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第五十七話 侍従乱舞
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トロスクスの街。そこが、リクトビア・フローレンスが率いる戦力と、エミリオ・メンフィスが率いる反乱軍との、決戦の地となった。
トロスクスとはかつて、リックが帝国の双璧たるレイナとクリス、更にはヘルベルトら鉄血部隊を仲間にした街である。その街は今現在、武力行使に出たリック達によって占拠され、決戦に向けた戦闘準備が行なわれていた。
トロスクスの人々は全員強制退去させられており、街を囲む防御壁の見張り台には、鉄血部隊の男達が周囲を警戒している。そして街の正門に当たる方角には、街から距離を取って布陣する反乱軍が集結していた。
トロスクスの街をリック達が占拠したという情報を得て、反乱軍は直ちに現地へと急行した。反乱軍が到着した時には、既に街から人々は退去させられた後であり、攻撃に備えた鉄血部隊と、烈火及び光龍の騎士団が展開していた。
反乱軍の編成は、主戦力となっている六か国の軍隊である。コーラル、ワルトロール、サバロ、ブラウブロワ、ゲルトラット、ドライアによる混成軍は、約一万二千の大軍であった。この他にも、幾つかの国が様々な形で支援を行なっており、反乱軍の規模は兵力以上に大きいと言える。
対するリック達の戦力は、約六百程度となっており、数の上では勝負にもならない。だがリックのもとに集まった戦力は、精鋭中の精鋭達である。帝国国防軍最強の戦力が、彼を守るために集まったと言っても過言ではない。
反乱軍の指揮権を得て、全軍の指揮を任されているのは、帝国国防軍参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムである。彼女は敵対する両騎士団、並びに鉄血部隊の手の内は、よく理解している。彼らを討つに当たって、これ以上の作戦指揮者は他にいないだろう。
ミュセイラは真っ向勝負を挑むべく、戦力の大半を街の正門前に展開させた。街を完全に包囲しなかったのは、戦力の分散を避けるためである。
リック達は少数精鋭の戦力であり、少数の兵で大軍に打ち勝つ策を講じなければ、まず勝利は不可能だ。そうなると、彼らが使える十八番にして最強の作戦は、敵戦力の薄い箇所へ強行突撃する、強力な一点突破である。
包囲戦を仕掛けて戦力の分散を図るのは、かえって彼らの思う壺だ。それを理解しているミュセイラは、戦力の大きな分散は避けつつ、万が一彼らが街からの脱出を図った場合を想定し、足止め用の伏兵を各所に配置した。
これでもしリック達が撤退を企てたとしても、簡単に逃がす事はない。あらゆる事態を想定したミュセイラは、万全の構えで彼らと対峙している。
全軍の指揮を任されたミュセイラは、反乱軍本陣にて部隊の配置を済ませると、エミリオのいる天幕へと移動した。天幕の前までやって来て、深呼吸した彼女が天幕内に足を踏み入れる。そこには一台の無線機と、彼女を待っていたエミリオの姿があった。
ミュセイラの計画した作戦は、勿論エミリオも承認している。エミリオはリック達との戦闘を彼女に任せ、自身は帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナへの対処に専念する。
これは、ミュセイラに対するエミリオなりの、最終試験と呼べる配置だ。エミリオは先輩として、自分が教えてきた事、彼女がこれまで学んできた事を活かさせ、最強の敵を討たせようとしている。これを討ち果たせた時が、彼女が軍師として合格である証となる。
ミュセイラはそれが分かっているからこそ、顔や仕草には出さないが、内心では緊張が抑えられずにいる。憧れの先輩に一人前と認められるための、最後の試練だと思うと、試練を課した本人を中々直視できない。
「肩の力を抜いて欲しい。いつも通り、徹底的にやってくれて構わないよ」
「!」
緊張を見破られたミュセイラは、恥ずかしくなって頬を赤くし、気持ちを切り替えるように大袈裟に咳払いして見せた。その様子を微笑まし気にエミリオが眺め、彼女に無線機のマイクを手渡す。
「遠慮はいらない。堂々と宣戦布告してくれ」
「わかっておりますの。もとより、覚悟の上ですわ」
緊張の理由は試練だけではない。これから彼女は、仲間であった者達と決着を付けるため、全軍に攻撃を命じる事になる。裏切りの汚名と共に戦う理由は、自らが信じる未来を守るためだ。
躊躇いは捨てなければならないが、仲間との戦いは辛く苦しい選択である。覚悟を決めたとは言え、いざその瞬間を前にすれば、一瞬の迷いが現れるのも無理はない。
