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第五十六話 薔薇は美しく
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それぞれの時間を兵舎で過ごし、夕食などを済ませたリック達は、与えられた部屋で寝床に付いていた。
ベッドは二つしかないため、リックとリリカがベッドを使い、レイナとクリスが床に布団をしいている。ベッドを挟み、四人並んで眠りに付こうとしていたのだが、昼間に少し眠っていたせいで、リリカが眠りに付けずにいる。
「⋯⋯⋯リック、まだ起きているかい?」
「⋯⋯⋯起きてる。レイナとクリスは?」
「起きています」
「同じく」
長旅で身体は疲れているのだが、こうして落ち着ける場所に着いた事で、色々と考えてしまう。エミリオが裏切ったその真意や、他の仲間達の安否。反乱を鎮圧するための、これからの計画や行動。リック達が眠れずいるのは、主にこれが原因だった。
「みんなが眠れるように、リックにお話しでもして貰いたいね」
「餓鬼かお前は。阿保言ってないでさっさと寝ろ」
「ふう~ん⋯⋯⋯。忘れてるのを言いことに、寝る前にお話しを強請ったのは――――」
「ああもう、わかったって。話してやるから、何が聞きたい?」
リリカの前では、相変わらずリックの抵抗は無意味であった。誰か話題はないかと、リックがリリカ達に聞いてみる。すると意外な事に、話題を振ったのは何とレイナであった。
「リック様⋯⋯⋯。どうしても、聞いてみたかったことがあります」
「なんだ?」
「⋯⋯⋯アングハルトのことです。あなたが彼女のこと、どう考えていたのかを」
「告白したら求婚された」
「はあ!?」
驚いたレイナが飛び起きると、彼女の腕を掴んだクリスが、強引にベッドへと寝かせた。クリスも驚きはしたが、レイナ程は取り乱さず、「大人しく寝てろ」と言ってレイナを黙らせる。無理矢理な上に命令する彼に、レイナは頬を膨らませて怒りを露わにし、毛布の中から足を伸ばしてクリスを蹴った。
そんな二人の様子を見ていたリックが、まるで子供を見守る親の様な目をして笑う。
「仲が良いんだか悪いんだか、ほんと兄妹みたいだな。実は生き別れの兄と妹とかだったりしない?」
「こいつが妹とか死んでも御免だ」
「この男が兄だったらいっそ切腹します」
「ああ、なるほど。兄弟よりも彼氏彼女の方がいいと」
「もし間違ってそんな仲になったらこいつを殺す」
「万が一そうなったらこの男を殺します」
「嫌がるにも限度があるだろ。どっちかが死なないと気が済まないのかよ」
分かっていて爆弾を放り込んだリックだが、思った以上に拒否反応を示す二人に、やはり呆れてしまう。出会った頃から随分強くなり、今では大勢の兵を率いる軍の将だが、こういうところだけはいつまで経っても変わらない。
ただ、こうして四人で並んで眠るのは、ずっと昔の事のように思えてしまう。ヴァスティナ帝国から旅立ったリックが、帝国を守る力を得るべく旅を始めたばかりの頃は、この四人が最初の仲間だった。
あれから時が流れ、今では多くの仲間を得たが、リックにとって、リリカ、レイナ、クリスが、自分をここまで支えてくれた、特別な存在であるのは変わらない。リリカも、そしてレイナもクリスも、あの頃と変わらずにいてくれているのが、リックは本当に嬉しく思っていた。
しかし、何もかも変わらないわけではない。リックと同じく、レイナやクリスだって、出会った頃に比べ、様々な葛藤を経て成長している。実際、レイナが他人の恋路について問うなど、以前の彼女ならできなかった事だろう。
