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第五十話 貴方には愛を、私には銃を
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それから四日後。
ヴァスティナ帝国国防軍の第一戦闘団は、ジエーデル軍の主力部隊と遂に交戦を開始し、土砂降りの雨の中で激しい戦闘を繰り広げていた。
早朝からの悪天候に悩まされながらも、第一戦闘団をジエーデル本国を目指して進軍を続けていた。滝のような大雨で視界は悪く、おまけにぬかるんだ地面に兵も車輌も足を取られてしまい、彼らの進軍速度は低下してしまっていた。
この地域の天候の変化は、ジエーデル軍の方がよく心得ていた。前日の時点で悪天候を予想していたジエーデル軍は、これを好機と考え行動を開始し、雨に紛れて奇襲攻撃を行なったのである。
その結果が、大雨の中での激戦となった。天候による視界不良と機動力の低下は、第一戦闘団にとって主力の兵器群の戦力低下を引き起こした。視界の悪さは索敵に悪影響を及ぼし、射撃や砲撃の精度の低下も発生させている。悪天候のせいで、切り札の航空支援も呼べない状況にあった。
更に敵は奇襲攻撃をかけるだけでなく、銃器を封じるべく徹底的な接近戦を行なった。死を恐れず立ち向かうジエーデル兵の気迫は凄まじく、第一戦闘団は戦闘開始から今に至るまで、苦戦を強いられ続けていた。
「各隊は決して散り散りにならず、今は連携して防御に徹して下さいな! 鋼鉄戦闘団には右翼の部隊の救出に向かって欲しいですの!」
「わかったんだな! みんな、オラたちで仲間を助けるだよ!」
第一戦闘団の作戦参謀ミュセイラは、全軍の中心部にて次々と命令を発している。彼女の命令に応えた鋼鉄戦闘団隊長のゴリオンは、高い士気を維持する自らの隊を率い、右翼の味方の救援に急行していった。
長い髪も軍服もびしょ濡れになりながらも、降り止まぬ雨音や兵の喧騒に負けじと、声を張り上げてミュセイラは指揮を続けている。攻撃を仕掛けた敵軍の対応に、ほとんどの兵が周囲を走り回っている中、彼女もまた頭と声を武器に戦っているのだ。
「敵は乱戦を狙っていますの!! 飛び込んで来た敵は小火器で応戦しつつ、重火器は弾幕を張ってこれ以上敵を近付けないで下さいな! 自走砲は砲撃準備のまま私の指示を待って待機ですわ!」
「ヴァルトハイム参謀!! 敵軍は我が軍を包囲しようとしておりますが、敵戦力の手薄な場所を発見しました! 包囲される前にそこから脱出を図りましょう!」
「それは罠でしてよ!! 必ず伏兵が配置されてますから、やられる前にぼかすか撃ち込んで吹き飛ばしてやりますわ! 砲撃部隊にそう伝えて下さいまし!」
「はっ!!」
進言を行なった兵には瞬時に指示を飛ばすだけでなく、ミュセイラは途切れる事のないマシンガンのように指示を飛ばし続け、この状況を乗り切るべく頭もフル回転させている。
「もう!! この糞忙しい時に将軍はどこにいるんですの!? また勝手に最前線に行ってたら承知しませんわよ!!」
指示を続けながら彼女が探しているのは、勿論リックの姿である。敵の奇襲攻撃時、ミュセイラはリックと離れて行動していたために、彼が今どこで何をしているのか全く分からないのだ。
「ここだ、ここ! 近くにいるから安心しろ!」
「!?」
ミュセイラの声に反応し、辺りを見回していた彼女にリックが叫ぶ。声のした方向へ彼女が向くと、そこには一両の戦車と、砲塔の上に立って銃を構えるリックの姿があった。
戦車の上で立つ事により高さを得たリックは、構えている狙撃銃の光学照準器を覗き込み、離れた先から向かってくる敵兵に狙いを定め、躊躇いなく引き金を引いていた。
「ちょっ!? そんなところで何やってますのよ!?」
「見りゃ分かるだろ! 緊急事態なんだから戦える奴は一人でも多い方がいい!」
「だからって勝手に銃を撃ちまくられちゃ困りますわ! 将軍なんですから戦闘よりも指揮に徹して下さいまし!」
「指揮はアングハルトとお前がいれば十分だ! ちゃんと守ってやるから心配するな!」
「だ・か・ら!! 守られるのは私《わたくし》ではなく貴方で⋯⋯⋯! ああもう、毎度毎度この人はどうしてもう!!」
文句だらけで怒りまくっているミュセイラを無視し、リックは狙撃銃を使って次々と敵兵を仕留めにかかる。シャランドラと一緒に銃器開発をしてるだけあり、リックは大体の銃種を扱えるようになっていて、どの銃を扱ってもその命中率は高い。天才的射撃センスを持つイヴ達を除けば、実は帝国内でも上位の実力なのである。