「例え、皆さんに恨まれたとしても⋯⋯⋯。私《わたくし》はやり遂げて見せますわ」
受け取ったマイクを手に、覚悟を決めているミュセイラが、無線機のスイッチを入れた。
トロスクスの街の、とある酒場内。リック達にとっては思い出深い酒場が、現在は彼らの本陣となっている。
夜明けから暫く経ち、早朝を過ぎた頃。ヘルベルトと鉄血部隊の男達、そしてレイナとクリスが戦闘準備を完了させ、酒場内にて待機している。戦いを前に、戦士の顔をした猛者達が、それぞれの得物を手に、戦いの瞬間を静かに待っていた。
彼らが待つのは、自分達を率いる絶対的存在である。その存在が命じた瞬間、彼らは込められた弾丸の如く放たれ、あらゆる敵を粉砕する事だろう。
『⋯⋯⋯ご機嫌よう、皆さん』
全員の視線が一斉に無線機へと向いた。酒場内のテーブルに設置していた無線機が、外部からの通信を受信したのである。その声の主がミュセイラであると、彼らは直ぐに気付いて応答する。
初めにヘルベルトが無線に手を掛けようとし、「俺が先だ」と言わんばかりにクリスが邪魔をして、二人が争っている間にレイナが無線に出た。
「⋯⋯⋯今更何の用だ。裏切り者」
『その声はレイナさんですわね。他の皆さんもいらっしゃるのかしら?』
「無論だ。そっちこそ、エミリオはちゃんといるんだろうな?」
『ええ、もちろん。何か御用がありまして?』
エミリオがいると聞き、レイナが持つ無線機のマイクに、クリスとヘルベルトも顔を近付けた。
「「「お前の眼鏡叩き割ってやる!!」」」
マイクに向かって三人が、怒りのままにずっと言ってやりたかった言葉で、マイクの向こうにいるであろう男へと怒鳴る。するとマイクの向こうから、堪え切れず吹き出した男の笑い声が漏れ聞こえた。
『⋯⋯⋯いきなり怒鳴らないで下さいな。鼓膜が破れるかと思いましたわ』
「いっそ破れてしまえ。そうすれば、普段お前のせいで耳を傷める私達の気持ちが少しは分かるはずだ」
「おい騒音女、エミリオの野郎だけじゃねぇぞ。お前だってただじゃおかねぇから覚悟しとけ」
「まあ、そういうこった。雑魚をぞろぞろ引き連れてきやがって、本気で俺達に勝てると思ってんのか?」
『それはこっちの台詞ですの。直ちに武装を解除し、大人しく我々に降伏して下さいな』
戦いを前に、圧倒的な兵力を有する側として、ミュセイラはレイナ達に降伏勧告を行なった。彼女の事であるから、大人しく武装解除して投降すれば、全員の命までは奪わないだろう。そういう性格なのだと分かっていても、レイナ達の答えは決まっている。
「断る」
「お断りだぜ」
「断るに決まってんだろ。こちとら派手にぶっ放したくてうずうずしてんだ」
降伏の意志がない事など、聞かずとも分かっていた。無駄な血を流さないで済むのなら、戦わずに終わる方がいいと考えていたミュセイラだが、予想通り過ぎる回答に溜息が零れる。
『⋯⋯⋯貴方方ってどうしようもない戦闘狂ですわね。一体誰に似たんでしょう』
「大きなお世話だ。今度はこちらから聞させて貰おう」
『なんですの?』
「お前がリック様を裏切った真意だ」
ミュセイラの性格は皆よく知っている。真面目で正直者な彼女が、仲間を裏切るような真似が簡単にできるはずがない。
他者の思惑に利用されているのか、それとも脅されているのか。まさか本当に自分の意志で裏切ったというのか、その真意だけは、彼女の口から聞く必要がある。
『⋯⋯⋯レイナさんは、私達の戦いで破壊された街並みを見たことがありますの?』
「⋯⋯⋯」
『アーレンツの時も⋯⋯⋯、ジエーデルの時でさえも、私達が望んだ戦争で街は破壊され、多くの人々が亡くなりましたわ。私達の勝利が、罪のない人々の屍の上にあるのだと気付いた瞬間、急に恐ろしくなりましたの⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」
彼女は元々ジエーデル国出身の、士官を志す生徒だった。しかし国を追われた彼女は、両親とも死に分かれ、孤独の身となった。そんな彼女が今を生きるのは、自分が持つ力を活かし、新しい居場所を手に入れるためだ。
ミュセイラはヴァスティナ帝国という新たな居場所で、新たな生き方手に入れ、新しい明日を生きた。彼女はその温かく、幸福な日々を生きるために、自分の能力を最大限発揮して、戦いを勝利に導いた。
自身が持つ能力を活かし、戦いに勝利できた事に、大きな喜びは感じた。自分が学んできた事が無駄にならず、将来夢見た軍人の姿となって、戦争を勝利に導いたのである。それが嬉しいと思うのは、当然の感覚だ。
だが彼女は、戦争というものの本当の姿に触れ、戦争の悲劇について考えてしまった。それが今の彼女の行動原理に繋がっている。
