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第五十九話 北へ
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「最低限の防衛線力だけ残せばいい! 動ける部隊は全て出せ!」
防御壁の上で全軍を指揮するのは、ブラド公国防衛を任されている、ヴァスティナ帝国国防軍の指揮官ホブスである。帝国国防軍将軍の補佐役である彼は、作戦指揮の面が不得手なゴリオンやライガに代わり、各部隊の指揮を執っている。
今回はブラド公国防衛戦力の参謀役として、休む間もなく兵達に命令を飛ばしていた。今日まで最終防衛線を死守させ、たった今反撃に移るよう指示を出したのもホブスだ。
「砲兵隊はありったけの砲弾で支援しろ! 装甲部隊は弾切れになっても前進し、敵兵を踏み潰せ!」
攻勢に出た自軍の足を、決して止めてはならない。足が止まれば、それは敵に反撃の隙を与えてしまう。
一度飛び出した以上は、二度と退くわけにはいかなかった。もし後退すれば、反撃に転じた敵に追撃され、一気に防御壁内へと雪崩れ込まれるだろう。攻勢に出た兵士達は皆、その事をよく分かっている。
これが危険な賭けである事もまた、決断したホブス自身が一番理解していた。しかし、この戦況を変えるためには、他に方法がなかったのである。
遅かれ早かれ、敵の攻撃と全軍の低い士気の中では、突破されるのが目に見えていた。それでも防戦に徹する事しかできなかったが、ホブスはゴリオンの力に賭けた。そしてゴリオンもホブスの作戦に賭け、彼と兵士達を信じて自ら打って出た。
作戦を提案したのは、お互いに同時だった。ゴリオンが単独で反撃に出る事で、喪失していた味方の士気を取り戻させ、敵を押し返すべく攻勢に出る。互いにこの作戦を提案した後、ホブスが作戦を指揮し、ゴリオンは出撃した。
二人の作戦は、見事に成功した。救援に間に合った、ライガというおまけ付きでもある。決死の覚悟で戦うゴリオンの姿は、帝国国防軍やブラド公国軍の将兵までも動かし、反撃の狼煙を上げさせた。
「ホブスの奴、将軍達がいないからって威張りやがる」
「ほんと、無茶言うぜ。足引き摺ってるような奴らも、まとめて装甲車に乗っけて突撃させたからな」
「おいこらホブス! 指示出しばっかしてねぇで、てめぇも銃持って前線行きやがれ!」
「そーだ、そーだ! 横暴だって将軍に言いつけるぞ!」
「文句言うな馬鹿野郎共!! 今は俺が指揮執ってんだから黙って従えよ!」
指揮官がホブスであるが故に、兵士達の口調は、とても作戦指揮官に向けたものではない。ホブスが怒るのも無理ないが、兵達が指示に従わないという事はなく、口では文句を言いながらも戦闘に向かって行く。
冗談で指揮官を弄って見せるのは、帝国国防軍にとって日常茶飯事の光景だ。普段の空気までも取り戻した彼らに、最早敵う者などいないだろう。恐れなど笑い飛ばしてしまう頼もしき精鋭が、二大大国の軍隊を圧倒している。
ホブスの指揮通り、砲兵隊の榴弾砲や迫撃砲が、敵に絶え間なく砲弾の雨を降らせる。戦車は主砲と機銃を発砲し続け、履帯で地面を踏み締めながら前進する。戦場を駆ける歩兵の足も止まらず、陣形が崩れた敵軍へと、銃を撃ちまくりながら肉薄していった。
気迫と共に突撃する兵達の中には、敵の矢に射抜かれながらも足を止めず、装備していた手榴弾の安全ピンを外し、敵兵に自爆攻撃を行なう者まで現れた。弾切れになった銃を投げ付け、敵の死体から武器を奪って立ち向かう者までいる。