そんなレイナが、アングハルトへの想いをリックに問う。語る必要はないと思い、わざとレイナとクリスを口論させて誤魔化そうとも考えたが、その答えを彼女が自らの意思で求めるならば、逃げるわけにはいかない。
「⋯⋯⋯俺はずっと、セリーヌの気持ちから逃げてた」
目を伏せ、深く息を吐いたリックが、愛した彼女の姿を脳裏に蘇らせて、レイナ達の前で語り出す。口を開いたリックの言葉に、聞いた本人であるレイナは、緊張して息を呑んだ。
「メシアのように⋯⋯⋯、また愛した人を失ってしまったらって思うと、恐くて堪らなかった。でも本当は、この腕で抱きしめたいくらい、セリーヌが好きだった」
「⋯⋯⋯」
「俺を好きでいてくれる女で、俺が好きな女だった。失うのが恐いからって、この気持ちは変えられない。だから俺は、セリーヌの気持ちを受け入れて、自分の気持ちを正直に打ち明けた」
失われし愛する者へと抱いたリックの想いを、レイナはただ黙って聞いていた。アングハルトへの想いをリックが口にした瞬間、レイナの肩が小さく震え、その瞳が憂いに揺れた事に気付いたのは、傍にいたクリスだけだった。
「それで好きだって言ったら、今度はセリーヌの方が結婚を申し込んできたんだ。だから俺は――――」
「はんっ。態々言わなくたって、お前がなんて返したかわかるっての」
リックの言葉を遮ったクリスに、リリカも頷いて同意する。何と答えたのかもう分かると、そう言わんばかりに退屈気な二人の様子に、リックは話を止めてしまった。
「ふふっ、オチが読めた話はつまらない。もっと面白い話が聞きたいね」
「勝手な奴らだな⋯⋯⋯。じゃあ次クリス」
「俺に振るんじゃねぇ」
「面白そうだね。偶にはクリスの昔話でも聞いてみようか」
「だそうだ。リリカには逆らわない方が身のためだぞ?」
「ちっ⋯⋯⋯、仕方ねぇな。言っとくが、大して面白くもねぇから文句言うなよ」
リリカだから観念したのか、嫌々ながらもクリスは部屋の天井を見上げ、諦めて溜息を吐く。そんな彼の隣で、レイナは無意識に安堵の息を漏らしていた。それにクリスは気付いていたが、レイナには構わずに、求められた話を語り始める。
「⋯⋯⋯自慢じゃねぇんだが、俺の姓、レッドフォードってのはそこそこの名家でよ。光龍の剣術は俺の家で教えられてたもんだ」
クリスの本名は、クリスティアーノ・レッドフォード。今まで彼は、生まれや家の話を誰にもした事がなかった。昔話が聞きたいと言うリリカのため、ぱっと思い付いたのが自分の生まれの話であり、仕方なくこの話を切り出したのである。
するとリリカは、その話に少しも驚きを見せず、まるで知っていたかのような顔で口を開いた。
「伝説の六剣の影に隠れた、六剣に勝るとも劣らぬ剣士の姓。クリスが大陸最強の剣士を目指す所以だろう?」
「⋯⋯⋯ったく、リリカ姉さんには何でもお見通しだな。その話、誰から聞いたんだよ」
「もちろんヴィヴィアンヌさ。あの子も六剣の情報には目を通していたそうだからね」
「あいつなら知っててもおかしくねぇか。リックにも槍女にも話したことはねぇが、まあリリカ姉さんの言う通り、俺の家は影の剣士の末裔だった。そんな家に生まれたせいもあって、俺は六剣や他の強い奴らをみんな倒して、自分の剣が一番だって証明したいってわけだ」
その生まれが、クリスが最強の剣士に拘る理由の一つだと知り、リックもレイナも納得する。同時にレイナは、どうしてそんな名家の生まれが、こんなにも乱暴な男になってしまったのかと、頭を傾げたくなるくらい疑問だった。