『私は、レイナさん達のように割り切れませんでした。だって、私がたった一言口にするだけで、簡単に人の命が失われるんですのよ? それが敵の命ではなく、戦争とは無関係な人々だとしたら⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯くだらない」
『!?』
目を据わらせたレイナが感情を捨てた瞳で、マイクの向こうにいる、驚愕の表情をしたミュセイラの姿を思い浮かべる。
やはり彼女は、自分達とは違いずっと優しい人間で、自分達と共にいてはいけなかったのだ。クリスとヘルベルトも、そう思うレイナと同じ目をしていた。
「兵士も民も、戦争となれば等しく同じ立場だ。そして争いを招き入れ、或いは戦争を望むのは、お前が無関係と呼ぶ民達なのを忘れたか」
『ですが、私達の戦争はあの人が望んだからじゃありませんの』
「戦を望むリック様を選んだのは帝国の民。帝国と戦う道を選んだのは敵国の指導者であり、その指導者を選んだ民達だ。戦わないというだけで無関係を気取るなど、お前が許しても、この私が許さん」
一騎当千の強者とはいえ、所詮は戦いの事だけを考える武人。それがレイナだと思っていたミュセイラは、多くの出来事を経て、彼女もまた成長しているのだと気付く。
レイナに言われるまでもない。それが戦争の真実だと分かっていても、自分達が戦いを起こさなければ死なずに済んだ命があると思うと、いくら懺悔しても足りない。ましてそれが、自分の命令を聞いた兵士の手によって、奪ってしまった命であるというならば⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯だとしても、私は将軍を止めますの』
「止める?」
『将軍が大陸全土の武力統一を望み続ければ、大勢の人々の命が失われ、やがて燃え上がった戦火の炎は、彼自身すらも焼き尽くす。そんな未来は私が止めて見せますわ』
「そんなこと、リック様は望んでいない」
『あの人が望まなくとも、誰かが止めなければいけないんですの。そうしなければ、あの人が守ろうとする陛下だって、あの人自身の手で焼き尽くしてしまいますわ』
ミュセイラの裏切りは、やはり欲望に満ちたものでなく、大切な者達を守ろうとする行動だった。それが分かっただけでも、レイナ達は彼女との戦いに、一切の迷いなく挑む事ができる。
自らの信念に基づいて行動する彼女を、レイナ達の言葉で止める事は出来ない。ミュセイラが帝国一の頑固者である事は、皆よく知っているからだ。
「ふふふっ⋯⋯⋯、そこまで言うなら証明して見せるといい」
『!』
レイナ達が無線に集中していた中、酒場の奥の部屋から彼女は姿を現した。現れた彼女の思いもよらぬ姿に、レイナを始め、クリスやヘルベルト達も目を見開いて驚いた。
妖艶の笑みと共に現れたリリカは、いつもの紅いドレスを身に纏わず、軍服と装備品を身に付けた完全武装の状態で、皆の前にその姿を現した。鉄血部隊が搔き集めた物資の中にあった、予備の軍服等を調整して身に纏い、長い金色の髪は邪魔にならないよう一つに束ねている。
腰のホルスターには愛用の拳銃を差し、右手には突撃銃を握っている。普段の彼女からは想像もつかない格好であったが、何故か不思議と様になっており、素人臭さを感じさせない。
皆が驚愕する中、リリカは無線機の前まで歩み寄り、レイナからマイクを奪い取ると、不敵に笑って言葉をかける。
「どちらが正しいのか、勝者となって証明して見せなさい。それが全てだよ」
『リリカ宰相⋯⋯⋯』
「我がもとに集いし戦人《いくさびと》たち。ヴァスティナ帝国国防軍、第零戦闘団が君達を捻じ伏せて見せようじゃないか」
零番目の戦闘団など、帝国国防軍には存在しない。リリカが口にしたのは、たった今名付けたばかりの反乱鎮圧部隊の名だった。
零番目の部隊。思えばレイナやクリス、そして鉄血部隊は、今の帝国軍を築き上げた最初期の者達だ。そんな者達が集まるからこそ、リリカは自分達を始まりの部隊、零と名付けた。
第零戦闘団。リリカがその名に込めた想いを悟り、皆異論はなかった。原点にして頂点たる彼らには、まさに似合いの名前である。
『第零戦闘団⋯⋯⋯。あの人が好きそうな中二病臭い名前ですわね』
「せっかく楽しいお祭りになりそうなんだ。格好つけた名前の方が気分が上がるだろう?」
『私⋯⋯⋯、人殺しを愉しんでいるような貴女のことが、本当は苦手でしたの』
「ふふっ⋯⋯⋯、私はミュセイラのこと、とても気に入っているよ」
何処までもいつも通りであるリリカが、やはり最大最強の敵であると、ミュセイラは改めて思い知る。一体何をすれば、あの妖艶に笑う余裕な態度を崩せるのか、全く見当も付かない。時々彼女が本当に人間なのか、ミュセイラにも分からなくなる程に恐ろしい存在だ。
