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第五十八話 そして君が私を撃つ
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同じ頃、旧オーデル王国の城内では、囚われの身にあったシャランドラが、ようやく救出されていた。
「あんのぼけええええええっ!! なにがなんでも今から追っかけてやるんや!!」
「落ち着いてください主任! 今からじゃ間に合いませんよ!」
「離せええええええっ!! あの呆けぶっ飛ばさんと気がおかしくなってまうわ!」
半狂乱のシャランドラを、助け出した兵士達が取り押さえようとするも、その暴れ様はまさに暴竜と同じだった。大の男数人がかりで押さえようとするも、怒りに任せて喚き散らし、手足を振り回して暴れる今のシャランドラは、誰にも止められない。
旧オーデル城の地下牢獄にいたシャランドラを救ったのは、彼女を探していた技術開発部の者達と、彼らに協力した帝国国防軍の兵士達だった。
シャランドラが姿を消して暫く経ち、適当な説明で誤魔化されていた彼らも、流石におかしいと考えて行動し、地下牢獄に彼女がいる事を突き止めた。エミリオに協力していた者達は拘束され、牢獄で静かに怒りの炎を燃やしていた彼女が解き放たれ、今に至る。
「レイナっちとイヴっちとヴィヴィっちはどこにおるんや!? はよあの呆け見つけてぼこぼこにせな、リックが危ないって言ってんやろ!!」
「我々は主任を見つけて初めて反乱のことを知ったばかりなんです! 将軍閣下やミカヅキ隊長達、それに参謀長だって今何処にいるのか⋯⋯⋯」
「んなもん、すぐわかるわ! リック達と呆け眼鏡がこんな状況で大人しくしとれるわけないやろ! 今頃どっかでドンパチやっとるに決まっとる!!」
完全に冷静さを失っているように見えるシャランドラだが、彼女の思考と言葉は納得できるものであった。
反乱が勃発し、エミリオがリックを狙っているというならば、いずれ必ず両雄による決戦が行なわれる。何処かで戦いが起こっているなら、それが二人の決戦だ。シャランドラはその地へ向かう事で、自らの手によりエミリオを倒そうとしている。
「使える装甲車両は全部出すんや! 燃料弾薬満載にして、エミリオぶっ飛ばしに出撃じゃおんどりゃああああああああああっ!!」
「わっ、わっ、わかりましたから! どっ、どうか一旦落ち着いて⋯⋯⋯!」
「落ち着いたらあのぼけなす阿保眼鏡ぶん殴れんやろ!! これでもしミュセイラっちまで誑かしとるんやったら、死んでも許さへん!!」
エミリオが自分を捕えて瞬間から、シャランドラには全て分かっていた。分かっているからこそ、何もかもを一人で抱え込もうとする彼を、そしてそんな彼を止められなかった自分を、彼女は許せなかった。
だからこそ、自分の手でこの戦いを止めたいと、強い意志で願うのだ。
急がなければ、取り返しの付かない結果になってしまう。怒り、そして焦るシャランドラの瞳が、二人の悲しき戦いを想い、一筋の涙を流させる。
「お願いやから⋯⋯⋯! 阿保な真似だけはせんといて⋯⋯⋯!」
「⋯⋯⋯なるほど。君の計画は、仲間達が反乱に気付くと信じ、皆と共に私を倒そうということか」
『俺だけでお前に勝つのは難しい。だけど、みんなが気付いて動いてくれれば、この反乱を鎮圧できる。紳士将軍も言ってたろ? 戦いは数だって』
「よく覚えているね。君の言う通り、確かに戦いは数がものを言うものさ」
天幕内で無線機越しに話す二人の会話は、まだ続いている。
未だ二人は、ヴィヴィアンヌとイヴ、更にはシャランドラまでもが解放された事を知り得ない。だがリックは、彼女達を含めた仲間達が、反乱鎮圧に動き始めたと信じて待っている。
対するエミリオは、一切の動揺を露わにする事なく、それが何だと言わんばかりに鼻で笑って見せる。リックの信じる仲間達が反乱に気付いたとしても、今動き始めたのならば遅過ぎた。エミリオは既に、リックを手中に収める、あと一歩のところまで来ているのだ。
自分を討ちに来るならば、全力で迎え撃って捕らえるまで。一人で逃げようとするなら、街にいる彼の愛する仲間達を人質に取る。仲間を見捨てられないリックは、いずれにせよ勝つ事も逃げる事も出来ない。
「でもね、皆が来るのを待ったところで、君に勝ち目はないよ。君がどう動いたとしても、私達がトロスクスを制圧して宰相達を捕らえる方が早い。この意味は、私が説明するまでもなくわかるね?」
