贖罪の救世主

水野アヤト

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第五十六話 薔薇は美しく

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 リック達一行がアーレンツに到着した、その四日後。反乱軍の追跡を逃れたかに見えた彼らには、休む暇など与えられはしなかった。

「状況は、はっきり言って最悪だ。フローレンス将軍の居場所を掴んだ反乱軍が、現在アーレンツへの入国を行なおうとしている」   

 昼過ぎに突然ベルナデットから呼び出され、彼女が待つ隊長室に案内されたリック達は、彼らを呼び出したコーデリアと共に、驚愕の情報を伝えられた。
 何の前触れもなく、彼らを狙う敵は突如現れた。あまりにも早過ぎる敵の到着に、情報を伝えたベルナデット自身ですら驚いている程だ。だがリック達は、相手がエミリオであるからこそ、この早さにも納得ができた。

「⋯⋯⋯中佐、敵の規模は?」
「歩兵が約千三百人。ドライア国軍が保有する、足の速い軽装歩兵隊のようです」

 現在リック達が知り得る限り、反乱軍の主だった戦力は、ゲルトラット、ブラウブロワ、コーラル、ワルトロール、サバロ、そしてドライアの六か国である。これら以外にも、反乱に協力している国や人間は多いはずだが、現状はこの六か国の軍隊が、反乱軍の主戦力なのは間違いない。
 これらの国家は、大陸中央への侵攻を帝国国防軍が果たす以前より、リックも地図上では知り得ていた。どの国にも行った事はなく、どんな人間が治めているのかさえ、彼はまだ知らない。
 まだ深く知り得ない国の、詳しく知らない軍隊の保有する戦力が、自分達を襲撃しにやって来た。リックの立場からすれば、敵の作戦や狙いを読み難い、厳しい戦いなのは必然と言える。

「リックどうする? 敵が千人超えていようが、俺が全滅させてきてやるぜ」
「破廉恥剣士だけに任せてはおけない。正面切って戦うならば私も出るぞ」
「ならばその戦い、我が神聖薔薇騎士団も参戦しよう。我らが一丸となって挑めば、ドライアの兵など恐れるに足らん」

 武闘派たるクリスとレイナ、更にはベルナデットまでもが、ドライア国軍との真っ向勝負を覚悟する。騎士団の副隊長たるコーデリアも、戦うならば望むところであり、ベルナデットの言葉に頷いて答えて見せた。
 非常に頼もしい限りであり、彼らならば数の差をものともせず、本当に蹴散らしてしまいそうではある。試してみる価値はありそうだが、冷静に状況を分析したリックは、すぐさま決断した。

「⋯⋯⋯俺達がアーレンツを脱出すれば済む話だ。ドライア兵相手に大暴れしてもいいが、エミリオのことだからそれも予測して、後続の部隊を用意してるに決まってる」

 レイナやクリス以上に、エミリオの性格や能力をよく知るリックが、アーレンツからの脱出を決意する。リックの決断に反対する者はおらず、ベルナデットは彼らのために、こんな事態を想定しての脱出計画を語り始める。

「脱出するなら、この国を抜けられる秘密の隠し通路を教えよう。そこを通れば無事に国外へ出られる」
「情報局時代の秘密の抜け道がまだ残っているわけか」
「ご存知でしたか将軍。ここからそう遠くない場所にある民家の一つに、地下通路の入り口が隠されています。私が知る隠し通路はそこだけです」

 アーレンツには、かつて存在した国家保安情報局の手によって、外へと繋がる秘密の隠し通路が作られた。それらは一つや二つではなく、様々な使用目的で国内にいくつも用意されたという。情報局崩壊後、隠し通路は封鎖される事なく放置され、今ではその存在を知る者のみが利用している。
 国中に通路の出入り口は秘匿されており、これら全ての通路の場所を知る者は、元情報局員の生き残りくらいだろうと言われている。ベルナデットは偶々その一つを知っており、リック達の脱出に利用しようと考えたのだ。
 この通路の存在をリックが知っているのは、アーレンツとの戦争後、自分を救出してくれたメイド部隊のリンドウから、話には聞いていたからである。リンドウは元情報局員であり、アーレンツに囚われたリックを救出する際、この通路の一つを通って、国内への侵入を果たしたのだ。

「今のところ、入国しようとするドライア軍相手に、正門にいる私の同志達が時間を稼いでくれています。脱出するなら今の内です」
「ありがとう御座います、中佐。この恩、絶対に忘れません」
「礼を言うのはこちらの方です。クリスとミカヅキ殿お陰で、久方ぶりに剣士の血が騒ぎましたから」

 深く感謝したリックが頭を下げると、ベルナデットもまた彼らに向かい礼を述べる。ベルナデットの視線がリックからクリスへと向けられると、彼女は一瞬寂しそうに瞳を細め、何かを言いかけようとするも口を閉ざした。
 クリスもまた、あまりにも急な彼女との別れに、名残惜しい気持ちを隠せずにいる。そう思うのは彼らだけでなく、武人であるレイナやコーデリアも同じであった。
 そんな彼らのもとに、扉をノックもせず乱暴に開け放ち、部屋に駆け込んできた一人の人物が、別れの寂しさに満ちたこの空気を打ち消した。

「大変大変! ベルナ、アーレンツの兵士がここを取り囲んで―――」

 現れたのは、装飾の施された黒いドレスと黒マント、おまけに黒いとんがり帽子を被って箒を持った、一人の女である。これまた珍妙な姿の人物の登場に、リック達は目を見開いて驚いていた。