だがもしも、リリカが守り支える彼を、彼女の目の前で殺してしまったなら、その時はきっと⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯貴女方に降伏の意志がないのはよく分かりましたの。下手な小細工は通用しないということを教えて差し上げますわ』
「小細工だって⋯⋯⋯?」
『惚けても無駄ですわ。貴女方がトロスクスの街を占拠する前に、少数の別動隊を放ったのは察知しておりますの。外部との連絡を試み、援軍を持って我が軍を叩こうとしたのは見抜いておりますわ』
「ほう、流石は我が軍きっての鬼才だ。君達が無線封鎖を行なっているせいで、ジエーデル国にいる第一戦闘団と連絡を取ることも出来なくてね。援軍を呼ぶのも一苦労だよ」
トロスクスの街からジエーデル国は、帝国国防軍が使用する無線通信の有効範囲内である。しかしエミリオとミュセイラが、帝国国防軍全体に対して無線封鎖の命令を出しているため、リリカ達からの通信は受信されない。
そうなると直接連絡する他ないため、別動隊を組織して外部と連絡を取ろうとするのは、ミュセイラが想定した範囲内の行動である。対策は万全であったため、警戒網によって別動隊の動きを察知したミュセイラは、既に対処を進めていた。
『烈火と光龍の騎士団で編成された別動隊。数は六十程度。向かったのはジエーデルではなく、ダナトイアですわね?』
「⋯⋯⋯何もかもお見通しか。ミルアイズの領主デルーザはダナトイア領主と親しい間柄だからね。もしデルーザが反乱に手を貸しているなら、ヴィヴィアンヌやイヴはそこに捕えておくはずだ」
『そちらもお見通しというわけですわね。けれど、どうしてデルーザさんが裏切っていると思うんですの?』
「ヴィヴィアンヌの作戦が簡単に失敗するわけがない。協力者の中に裏切者がいたと仮定すれば、もっとも怪しいのはデルーザだったというだけの話さ」
帝国宰相なだけあり、リリカは各地の要人に関する情報をかなり把握している。それをもとに、ヴィヴィアンヌとイヴが捕らわれた場所まで予想できるのは、最早常人の域を超えた発想と言えるかもしれない。
ミュセイラは、リリカならばこの結論に至ると予測し、別動隊の目的を見抜いて見せた。どちらも傍から見れば恐るべき発想力だが、状況はミュセイラの方が一枚上手である。
『貴女方は仲間を決して見捨てない。ヴィヴィアンヌさんとイヴさんを救出し、各地の戦力と連絡を取って、私達を攻撃させる計画なのでしょう。つまり、貴女方は私達の注意を逸らすための囮ですわね』
「囮だと考えながら、私達を全力で叩こうとするその理由はなんだい?」
『半端な戦力で貴女方を倒せるなら苦労しませんわ。攻めるなら全力で挑みますの』
「ふふっ、それでいい。そうでなければ面白くない」
リリカの事を何も知らない人間からすれば、彼女の態度は強がりに思えてしまうだろう。だがミュセイラは知っている。彼女は本気でこの状況を愉しんでおり、勝つための布石を打った上で戦いに臨もうとしていると⋯⋯⋯。
分かり切っていた降伏勧告への返答を受け取り、ミュセイラは戦いが避けられぬ事だと悟る。もとよりそれは覚悟の上で、覚悟していたからこそ決戦の地に赴いた。望む未来をこの手に掴むため、戦いから目を背けないと誓った彼女が、リリカら第零戦闘団へと宣言する。
『我が軍はこれより、貴女方第零戦闘団を正義の名の下に殲滅して差し上げますわ。では皆さん、御機嫌よう』
ミュセイラからの宣戦布告を最後に、彼女からの無線は途絶えた。静寂に包まれた酒場の中で、皆の沈黙を破ったのは、リリカの静かな笑い声だった。
「ふふふふっ⋯⋯⋯。聞いた通りだ。ミュセイラは本気で私達を潰しにくる」
「そうらしいな姉御。そんじゃまあ、いっちょ派手にいきましょうや」
攻撃の始まりを悟り、ヘルベルトが武器を片手に酒場の出口を目指すと、鉄血部隊の男達も彼の後に続く。
「リリカ姉さんこそ、本気で一緒に戦うつもりか?」
「戦闘は私達にお任せを。リリカ様が前線に立たずとも、反乱軍如き私の手で討ち果たします」
「二人共、心配してくれて嬉しいよ。でもね、戦える人間は一人でも多い方が良いだろう? こう見えて、君達ほどじゃないが戦闘には慣れてる。それにね⋯⋯⋯」
リリカの身を案じる二人に向け、妖艶な笑みを浮かべて余裕を見せるリリカだが、彼女が纏う空気は、戦場に立つ兵士のそれだった。
「私の可愛いミュセイラが牙を剥くというんだ。飼い主としては躾が必要だろう?」
一体いつミュセイラがリリカのものになったというのか。しかし彼女が言うのならば、リリカの中ではそう定められているのだろう。
いつものように本気か冗談か分からない、リリカの女王様発言が飛び出すが、その言葉の裏には静かな怒りが隠れている。滅多に怒りを露わさない彼女が、静かに、そして激しい怒りの感情を体から放ち、レイナとクリスを戦慄させた。
