贖罪の救世主

水野アヤト

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第五十四話 崩壊の序曲

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 ブラド公国宮殿で事件があったその二日後、リック達ヴァスティナ帝国主要の面々が、長くいた宮殿を後にする日がやってきた。
 晴天の朝、宮殿正門に並ぶ帝国国防軍の軍用車両と、周囲を警戒する銃火器武装した兵士達。警護の兵に守られながら、軍服を着たリックと、いつもと同じく紅いドレスを身に纏うリリカが、仲間達との一時の別れの挨拶を済ませていた。

「ライガさん、ゴリオンさん。また会える日までどうか無事で」
「心配しなくていいんだな。オラもライガも、必ずまたリックに会えるだよ」
「ゴリオンの言う通りだぜ! リックこそ、オレ達がいない間無茶すんなよ!」

 隣にはリリカが立ち、二人の両側にはレイナとクリスが控えている。リックは三人に守られながら、自分達とは別行動を取るライガ・イカルガとゴリオンとの別れを惜しんだ。
 リック達はブラド公国を離れるが、ゴリオンはこの国に残り、ライガは治安回復のため各地をまわる事になった。

 ブラド公国は現在、大陸全土の武力統一を狙うヴァスティナ帝国にとって、戦略上重要拠点の一つである。この地は、北方へ侵攻を行なうための拠点であり、二大大国が逆に侵攻を開始した際の防衛拠点となる。故にこの地は、最高司令官であるリックが離れるからと言って、放棄はする事はあり得ない。
 そこで、ブラド公国防衛の任を与えられたのが、帝国国防軍が誇る鉄壁の盾ゴリオンである。数々の戦場で味方の盾となり敵と戦い、その悉くを叩き潰して一兵たりとも敵を通さなかった、最強の盾がここを守護するのだ。
 ゴリオンを指揮官として、直属の鋼鉄戦闘団と、第三戦闘団がこの地の防衛を行なう。ゴリオンには参謀としてホブスが付き、初の拠点防衛指揮官となった彼を補佐する事になった。

 ライガに関しては、戦後から復興に向かう大陸中央部の、未だ乱れる治安の回復活動が彼の仕事である。リックがブラド公国に身を置いていた間、暇と元気を持て余していた彼は、公国内で主に人助けをしていた。自称正義の味方として、困っている人々を助けたり、町で出た悪党と戦って捕らえたりと、それをまあ変身魔法であの姿になって行なうのだから、公国内では超が付く程の有名人となった。
 その活動は公国外にも及び、周辺地域の治安維持活動に大きく貢献し、正義の味方に恥じぬ活躍を実はしていたのである。今では、町の子供にサインを強請られるくらい人気らしく、彼の変身ポーズを子供達が真似するようにもなったらしい。
 このような事情があって、ライガには正義の象徴としての活躍が求められ、治安回復のための警察的役割が与えられた。ライガと、彼に付き合ってもいいと言ってくれた物好きな兵士達で構成された、正義の帝国ライガー隊は、大陸中央の平和のため、今日ブラド公国を発つ事になったのである。

 これらの人事を決めたのは、勿論参謀長たるエミリオだった。リックが国防軍の指揮を執れない今、全軍の人事に最終的な決定を下すのもまた、多忙な彼の役目なのである。
 そんなエミリオは今、帝国国防軍が解放したオーデル王国に戻っている。必要な軍務を継続しつつ、オーデル王国内でも徐々に稼働が始まった、帝国製兵器生産工場を確認するためだ。
 
「やっと二人と仲良くなれたのに、まさかこんな急に別れてしまうなんて⋯⋯⋯」
「オラがブラドを守り抜いたら、リックに会いに行くだよ。ライガも同じ気持ちなんだな」
「おう、もちろんだ!! 絶対会いに行くから安心して待ってろよな!!」

