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第五十六話 薔薇は美しく
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「はあ⋯⋯⋯」
アーレンツ国防軍神聖薔薇騎士団の兵舎内食堂にて、昼食に手を付けながら書類に目を通している、副隊長コーデリア・アッシュホード。食事の最中にも関わらず、軍務を怠らない真面目な性格の彼女だが、そんな彼女の口からは、ここ最近ほぼ毎日のように溜息が漏れる。
「副隊長、またですか?」
「今日でもう七回目ですよ? 溜息ばかり吐いてると幸せが逃げるって知ってます?」
食事中のコーデリアのテーブルには、部下である二人の女性兵士も同席している。二人の女性兵士は、溜息ばかりの上官を前にして、こっちまで溜息が出そうだなと、呆れ半分でコーデリアを見ていた。
「⋯⋯⋯気にしないで。少し軍務関係で悩んでるだけだから」
「悩みは仕事のことじゃないくせに」
「そうそう。副隊長が溜息ばっかりなのは、あの方をずっと待ってるからだってみんな知ってますよ?」
「!!」
銀色の髪を揺らし、顔を横に振って否定するコーデリアだったが、二人の部下はにやついた目で彼女を見ている。溜息の原因は、彼女達が言うように確かにその人物なのだが、認めたくない本人は顔を真っ赤にして怒り出す。
「だっ、断じて違うわ! あの男を待ってるのは私じゃなく、寧ろ隊長の方で――――」
「副隊長も変わらないと思いまーす」
「次の合同演習を催促する手紙送ってるの、みんな知ってまーす」
「!?」
何で知ってるんだと言わんばかりの顔で、コーデリアが慌てて立ち上がって周囲を見回す。食堂内にいる神聖薔薇騎士団の女性兵士面々は、やっと気付いた彼女に笑いを堪えていた。
「あっ、貴方達! 勘違いしないで! 私はただ、騎士団の練度向上のためにあの男を利用しているだけであって、決して他意はないの!」
「ええ~、ほんとですか~?」
「絶対嘘だ。副隊長って嘘下手だからすぐわかるよね~」
「うっ、嘘じゃないわよ! 大体あの男は――――」
部下達に揶揄われているコーデリアが、食堂内に響き渡る声量で否定していると、彼女のもとに一人の女性兵士が駆け込んでくる。彼女もまた、コーデリア達神聖薔薇騎士団の一人であり、息を切らした彼女は興奮して報告する。
「ふっ、副隊長! 今兵舎の前であの方がびっくりな格好して――――」
報告を最後まで聞かず、コーデリアは驚いて食堂を飛び出した。報告してきた彼女の慌てようで、誰が来たのか瞬時に理解したからだ。
まさに、疾風の如し速さで食堂から消えたコーデリア。走り去って見えなくなった彼女に対し、食堂内の女性兵士達は全員、「やっぱり待ってたんじゃん」と思いながら、コーデリアの後を追うのだった。
「ベルナ! いるんなら返事しやがれ!」
アーレンツ国防軍神聖薔薇騎士団兵舎前にて、女装姿のクリスが腰に手を当て堂々と、騎士団の隊長たるベルナデットの名を叫んでいた。
彼の後ろでは、荷馬車を停めたリック達が待機し、出迎えが来るのを待っている。自分達のこんな姿で、しかも連絡すらしていない突然の訪問にも関わらず、本当に受け入れてくれるのかと不安はあれど、リック達は今はクリスを信じる他なかった。
すると兵舎の扉が開いて、慌てた様子のコーデリアが飛び出してくる。クリスの目の前に駆け込んできたコーデリアは、驚愕しつつも、来訪した彼を問い詰める。
「レッドフォード!! 貴方突然やって来て何を⋯⋯⋯、って、なんなのその格好は!?」
「おう、コーデリアじゃねぇか。ベルナはいるか?」
「隊長なら今自室に⋯⋯⋯、じゃなくて、その格好!!」
「いちいち気にすんじゃねぇよ。こいつは変装で、俺に女装の趣味はねぇ」
「変装って一体何が⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、っていうか私よりドレス似合う⋯⋯⋯」
「槍女と同じこと言うんじゃねぇよ! こんなもん似合ってたまるか!」
女装姿のクリスに益々訳が分からなくなり、驚きの数々に混乱を極めているコーデリア。しかし、クリスの後ろにいる人物達を見逃す事はなく、混乱しながらも声を少し細めてクリスに問う。
「それより、貴方の後ろの方々はもしかして⋯⋯⋯」
「ああ、よく気が付いたな。元情報大国ってのは伊達じゃないってか?」
「揶揄わないで。じゃあやっぱり⋯⋯⋯」
「うちの将軍リックに宰相のリリカ姉さん。あと烈火騎士団の脳筋槍女だ。厄介なことになって、お前ら以外頼れる当てがなかったんだよ」