「リックの行く手を阻む者、リックを傷付けようとする者は、皆私の敵だ。レイナ、クリス、我が敵を全て討ち滅ぼしなさい」
「「御意」」
トロスクスとはかつて、リックが帝国の双璧たるレイナとクリス、更にはヘルベルトら鉄血部隊を仲間にした街である。その街は今現在、武力行使に出たリック達によって占拠され、決戦に向けた戦闘準備が行なわれていた。
トロスクスの人々は全員強制退去させられており、街を囲む防御壁の見張り台には、鉄血部隊の男達が周囲を警戒している。そして街の正門に当たる方角には、街から距離を取って布陣する反乱軍が集結していた。
トロスクスの街をリック達が占拠したという情報を得て、反乱軍は直ちに現地へと急行した。反乱軍が到着した時には、既に街から人々は退去させられた後であり、攻撃に備えた鉄血部隊と、烈火及び光龍の騎士団が展開していた。
反乱軍の編成は、主戦力となっている六か国の軍隊である。コーラル、ワルトロール、サバロ、ブラウブロワ、ゲルトラット、ドライアによる混成軍は、約一万二千の大軍であった。この他にも、幾つかの国が様々な形で支援を行なっており、反乱軍の規模は兵力以上に大きいと言える。
対するリック達の戦力は、約六百程度となっており、数の上では勝負にもならない。だがリックのもとに集まった戦力は、精鋭中の精鋭達である。帝国国防軍最強の戦力が、彼を守るために集まったと言っても過言ではない。
反乱軍の指揮権を得て、全軍の指揮を任されているのは、帝国国防軍参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムである。彼女は敵対する両騎士団、並びに鉄血部隊の手の内は、よく理解している。彼らを討つに当たって、これ以上の作戦指揮者は他にいないだろう。
ミュセイラは真っ向勝負を挑むべく、戦力の大半を街の正門前に展開させた。街を完全に包囲しなかったのは、戦力の分散を避けるためである。
リック達は少数精鋭の戦力であり、少数の兵で大軍に打ち勝つ策を講じなければ、まず勝利は不可能だ。そうなると、彼らが使える十八番にして最強の作戦は、敵戦力の薄い箇所へ強行突撃する、強力な一点突破である。
包囲戦を仕掛けて戦力の分散を図るのは、かえって彼らの思う壺だ。それを理解しているミュセイラは、戦力の大きな分散は避けつつ、万が一彼らが街からの脱出を図った場合を想定し、足止め用の伏兵を各所に配置した。
これでもしリック達が撤退を企てたとしても、簡単に逃がす事はない。あらゆる事態を想定したミュセイラは、万全の構えで彼らと対峙している。
全軍の指揮を任されたミュセイラは、反乱軍本陣にて部隊の配置を済ませると、エミリオのいる天幕へと移動した。天幕の前までやって来て、深呼吸した彼女が天幕内に足を踏み入れる。そこには一台の無線機と、彼女を待っていたエミリオの姿があった。
ミュセイラの計画した作戦は、勿論エミリオも承認している。エミリオはリック達との戦闘を彼女に任せ、自身は帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナへの対処に専念する。
これは、ミュセイラに対するエミリオなりの、最終試験と呼べる配置だ。エミリオは先輩として、自分が教えてきた事、彼女がこれまで学んできた事を活かさせ、最強の敵を討たせようとしている。これを討ち果たせた時が、彼女が軍師として合格である証となる。
ミュセイラはそれが分かっているからこそ、顔や仕草には出さないが、内心では緊張が抑えられずにいる。憧れの先輩に一人前と認められるための、最後の試練だと思うと、試練を課した本人を中々直視できない。
「肩の力を抜いて欲しい。いつも通り、徹底的にやってくれて構わないよ」
「!」
緊張を見破られたミュセイラは、恥ずかしくなって頬を赤くし、気持ちを切り替えるように大袈裟に咳払いして見せた。その様子を微笑まし気にエミリオが眺め、彼女に無線機のマイクを手渡す。
「遠慮はいらない。堂々と宣戦布告してくれ」
「わかっておりますの。もとより、覚悟の上ですわ」
緊張の理由は試練だけではない。これから彼女は、仲間であった者達と決着を付けるため、全軍に攻撃を命じる事になる。裏切りの汚名と共に戦う理由は、自らが信じる未来を守るためだ。
躊躇いは捨てなければならないが、仲間との戦いは辛く苦しい選択である。覚悟を決めたとは言え、いざその瞬間を前にすれば、一瞬の迷いが現れるのも無理はない。
「例え、皆さんに恨まれたとしても⋯⋯⋯。私《わたくし》はやり遂げて見せますわ」
受け取ったマイクを手に、覚悟を決めているミュセイラが、無線機のスイッチを入れた。