 別れを惜しんで悲し気なリックに、不安など一切感じさせない二人の温かな優しさが向けられる。二人に元気を貰ったリックは、別れの悲しさを忘れて微笑み、暫しの別れとはいえ再会を誓い合った。 
 傍から見れば、仲間を大切にするいつものリックに映るだろう。だがリックの失われた記憶は、未だ戻らないままだ。
 最近では、記憶を失った当初苦手としていたゴリオンやライガと、少しずつ距離を縮めていくまでになった。相変わらず何も思い出せないままだが、彼の仲間達が傍で守り続けたお陰で、今日まで無事にいられたのである。
 但し、相変わらずヴィヴィアンヌだけはリックに恐がられたままだ。この前など、クリスに対してヴィヴィアンヌが説教している姿を目撃したリックが、彼女の恐ろしさに震えが止まらなくなって逃げ出し、それに気付いた彼女が顔面蒼白になって、部屋の隅で膝を抱えてしまった事もあった。 
 因みに、普段からは想像もできない程ポンコツ化したヴィヴィアンヌを、可哀想半分面白半分でシャランドラとイヴが慰め、後でクリスは「お前のせいでヴィヴィアンヌが落ち込んでしまったんだぞ!」と、余りにも理不尽な理由でレイナに怒られた。

「ふふふっ⋯⋯⋯、男同士の友情だね。リック、そろそろ出発するよ」
「はい、リリカさん」

 出発を促すリリカの言葉に、リックは明るい笑みを返して答えた。変わらずリリカを最も信頼しているリックは、彼女の前ではとても素直でよく言う事を聞く。
 ゴリオンとライガに見送られながら、リックはリリカと輸送車輌に乗り込んでいった。二人に続いてレイナとクリスも車輌に乗ろうとすると、同じく公国を離れるヴィヴィアンヌが彼女達に近付く。リックとリリカが乗り込んだのを確認すると、ヴィヴィアンヌはレイナの傍に寄り、彼女の耳元に口を近付け、周りに聞かせぬよう囁いた。

「では同志、手筈通りに頼む」
「わかっている。ヴィヴィアンヌも気を付けて」
「ふふっ、心配してくれるとは嬉しいな。愛しているぞ、レイナ」
「なっ!?」

 囁き声でとんでもない言葉を聞かされ、耳を真っ赤にして恥ずかしがったレイナが、妖艶な笑みを浮かべて立ち去るヴィヴィアンヌを睨んだ。それを見ていたクリスは、いい加減揶揄われるのにも慣れろと言いたげに、やはり溜め息を吐くのだった。
 その後、リック達を乗せた車輌部隊は予定通り出発し、無事にブラド公国を後にした。









 ブラド公国を発った車輌部隊は、烈火騎士団並びに光龍騎士団の兵と、親衛隊の兵を車輌に乗せて移動している。部隊の指揮はヴィヴィアンヌが執っていて、進路は南ローミリアへと向けられていた。途中いくつかの国に立ち寄って、休息と補給を行ないつつ、ヴァスティナ帝国へと帰還する計画となっている。
 
 そのような計画があると知らされていない、ヴァスティナ帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナは現在、会談のため訪問したエステラン国を離れ、ジエーデル国へと向かう道中にあった。
 帝国国防軍が使用する軍用車輌は、その乗り心地にアンジェリカが慣れなかったため、移動は馬車で行われている。彼女が乗る専用の馬車にはアンジェリカと、世話係兼護衛のメイド長ウルスラが同乗している。専用の馬車以外にも、メイド達や荷物を乗せた馬車や荷車も複数台いて、騎乗した帝国騎士団の騎士達が、その車列の警護を担当している。

 疲れ気味な顔をしたアンジェリカが、馬車に揺られながらぼんやりと窓の外を眺めている。このところは他国との交渉事が多く、各国要人との会談のため移動ばかりであった。女王としての威厳を保つ場では、強い精神力で疲れを一切見せず振る舞っているが、ウルスラしか見ていないこのような場では、緊張の糸を解いたアンジェリカの姿を見る事ができる。