そんな彼女の、「本当にいいところの生まれか?」という疑いの目を察してか、視線をレイナに向けたクリスが少し睨む。
「なんか文句でもあんのか?」
「名家の出とは思えない粗野で破廉恥な男だと思っただけだ。そう言えば前に、破廉恥剣士がリック様を好きな理由を聞いた時、誰かに反発していると言っていたな。お前の言っていたあいつとは、その生まれに関係しているのか?」
「余計な事を憶えてやがって」とクリスが思った時には、既に手遅れであった。リックとリリカの興味は、レイナが口にした話へと完全に向いており、二人共笑顔でクリスに圧をかける。
逃げられないと悟り、またも観念させられたクリスが、嫌そうながらも諦めて語り始める。
「⋯⋯⋯反発してんのは、俺の姉に対してだ」
クリスに姉がいるというのは、リックやレイナ、それに流石のリリカも初耳であり、全員同時に目を見開いて驚いた。リックやレイナに至っては、クリスの姉という事は、見た目は美人でも相当口が悪い乱暴な女性なのではと、勝手な妄想を膨らませた。
「あんまり言いたくねぇんだが、俺の姉はその⋯⋯⋯、俺にやたら甘くてよ。餓鬼の頃からいっつも俺を甘やかそうとして、べたべたとくっ付いてきやがった。極め付けは将来俺と結婚するって言って、他の女が俺に寄りつかねぇようにする始末だった。それが大人になっても変わらなくってな⋯⋯⋯」
「こんなこと言うのはあれだが、弟と本気で結婚とかお前の姉さん頭おかしいだろ」
「やっぱそう思うだろ? あいつは昔っからイカレてんだよ。だからまあ、反発っていうか嫌がらせって感じで、あいつに嫌われるために女好きを演じてたって話だ。好きな男が女にだらしのない野郎だったら、再会した時幻滅させられるだろ?」
出会ったばかりの頃のクリスが、今とは違い女好きであった、その本当の理由を知ったリック達。だがここで、彼らには新たな疑問が生まれてしまう。
では今、弟クリスを溺愛していたという姉は、一体何処に消えてしまったというのだろうか。皆の疑問を代表して口を開いたのは、話を振ったレイナであった。
「それで、破廉恥剣士の姉君は今どこに?」
「⋯⋯⋯知らねぇよ。あいつのことだから生きてはいるんだろうが、どこにいっちまったかはわからねぇ」
「血の繋がった家族だろう? 苦手な姉とはいえ、弟のお前がそんなことでは⋯⋯⋯」
「親が殺されて家が燃えたっきり、あいつとは生き別れちまってるんだよ。居場所どころか、今何してるのかさえ知らねぇんだ」
「!」
普段の調子で、一切の動揺もなく自らの過去を語るクリスに、一番衝撃を受けたのが聞いた本人のレイナである。何も知らないで、無神経にクリスの過去に触れてしまった自分を、彼女は責めた。
「すまない⋯⋯⋯。お前の過去も知らずに、私は⋯⋯⋯」
「気にすんな。こんな世の中じゃ、よくある話だろ」
平気な顔をしているクリスが、落ち込んでいるレイナの頭を指で小突く。しつこく小突かれたレイナが、落ち込んでいたのも忘れ、怒った彼女がまた足でクリスを蹴った。
やはり、兄妹喧嘩のように見える二人の姿に、リックもリリカも笑ってしまう。皆には甘いと言うくせに、自分だってレイナに甘いクリスへ、リックが微笑を浮かべた。
「お前、自分が弟で下がいなかったから、レイナが妹みたいで構いたくなるんだろ?」
「はあ!? なっ、なに馬鹿なこと言ってやがんだ!」
「ふふっ、なるほどね。そう言えば私の妹も、よく弟か妹が欲しいと言っていたよ」
「ええっ!? リリカ様に妹!?」