「ごっ、ごめーん⋯⋯⋯。もしかして取り込み中だった?」
「気にしないで。それで、我が軍の兵がここを取り囲んでいるって、一体どういうこと?」
「帝国反対派の奴らがここに乗り込んできたのよ! 奴ら、狂犬を出せって外でガン待ちしてるわ」
「もう気付かれてしまったか。仕方ない、我が騎士団で突破口を開き、将軍達を脱出させよう」

 帝国反対派というのは、文字通りヴァスティナ帝国の支配に反対する者達を指す。アーレンツ敗戦後、ヴァスティナ帝国はアーレンツと同盟を締結したが、それは平等な関係性ではなく、アーレンツの実権は帝国が握っている。
 この支配に反対する者は少なくなく、国民や軍部を始め、帝国支配への抵抗運動を行なう者達が、帝国反対派などと呼ばれている。報告した彼女が言うには、この反対派が兵舎を取り囲んで、リックを狙っているというのだ。

 こうなると、戦闘無しに脱出は難しい。リック達を逃がす為、自分達が戦おうと覚悟を決めたベルナデットは、コーデリアに視線を向けた。隊長であるベルナデットの考えを悟ったコーデリアは、一度頷き、剣を携え弾かれたように部屋を出て行った。
 
「将軍達も急ぎ脱出の用意を。隠し通路への案内は、私の親友である彼女が務めます」
「任せといてよベルナ。そんなわけだから狂犬さん、脱出の間だけよろしくね♪」

 ベルナデットは彼女を親友と言ったが、あまりにも奇抜な格好の彼女に、「本当にこんなので大丈夫か?」という疑問の視線が向けられる。
 その視線を察した彼女は、大きく咳払いして決めポーズを取ると、胸を張って自己紹介を始めるのだった。

「ローミリアの愛と美を守る美少女魔法使い! 魔法少女ノエル!! 親友の手助けにただいま参上!!」

 自らを魔法少女と名乗る彼女に、唖然となる一同。平気な顔をしているのは本人と、彼女とは長い付き合いであるベルナデットだけだ。
 
「ノエル、後はお願い。将軍、ドライアの兵は私が食い止めますから、どうか御早く」
「感謝します。みんな行くぞ」

 ノエルを先頭に、リック達一行は隊長室を後にしようとする。背を向けた彼らに対し、ベルナデットの視線はクリスの背を見つめていた。

「クリス、待ってくれ」
「!」

 脱出を急ぐ彼らの背に向かい、クリスだけの名を呼ぶベルナデット。振り返って彼女を見たクリスが、何かあると悟って、リック達へ先に行くよう促す。
 リック達はそれに頷いて従い、脱出を急いで部屋を出て行く。二人だけとなったこの部屋で、別れを惜しむ気持ちでいっぱいのベルナデットは、その気持ちを押し殺し、脱出の前に伝えておきたい情報を話し始める。

「頼まれていた烈火式の件だが、情報局の資料庫で見つけた。最新の情報を含めて、資料の内容はこれにまとめている」

 軍服の懐から、ベルナデットが折り畳まれた用紙を取り出すと、クリスは一言を礼を述べて紙を受け取る。受け取った情報が気になるも、時間がない今は中身を見る暇もないため、クリスは紙を懐にしまい込む。

「⋯⋯⋯彼女にとっては、知らない方が幸せかもしれない」
「どういう意味だ?」
「読めばわかる。彼女に話すかどうかは、貴方が決めて」

 ベルナデットが指す彼女とは、烈火式という槍術を使うレイナの事だ。
 烈火式についての情報を求め、ベルナデットに調べ物を頼んだクリスは、レイナに関わる情報を手に入れた。烈火式の情報を彼女に求めたのは、情報国家と言われたアーレンツならば、何かしらの情報を得られると踏んだからだ。
 実際、ベルナデットはたった数日の内に調べ上げ、まとめた情報をクリスに手渡した。思った通り手に入ったと思い、彼女に頼んで良かったと思うクリスだったが、含んだ言葉を残すベルナデットの態度が、一瞬クリスを迷わせた。
 果たしてこの情報は、本当に自分が知り得ていいものなのか。迷いを抱いたクリスだったが、だとしても知らなくてはならないと思い直して、迷いを振り払う。

「それと、残りの六剣についても調べておいた。炎の剣士の所在は不明だが、光と闇の剣士の末裔はホーリスローネ王国にいる」
「!!」
「光の剣士が誰かまでは分からないが、闇の剣士は勇者連合団長マクシミリアン・アダムスだ。王国が勇者を試練にかける際に使う魔物は、マクシミリアンが闇魔法で召喚したものであるらしい」

 勇者連合団長のマクシミリアンが末裔の一人で、闇の剣士であるという情報を聞かされ、クリスは間違いないのだろうと確信する。
 勇者連合の団長だけあり、マクシミリアンの武勇や剣の腕は大陸中に轟いている。クリス自身も、マクシミリアンによる勇者としての活躍は、様々な場所で耳にしていた。それ程の男であるならば、六剣の一人である可能性は高く、闇魔法を扱うと言うならば、闇の剣士の末裔に間違いない。
 剣を扱わなかった風の剣士や、実力不足だった雷の剣士などとは違う。確実にマクシミリアンは、確かな剣の腕を持つ、六剣の末裔であるだろう。クリスの闘志は、まだ顔も見た事のない強敵に向け、大きく燃え上がった。
 
「何から何までありがとよ。世話になってばっかで悪いな」
「礼には及ばない。クリスに尽くせるだけで、私は嬉しいんだ」

 微笑むベルナデットに、クリスも珍しく微笑を返す。 
 伝えるべきを話しを終えたベルナデットは、クリスと共に急いで隊長室を後にした。そして間もなく、アーレンツの戦史に残る事変、「神聖な薔薇には棘がある」が幕を開けるのだった。
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