「ウルスラ」
「はい、陛下」
「女王ソフィー・ア・エステラン。彼女をどう思う?」

 馬車が進む街道の林ばかりの風景に飽きたのか、唐突にアンジェリカがウルスラへと問う。先の会談で初めて顔を合わせた、現エステラン国の支配者ソフィー・ア・エステランについて、ウルスラがどんな印象を持ったか興味があって聞いたのである。
 突然の問いかけに驚く事なく、ウルスラはいつもと変わらぬ表情鉄仮面な鋭い瞳で、遠慮なく自分が見た女王ソフィーの印象を答え始める。

「陛下と同じように見えて、とても冷たい女性だと感じました」
「冷酷な女王に見えたのか?」
「冷酷というより、無関心とでも言えばいいのでしょうか。民の苦しみや悲しみは全て自業自得の結果であり、決して自らの手で救うつもりはないと、彼女の瞳が語っておりました」

 ウルスラがソフィーに感じたのと同じ印象を、アンジェリカも同様に感じていた。互いに意見が一致していたと知り、アンジェリカはソフィーとの会談を脳裏に蘇らせる。
 エステラン国にアンジェリカが赴いた理由は、彼の国とジエーデル国が停戦交渉を行なう、その仲裁のためである。そして、謀略の果てにエステランの支配者となった女王ソフィーが、一体どんな人物であるのか、自分の眼で見定めたいと考えたからだ。

 今までエステラン国は、先の戦争で各国に敗北したジエーデル国と、長年の敵対関係にあった。これまで幾度となく戦争を繰り返し、やはり先の戦争でもジエーデル国へ侵攻を行なっている。戦争はジエーデルの敗北で決したが、どちらの国も戦後の処理で停戦交渉どころではなく、互いの正式な戦争終結を行なえていなかったのだ。
 そこで、エステラン国女王ソフィー・ア・エステランと、ジエーデル国代表ジークフリーデン・ムリューシュカは、自分達を陰で支配するヴァスティナ帝国に、停戦交渉のための仲裁を依頼した。これを承諾したアンジェリカは、ソフィーとジークフリーデンに会うため、自らの足で二国に赴くべく現在に至る。

 エステラン国の城でソフィーと初めて顔を合わせ、会談の場で彼女と言葉を交わしたアンジェリカは、自分と似たものを彼女に感じていた。
 ソフィーもまた、怒りと憎悪を抱いて一国の支配者となり、その手で国と民を守っている。だがソフィーの憎悪は、自らが守るべき国と民に向けられていた。それでも、ソフィーの政治は決して民を苦しめたりはせず、常に公平である。
 エステラン国は表向き独立しているが、実際はソフィーを傀儡としたヴァスティナ帝国の属国である。統治そのものはソフィーによって行われているが、優先されるのは常に帝国の利益となる。その事に不満を持つ民は大勢いるが、ソフィーは彼らの声に一切聞く耳を持たない。
 例え、帝国の要請で自国の軍を出動させ、多くの犠牲を払う事になったとしても。例え、帝国の軍備増強による資金集めのため、自国内で重い税を課す事になろうとも、ソフィーは民を救いはしないだろう。
 エステラン国が帝国の属国となり、帝国の支配を受ける原因は、エステラン国王族の腐敗と、その支配に抗わず、自らも腐り切っていった国民のせいである。それをよく知るソフィーは、今の自国の在り方と民の苦しみは、自分達が招いた自業自得の結果として考え、救うつもりもなければ、救う価値すらないと考えているのだ。

「私とて、あの女王と変わらない」
「いいえ、陛下はお優しい方です。自分を偽ろうとなさっても、貴女はユリーシア陛下によく似ております」
「姉様と私は違う。違うからこそ、私はあの男が憎い」

 感情的になっている自分にはっと気付き、アンジェリカはそれ以上口を閉ざしてしまう。アンジェリカが誰に対して憎しみを抱いているか、言わずともウルスラには分かる。だからこれ以上は彼女も口を閉ざし、またぼんやりと窓の外を眺めるアンジェリカを見守っていた。