やはり怒ってしまうクリスだったが、彼もレイナも知らなかったリリカの妹話に、二人は驚愕してそれどころではなくなる。驚く二人の顔には、「きっと美人なのだろうが、性格までも彼女と同じだと嫌だ」と、はっきりと書いてあった。
どんな妹か気になっている二人に、ほんの少しだけ寂し気な顔を見せたリリカが、妖艶な笑みと共に話を続ける。
「⋯⋯⋯残念だけど、妹はもうこの世にはいないんだ。でもね、私よりも可愛らしく美しく、そしてずっと優しかったのは間違いない」
「リリカ様⋯⋯⋯」
「レイナ、そんな顔をしなくていい。私は、悲しい顔をしたレイナより、愛らしく笑っている顔の方が好きだよ」
そう言って笑いかけたリリカが、ベッドの上から腕を伸ばし、レイナの髪に触れとそっと撫でる。悲し気な瞳をしていたレイナが、リリカの手から伝わる彼女の温もりと、心の奥底に眠る彼女の寂しさを感じ、その手を握って頬に寄せた。
「俺も、レイナにはいつも笑ってて欲しいな。ご飯頬張ってる時なんか、すっごく幸せそうな顔してて可愛いし」
「この大飯喰らいのせいでな、さっき食堂でどんだけ恥かいたと思ってる。一人で馬鹿みたいに食って、見てるこっちが恥ずかしかったぜ。しかもだ、槍女に懐いた騎士団の女共が次々餌付けするから、こいつも調子に乗って食べまくるしよ」
「良いではないか破廉恥剣士。彼女達は今日の礼として、律儀に食事を分けてくれたのだ。今度アーレンツに来る時は、我が烈火騎士団も合同演習に参加させてもらうぞ」
「あいつらを気に入り過ぎだろ! おいリック、笑ってないでお前からも何か言ってやってくれよ」
助けを求めるクリスの声も、合同演習に瞳を輝かせるレイナの顔も、リックとリリカは笑って眺めていた。この瞬間だけ彼らは、未来に待つ出会いと別れ、栄光と悲劇を知らぬまま、明日への夢と希望を見続けていた、あの頃へと還っていた。
そうして今だけは、謀略と疑心に満ちた明日の事を忘れ、やがて彼らは、安らかで静かな眠りに付くのだった。
ベッドは二つしかないため、リックとリリカがベッドを使い、レイナとクリスが床に布団をしいている。ベッドを挟み、四人並んで眠りに付こうとしていたのだが、昼間に少し眠っていたせいで、リリカが眠りに付けずにいる。
「⋯⋯⋯リック、まだ起きているかい?」
「⋯⋯⋯起きてる。レイナとクリスは?」
「起きています」
「同じく」
長旅で身体は疲れているのだが、こうして落ち着ける場所に着いた事で、色々と考えてしまう。エミリオが裏切ったその真意や、他の仲間達の安否。反乱を鎮圧するための、これからの計画や行動。リック達が眠れずいるのは、主にこれが原因だった。
「みんなが眠れるように、リックにお話しでもして貰いたいね」
「餓鬼かお前は。阿保言ってないでさっさと寝ろ」
「ふう~ん⋯⋯⋯。忘れてるのを言いことに、寝る前にお話しを強請ったのは――――」
「ああもう、わかったって。話してやるから、何が聞きたい?」
リリカの前では、相変わらずリックの抵抗は無意味であった。誰か話題はないかと、リックがリリカ達に聞いてみる。すると意外な事に、話題を振ったのは何とレイナであった。
「リック様⋯⋯⋯。どうしても、聞いてみたかったことがあります」
「なんだ?」
「⋯⋯⋯アングハルトのことです。あなたが彼女のこと、どう考えていたのかを」
「告白したら求婚された」
「はあ!?」
驚いたレイナが飛び起きると、彼女の腕を掴んだクリスが、強引にベッドへと寝かせた。クリスも驚きはしたが、レイナ程は取り乱さず、「大人しく寝てろ」と言ってレイナを黙らせる。無理矢理な上に命令する彼に、レイナは頬を膨らませて怒りを露わにし、毛布の中から足を伸ばしてクリスを蹴った。