トロスクスの街の、とある酒場内。リック達にとっては思い出深い酒場が、現在は彼らの本陣となっている。
夜明けから暫く経ち、早朝を過ぎた頃。ヘルベルトと鉄血部隊の男達、そしてレイナとクリスが戦闘準備を完了させ、酒場内にて待機している。戦いを前に、戦士の顔をした猛者達が、それぞれの得物を手に、戦いの瞬間を静かに待っていた。
彼らが待つのは、自分達を率いる絶対的存在である。その存在が命じた瞬間、彼らは込められた弾丸の如く放たれ、あらゆる敵を粉砕する事だろう。
『⋯⋯⋯ご機嫌よう、皆さん』
全員の視線が一斉に無線機へと向いた。酒場内のテーブルに設置していた無線機が、外部からの通信を受信したのである。その声の主がミュセイラであると、彼らは直ぐに気付いて応答する。
初めにヘルベルトが無線に手を掛けようとし、「俺が先だ」と言わんばかりにクリスが邪魔をして、二人が争っている間にレイナが無線に出た。
「⋯⋯⋯今更何の用だ。裏切り者」
『その声はレイナさんですわね。他の皆さんもいらっしゃるのかしら?』
「無論だ。そっちこそ、エミリオはちゃんといるんだろうな?」
『ええ、もちろん。何か御用がありまして?』
エミリオがいると聞き、レイナが持つ無線機のマイクに、クリスとヘルベルトも顔を近付けた。
「「「お前の眼鏡叩き割ってやる!!」」」
マイクに向かって三人が、怒りのままにずっと言ってやりたかった言葉で、マイクの向こうにいるであろう男へと怒鳴る。するとマイクの向こうから、堪え切れず吹き出した男の笑い声が漏れ聞こえた。
『⋯⋯⋯いきなり怒鳴らないで下さいな。鼓膜が破れるかと思いましたわ』
「いっそ破れてしまえ。そうすれば、普段お前のせいで耳を傷める私達の気持ちが少しは分かるはずだ」
「おい騒音女、エミリオの野郎だけじゃねぇぞ。お前だってただじゃおかねぇから覚悟しとけ」
「まあ、そういうこった。雑魚をぞろぞろ引き連れてきやがって、本気で俺達に勝てると思ってんのか?」
『それはこっちの台詞ですの。直ちに武装を解除し、大人しく我々に降伏して下さいな』
戦いを前に、圧倒的な兵力を有する側として、ミュセイラはレイナ達に降伏勧告を行なった。彼女の事であるから、大人しく武装解除して投降すれば、全員の命までは奪わないだろう。そういう性格なのだと分かっていても、レイナ達の答えは決まっている。
「断る」
「お断りだぜ」
「断るに決まってんだろ。こちとら派手にぶっ放したくてうずうずしてんだ」
降伏の意志がない事など、聞かずとも分かっていた。無駄な血を流さないで済むのなら、戦わずに終わる方がいいと考えていたミュセイラだが、予想通り過ぎる回答に溜息が零れる。
『⋯⋯⋯貴方方ってどうしようもない戦闘狂ですわね。一体誰に似たんでしょう』
「大きなお世話だ。今度はこちらから聞させて貰おう」
『なんですの?』
「お前がリック様を裏切った真意だ」
ミュセイラの性格は皆よく知っている。真面目で正直者な彼女が、仲間を裏切るような真似が簡単にできるはずがない。
他者の思惑に利用されているのか、それとも脅されているのか。まさか本当に自分の意志で裏切ったというのか、その真意だけは、彼女の口から聞く必要がある。
『⋯⋯⋯レイナさんは、私達の戦いで破壊された街並みを見たことがありますの?』
「⋯⋯⋯」
『アーレンツの時も⋯⋯⋯、ジエーデルの時でさえも、私達が望んだ戦争で街は破壊され、多くの人々が亡くなりましたわ。私達の勝利が、罪のない人々の屍の上にあるのだと気付いた瞬間、急に恐ろしくなりましたの⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯!」
彼女は元々ジエーデル国出身の、士官を志す生徒だった。しかし国を追われた彼女は、両親とも死に分かれ、孤独の身となった。そんな彼女が今を生きるのは、自分が持つ力を活かし、新しい居場所を手に入れるためだ。
ミュセイラはヴァスティナ帝国という新たな居場所で、新たな生き方手に入れ、新しい明日を生きた。彼女はその温かく、幸福な日々を生きるために、自分の能力を最大限発揮して、戦いを勝利に導いた。
自身が持つ能力を活かし、戦いに勝利できた事に、大きな喜びは感じた。自分が学んできた事が無駄にならず、将来夢見た軍人の姿となって、戦争を勝利に導いたのである。それが嬉しいと思うのは、当然の感覚だ。
だが彼女は、戦争というものの本当の姿に触れ、戦争の悲劇について考えてしまった。それが今の彼女の行動原理に繋がっている。
『私は、レイナさん達のように割り切れませんでした。だって、私がたった一言口にするだけで、簡単に人の命が失われるんですのよ? それが敵の命ではなく、戦争とは無関係な人々だとしたら⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯くだらない」
『!?』
目を据わらせたレイナが感情を捨てた瞳で、マイクの向こうにいる、驚愕の表情をしたミュセイラの姿を思い浮かべる。
やはり彼女は、自分達とは違いずっと優しい人間で、自分達と共にいてはいけなかったのだ。クリスとヘルベルトも、そう思うレイナと同じ目をしていた。
「兵士も民も、戦争となれば等しく同じ立場だ。そして争いを招き入れ、或いは戦争を望むのは、お前が無関係と呼ぶ民達なのを忘れたか」
『ですが、私達の戦争はあの人が望んだからじゃありませんの』
「戦を望むリック様を選んだのは帝国の民。帝国と戦う道を選んだのは敵国の指導者であり、その指導者を選んだ民達だ。戦わないというだけで無関係を気取るなど、お前が許しても、この私が許さん」
一騎当千の強者とはいえ、所詮は戦いの事だけを考える武人。それがレイナだと思っていたミュセイラは、多くの出来事を経て、彼女もまた成長しているのだと気付く。
レイナに言われるまでもない。それが戦争の真実だと分かっていても、自分達が戦いを起こさなければ死なずに済んだ命があると思うと、いくら懺悔しても足りない。ましてそれが、自分の命令を聞いた兵士の手によって、奪ってしまった命であるというならば⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯だとしても、私は将軍を止めますの』
「止める?」
『将軍が大陸全土の武力統一を望み続ければ、大勢の人々の命が失われ、やがて燃え上がった戦火の炎は、彼自身すらも焼き尽くす。そんな未来は私が止めて見せますわ』
「そんなこと、リック様は望んでいない」
『あの人が望まなくとも、誰かが止めなければいけないんですの。そうしなければ、あの人が守ろうとする陛下だって、あの人自身の手で焼き尽くしてしまいますわ』
ミュセイラの裏切りは、やはり欲望に満ちたものでなく、大切な者達を守ろうとする行動だった。それが分かっただけでも、レイナ達は彼女との戦いに、一切の迷いなく挑む事ができる。
自らの信念に基づいて行動する彼女を、レイナ達の言葉で止める事は出来ない。ミュセイラが帝国一の頑固者である事は、皆よく知っているからだ。
「ふふふっ⋯⋯⋯、そこまで言うなら証明して見せるといい」
『!』
レイナ達が無線に集中していた中、酒場の奥の部屋から彼女は姿を現した。現れた彼女の思いもよらぬ姿に、レイナを始め、クリスやヘルベルト達も目を見開いて驚いた。
妖艶の笑みと共に現れたリリカは、いつもの紅いドレスを身に纏わず、軍服と装備品を身に付けた完全武装の状態で、皆の前にその姿を現した。鉄血部隊が搔き集めた物資の中にあった、予備の軍服等を調整して身に纏い、長い金色の髪は邪魔にならないよう一つに束ねている。
腰のホルスターには愛用の拳銃を差し、右手には突撃銃を握っている。普段の彼女からは想像もつかない格好であったが、何故か不思議と様になっており、素人臭さを感じさせない。
皆が驚愕する中、リリカは無線機の前まで歩み寄り、レイナからマイクを奪い取ると、不敵に笑って言葉をかける。
「どちらが正しいのか、勝者となって証明して見せなさい。それが全てだよ」
『リリカ宰相⋯⋯⋯』
「我がもとに集いし戦人《いくさびと》たち。ヴァスティナ帝国国防軍、第零戦闘団が君達を捻じ伏せて見せようじゃないか」
零番目の戦闘団など、帝国国防軍には存在しない。リリカが口にしたのは、たった今名付けたばかりの反乱鎮圧部隊の名だった。
零番目の部隊。思えばレイナやクリス、そして鉄血部隊は、今の帝国軍を築き上げた最初期の者達だ。そんな者達が集まるからこそ、リリカは自分達を始まりの部隊、零と名付けた。
第零戦闘団。リリカがその名に込めた想いを悟り、皆異論はなかった。原点にして頂点たる彼らには、まさに似合いの名前である。
『第零戦闘団⋯⋯⋯。あの人が好きそうな中二病臭い名前ですわね』
「せっかく楽しいお祭りになりそうなんだ。格好つけた名前の方が気分が上がるだろう?」
『私⋯⋯⋯、人殺しを愉しんでいるような貴女のことが、本当は苦手でしたの』
「ふふっ⋯⋯⋯、私はミュセイラのこと、とても気に入っているよ」
何処までもいつも通りであるリリカが、やはり最大最強の敵であると、ミュセイラは改めて思い知る。一体何をすれば、あの妖艶に笑う余裕な態度を崩せるのか、全く見当も付かない。時々彼女が本当に人間なのか、ミュセイラにも分からなくなる程に恐ろしい存在だ。
だがもしも、リリカが守り支える彼を、彼女の目の前で殺してしまったなら、その時はきっと⋯⋯⋯。
『⋯⋯⋯貴女方に降伏の意志がないのはよく分かりましたの。下手な小細工は通用しないということを教えて差し上げますわ』
「小細工だって⋯⋯⋯?」