「⋯⋯⋯その後、あの男についての連絡は?」
「リック様のことでしたら、まだ何も思い出せないままだと、リリカ様の密書で伺っております」
「そうか⋯⋯⋯。リンドウ達に、このことは伝えたのか?」
「まだ何も。情報漏れを防ぐため、城の人間でこれを知るのは陛下と私のみです」

 アンジェリカが口にするあの男とは、記憶を失ってしまったリックの事を指している。彼が記憶喪失となり、アンジェリカの事すらも忘れてしまった事実は、彼女の耳にも入っている。ウルスラが知るのと同じく、リリカからの密書で既に伝えられていたからだ。
 ウルスラは情報漏洩を防ぐためと言ったが、他のメイド達に彼女がこの事実を伝えていない、その本心はアンジェリカも分かっている。他のメイド達に不安を与えたくない思いと、何よりもリックへ想いを寄せるリンドウに、とてもではないが話せる内容ではない。
 事情を知らぬ者達には、負傷による療養と大陸中央で指揮のため、暫くはブラド公国からリックは帰って来られないのだと、尤もらしい嘘を伝えて誤魔化している。それを聞いた皆は、負傷したリックの無事を祈って帰りを待っているが、同時に彼女達は、戦死したセリーヌ・アングハルトの事を想うと、複雑な心境を抱かずにはいられなかった。

「⋯⋯⋯あの男を守って、また一人命を落とした。騎士団長メシアと同じように」
「アングハルト様もまた、リック様への愛に生き、そして散ってしまわれた。私より先に、また若い命が、愛しい者と愛し合うこともできず、子を産み育むこともなく死んでいく⋯⋯⋯」
「ウルスラ⋯⋯⋯?」

 人前で表情を崩さないウルスラが、今はとても憂いた瞳で俯いてしまう。いつもの彼女らしからぬ言動に、驚いたアンジェリカがウルスラを見つめ、言葉をかけられずにいる。
 取り乱したウルスラがそれに気付き、驚かせまいと表情を戻して顔を上げる。驚いた様子のアンジェリカと目が合うと、口には出さないが説明を求める彼女の瞳に逆らわず、ウルスラは胸に手を当て落ち着いて語り始める。
 
「⋯⋯⋯陛下にお話しするのは初めてですが、これでも私には、娘がおります」
「!?」
「ただ、その娘は産んで直ぐに取り上げられてしまい、今も生きているのかすらわかりません。自分の娘がどうなったかも知らない私など、母親失格もいいところでしょう⋯⋯⋯」

 悲し気に、そして後悔しながら、自分の過去を語るウルスラの姿に、アンジェリカは言葉を詰まらせる。こうしてウルスラの口から、彼女の過去を聞くのは初めてだった。こうして長く共にいるのに、自分は彼女に付いて何も知らなかったのだと、アンジェリカは思い知るのだった。
 
「ですが⋯⋯⋯、激しい痛みを必死に堪えてあの子を産んだ日。生まれたばかりの我が子を抱いて、私は、自分が母になったのだと実感しました」
「⋯⋯⋯」
「そう思ったら、生まれた我が子がとても愛おしく感じられて、幸福で胸が満たされました。あれほど幸せな気持ちになれたのは、私の娘を抱いた最初で最後になるあの瞬間だけです。だから、私が感じた胸いっぱいの幸せを、メシア団長やアングハルト様にも知って欲しかった⋯⋯⋯」

 今でも、昨日の事のように覚え、その時の記憶は瞳に焼き付いているのだろう。慈愛に満ちた表情で微笑むウルスラは、その微笑みをアンジェリカへと向けている。
 彼女が誰と子を作り、生まれたばかりの赤子を奪われてしまったのか、そんな理由まで聞くつもりはアンジェリカにもない。時折アンジェリカやメイド達に見せる、優しい母の顔をした今のウルスラに、聞けるはずもなかった。
 ただ、ウルスラが見せる母の顔の正体を、ようやくアンジェリカは理解できた。ウルスラがアンジェリカやメイド達の前で、時に母親のように振る舞って見せるのは、失われた自分の娘に彼女達を重ねているからなのだ。