ヴァスティナ帝国を代表する人物達が、護衛の兵などを連れずに、突然アーレンツの一部隊を頼ってここまで来るなど、只事ではないと容易に想像ができる。
ここでは安易に話せない内容だと思い、問い詰めたい事は山ほどあるが、コーデリアは彼の頼みを聞き入れた。アーレンツの軍人としては、先ずは隊長たるベルナや上層部に確認を取る必要などがある。それにもかかわらず、独断で受け入れようとしているのは、神聖薔薇騎士団がクリスを信頼しているが故だ。
何より、コーデリアはクリスから頼られるのが、言葉にはしないが嬉しかったのである。少し機嫌を良くしたコーデリアが、クリス達を案内すべく兵舎に戻ろうとするが、振り返った彼女が見たものは、兵舎の扉や窓から身を乗り出して黄色い悲鳴を上げる、神聖薔薇騎士団の女性兵士達だった。
「きゃー! レッドフォード様♡」
「副隊長ずっるーい! 私もレッドフォード様とお話ししたーい!」
「それよりあの格好なに!? イケメンは何着ても似合うってか、麗し過ぎてもう最高!!」
「レッドフォードさまあああああっ!! 私を三枚におろしてええええええっ!!」
神聖薔薇騎士団は女性だけで編成された、アーレンツ国防軍最強の剣士部隊である。アーレンツ攻防戦以降、クリスの剣技を目にした彼女達は、すっかりクリスの熱狂的ファンになってしまったのである。
あまりにも黄色い声が収まらないクリスの人気振りに、驚いたのは勿論リック達であった。帝国でなら兎も角、かつては敵同士で戦った国の軍人に、こうも人気があるなど想像もできない事だ。改めて、クリスの女受けの良さを思い知るリックとリリカだったが、二人とは対照的にレイナは、「こんな破廉恥な女装男の何処がいいんだ⋯⋯⋯」と言いたげな顔だった。
「貴女達!! 騒いでないで軍務に戻りなさい!!」
部下達に戻れと命令するも、クリスを独り占めにするなと言わんばかりに、皆から野次が飛びまくる。そんな苦労するコーデリアと、いつまでも黄色い悲鳴が五月蠅い女性剣士達の姿に、原因となった本人であるクリスは、面倒臭くなって深い溜息を漏らすのだった。
「⋯⋯⋯事情は理解した。ここまでよく無事に辿り着けたものだ」
コーデリアに続いて兵舎内に通されたクリス達は、真っ直ぐ隊長室へと向かい、部屋で軍務を片付けていた、神聖薔薇騎士団隊長ベルナデット・リリーに面会を果たした。
客用のソファに腰を下ろしたクリス達に、コーデリアが紅茶を淹れている間、彼らはベルナデットに詳しい事情を説明した。話を聞き終えたベルナデットは、最初こそクリス達の格好に動揺を見せるも、コーデリアからカップを受け取ると、静かに紅茶へと口を付ける。
クリス達にもコーデリアから紅茶が振る舞われ、茶葉の良い香りに反応した彼らも、それぞれカップを片手に口を付けた。
「ふふっ⋯⋯⋯、中々の腕前だね」
「お茶に厳しいリリカが珍しいな。あっ、レイナがお茶菓子欲しそうな顔してる」
「かっ、顔に出てましたか⋯⋯⋯!?」
「いや、冗談で言っただけなんだけど⋯⋯⋯」
レイナの空腹を察し、ベルナデットが目で許可すると、コーデリアはお茶用具の中から、焼き菓子の入った袋を取り出す。中の焼き菓子を小皿に並べ、それをレイナの前に差し出すと、彼女は恥ずかしそうに頬を赤くしながら、コーデリアに微笑を浮かべて感謝した。
「美味いな、これ⋯⋯⋯」
「!」
紅茶の美味さに感想を漏らすクリス。それを聞いたコーデリアは、嬉しくなって微笑を零した。
(ふふふっ⋯⋯⋯、可愛いじゃないか)
(絶対クリスのために淹れたよな、この紅茶)
(鈍い男だ⋯⋯⋯)
三人に内心で鈍感だと思われているとは知らず、クリスは紅茶を飲んで一息付いている。
クリスがアーレンツのベルナデットを頼った理由は、アーレンツ攻防戦以降、神聖薔薇騎士団と彼は、互いの隊で合同演習を行なう関係にあったからだ。二つの隊は国の垣根を越えて、何度かの合同演習にて親交を深め、互いを信頼している。
気心が知れた間柄だからこそ、クリスは彼女達ならば裏切りの心配はないと考え、リック達にアーレンツ行きを提案したのである。義理堅く、正義感の強いベルナデットならば、卑劣な真似は決してしないという、絶対的な信頼故の判断だった。
リック達三人も、実際に目にした事はないが、クリスが他国への剣術指南の為、各国に赴いていたのは知っている。それを指示したのはミュセイラであり、これはヴァスティナ帝国と同盟関係にある各国の軍備強化と、各国との友好関係を深める目的で計画された。
