
「今は不要だ。二大大国との戦いが終わるまでは、下手に触って大事になるのも困る」
ヴィヴィアンヌの右眼は、普段から黒い眼帯で隠されているため、彼女の視界は左眼だけしかない。彼女の右眼は、元アーレンツ国家保安情報局でのある任務の際、拷問で抉り出されたとされている。
その後に彼女は、とある研究の実験台にされるところだったが、右眼を失いながらも生還した。故に彼女の右眼は光を失い、二度とその眼でものを見る事は叶わない。
しかし当時のヴィヴィアンヌは、情報局へと生還して任務成功を報告した際、一点だけ誰にも話さなかった事がある。報告書に纏める時にも、その一点だけは記さなかった。
理由は、当時の彼女が次の任務を優先し、厄介事を避けたためだ。もし報告していたら、彼女は情報局の研究者達のもとへ送られ、任務への復帰が望めなかったかもしれない。
任務への従事を優先し過ぎたヴィヴィアンヌは、自分の抱えるその問題を解決せぬまま今日に至るのだが、以来彼女は時々右眼の痛みに苦しめられている。
常人ならざる忍耐力を持つヴィヴィアンヌは、普段から誰にも悟られぬよう、痛みを決して顔には表さない。だが痛みが激しい日もあり、その日は偶々シャランドラが近くにいたため、思い切って痛み止めの薬はないかと尋ねたのだ。
勿論シャランドラは薬を用意してくれたのだが、不審に思った彼女に問い詰められ、理由を話さなければ薬を渡せないとも言われてしまい、仕方なく白状した形である。
これがつい最近の出来事であり、それからというのもヴィヴィアンヌは、シャランドラのもとへ診断と薬のために通っている。
「実験の資料でも手に入れば、それが何かもわかるはずや。そんなもん入ってて、今の今まで痛いのだけで済んでたなんておかしいやろ」
「痛みならばいくらでも耐えられる。記憶を失った閣下から嫌われた時の方が、よっぽど堪えた」
「あん時のヴィヴィっち、世界の終わりみたいな顔しとったもんな。リックのことになると感情揺れまくるところが、完璧超人なヴィヴィっちの弱点やね」
「ふふっ⋯⋯⋯、そうらしい。獣共に犯されていた時でさえ私が考えていたのは、閣下がまた私を抱いて下さるかという心配だけだった」
笑い話のように語るヴィヴィアンヌだが、聞いているシャランドラからすれば、少しも笑えない話だった。
ヴァスティナ内戦時、反乱軍に捕まったヴィヴィアンヌは、ブラウブロワの二代将軍こと、バッテンリング兄弟により強姦されている。同じような目に遭ったイヴの口から、その事を聞かされていたシャランドラは、「自分が捕らわれて人質にされたばかりに⋯⋯⋯」と思わずにはいられなかった。
自分のせいだと思い詰めるシャランドラだが、酷い目にあった当の本人は、彼女に非は全くないと思っている。だから笑い話として語ったのだが、ヴィヴィアンヌの言葉はシャランドラを傷付けてしまっていた。
シャランドラは彼女を完璧超人と呼ぶが、ヴィヴィアンヌはその性格故に、まだまだ不器用なところがあり、おまけに口下手なのだ。勿論それはシャランドラも分かっているため、普段なら「冗談キツ過ぎや」とでも言って、気を遣って笑い飛ばす彼女だが、時にはそうできない時もある。
特に今回は、自分が人質になったために、仲間であるイヴにヴィヴィアンヌを撃たせてしまい、二人共捕らえられてしまった。その事に深い責任を感じているシャランドラは、反乱が終結した今も尚、あの反乱に加担した全ての者達を、この手で殺してやりたいと考えている。
しかし、彼女が最も憎悪するバッテンリング兄弟は、既に二人共この世にいない。兄ザンバは爆撃によって吹き飛び、弟ジルバは反乱後、ヴィヴィアンヌとイヴの苛烈な拷問の末、凄惨な最後を迎えている。ジルバの死に方は、生きたまま性器を切り取られ、口に押し込まれて窒息死させられるというものであった。