死ぬ気ではなく、本当に死ぬつもりで向かってくる相手を前に、敵は態勢を立て直す事ができず、勢いに呑まれてしまうばかりだった。戦況を変えられたと判断したホブスは、今こそが勝敗を分ける戦闘であり、これが失敗すれば敗北は確実であると理解していた。
「いいか!! ここが正念場なんだから踏ん張れよ! 勝手に下がろうとした奴は、後で将軍と宰相にあることないこと言い付けてやるからな!」
言葉通りそれは、死ぬまで戦えという命令だった。ホブスの命令に文句を言う兵士達は大勢おり、そのほとんどが「将軍は兎も角、宰相に言いつけるのは反則だ!」である。
勿論、ホブスの命令を受けた兵士達は、彼へ散々文句や暴言を吐きつつも、その命尽きるまで戦う覚悟であった。
ブラド公国への侵攻を企てたホーリスローネ王国軍は、同盟国やゼロリアス帝国からの義勇軍で構成された、まさに大陸北方の連合軍となっている。
同盟関係にない王国と帝国。どちらかと言えば敵対関係にある両国だが、今回は利害の一致から、帝国側が義勇軍の派遣という形で、王国の侵攻を支援している。
異教徒反乱の鎮圧と、大国ジエーデルとの戦争は、王国を疲弊させていた。今回の侵攻軍は、ゼロリアス帝国との国境に配置されている、対帝国防衛戦力から割かれている。現状で戦力を抽出できるのが、対立国迎撃のために用意されていた防衛線力以外、他になかったためである。
これは、王国と同じく帝国もまた、ヴァスティナ帝国を脅威と判断し、両国の利害が一致したからこそできた事だ。そうでなければ、対立関係にある国との国境線から、多くの戦力を割くなどできるはずもない。
緒戦から優勢に戦闘を進めていた連合軍だが、計画通り最終防衛線まで敵を追い詰めたものの、ここに来て猛反撃を受けてしまった。士気を復活させた守備隊は、総力を持って反攻に転じたのである。
敵が打って出る可能性も、作戦計画では予想されていた。しかし、その反撃に対し投入するはずだった人造魔人と暴竜は、鉄壁の巨人に撃破されてしまう。この戦闘によって、守備隊は士気を大きく上げ、逆に連合軍は士気を低下させてしまった。
この士気の差と、切り札を失った事が、計画を大幅に狂わせてしまう。防御壁に封じ込めた敵は、前線の連合軍を一気に押し返し、防衛線の再構築を行なおうとしていた。
王国と帝国の連合軍を指揮するのは、王国軍参謀カタリナ・ベローチェという女だった。王国軍将軍マット・テイラーの命令で、ブラド公国攻略の作戦指揮官を任されている。
前線の後方で指揮を執るカタリナは、防衛側の反撃に動じた様子は見せず、全軍に対し冷静に指示を飛ばしている。落ち着いた彼女の指示が、混乱に陥っていた前線部隊に秩序を取り戻し、各隊が連携して後退を始めていた。
長い赤毛を束ねて前に垂らした、若き参謀たるカタリナは、予想以上の敵の強さに内心驚きはしつつも、その動揺は決して表には出さない。眉に皺を寄せて爪を噛み、不機嫌な表情を露わにしてはいるものの、これは敵の反撃に押されているからではなく、自身にブラド攻略を命じたマットに対してのものだった。
(大陸中央の混乱に乗じてブラドを落とせなどと、簡単に言ってくれる)
マットはカタリナに、「貴女ならば攻略も容易い」などと煽て、簡単な作戦であるかのように説明した。実際は、ブラド公国の防衛には帝国最強の盾が控えており、最初から一筋縄ではいかない作戦だったのである。