ミュセイラの計画案を承認したのはリックとエミリオであり、クリスがアーレンツにも合同演習へ派遣されていたのは、報告の為に提出された書類の上では知っていた。ここまで熱狂的な人気があるのは初めて知るも、一先ずはリック達も、ベルナデットの立ち居振る舞いから、彼女達ならば信用できそうだと考えていた。
緊張感を解いても大丈夫だと思い、安堵したリックはベルナデットを見ると、優雅に紅茶を飲む彼女に向かい口を開く。
「リリー中佐。話した通り、俺達は反抗勢力に命を狙われているだけでなく、まだ反乱の情報整理ができていない。アーレンツは今、この反乱に関する情報をどれだけ得ているか、それを教えて欲しい」
「⋯⋯⋯フローレンス将軍が知りたい情報は、朝一番で私のもとに届けられた。これは私の友人が入手した情報で、上層部は未だ事の次第を把握してはいない」
「なるほど。つまり、帝国の反乱を知るのは今のところ、アーレンツでは中佐達だけだと?」
「その通りです。現在のヴァスティナ帝国の状況ですが、これは将軍にとっては非常に危いものと言えるでしょう」
リックにとって危険なものという事は、エミリオは反乱によって帝国の秩序が崩壊しないよう、上手く調整しているに違いなかった。エミリオは各国に反乱を悟られぬよう行動し、他国が軍事介入を始める前に、リック達を打倒し、反乱を成功させる腹積もりなのは、これで間違いない。
問題なのは、エミリオは誰を味方として、この反乱を成功させようと企んでいるかである。今現在、一体誰が裏切り者となっているのか、それを知らなければ反撃どころではない。
リックが今、最も知りたい情報は、裏切り者が誰であるのかと、帝国女王の安否である。リックがどんな情報を求めているか、それを察したベルナデットは、先ずは反乱に加担している裏切者達の話から始める事にした。
「御存知の通り、此度の反乱の首謀者は、帝国国防軍参謀本部のエミリオ・メンフィスで間違いない。彼は帝国国防空軍を指揮下に置き、ブラウブロワ等の反抗勢力と協力した後、先日ミルアイズを強襲した」
「!」
ミルアイズには、囮役を買って出たヴィヴィアンヌ達がいる。状況を把握できていなかったリック達は、やはりそうかと思いながらも、最悪の可能性が脳裏を過り、想像できていた事実でも動揺を隠せなかった。
「ミルアイズでの戦闘の末、同地で戦った帝国国防軍の部隊は壊滅。生存者はいなかったそうですが、指揮を執っていた親衛隊のヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼの戦死は、まだ確認されていない」
「⋯⋯⋯」
「未確認の情報では、親衛隊隊長は捕縛され、交戦部隊と同地を離れたとの話もある。同行していたはずの烈火及び光龍の騎士団は、現在行方が分からない状態だ」
ミルアイズでの戦闘の結果は、リック達に衝撃を与えた。今はまだ、ヴィヴィアンヌの安否が分からない状態だが、もし彼女が、既にこの世の人でなくなっていたのならと思うと、彼女を想うリックの心は張り裂けてしまいそうだった。
レイナもクリスも、そんなリックの気持ちを察してはいるが、かける言葉が見つからなかった。リックからすれば、これは全て自分が記憶を失ってしまった結果であり、自分が原因となって起きた悲劇なのだ。慰める言葉をかけたところで、彼が傷付くだけである。
「⋯⋯⋯エミリオなら、ヴィヴィアンヌを簡単に殺したりしない。あいつはヴィヴィアンヌの利用価値も計算に入れてるはずだからな」
ヴィヴィアンヌの身に起きた悲劇に、最も責任を感じているはずのリックが、レイナ達よりも冷静に状況を分析し、彼女は無事だと言って見せる。これにはベルナデット達より、寧ろレイナ達の方が驚かされた。
リックにとってヴィヴィアンヌは、かけがえのない大切な存在である。戦死したアングハルトと同じように、彼にとっては命を賭してでも守り抜きたい存在だ。
ヴィヴィアンヌの生死が分からない。自分のせいで殺されてしまったのなら。今までのリックなら、抑え切れない怒りと憎悪に駆られ、敵に必ず復讐を誓っていただろう。
正直、そんな彼の状態を覚悟していたレイナとクリスだったが、リックは二人の予想に反し、ヴィヴィアンヌが生かされている可能性を説いた。当然、彼女が無事ではないと分かっているが、決して取り乱したりはせず、リックは話を続けた。
「中佐、他の部隊の状況は分かりますか?」
「帝国国防軍の各隊は、未だ反乱を察知できておらず、参謀本部より与えられている命令通り各地域に留まっています。ですが、烈火と光龍の騎士団以外にも、行方が分からなくなっている隊がいくつかあるそうです」