『俺が逃げたらリリカ達を殺すっていう脅しだろ? あいつらだって、そのくらいは覚悟できてるぞ』
「人質となるのは宰相達だけじゃない。君が誰よりも守り抜きたいと願っているアンジェリカ陛下も、我々の手中にあると言ったらどうする?」
ここでエミリオが切るのは、リックに対する最強の切り札だ。女王アンジェリカを人質にすれば、流石のリックも手出しができない。そればかりか、アンジェリカを手中に収めるという事は、帝国国防軍全体の行動すら封じる事も可能だ。
まだエミリオのもとには、最強の切り札となるアンジェリカの存在はない。作戦が成功していれば、今頃アンジェリカは反乱軍の手に落ちた事になるが、ここに彼女の存在がない以上、これはエミリオが仕掛けるはったりだ。
アンジェリカすらも狙われていると知れば、リックでなくとも動揺は隠せないはずだった。しかしリックの反応は、動揺も怒りもなく、寧ろ余裕すら感じさせる。
『⋯⋯⋯陛下の傍には帝国騎士団と、最強戦闘集団のメイド部隊がいる。どうやって陛下を捕えたって言うんだ?』
「国内では難しいが、陛下はジエーデル国に訪れていた。協力者のお陰で、完璧な作戦で彼女を追い詰められたよ」
『ジエーデルか⋯⋯⋯』
「陛下は帝国にいると思い、油断していたね。陛下や宰相達を救いたければ、無駄な抵抗は止めて大人しく降伏することだ」
『⋯⋯⋯降伏はしない。最後まで俺は、お前を止めるために戦う』
エミリオの降伏勧告を一蹴し、改めて交戦の意志を示すリック。例え人質が取られていようと、エミリオを倒すまで、一人になっても戦い続ける。ユリーシアとの約束を果たそうと生きる強い意志が、最後までリックを諦めさせない。
『それよりエミリオ。俺がいつ、こっちの作戦が奇襲って言った?』
「⋯⋯⋯!」
『戦いは数だって学んだ人間が、お前相手に少数精鋭の敵中突破なんてすると思うか? まして俺が、陛下が狙われる可能性も考えず、お前との決着を優先するわけないだろ』
これがリック最大の作戦。もしこれも読まれて対策済みであったなら、本当にリックの負けが確定する。エミリオが切り札を出したように、リックもまた、用意した切り札をここで使うのだった。
『俺がお前にぶつける、最初で最後の作戦だ。今からそっちに行くから、楽しみに待ってろ』
「あんのぼけええええええっ!! なにがなんでも今から追っかけてやるんや!!」
「落ち着いてください主任! 今からじゃ間に合いませんよ!」
「離せええええええっ!! あの呆けぶっ飛ばさんと気がおかしくなってまうわ!」
半狂乱のシャランドラを、助け出した兵士達が取り押さえようとするも、その暴れ様はまさに暴竜と同じだった。大の男数人がかりで押さえようとするも、怒りに任せて喚き散らし、手足を振り回して暴れる今のシャランドラは、誰にも止められない。
旧オーデル城の地下牢獄にいたシャランドラを救ったのは、彼女を探していた技術開発部の者達と、彼らに協力した帝国国防軍の兵士達だった。
シャランドラが姿を消して暫く経ち、適当な説明で誤魔化されていた彼らも、流石におかしいと考えて行動し、地下牢獄に彼女がいる事を突き止めた。エミリオに協力していた者達は拘束され、牢獄で静かに怒りの炎を燃やしていた彼女が解き放たれ、今に至る。
「レイナっちとイヴっちとヴィヴィっちはどこにおるんや!? はよあの呆け見つけてぼこぼこにせな、リックが危ないって言ってんやろ!!」
「我々は主任を見つけて初めて反乱のことを知ったばかりなんです! 将軍閣下やミカヅキ隊長達、それに参謀長だって今何処にいるのか⋯⋯⋯」
「んなもん、すぐわかるわ! リック達と呆け眼鏡がこんな状況で大人しくしとれるわけないやろ! 今頃どっかでドンパチやっとるに決まっとる!!」
完全に冷静さを失っているように見えるシャランドラだが、彼女の思考と言葉は納得できるものであった。
反乱が勃発し、エミリオがリックを狙っているというならば、いずれ必ず両雄による決戦が行なわれる。何処かで戦いが起こっているなら、それが二人の決戦だ。シャランドラはその地へ向かう事で、自らの手によりエミリオを倒そうとしている。
「使える装甲車両は全部出すんや! 燃料弾薬満載にして、エミリオぶっ飛ばしに出撃じゃおんどりゃああああああああああっ!!」