そんな二人の様子を見ていたリックが、まるで子供を見守る親の様な目をして笑う。
「仲が良いんだか悪いんだか、ほんと兄妹みたいだな。実は生き別れの兄と妹とかだったりしない?」
「こいつが妹とか死んでも御免だ」
「この男が兄だったらいっそ切腹します」
「ああ、なるほど。兄弟よりも彼氏彼女の方がいいと」
「もし間違ってそんな仲になったらこいつを殺す」
「万が一そうなったらこの男を殺します」
「嫌がるにも限度があるだろ。どっちかが死なないと気が済まないのかよ」
分かっていて爆弾を放り込んだリックだが、思った以上に拒否反応を示す二人に、やはり呆れてしまう。出会った頃から随分強くなり、今では大勢の兵を率いる軍の将だが、こういうところだけはいつまで経っても変わらない。
ただ、こうして四人で並んで眠るのは、ずっと昔の事のように思えてしまう。ヴァスティナ帝国から旅立ったリックが、帝国を守る力を得るべく旅を始めたばかりの頃は、この四人が最初の仲間だった。
あれから時が流れ、今では多くの仲間を得たが、リックにとって、リリカ、レイナ、クリスが、自分をここまで支えてくれた、特別な存在であるのは変わらない。リリカも、そしてレイナもクリスも、あの頃と変わらずにいてくれているのが、リックは本当に嬉しく思っていた。
しかし、何もかも変わらないわけではない。リックと同じく、レイナやクリスだって、出会った頃に比べ、様々な葛藤を経て成長している。実際、レイナが他人の恋路について問うなど、以前の彼女ならできなかった事だろう。
そんなレイナが、アングハルトへの想いをリックに問う。語る必要はないと思い、わざとレイナとクリスを口論させて誤魔化そうとも考えたが、その答えを彼女が自らの意思で求めるならば、逃げるわけにはいかない。
「⋯⋯⋯俺はずっと、セリーヌの気持ちから逃げてた」
目を伏せ、深く息を吐いたリックが、愛した彼女の姿を脳裏に蘇らせて、レイナ達の前で語り出す。口を開いたリックの言葉に、聞いた本人であるレイナは、緊張して息を呑んだ。
「メシアのように⋯⋯⋯、また愛した人を失ってしまったらって思うと、恐くて堪らなかった。でも本当は、この腕で抱きしめたいくらい、セリーヌが好きだった」
「⋯⋯⋯」
「俺を好きでいてくれる女で、俺が好きな女だった。失うのが恐いからって、この気持ちは変えられない。だから俺は、セリーヌの気持ちを受け入れて、自分の気持ちを正直に打ち明けた」
失われし愛する者へと抱いたリックの想いを、レイナはただ黙って聞いていた。アングハルトへの想いをリックが口にした瞬間、レイナの肩が小さく震え、その瞳が憂いに揺れた事に気付いたのは、傍にいたクリスだけだった。
「それで好きだって言ったら、今度はセリーヌの方が結婚を申し込んできたんだ。だから俺は――――」
「はんっ。態々言わなくたって、お前がなんて返したかわかるっての」
リックの言葉を遮ったクリスに、リリカも頷いて同意する。何と答えたのかもう分かると、そう言わんばかりに退屈気な二人の様子に、リックは話を止めてしまった。
「ふふっ、オチが読めた話はつまらない。もっと面白い話が聞きたいね」
「勝手な奴らだな⋯⋯⋯。じゃあ次クリス」
「俺に振るんじゃねぇ」
「面白そうだね。偶にはクリスの昔話でも聞いてみようか」
「だそうだ。リリカには逆らわない方が身のためだぞ?」
「ちっ⋯⋯⋯、仕方ねぇな。言っとくが、大して面白くもねぇから文句言うなよ」