「その一つが鉄血部隊か⋯⋯⋯。どうにかして二つの騎士団や鉄血部隊と合流しつつ、各戦闘団に反乱を伝えたいんだが、アーレンツでそれは可能ですか?」
「軍の通信網を使えば可能かもしれません。但し、それは我が国がどちらの側に付くか次第でしょう」
ヴァスティナ帝国に対する反乱が起きた事実を知るのは、アーレンツでは今のところベルナデットと、この場に同席していたコーデリアのみである。もしリックがアーレンツの軍部に協力を要請した場合、この反乱がアーレンツ全体に知れ渡るだろう。
そうなった時、果たしてアーレンツはリックに協力するのか。それとも、帝国との現在の関係を改善するべく、反乱軍の側に付こうとするのか。これはリックだけでなく、ベルナデットにも分からない事だ。
アーレンツを主導する者達が、一体どんな判断を下すか不明な以上は、アーレンツの軍部などを頼るのは寧ろ危険と言える。最悪の場合、アーレンツが反乱軍に協力すると決めたとすれば、自国内でリック達を捕らえ、交渉材料にする可能性すらあり得る。
ベルナデットの警告を受けたリックは、現状維持を余儀なくされた。どの道放っておいても、何れは反乱の発生が広まるのは確実だが、今は下手に動くと逆に危険を招く。
「フローレンス将軍。軍上層部や政府高官を当てにはできないでしょうが、我が神聖薔薇騎士団はクリスティアーノ・レッドフォードへの恩義がある。それに、ヴァスティナ帝国はアーレンツを国家保安情報局の支配から、苦しむ国民を解放してくれた。この恩義に報いるため、貴方方は我々が守りましょう」
身を案じるが故、ベルナデットは独断で彼らを迎えた。神聖薔薇騎士団の保護を受ける事になり、リック達は安堵の域を漏らすと共に、長旅の緊張が解け、一気に疲労が身体を襲う。それでも、いつどこで襲撃されるか分からない中、四六時中警戒し続けるよりは、ずっとマシであった。
やっと落ち着けると分かり、リック達の顔にも笑顔が現れるが、クリスはベルナデットに視線を向けると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまねぇ、ベルナ。関係ないお前らを巻き込んじまったのは俺のせいだ」
「気にしないで欲しい。もし責任を感じているなら、ここにいる間は騎士団の剣を見てやってくれ。皆、それを心待ちにしている」
「わかったぜ。あと迷惑ついでに、また俺と手合わせしてくれねぇか?」
「頼まれなくともそのつもりだ。すぐに仕事を片付けるから、コーデリア達の相手をして待っていてくれ」
久し振りに、また互いの剣を交えられる。アーレンツ攻防戦以来、クリスとベルナデットは互いを競い高め合う、言わばライバル同士である。合同演習でクリスが赴いた際は、両者必ず手合わせを行ない、光龍騎士団と神聖薔薇騎士団の兵士達が見守る中、最速にして最強の剣技を交え合うのだ。
これまでの勝率は僅かにクリスが勝るも、ベルナデットの技も手合わせする事に磨きがかかっていく。両者は一歩も譲らず、互いの剣が最強であると証明するため、剣士としてのそれぞれの道を歩んでいる。
「アッシュホード中尉。彼らの案内は任せる」
「了解いたしました、中佐」
「なんだよお前、知らねぇ内に昇進しやがったのか」
「技を磨いていたのは中佐や貴方だけじゃない。私の実力を評価し、昇進を推薦して下さった中佐に報いるためにも、今日こそは貴方に勝つ」
「はんっ! いいぜ、思う存分相手してやるよ」
クリスとの手合わせを望むのはベルナデットだけではない。コーデリアもまた、彼をライバル視する剣士の一人である。
アーレンツ攻防戦の際にクリスに敗北して以来、彼女も更なる高みを目指して己を鍛え、技を磨き続けている。かつてクリスに負けた時とは、もう比べ物にならない。それはベルナデットだけでなく、演習の際に必ずコーデリアと剣を交えている、クリス自身もよく分かっていた。
だからこそ、クリスもベルナデットもコーデリアも、早く戦いたいという気持ちが抑え切れない。待ち切れない笑みを浮かべたクリスは、顔をリックに向けて確認を取る。リックは頷いて許可し、コーデリアの案内のもと、クリス達はベルナデットを残し、部屋を退室し始める。
「クリス」
「あん?」
部屋を後にしようとしたクリスを、ベルナデットが呼び止める。皆が先に部屋を出て、振り返ったクリスが一人残されたところで、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「また、クリスに会えて嬉しい」
「俺もだ。迷惑かけちまうが、ここに来てよかったぜ」
再び背を向けたクリスが部屋を出ていく。一人だけとなった隊長室で、頬を少し赤らめたベルナデットは、高鳴る胸の鼓動に、自分の心が熱くなっていくのを感じていた。