面倒事は常に自分へとまわされる。今回はそれが、ヴァスティナ帝国最強の盾を破るという命令だったわけだが、敵の力はマットの情報以上だった。
(帝国の巨人は暴竜まで殺した。相討ちならまだ良かったが、これでは前線の兵が怯えるのも当然か)
人造魔人や暴竜すら一人で殺す、鉄壁の巨人。マットの計画と、カタリナによるブラド攻略作戦は現状、ゴリオン一人によって狂わされたと言っても過言ではない。
ブラド攻略作戦は、大陸中央すらも支配するヴァスティナ帝国へ向けた、最初の一撃である。ブラド公国はヴァスティナ帝国にとって、大陸北方侵攻への要所である。まずここを占領すれば、帝国による北方侵攻を阻止できるのだ。
加えてこの戦いは、北方の二大大国が各国に力を知らしめる上でも、重要な意味を持つ。ブラド公国攻略は、ヴァスティナ帝国に従う各国に揺らぎをもたらし、更なる反乱を誘発できるからだ。
今現在、ヴァスティナ帝国軍内部で発生した反乱は、完全に鎮圧されている。だがここでブラドを落とせれば、消された反乱の火は、新たな火種から蘇るだろう。分裂したヴァスティナ帝国が混乱している間に、ブラドを基点として、大陸中央の各地へと電撃的に侵攻できれば、勝敗は決する。
帝国国防軍が誇る自慢の兵器群と、強力な航空戦力も、侵攻と反乱の両面に対応するには、数が不足している。一万や二万の兵力差を容易く覆す戦闘団も、集中的な運用を封じられれば、やがて数の差に押し切られ、次々に各個撃破されるだろう。
それこそが、圧倒的な火力を持って敵を蹂躙する、帝国国防軍主力に勝てる最善策だった。このためにマットは、帝国国防軍内の反乱に手を貸し、独断による侵攻計画を実行に移したのである。
この侵攻はマットが計画し、国王の許しも得ずに実行されている。国王の許可を求めなかった理由は、好機を前に許可を待つ時間などなかった事と、現国王は侵攻など絶対に許可しないと分かっていたからだ。
結果がどうなるにせよ、国王の怒りを買うのは間違いない。独断である以上、もし負けるようであれば、最悪の場合、自らの死で責任を取る事にもなるだろう。
マットは兎も角、彼の計画に乗ってしまったカタリナからすれば、ブラド攻略は絶対に負けられない戦いなのである。自らの命が懸かっている戦いで、彼女の命を脅かしている最大の障害が、竜殺しのゴリオンだった。
(⋯⋯⋯だが、一人の猛将が戦局を変えるにも限度はある。それに総攻撃に出てきたならば、寧ろ都合がいい。この方がブラドに注目も集まる)
確かにゴリオンの武勇は凄まじく、今現在の敵の士気は非常に高い。但し、彼らの攻撃には限界がある。
防御壁の外に打って出るという事は、帝国国防軍の機甲部隊を全力投入できる。しかしこれは、防御側の利点を敢えて捨てるものであり、大きな損害を出す危険な賭けであった。
兵力で劣る守備隊は、数の差を兵器群で補っているが、武器弾薬は無限ではない。前線を無理矢理押し返すために、帝国国防軍は弾薬を惜しみなく使っている。反撃の足を止めるのは、武器弾薬の枯渇となるのだ。
待っていれば、攻勢に出た敵じは必ず限界点を迎え、そこで動けなくなる。カタリナは兵に遅滞戦闘を命じ、攻撃限界を待っていればいい。ゴリオン達の反撃には驚かされたが、この程度の反撃など、彼女が対処できる問題の範囲内だった。
「全軍に伝達。反攻は一時的なものに過ぎない。敵の足が止まった瞬間こそ、我々が再び攻勢に転じる時だ」
カタリナの命令を受けた将兵達は、前線で戦う各隊に指示を出し、敵の総攻撃に後退を行ないつつも、魔法兵部隊等を駆使して防御に努めた。