「わっ、わっ、わかりましたから! どっ、どうか一旦落ち着いて⋯⋯⋯!」
「落ち着いたらあのぼけなす阿保眼鏡ぶん殴れんやろ!! これでもしミュセイラっちまで誑かしとるんやったら、死んでも許さへん!!」
エミリオが自分を捕えて瞬間から、シャランドラには全て分かっていた。分かっているからこそ、何もかもを一人で抱え込もうとする彼を、そしてそんな彼を止められなかった自分を、彼女は許せなかった。
だからこそ、自分の手でこの戦いを止めたいと、強い意志で願うのだ。
急がなければ、取り返しの付かない結果になってしまう。怒り、そして焦るシャランドラの瞳が、二人の悲しき戦いを想い、一筋の涙を流させる。
「お願いやから⋯⋯⋯! 阿保な真似だけはせんといて⋯⋯⋯!」
「⋯⋯⋯なるほど。君の計画は、仲間達が反乱に気付くと信じ、皆と共に私を倒そうということか」
『俺だけでお前に勝つのは難しい。だけど、みんなが気付いて動いてくれれば、この反乱を鎮圧できる。紳士将軍も言ってたろ? 戦いは数だって』
「よく覚えているね。君の言う通り、確かに戦いは数がものを言うものさ」
天幕内で無線機越しに話す二人の会話は、まだ続いている。
未だ二人は、ヴィヴィアンヌとイヴ、更にはシャランドラまでもが解放された事を知り得ない。だがリックは、彼女達を含めた仲間達が、反乱鎮圧に動き始めたと信じて待っている。
対するエミリオは、一切の動揺を露わにする事なく、それが何だと言わんばかりに鼻で笑って見せる。リックの信じる仲間達が反乱に気付いたとしても、今動き始めたのならば遅過ぎた。エミリオは既に、リックを手中に収める、あと一歩のところまで来ているのだ。
自分を討ちに来るならば、全力で迎え撃って捕らえるまで。一人で逃げようとするなら、街にいる彼の愛する仲間達を人質に取る。仲間を見捨てられないリックは、いずれにせよ勝つ事も逃げる事も出来ない。
「でもね、皆が来るのを待ったところで、君に勝ち目はないよ。君がどう動いたとしても、私達がトロスクスを制圧して宰相達を捕らえる方が早い。この意味は、私が説明するまでもなくわかるね?」
『俺が逃げたらリリカ達を殺すっていう脅しだろ? あいつらだって、そのくらいは覚悟できてるぞ』
「人質となるのは宰相達だけじゃない。君が誰よりも守り抜きたいと願っているアンジェリカ陛下も、我々の手中にあると言ったらどうする?」
ここでエミリオが切るのは、リックに対する最強の切り札だ。女王アンジェリカを人質にすれば、流石のリックも手出しができない。そればかりか、アンジェリカを手中に収めるという事は、帝国国防軍全体の行動すら封じる事も可能だ。
まだエミリオのもとには、最強の切り札となるアンジェリカの存在はない。作戦が成功していれば、今頃アンジェリカは反乱軍の手に落ちた事になるが、ここに彼女の存在がない以上、これはエミリオが仕掛けるはったりだ。
アンジェリカすらも狙われていると知れば、リックでなくとも動揺は隠せないはずだった。しかしリックの反応は、動揺も怒りもなく、寧ろ余裕すら感じさせる。
『⋯⋯⋯陛下の傍には帝国騎士団と、最強戦闘集団のメイド部隊がいる。どうやって陛下を捕えたって言うんだ?』
「国内では難しいが、陛下はジエーデル国に訪れていた。協力者のお陰で、完璧な作戦で彼女を追い詰められたよ」
『ジエーデルか⋯⋯⋯』
「陛下は帝国にいると思い、油断していたね。陛下や宰相達を救いたければ、無駄な抵抗は止めて大人しく降伏することだ」
『⋯⋯⋯降伏はしない。最後まで俺は、お前を止めるために戦う』
エミリオの降伏勧告を一蹴し、改めて交戦の意志を示すリック。例え人質が取られていようと、エミリオを倒すまで、一人になっても戦い続ける。ユリーシアとの約束を果たそうと生きる強い意志が、最後までリックを諦めさせない。
『それよりエミリオ。俺がいつ、こっちの作戦が奇襲って言った?』
「⋯⋯⋯!」
『戦いは数だって学んだ人間が、お前相手に少数精鋭の敵中突破なんてすると思うか? まして俺が、陛下が狙われる可能性も考えず、お前との決着を優先するわけないだろ』
これがリック最大の作戦。もしこれも読まれて対策済みであったなら、本当にリックの負けが確定する。エミリオが切り札を出したように、リックもまた、用意した切り札をここで使うのだった。
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