アーレンツ国防軍神聖薔薇騎士団の兵舎内食堂にて、昼食に手を付けながら書類に目を通している、副隊長コーデリア・アッシュホード。食事の最中にも関わらず、軍務を怠らない真面目な性格の彼女だが、そんな彼女の口からは、ここ最近ほぼ毎日のように溜息が漏れる。
「副隊長、またですか?」
「今日でもう七回目ですよ? 溜息ばかり吐いてると幸せが逃げるって知ってます?」
食事中のコーデリアのテーブルには、部下である二人の女性兵士も同席している。二人の女性兵士は、溜息ばかりの上官を前にして、こっちまで溜息が出そうだなと、呆れ半分でコーデリアを見ていた。
「⋯⋯⋯気にしないで。少し軍務関係で悩んでるだけだから」
「悩みは仕事のことじゃないくせに」
「そうそう。副隊長が溜息ばっかりなのは、あの方をずっと待ってるからだってみんな知ってますよ?」
「!!」
銀色の髪を揺らし、顔を横に振って否定するコーデリアだったが、二人の部下はにやついた目で彼女を見ている。溜息の原因は、彼女達が言うように確かにその人物なのだが、認めたくない本人は顔を真っ赤にして怒り出す。
「だっ、断じて違うわ! あの男を待ってるのは私じゃなく、寧ろ隊長の方で――――」
「副隊長も変わらないと思いまーす」
「次の合同演習を催促する手紙送ってるの、みんな知ってまーす」
「!?」
何で知ってるんだと言わんばかりの顔で、コーデリアが慌てて立ち上がって周囲を見回す。食堂内にいる神聖薔薇騎士団の女性兵士面々は、やっと気付いた彼女に笑いを堪えていた。
「あっ、貴方達! 勘違いしないで! 私はただ、騎士団の練度向上のためにあの男を利用しているだけであって、決して他意はないの!」
「ええ~、ほんとですか~?」
「絶対嘘だ。副隊長って嘘下手だからすぐわかるよね~」
「うっ、嘘じゃないわよ! 大体あの男は――――」
部下達に揶揄われているコーデリアが、食堂内に響き渡る声量で否定していると、彼女のもとに一人の女性兵士が駆け込んでくる。彼女もまた、コーデリア達神聖薔薇騎士団の一人であり、息を切らした彼女は興奮して報告する。
「ふっ、副隊長! 今兵舎の前であの方がびっくりな格好して――――」
報告を最後まで聞かず、コーデリアは驚いて食堂を飛び出した。報告してきた彼女の慌てようで、誰が来たのか瞬時に理解したからだ。
まさに、疾風の如し速さで食堂から消えたコーデリア。走り去って見えなくなった彼女に対し、食堂内の女性兵士達は全員、「やっぱり待ってたんじゃん」と思いながら、コーデリアの後を追うのだった。
「ベルナ! いるんなら返事しやがれ!」
アーレンツ国防軍神聖薔薇騎士団兵舎前にて、女装姿のクリスが腰に手を当て堂々と、騎士団の隊長たるベルナデットの名を叫んでいた。
彼の後ろでは、荷馬車を停めたリック達が待機し、出迎えが来るのを待っている。自分達のこんな姿で、しかも連絡すらしていない突然の訪問にも関わらず、本当に受け入れてくれるのかと不安はあれど、リック達は今はクリスを信じる他なかった。
すると兵舎の扉が開いて、慌てた様子のコーデリアが飛び出してくる。クリスの目の前に駆け込んできたコーデリアは、驚愕しつつも、来訪した彼を問い詰める。
「レッドフォード!! 貴方突然やって来て何を⋯⋯⋯、って、なんなのその格好は!?」
「おう、コーデリアじゃねぇか。ベルナはいるか?」
「隊長なら今自室に⋯⋯⋯、じゃなくて、その格好!!」
「いちいち気にすんじゃねぇよ。こいつは変装で、俺に女装の趣味はねぇ」
「変装って一体何が⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、っていうか私よりドレス似合う⋯⋯⋯」
「槍女と同じこと言うんじゃねぇよ! こんなもん似合ってたまるか!」
女装姿のクリスに益々訳が分からなくなり、驚きの数々に混乱を極めているコーデリア。しかし、クリスの後ろにいる人物達を見逃す事はなく、混乱しながらも声を少し細めてクリスに問う。
「それより、貴方の後ろの方々はもしかして⋯⋯⋯」
「ああ、よく気が付いたな。元情報大国ってのは伊達じゃないってか?」
「揶揄わないで。じゃあやっぱり⋯⋯⋯」
「うちの将軍リックに宰相のリリカ姉さん。あと烈火騎士団の脳筋槍女だ。厄介なことになって、お前ら以外頼れる当てがなかったんだよ」
ヴァスティナ帝国を代表する人物達が、護衛の兵などを連れずに、突然アーレンツの一部隊を頼ってここまで来るなど、只事ではないと容易に想像ができる。