冷静沈着なカタリナの指揮により、それから一時間経った頃には、帝国国防軍による反撃の足は止まっていた。
防御壁の上で全軍を指揮するのは、ブラド公国防衛を任されている、ヴァスティナ帝国国防軍の指揮官ホブスである。帝国国防軍将軍の補佐役である彼は、作戦指揮の面が不得手なゴリオンやライガに代わり、各部隊の指揮を執っている。
今回はブラド公国防衛戦力の参謀役として、休む間もなく兵達に命令を飛ばしていた。今日まで最終防衛線を死守させ、たった今反撃に移るよう指示を出したのもホブスだ。
「砲兵隊はありったけの砲弾で支援しろ! 装甲部隊は弾切れになっても前進し、敵兵を踏み潰せ!」
攻勢に出た自軍の足を、決して止めてはならない。足が止まれば、それは敵に反撃の隙を与えてしまう。
一度飛び出した以上は、二度と退くわけにはいかなかった。もし後退すれば、反撃に転じた敵に追撃され、一気に防御壁内へと雪崩れ込まれるだろう。攻勢に出た兵士達は皆、その事をよく分かっている。
これが危険な賭けである事もまた、決断したホブス自身が一番理解していた。しかし、この戦況を変えるためには、他に方法がなかったのである。
遅かれ早かれ、敵の攻撃と全軍の低い士気の中では、突破されるのが目に見えていた。それでも防戦に徹する事しかできなかったが、ホブスはゴリオンの力に賭けた。そしてゴリオンもホブスの作戦に賭け、彼と兵士達を信じて自ら打って出た。
作戦を提案したのは、お互いに同時だった。ゴリオンが単独で反撃に出る事で、喪失していた味方の士気を取り戻させ、敵を押し返すべく攻勢に出る。互いにこの作戦を提案した後、ホブスが作戦を指揮し、ゴリオンは出撃した。
二人の作戦は、見事に成功した。救援に間に合った、ライガというおまけ付きでもある。決死の覚悟で戦うゴリオンの姿は、帝国国防軍やブラド公国軍の将兵までも動かし、反撃の狼煙を上げさせた。
「ホブスの奴、将軍達がいないからって威張りやがる」
「ほんと、無茶言うぜ。足引き摺ってるような奴らも、まとめて装甲車に乗っけて突撃させたからな」
「おいこらホブス! 指示出しばっかしてねぇで、てめぇも銃持って前線行きやがれ!」
「そーだ、そーだ! 横暴だって将軍に言いつけるぞ!」
「文句言うな馬鹿野郎共!! 今は俺が指揮執ってんだから黙って従えよ!」
指揮官がホブスであるが故に、兵士達の口調は、とても作戦指揮官に向けたものではない。ホブスが怒るのも無理ないが、兵達が指示に従わないという事はなく、口では文句を言いながらも戦闘に向かって行く。
冗談で指揮官を弄って見せるのは、帝国国防軍にとって日常茶飯事の光景だ。普段の空気までも取り戻した彼らに、最早敵う者などいないだろう。恐れなど笑い飛ばしてしまう頼もしき精鋭が、二大大国の軍隊を圧倒している。
ホブスの指揮通り、砲兵隊の榴弾砲や迫撃砲が、敵に絶え間なく砲弾の雨を降らせる。戦車は主砲と機銃を発砲し続け、履帯で地面を踏み締めながら前進する。戦場を駆ける歩兵の足も止まらず、陣形が崩れた敵軍へと、銃を撃ちまくりながら肉薄していった。
気迫と共に突撃する兵達の中には、敵の矢に射抜かれながらも足を止めず、装備していた手榴弾の安全ピンを外し、敵兵に自爆攻撃を行なう者まで現れた。弾切れになった銃を投げ付け、敵の死体から武器を奪って立ち向かう者までいる。
死ぬ気ではなく、本当に死ぬつもりで向かってくる相手を前に、敵は態勢を立て直す事ができず、勢いに呑まれてしまうばかりだった。戦況を変えられたと判断したホブスは、今こそが勝敗を分ける戦闘であり、これが失敗すれば敗北は確実であると理解していた。