「私は、愛おしい誰かと愛し合うことも、親として子を育てることもできなかった。そんな人生を、まだ若い彼女達にして欲しくない。メシア団長やアングハルト様が戦死したと聞かされた時は、そればかりを考えておりました」
「許せウルスラ。何も知らないで、私は⋯⋯⋯」
「これは年増の御節介です。陛下が気に病むことではありません」

 ウルスラの想いを知り、アンジェリカはリックを愛した者達の姿を脳裏に蘇らせる。そして同時に、いつか自分が彼に向けて放った言葉を思い出す。
 もう二度と誰かを愛さないのかと、そうリックに問いかけておきながら、答えを聞かずにいた。失う事を恐れ、愛を捨てようとした彼の気持ちが、本当は痛いほど分かる。愛する者達を二度も失う気持ちとは、想像を絶するものなのだから⋯⋯⋯。
 そして、リックを愛して散ったメシアやアングハルトは、同じように苦しかっただろう。ウルスラが願う、女としての幸せを得る事もなく、愛する者と別れる悲しみ。それを思うとアンジェリカは、彼女達の死に責任を感じてしまうのだった。

「⋯⋯⋯そんな二人の人生に守られたあの男は、自分を愛した者達の名すらも忘れてしまったというのか」
「陛下⋯⋯⋯」
「どこまでもあの男は身勝手だ。あんな男のために、メシアやアングハルト、それに姉様までもが⋯⋯⋯!」

 何故あの男だけが、あの苦しみと悲しみを忘れられ、過去の痛みから解放されてしまうのか。忘れられるなら、解放されるなら、私だってそうなりたい。
 ただ一人、悲劇と憎悪に満ちた過去を忘れ、闇の中より救われたリックの事が、殺したいほどアンジェリカは憎かった。そんな救いは、決してリックには許されない。アンジェリカは彼への憎しみの炎を燃やし、救われた彼を決して許す事はないが、それは彼自身も同じである。
 記憶がなくなる以前のリックならば、己へのそんな救いは絶対に許さない。アンジェリカにもそれは分かっているが、もし何もかも忘れたリックが目の前に現れたなら、その時彼女は、分かっていても彼を許せないだろう。
 ユリーシアの死を背負い、自分から彼女を奪ったその消えぬ罪と共に、己が死ぬその瞬間まで苦しみ生き続ける。勝手に忘却するなど許すはずがない。それこそが彼女達のためにリックができる、唯一の贖罪なのだから⋯⋯⋯。

「⋯⋯⋯私を醜い女と思うか?」
「いえ。陛下がその身に受け止めた苦しみを、一体誰が醜いなどと言えましょう。陛下が皆の憎悪を受け止めて下さったからこそ、私達は貴方のために生きられるのです」

 ユリーシア亡き後、アンジェリカが女王に即位したあの日より、彼女は人々の苦しみと悲しみ、痛みと憎しみを受ける器となった。器となった彼女が復讐の御旗となったからこそ、ウルスラ達は己の道を見失わずに済んだのである。
 そして道を見失わずにいられたのは、アンジェリカが殺したいほどに憎み続ける、リックもまた同じであった。

「陛下。リック様は陛下のため、必ず記憶を取り戻して帰ってまいります。あの方は、貴女を決して一人には致しません」
「⋯⋯⋯」

 信じて祈り待ち続ける。リックの、そしてアンジェリカのために、ウルスラにできる事はたったそれだけ⋯⋯⋯。
 けれども、諦めたくはないと思うから、アンジェリカの事を想うと願わずにいられないからこそ、瞳の奥で泣いている彼女のために、ウルスラはリックの帰還を信じて待つのだった。
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