ここでは安易に話せない内容だと思い、問い詰めたい事は山ほどあるが、コーデリアは彼の頼みを聞き入れた。アーレンツの軍人としては、先ずは隊長たるベルナや上層部に確認を取る必要などがある。それにもかかわらず、独断で受け入れようとしているのは、神聖薔薇騎士団がクリスを信頼しているが故だ。
何より、コーデリアはクリスから頼られるのが、言葉にはしないが嬉しかったのである。少し機嫌を良くしたコーデリアが、クリス達を案内すべく兵舎に戻ろうとするが、振り返った彼女が見たものは、兵舎の扉や窓から身を乗り出して黄色い悲鳴を上げる、神聖薔薇騎士団の女性兵士達だった。
「きゃー! レッドフォード様♡」
「副隊長ずっるーい! 私もレッドフォード様とお話ししたーい!」
「それよりあの格好なに!? イケメンは何着ても似合うってか、麗し過ぎてもう最高!!」
「レッドフォードさまあああああっ!! 私を三枚におろしてええええええっ!!」
神聖薔薇騎士団は女性だけで編成された、アーレンツ国防軍最強の剣士部隊である。アーレンツ攻防戦以降、クリスの剣技を目にした彼女達は、すっかりクリスの熱狂的ファンになってしまったのである。
あまりにも黄色い声が収まらないクリスの人気振りに、驚いたのは勿論リック達であった。帝国でなら兎も角、かつては敵同士で戦った国の軍人に、こうも人気があるなど想像もできない事だ。改めて、クリスの女受けの良さを思い知るリックとリリカだったが、二人とは対照的にレイナは、「こんな破廉恥な女装男の何処がいいんだ⋯⋯⋯」と言いたげな顔だった。
「貴女達!! 騒いでないで軍務に戻りなさい!!」
部下達に戻れと命令するも、クリスを独り占めにするなと言わんばかりに、皆から野次が飛びまくる。そんな苦労するコーデリアと、いつまでも黄色い悲鳴が五月蠅い女性剣士達の姿に、原因となった本人であるクリスは、面倒臭くなって深い溜息を漏らすのだった。
「⋯⋯⋯事情は理解した。ここまでよく無事に辿り着けたものだ」
コーデリアに続いて兵舎内に通されたクリス達は、真っ直ぐ隊長室へと向かい、部屋で軍務を片付けていた、神聖薔薇騎士団隊長ベルナデット・リリーに面会を果たした。
客用のソファに腰を下ろしたクリス達に、コーデリアが紅茶を淹れている間、彼らはベルナデットに詳しい事情を説明した。話を聞き終えたベルナデットは、最初こそクリス達の格好に動揺を見せるも、コーデリアからカップを受け取ると、静かに紅茶へと口を付ける。
クリス達にもコーデリアから紅茶が振る舞われ、茶葉の良い香りに反応した彼らも、それぞれカップを片手に口を付けた。
「ふふっ⋯⋯⋯、中々の腕前だね」
「お茶に厳しいリリカが珍しいな。あっ、レイナがお茶菓子欲しそうな顔してる」
「かっ、顔に出てましたか⋯⋯⋯!?」
「いや、冗談で言っただけなんだけど⋯⋯⋯」
レイナの空腹を察し、ベルナデットが目で許可すると、コーデリアはお茶用具の中から、焼き菓子の入った袋を取り出す。中の焼き菓子を小皿に並べ、それをレイナの前に差し出すと、彼女は恥ずかしそうに頬を赤くしながら、コーデリアに微笑を浮かべて感謝した。
「美味いな、これ⋯⋯⋯」
「!」
紅茶の美味さに感想を漏らすクリス。それを聞いたコーデリアは、嬉しくなって微笑を零した。
(ふふふっ⋯⋯⋯、可愛いじゃないか)
(絶対クリスのために淹れたよな、この紅茶)
(鈍い男だ⋯⋯⋯)
三人に内心で鈍感だと思われているとは知らず、クリスは紅茶を飲んで一息付いている。
クリスがアーレンツのベルナデットを頼った理由は、アーレンツ攻防戦以降、神聖薔薇騎士団と彼は、互いの隊で合同演習を行なう関係にあったからだ。二つの隊は国の垣根を越えて、何度かの合同演習にて親交を深め、互いを信頼している。
気心が知れた間柄だからこそ、クリスは彼女達ならば裏切りの心配はないと考え、リック達にアーレンツ行きを提案したのである。義理堅く、正義感の強いベルナデットならば、卑劣な真似は決してしないという、絶対的な信頼故の判断だった。
リック達三人も、実際に目にした事はないが、クリスが他国への剣術指南の為、各国に赴いていたのは知っている。それを指示したのはミュセイラであり、これはヴァスティナ帝国と同盟関係にある各国の軍備強化と、各国との友好関係を深める目的で計画された。
ミュセイラの計画案を承認したのはリックとエミリオであり、クリスがアーレンツにも合同演習へ派遣されていたのは、報告の為に提出された書類の上では知っていた。ここまで熱狂的な人気があるのは初めて知るも、一先ずはリック達も、ベルナデットの立ち居振る舞いから、彼女達ならば信用できそうだと考えていた。