リリカだから観念したのか、嫌々ながらもクリスは部屋の天井を見上げ、諦めて溜息を吐く。そんな彼の隣で、レイナは無意識に安堵の息を漏らしていた。それにクリスは気付いていたが、レイナには構わずに、求められた話を語り始める。
「⋯⋯⋯自慢じゃねぇんだが、俺の姓、レッドフォードってのはそこそこの名家でよ。光龍の剣術は俺の家で教えられてたもんだ」
クリスの本名は、クリスティアーノ・レッドフォード。今まで彼は、生まれや家の話を誰にもした事がなかった。昔話が聞きたいと言うリリカのため、ぱっと思い付いたのが自分の生まれの話であり、仕方なくこの話を切り出したのである。
するとリリカは、その話に少しも驚きを見せず、まるで知っていたかのような顔で口を開いた。
「伝説の六剣の影に隠れた、六剣に勝るとも劣らぬ剣士の姓。クリスが大陸最強の剣士を目指す所以だろう?」
「⋯⋯⋯ったく、リリカ姉さんには何でもお見通しだな。その話、誰から聞いたんだよ」
「もちろんヴィヴィアンヌさ。あの子も六剣の情報には目を通していたそうだからね」
「あいつなら知っててもおかしくねぇか。リックにも槍女にも話したことはねぇが、まあリリカ姉さんの言う通り、俺の家は影の剣士の末裔だった。そんな家に生まれたせいもあって、俺は六剣や他の強い奴らをみんな倒して、自分の剣が一番だって証明したいってわけだ」
その生まれが、クリスが最強の剣士に拘る理由の一つだと知り、リックもレイナも納得する。同時にレイナは、どうしてそんな名家の生まれが、こんなにも乱暴な男になってしまったのかと、頭を傾げたくなるくらい疑問だった。
そんな彼女の、「本当にいいところの生まれか?」という疑いの目を察してか、視線をレイナに向けたクリスが少し睨む。
「なんか文句でもあんのか?」
「名家の出とは思えない粗野で破廉恥な男だと思っただけだ。そう言えば前に、破廉恥剣士がリック様を好きな理由を聞いた時、誰かに反発していると言っていたな。お前の言っていたあいつとは、その生まれに関係しているのか?」
「余計な事を憶えてやがって」とクリスが思った時には、既に手遅れであった。リックとリリカの興味は、レイナが口にした話へと完全に向いており、二人共笑顔でクリスに圧をかける。
逃げられないと悟り、またも観念させられたクリスが、嫌そうながらも諦めて語り始める。
「⋯⋯⋯反発してんのは、俺の姉に対してだ」
クリスに姉がいるというのは、リックやレイナ、それに流石のリリカも初耳であり、全員同時に目を見開いて驚いた。リックやレイナに至っては、クリスの姉という事は、見た目は美人でも相当口が悪い乱暴な女性なのではと、勝手な妄想を膨らませた。
「あんまり言いたくねぇんだが、俺の姉はその⋯⋯⋯、俺にやたら甘くてよ。餓鬼の頃からいっつも俺を甘やかそうとして、べたべたとくっ付いてきやがった。極め付けは将来俺と結婚するって言って、他の女が俺に寄りつかねぇようにする始末だった。それが大人になっても変わらなくってな⋯⋯⋯」
「こんなこと言うのはあれだが、弟と本気で結婚とかお前の姉さん頭おかしいだろ」
「やっぱそう思うだろ? あいつは昔っからイカレてんだよ。だからまあ、反発っていうか嫌がらせって感じで、あいつに嫌われるために女好きを演じてたって話だ。好きな男が女にだらしのない野郎だったら、再会した時幻滅させられるだろ?」
出会ったばかりの頃のクリスが、今とは違い女好きであった、その本当の理由を知ったリック達。だがここで、彼らには新たな疑問が生まれてしまう。
では今、弟クリスを溺愛していたという姉は、一体何処に消えてしまったというのだろうか。皆の疑問を代表して口を開いたのは、話を振ったレイナであった。