思い詰めるシャランドラに、「気にするな」という言葉しか返せなかったヴィヴィアンヌが、診察のために取っていた眼帯を右眼に付け直す。
診察を終えて薬を貰ったヴィヴィアンヌが、シャランドラの研究室を出ようと扉に手を掛ける。そこで振り返った彼女は、シャランドラへ薄く笑いかけて口を開いた。
「まだ責任を感じているなら、後で私の銃を整備してくれ。自分でやってもいいが、お前の腕の方が信頼できる」
「!」
「それから、親衛隊に新兵器を優先的にまわして貰いたいな。我々好みの面白いものを作っていると聞いている」
「まっ、任しといて! ヴィヴィっちのためなら何でもやったるわ!」
シャランドラはヴィヴィアンヌの言葉で元気を取り戻し、自分ができる事で、精一杯償っていこうと思う。彼女の言葉が嬉しかったヴィヴィアンヌは、それからと付け加えて、右眼を隠す自分の眼帯を指で軽くつつく。
「これが武器になりそうなら、その時はお前の手で使えるようにしてくれ」
「今日は特別にメイド長が二人の相手をしてくれる。時には、常識外れの怪力を持つ化け物を経験するのも二人のためだ」
「ふーん、なるほど⋯⋯⋯。いやそれ、別にメイド長やなくても、いつも訓練付き合っとるヴィヴィっちかて化け物やん」
「⋯⋯⋯私はメイド長のような脳筋ではないつもりだ」
「そこ気にしとるん? だれもヴィヴィっちが怪力脳筋お化けなんて言うてないやん」
ブラド公国の宮殿内には、ヴァスティナ帝国国防軍技術開発部主任シャランドラのために、仮の研究室代わりの部屋が一つ用意されている。
部屋のそこら中に実験器具や薬品、工具や図面の束などを散乱とさせ、仮部屋を完全に自分の研究室としたシャランドラは、椅子に座らせたヴィヴィアンヌの検査を行なっていた。
シャランドラはヴィヴィアンヌの右眼を隠す眼帯を捲り、異常や変化がないかを確認する。特に変わったところがないと判断したシャランドラは、ヴィヴィアンヌのために用意しておいた、痛み止めの飲み薬を渡す。
「変わりはあらへんけど、どっか気になるところある?」
「特にはない。いつも通り薬だけで十分だろう」
「うちとしては、もっと本格的に調べたいところなんやけど⋯⋯⋯」
「今は不要だ。二大大国との戦いが終わるまでは、下手に触って大事になるのも困る」
ヴィヴィアンヌの右眼は、普段から黒い眼帯で隠されているため、彼女の視界は左眼だけしかない。彼女の右眼は、元アーレンツ国家保安情報局でのある任務の際、拷問で抉り出されたとされている。
その後に彼女は、とある研究の実験台にされるところだったが、右眼を失いながらも生還した。故に彼女の右眼は光を失い、二度とその眼でものを見る事は叶わない。
しかし当時のヴィヴィアンヌは、情報局へと生還して任務成功を報告した際、一点だけ誰にも話さなかった事がある。報告書に纏める時にも、その一点だけは記さなかった。
理由は、当時の彼女が次の任務を優先し、厄介事を避けたためだ。もし報告していたら、彼女は情報局の研究者達のもとへ送られ、任務への復帰が望めなかったかもしれない。
任務への従事を優先し過ぎたヴィヴィアンヌは、自分の抱えるその問題を解決せぬまま今日に至るのだが、以来彼女は時々右眼の痛みに苦しめられている。
常人ならざる忍耐力を持つヴィヴィアンヌは、普段から誰にも悟られぬよう、痛みを決して顔には表さない。だが痛みが激しい日もあり、その日は偶々シャランドラが近くにいたため、思い切って痛み止めの薬はないかと尋ねたのだ。