緊張感を解いても大丈夫だと思い、安堵したリックはベルナデットを見ると、優雅に紅茶を飲む彼女に向かい口を開く。
「リリー中佐。話した通り、俺達は反抗勢力に命を狙われているだけでなく、まだ反乱の情報整理ができていない。アーレンツは今、この反乱に関する情報をどれだけ得ているか、それを教えて欲しい」
「⋯⋯⋯フローレンス将軍が知りたい情報は、朝一番で私のもとに届けられた。これは私の友人が入手した情報で、上層部は未だ事の次第を把握してはいない」
「なるほど。つまり、帝国の反乱を知るのは今のところ、アーレンツでは中佐達だけだと?」
「その通りです。現在のヴァスティナ帝国の状況ですが、これは将軍にとっては非常に危いものと言えるでしょう」
リックにとって危険なものという事は、エミリオは反乱によって帝国の秩序が崩壊しないよう、上手く調整しているに違いなかった。エミリオは各国に反乱を悟られぬよう行動し、他国が軍事介入を始める前に、リック達を打倒し、反乱を成功させる腹積もりなのは、これで間違いない。
問題なのは、エミリオは誰を味方として、この反乱を成功させようと企んでいるかである。今現在、一体誰が裏切り者となっているのか、それを知らなければ反撃どころではない。
リックが今、最も知りたい情報は、裏切り者が誰であるのかと、帝国女王の安否である。リックがどんな情報を求めているか、それを察したベルナデットは、先ずは反乱に加担している裏切者達の話から始める事にした。
「御存知の通り、此度の反乱の首謀者は、帝国国防軍参謀本部のエミリオ・メンフィスで間違いない。彼は帝国国防空軍を指揮下に置き、ブラウブロワ等の反抗勢力と協力した後、先日ミルアイズを強襲した」
「!」
ミルアイズには、囮役を買って出たヴィヴィアンヌ達がいる。状況を把握できていなかったリック達は、やはりそうかと思いながらも、最悪の可能性が脳裏を過り、想像できていた事実でも動揺を隠せなかった。
「ミルアイズでの戦闘の末、同地で戦った帝国国防軍の部隊は壊滅。生存者はいなかったそうですが、指揮を執っていた親衛隊のヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼの戦死は、まだ確認されていない」
「⋯⋯⋯」
「未確認の情報では、親衛隊隊長は捕縛され、交戦部隊と同地を離れたとの話もある。同行していたはずの烈火及び光龍の騎士団は、現在行方が分からない状態だ」
ミルアイズでの戦闘の結果は、リック達に衝撃を与えた。今はまだ、ヴィヴィアンヌの安否が分からない状態だが、もし彼女が、既にこの世の人でなくなっていたのならと思うと、彼女を想うリックの心は張り裂けてしまいそうだった。
レイナもクリスも、そんなリックの気持ちを察してはいるが、かける言葉が見つからなかった。リックからすれば、これは全て自分が記憶を失ってしまった結果であり、自分が原因となって起きた悲劇なのだ。慰める言葉をかけたところで、彼が傷付くだけである。
「⋯⋯⋯エミリオなら、ヴィヴィアンヌを簡単に殺したりしない。あいつはヴィヴィアンヌの利用価値も計算に入れてるはずだからな」
ヴィヴィアンヌの身に起きた悲劇に、最も責任を感じているはずのリックが、レイナ達よりも冷静に状況を分析し、彼女は無事だと言って見せる。これにはベルナデット達より、寧ろレイナ達の方が驚かされた。
リックにとってヴィヴィアンヌは、かけがえのない大切な存在である。戦死したアングハルトと同じように、彼にとっては命を賭してでも守り抜きたい存在だ。
ヴィヴィアンヌの生死が分からない。自分のせいで殺されてしまったのなら。今までのリックなら、抑え切れない怒りと憎悪に駆られ、敵に必ず復讐を誓っていただろう。
正直、そんな彼の状態を覚悟していたレイナとクリスだったが、リックは二人の予想に反し、ヴィヴィアンヌが生かされている可能性を説いた。当然、彼女が無事ではないと分かっているが、決して取り乱したりはせず、リックは話を続けた。
「中佐、他の部隊の状況は分かりますか?」
「帝国国防軍の各隊は、未だ反乱を察知できておらず、参謀本部より与えられている命令通り各地域に留まっています。ですが、烈火と光龍の騎士団以外にも、行方が分からなくなっている隊がいくつかあるそうです」
「その一つが鉄血部隊か⋯⋯⋯。どうにかして二つの騎士団や鉄血部隊と合流しつつ、各戦闘団に反乱を伝えたいんだが、アーレンツでそれは可能ですか?」
「軍の通信網を使えば可能かもしれません。但し、それは我が国がどちらの側に付くか次第でしょう」