「いいか!! ここが正念場なんだから踏ん張れよ! 勝手に下がろうとした奴は、後で将軍と宰相にあることないこと言い付けてやるからな!」
言葉通りそれは、死ぬまで戦えという命令だった。ホブスの命令に文句を言う兵士達は大勢おり、そのほとんどが「将軍は兎も角、宰相に言いつけるのは反則だ!」である。
勿論、ホブスの命令を受けた兵士達は、彼へ散々文句や暴言を吐きつつも、その命尽きるまで戦う覚悟であった。
ブラド公国への侵攻を企てたホーリスローネ王国軍は、同盟国やゼロリアス帝国からの義勇軍で構成された、まさに大陸北方の連合軍となっている。
同盟関係にない王国と帝国。どちらかと言えば敵対関係にある両国だが、今回は利害の一致から、帝国側が義勇軍の派遣という形で、王国の侵攻を支援している。
異教徒反乱の鎮圧と、大国ジエーデルとの戦争は、王国を疲弊させていた。今回の侵攻軍は、ゼロリアス帝国との国境に配置されている、対帝国防衛戦力から割かれている。現状で戦力を抽出できるのが、対立国迎撃のために用意されていた防衛線力以外、他になかったためである。
これは、王国と同じく帝国もまた、ヴァスティナ帝国を脅威と判断し、両国の利害が一致したからこそできた事だ。そうでなければ、対立関係にある国との国境線から、多くの戦力を割くなどできるはずもない。
緒戦から優勢に戦闘を進めていた連合軍だが、計画通り最終防衛線まで敵を追い詰めたものの、ここに来て猛反撃を受けてしまった。士気を復活させた守備隊は、総力を持って反攻に転じたのである。
敵が打って出る可能性も、作戦計画では予想されていた。しかし、その反撃に対し投入するはずだった人造魔人と暴竜は、鉄壁の巨人に撃破されてしまう。この戦闘によって、守備隊は士気を大きく上げ、逆に連合軍は士気を低下させてしまった。
この士気の差と、切り札を失った事が、計画を大幅に狂わせてしまう。防御壁に封じ込めた敵は、前線の連合軍を一気に押し返し、防衛線の再構築を行なおうとしていた。
王国と帝国の連合軍を指揮するのは、王国軍参謀カタリナ・ベローチェという女だった。王国軍将軍マット・テイラーの命令で、ブラド公国攻略の作戦指揮官を任されている。
前線の後方で指揮を執るカタリナは、防衛側の反撃に動じた様子は見せず、全軍に対し冷静に指示を飛ばしている。落ち着いた彼女の指示が、混乱に陥っていた前線部隊に秩序を取り戻し、各隊が連携して後退を始めていた。
長い赤毛を束ねて前に垂らした、若き参謀たるカタリナは、予想以上の敵の強さに内心驚きはしつつも、その動揺は決して表には出さない。眉に皺を寄せて爪を噛み、不機嫌な表情を露わにしてはいるものの、これは敵の反撃に押されているからではなく、自身にブラド攻略を命じたマットに対してのものだった。
(大陸中央の混乱に乗じてブラドを落とせなどと、簡単に言ってくれる)
マットはカタリナに、「貴女ならば攻略も容易い」などと煽て、簡単な作戦であるかのように説明した。実際は、ブラド公国の防衛には帝国最強の盾が控えており、最初から一筋縄ではいかない作戦だったのである。
面倒事は常に自分へとまわされる。今回はそれが、ヴァスティナ帝国最強の盾を破るという命令だったわけだが、敵の力はマットの情報以上だった。
(帝国の巨人は暴竜まで殺した。相討ちならまだ良かったが、これでは前線の兵が怯えるのも当然か)