勿論シャランドラは薬を用意してくれたのだが、不審に思った彼女に問い詰められ、理由を話さなければ薬を渡せないとも言われてしまい、仕方なく白状した形である。
これがつい最近の出来事であり、それからというのもヴィヴィアンヌは、シャランドラのもとへ診断と薬のために通っている。
「実験の資料でも手に入れば、それが何かもわかるはずや。そんなもん入ってて、今の今まで痛いのだけで済んでたなんておかしいやろ」
「痛みならばいくらでも耐えられる。記憶を失った閣下から嫌われた時の方が、よっぽど堪えた」
「あん時のヴィヴィっち、世界の終わりみたいな顔しとったもんな。リックのことになると感情揺れまくるところが、完璧超人なヴィヴィっちの弱点やね」
「ふふっ⋯⋯⋯、そうらしい。獣共に犯されていた時でさえ私が考えていたのは、閣下がまた私を抱いて下さるかという心配だけだった」
笑い話のように語るヴィヴィアンヌだが、聞いているシャランドラからすれば、少しも笑えない話だった。
ヴァスティナ内戦時、反乱軍に捕まったヴィヴィアンヌは、ブラウブロワの二代将軍こと、バッテンリング兄弟により強姦されている。同じような目に遭ったイヴの口から、その事を聞かされていたシャランドラは、「自分が捕らわれて人質にされたばかりに⋯⋯⋯」と思わずにはいられなかった。
自分のせいだと思い詰めるシャランドラだが、酷い目にあった当の本人は、彼女に非は全くないと思っている。だから笑い話として語ったのだが、ヴィヴィアンヌの言葉はシャランドラを傷付けてしまっていた。
シャランドラは彼女を完璧超人と呼ぶが、ヴィヴィアンヌはその性格故に、まだまだ不器用なところがあり、おまけに口下手なのだ。勿論それはシャランドラも分かっているため、普段なら「冗談キツ過ぎや」とでも言って、気を遣って笑い飛ばす彼女だが、時にはそうできない時もある。
特に今回は、自分が人質になったために、仲間であるイヴにヴィヴィアンヌを撃たせてしまい、二人共捕らえられてしまった。その事に深い責任を感じているシャランドラは、反乱が終結した今も尚、あの反乱に加担した全ての者達を、この手で殺してやりたいと考えている。
しかし、彼女が最も憎悪するバッテンリング兄弟は、既に二人共この世にいない。兄ザンバは爆撃によって吹き飛び、弟ジルバは反乱後、ヴィヴィアンヌとイヴの苛烈な拷問の末、凄惨な最後を迎えている。ジルバの死に方は、生きたまま性器を切り取られ、口に押し込まれて窒息死させられるというものであった。
思い詰めるシャランドラに、「気にするな」という言葉しか返せなかったヴィヴィアンヌが、診察のために取っていた眼帯を右眼に付け直す。
診察を終えて薬を貰ったヴィヴィアンヌが、シャランドラの研究室を出ようと扉に手を掛ける。そこで振り返った彼女は、シャランドラへ薄く笑いかけて口を開いた。
「まだ責任を感じているなら、後で私の銃を整備してくれ。自分でやってもいいが、お前の腕の方が信頼できる」
「!」
「それから、親衛隊に新兵器を優先的にまわして貰いたいな。我々好みの面白いものを作っていると聞いている」
「まっ、任しといて! ヴィヴィっちのためなら何でもやったるわ!」
シャランドラはヴィヴィアンヌの言葉で元気を取り戻し、自分ができる事で、精一杯償っていこうと思う。彼女の言葉が嬉しかったヴィヴィアンヌは、それからと付け加えて、右眼を隠す自分の眼帯を指で軽くつつく。
「これが武器になりそうなら、その時はお前の手で使えるようにしてくれ」
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