ヴァスティナ帝国に対する反乱が起きた事実を知るのは、アーレンツでは今のところベルナデットと、この場に同席していたコーデリアのみである。もしリックがアーレンツの軍部に協力を要請した場合、この反乱がアーレンツ全体に知れ渡るだろう。
そうなった時、果たしてアーレンツはリックに協力するのか。それとも、帝国との現在の関係を改善するべく、反乱軍の側に付こうとするのか。これはリックだけでなく、ベルナデットにも分からない事だ。
アーレンツを主導する者達が、一体どんな判断を下すか不明な以上は、アーレンツの軍部などを頼るのは寧ろ危険と言える。最悪の場合、アーレンツが反乱軍に協力すると決めたとすれば、自国内でリック達を捕らえ、交渉材料にする可能性すらあり得る。
ベルナデットの警告を受けたリックは、現状維持を余儀なくされた。どの道放っておいても、何れは反乱の発生が広まるのは確実だが、今は下手に動くと逆に危険を招く。
「フローレンス将軍。軍上層部や政府高官を当てにはできないでしょうが、我が神聖薔薇騎士団はクリスティアーノ・レッドフォードへの恩義がある。それに、ヴァスティナ帝国はアーレンツを国家保安情報局の支配から、苦しむ国民を解放してくれた。この恩義に報いるため、貴方方は我々が守りましょう」
身を案じるが故、ベルナデットは独断で彼らを迎えた。神聖薔薇騎士団の保護を受ける事になり、リック達は安堵の域を漏らすと共に、長旅の緊張が解け、一気に疲労が身体を襲う。それでも、いつどこで襲撃されるか分からない中、四六時中警戒し続けるよりは、ずっとマシであった。
やっと落ち着けると分かり、リック達の顔にも笑顔が現れるが、クリスはベルナデットに視線を向けると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまねぇ、ベルナ。関係ないお前らを巻き込んじまったのは俺のせいだ」
「気にしないで欲しい。もし責任を感じているなら、ここにいる間は騎士団の剣を見てやってくれ。皆、それを心待ちにしている」
「わかったぜ。あと迷惑ついでに、また俺と手合わせしてくれねぇか?」
「頼まれなくともそのつもりだ。すぐに仕事を片付けるから、コーデリア達の相手をして待っていてくれ」
久し振りに、また互いの剣を交えられる。アーレンツ攻防戦以来、クリスとベルナデットは互いを競い高め合う、言わばライバル同士である。合同演習でクリスが赴いた際は、両者必ず手合わせを行ない、光龍騎士団と神聖薔薇騎士団の兵士達が見守る中、最速にして最強の剣技を交え合うのだ。
これまでの勝率は僅かにクリスが勝るも、ベルナデットの技も手合わせする事に磨きがかかっていく。両者は一歩も譲らず、互いの剣が最強であると証明するため、剣士としてのそれぞれの道を歩んでいる。
「アッシュホード中尉。彼らの案内は任せる」
「了解いたしました、中佐」
「なんだよお前、知らねぇ内に昇進しやがったのか」
「技を磨いていたのは中佐や貴方だけじゃない。私の実力を評価し、昇進を推薦して下さった中佐に報いるためにも、今日こそは貴方に勝つ」
「はんっ! いいぜ、思う存分相手してやるよ」
クリスとの手合わせを望むのはベルナデットだけではない。コーデリアもまた、彼をライバル視する剣士の一人である。
アーレンツ攻防戦の際にクリスに敗北して以来、彼女も更なる高みを目指して己を鍛え、技を磨き続けている。かつてクリスに負けた時とは、もう比べ物にならない。それはベルナデットだけでなく、演習の際に必ずコーデリアと剣を交えている、クリス自身もよく分かっていた。
だからこそ、クリスもベルナデットもコーデリアも、早く戦いたいという気持ちが抑え切れない。待ち切れない笑みを浮かべたクリスは、顔をリックに向けて確認を取る。リックは頷いて許可し、コーデリアの案内のもと、クリス達はベルナデットを残し、部屋を退室し始める。
「クリス」
「あん?」
部屋を後にしようとしたクリスを、ベルナデットが呼び止める。皆が先に部屋を出て、振り返ったクリスが一人残されたところで、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「また、クリスに会えて嬉しい」
「俺もだ。迷惑かけちまうが、ここに来てよかったぜ」
再び背を向けたクリスが部屋を出ていく。一人だけとなった隊長室で、頬を少し赤らめたベルナデットは、高鳴る胸の鼓動に、自分の心が熱くなっていくのを感じていた。
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