『惚けても無駄ですわ。貴女方がトロスクスの街を占拠する前に、少数の別動隊を放ったのは察知しておりますの。外部との連絡を試み、援軍を持って我が軍を叩こうとしたのは見抜いておりますわ』
「ほう、流石は我が軍きっての鬼才だ。君達が無線封鎖を行なっているせいで、ジエーデル国にいる第一戦闘団と連絡を取ることも出来なくてね。援軍を呼ぶのも一苦労だよ」
トロスクスの街からジエーデル国は、帝国国防軍が使用する無線通信の有効範囲内である。しかしエミリオとミュセイラが、帝国国防軍全体に対して無線封鎖の命令を出しているため、リリカ達からの通信は受信されない。
そうなると直接連絡する他ないため、別動隊を組織して外部と連絡を取ろうとするのは、ミュセイラが想定した範囲内の行動である。対策は万全であったため、警戒網によって別動隊の動きを察知したミュセイラは、既に対処を進めていた。
『烈火と光龍の騎士団で編成された別動隊。数は六十程度。向かったのはジエーデルではなく、ダナトイアですわね?』
「⋯⋯⋯何もかもお見通しか。ミルアイズの領主デルーザはダナトイア領主と親しい間柄だからね。もしデルーザが反乱に手を貸しているなら、ヴィヴィアンヌやイヴはそこに捕えておくはずだ」
『そちらもお見通しというわけですわね。けれど、どうしてデルーザさんが裏切っていると思うんですの?』
「ヴィヴィアンヌの作戦が簡単に失敗するわけがない。協力者の中に裏切者がいたと仮定すれば、もっとも怪しいのはデルーザだったというだけの話さ」
帝国宰相なだけあり、リリカは各地の要人に関する情報をかなり把握している。それをもとに、ヴィヴィアンヌとイヴが捕らわれた場所まで予想できるのは、最早常人の域を超えた発想と言えるかもしれない。
ミュセイラは、リリカならばこの結論に至ると予測し、別動隊の目的を見抜いて見せた。どちらも傍から見れば恐るべき発想力だが、状況はミュセイラの方が一枚上手である。
『貴女方は仲間を決して見捨てない。ヴィヴィアンヌさんとイヴさんを救出し、各地の戦力と連絡を取って、私達を攻撃させる計画なのでしょう。つまり、貴女方は私達の注意を逸らすための囮ですわね』
「囮だと考えながら、私達を全力で叩こうとするその理由はなんだい?」
『半端な戦力で貴女方を倒せるなら苦労しませんわ。攻めるなら全力で挑みますの』
「ふふっ、それでいい。そうでなければ面白くない」
リリカの事を何も知らない人間からすれば、彼女の態度は強がりに思えてしまうだろう。だがミュセイラは知っている。彼女は本気でこの状況を愉しんでおり、勝つための布石を打った上で戦いに臨もうとしていると⋯⋯⋯。
分かり切っていた降伏勧告への返答を受け取り、ミュセイラは戦いが避けられぬ事だと悟る。もとよりそれは覚悟の上で、覚悟していたからこそ決戦の地に赴いた。望む未来をこの手に掴むため、戦いから目を背けないと誓った彼女が、リリカら第零戦闘団へと宣言する。
『我が軍はこれより、貴女方第零戦闘団を正義の名の下に殲滅して差し上げますわ。では皆さん、御機嫌よう』
ミュセイラからの宣戦布告を最後に、彼女からの無線は途絶えた。静寂に包まれた酒場の中で、皆の沈黙を破ったのは、リリカの静かな笑い声だった。
「ふふふふっ⋯⋯⋯。聞いた通りだ。ミュセイラは本気で私達を潰しにくる」
「そうらしいな姉御。そんじゃまあ、いっちょ派手にいきましょうや」
攻撃の始まりを悟り、ヘルベルトが武器を片手に酒場の出口を目指すと、鉄血部隊の男達も彼の後に続く。
「リリカ姉さんこそ、本気で一緒に戦うつもりか?」
「戦闘は私達にお任せを。リリカ様が前線に立たずとも、反乱軍如き私の手で討ち果たします」
「二人共、心配してくれて嬉しいよ。でもね、戦える人間は一人でも多い方が良いだろう? こう見えて、君達ほどじゃないが戦闘には慣れてる。それにね⋯⋯⋯」
リリカの身を案じる二人に向け、妖艶な笑みを浮かべて余裕を見せるリリカだが、彼女が纏う空気は、戦場に立つ兵士のそれだった。
「私の可愛いミュセイラが牙を剥くというんだ。飼い主としては躾が必要だろう?」
一体いつミュセイラがリリカのものになったというのか。しかし彼女が言うのならば、リリカの中ではそう定められているのだろう。
いつものように本気か冗談か分からない、リリカの女王様発言が飛び出すが、その言葉の裏には静かな怒りが隠れている。滅多に怒りを露わさない彼女が、静かに、そして激しい怒りの感情を体から放ち、レイナとクリスを戦慄させた。
「リックの行く手を阻む者、リックを傷付けようとする者は、皆私の敵だ。レイナ、クリス、我が敵を全て討ち滅ぼしなさい」
「「御意」」
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