「それで、破廉恥剣士の姉君は今どこに?」
「⋯⋯⋯知らねぇよ。あいつのことだから生きてはいるんだろうが、どこにいっちまったかはわからねぇ」
「血の繋がった家族だろう? 苦手な姉とはいえ、弟のお前がそんなことでは⋯⋯⋯」
「親が殺されて家が燃えたっきり、あいつとは生き別れちまってるんだよ。居場所どころか、今何してるのかさえ知らねぇんだ」
「!」
普段の調子で、一切の動揺もなく自らの過去を語るクリスに、一番衝撃を受けたのが聞いた本人のレイナである。何も知らないで、無神経にクリスの過去に触れてしまった自分を、彼女は責めた。
「すまない⋯⋯⋯。お前の過去も知らずに、私は⋯⋯⋯」
「気にすんな。こんな世の中じゃ、よくある話だろ」
平気な顔をしているクリスが、落ち込んでいるレイナの頭を指で小突く。しつこく小突かれたレイナが、落ち込んでいたのも忘れ、怒った彼女がまた足でクリスを蹴った。
やはり、兄妹喧嘩のように見える二人の姿に、リックもリリカも笑ってしまう。皆には甘いと言うくせに、自分だってレイナに甘いクリスへ、リックが微笑を浮かべた。
「お前、自分が弟で下がいなかったから、レイナが妹みたいで構いたくなるんだろ?」
「はあ!? なっ、なに馬鹿なこと言ってやがんだ!」
「ふふっ、なるほどね。そう言えば私の妹も、よく弟か妹が欲しいと言っていたよ」
「ええっ!? リリカ様に妹!?」
やはり怒ってしまうクリスだったが、彼もレイナも知らなかったリリカの妹話に、二人は驚愕してそれどころではなくなる。驚く二人の顔には、「きっと美人なのだろうが、性格までも彼女と同じだと嫌だ」と、はっきりと書いてあった。
どんな妹か気になっている二人に、ほんの少しだけ寂し気な顔を見せたリリカが、妖艶な笑みと共に話を続ける。
「⋯⋯⋯残念だけど、妹はもうこの世にはいないんだ。でもね、私よりも可愛らしく美しく、そしてずっと優しかったのは間違いない」
「リリカ様⋯⋯⋯」
「レイナ、そんな顔をしなくていい。私は、悲しい顔をしたレイナより、愛らしく笑っている顔の方が好きだよ」
そう言って笑いかけたリリカが、ベッドの上から腕を伸ばし、レイナの髪に触れとそっと撫でる。悲し気な瞳をしていたレイナが、リリカの手から伝わる彼女の温もりと、心の奥底に眠る彼女の寂しさを感じ、その手を握って頬に寄せた。
「俺も、レイナにはいつも笑ってて欲しいな。ご飯頬張ってる時なんか、すっごく幸せそうな顔してて可愛いし」
「この大飯喰らいのせいでな、さっき食堂でどんだけ恥かいたと思ってる。一人で馬鹿みたいに食って、見てるこっちが恥ずかしかったぜ。しかもだ、槍女に懐いた騎士団の女共が次々餌付けするから、こいつも調子に乗って食べまくるしよ」
「良いではないか破廉恥剣士。彼女達は今日の礼として、律儀に食事を分けてくれたのだ。今度アーレンツに来る時は、我が烈火騎士団も合同演習に参加させてもらうぞ」
「あいつらを気に入り過ぎだろ! おいリック、笑ってないでお前からも何か言ってやってくれよ」
助けを求めるクリスの声も、合同演習に瞳を輝かせるレイナの顔も、リックとリリカは笑って眺めていた。この瞬間だけ彼らは、未来に待つ出会いと別れ、栄光と悲劇を知らぬまま、明日への夢と希望を見続けていた、あの頃へと還っていた。
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
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