人造魔人や暴竜すら一人で殺す、鉄壁の巨人。マットの計画と、カタリナによるブラド攻略作戦は現状、ゴリオン一人によって狂わされたと言っても過言ではない。
ブラド攻略作戦は、大陸中央すらも支配するヴァスティナ帝国へ向けた、最初の一撃である。ブラド公国はヴァスティナ帝国にとって、大陸北方侵攻への要所である。まずここを占領すれば、帝国による北方侵攻を阻止できるのだ。
加えてこの戦いは、北方の二大大国が各国に力を知らしめる上でも、重要な意味を持つ。ブラド公国攻略は、ヴァスティナ帝国に従う各国に揺らぎをもたらし、更なる反乱を誘発できるからだ。
今現在、ヴァスティナ帝国軍内部で発生した反乱は、完全に鎮圧されている。だがここでブラドを落とせれば、消された反乱の火は、新たな火種から蘇るだろう。分裂したヴァスティナ帝国が混乱している間に、ブラドを基点として、大陸中央の各地へと電撃的に侵攻できれば、勝敗は決する。
帝国国防軍が誇る自慢の兵器群と、強力な航空戦力も、侵攻と反乱の両面に対応するには、数が不足している。一万や二万の兵力差を容易く覆す戦闘団も、集中的な運用を封じられれば、やがて数の差に押し切られ、次々に各個撃破されるだろう。
それこそが、圧倒的な火力を持って敵を蹂躙する、帝国国防軍主力に勝てる最善策だった。このためにマットは、帝国国防軍内の反乱に手を貸し、独断による侵攻計画を実行に移したのである。
この侵攻はマットが計画し、国王の許しも得ずに実行されている。国王の許可を求めなかった理由は、好機を前に許可を待つ時間などなかった事と、現国王は侵攻など絶対に許可しないと分かっていたからだ。
結果がどうなるにせよ、国王の怒りを買うのは間違いない。独断である以上、もし負けるようであれば、最悪の場合、自らの死で責任を取る事にもなるだろう。
マットは兎も角、彼の計画に乗ってしまったカタリナからすれば、ブラド攻略は絶対に負けられない戦いなのである。自らの命が懸かっている戦いで、彼女の命を脅かしている最大の障害が、竜殺しのゴリオンだった。
(⋯⋯⋯だが、一人の猛将が戦局を変えるにも限度はある。それに総攻撃に出てきたならば、寧ろ都合がいい。この方がブラドに注目も集まる)
確かにゴリオンの武勇は凄まじく、今現在の敵の士気は非常に高い。但し、彼らの攻撃には限界がある。
防御壁の外に打って出るという事は、帝国国防軍の機甲部隊を全力投入できる。しかしこれは、防御側の利点を敢えて捨てるものであり、大きな損害を出す危険な賭けであった。
兵力で劣る守備隊は、数の差を兵器群で補っているが、武器弾薬は無限ではない。前線を無理矢理押し返すために、帝国国防軍は弾薬を惜しみなく使っている。反撃の足を止めるのは、武器弾薬の枯渇となるのだ。
待っていれば、攻勢に出た敵じは必ず限界点を迎え、そこで動けなくなる。カタリナは兵に遅滞戦闘を命じ、攻撃限界を待っていればいい。ゴリオン達の反撃には驚かされたが、この程度の反撃など、彼女が対処できる問題の範囲内だった。
「全軍に伝達。反攻は一時的なものに過ぎない。敵の足が止まった瞬間こそ、我々が再び攻勢に転じる時だ」
カタリナの命令を受けた将兵達は、前線で戦う各隊に指示を出し、敵の総攻撃に後退を行ないつつも、魔法兵部隊等を駆使して防御に努めた。
冷静沈着なカタリナの指揮により、それから一時間経った頃には、帝国国防軍による反撃の足は止まっていた。
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