実戦で狙撃の腕前を披露しているわけだが、幾ら近くにいるとは言え、ミュセイラからすれば大人しくしていて欲しいというのが本音である。もし万が一の事が彼の身に起これば、それは帝国国防軍の敗北と同義だからだ。
だが、リック自らが武器を手に戦う事こそ、帝国国防軍の本当の戦闘スタイルというのも事実である。今までも彼自身が最前線に立ち、兵と共に命を懸けて戦うからこそ、帝国国防軍の兵は士気を大いに盛り上げ、無類の強さを発揮してきた。
リックの姿が戦場にあれば、兵達は死の恐怖にも負けない安心感を覚え、国と民を守るために全力で戦える。兵士達にとってリックは、自分達に勝利を約束する御旗なのだ。
そこまで理解しているが故に、ミュセイラはこれ以上何も文句は言えなかった。第一、リックを戦車の上から引き摺り下ろして安全な場所に連行できるのは、ここにはいないヴィヴィアンヌくらいのものだからである。
「そんなことより、アングハルトさんは一体何処ですの!? 彼女と一緒じゃありませんでしたの!?」
「敵の攻撃が始まる前、後続の様子を見に行った切りわからん! ちっ⋯⋯⋯、弾が切れそうだ! おいホブスはいないのか!? いたらパシリらしく弾持ってこい!」
「弾は自分で調達して下さいまし! 貴方に構ってられる程、皆さん暇じゃありませんのよ!」
第一戦闘団の中心にリックとミュセイラはいるが、第一戦闘団指揮官であるアングハルトの姿はここにはない。彼女の事だから、二人とは別の場所で指揮と戦闘を行なっているだろうが、この状況下では何処にいるか確認もできないのである。
参謀という立場上、ミュセイラはアングハルトとの合流を望んでいる。第一戦闘団の事を誰よりも理解しているのはアングハルトであり、この後の行動をどうするべきかは、彼女も交えて決める必要があるからだ。
「ここで負けるってことはないが、被害が増える一方だな⋯⋯⋯。ミュセイラ! 何か良い案だせ!」
「言われなくても分かっていますの!! このまま防御に徹して敵の攻撃が止むまで迎撃を続くて下さいまし! こちらから動けば敵の罠にかかりますわ! 今は耐えるんですの!」
「ただの現状維持かよ!?」
「現状維持が良い案だって言ってんですのよ! 文句言ってないで仕事して下さいまし!」
敵は奇襲攻撃の後に包囲を仕掛けようと見せかけ、包囲から逃れようとしたところを伏兵が待ち構えている。それが敵の作戦だと読むミュセイラは、安全が確認できるまで、全軍をこの場から動かすつもりはない。
文句を言って見せたリックだが、直ぐにミュセイラの考えを理解し、やるしかないと覚悟を決めて戦闘を続けた。何だかんだとよく口喧嘩はするが、リックは彼女に絶対の信頼を寄せている。敵の罠があると彼女が読むならば、彼女の読みに従って行動するまでだ。
今は耐えるのが得策と理解はしても、敵はこの機に乗じて第一戦闘団の戦力を少しでも削ごうと、多大な犠牲を覚悟して猛攻を仕掛けている。敵味方が混在する乱戦状態になったところもあるが、構わず敵は矢と魔法攻撃による雨を降らせてきた。
お返しとばかりに、第一戦闘団の戦車や迫撃砲が砲撃を行なって見せるが、大雨による視界不良の中では、敵支援攻撃部隊に有効な打撃は与えずらかった。そのせいでリック達のもとにも、ジエーデル軍の必死な支援攻撃の雨が降り注ぐ。
「くそっ! 連中の攻撃は装甲車輌を盾にして堪えろ! ミュセイラ、早くお前も車輌の陰に隠れろ!」
「わっ、わかりましたわ! 将軍、貴方も早くこっちへ!」
「⋯⋯⋯っ! 伏せろミュセイラ!!」
誰よりも真っ先に気付いたリックが、構えていた狙撃銃を捨てて戦車の上から飛び降り、慌ててミュセイラのもとまで駆けていく。何事かと彼女が困惑した次の瞬間には、ミュセイラの体はリックに押し倒され、彼の体が彼女の上に覆い被さった。
それと同時に、リック達の傍を魔法攻撃による火球が雨のように降り注いだ。火球は味方の兵達を火だるまへと変えていき、雨の中でも炎を燃え上がらせ、次々と兵の命を奪っていく。更には、燃える兵の一人が運んでいた爆薬に引火し、その場で味方を巻き込む爆発まで起きてしまった。
炎に体を焼かれて苦しみのた打ち回る兵士。爆死して辺りに肉片を飛び散らせた兵の残骸。火球によって既に息絶えた兵もいるが、未だ炎に巻かれて悲鳴を上げる兵もいる。無事だった兵が如何にか助けようとするが、救うのが間に合ったのは僅かで、多くは手遅れな者達だった。
早く楽にしなければと、兵士達は苦しむ戦友に止めを刺す。中には自ら介錯を懇願する兵もいて、苦しみもがいて死を求め続ける彼らもまた、仲間達の手によって止めを刺された。
「あっ⋯⋯、ああっ⋯⋯⋯!」
「見るな! 傷になる!」
まるで地獄絵図のような光景に、恐怖に顔が歪んだミュセイラが悲鳴を上げて震える。リックは直ぐに彼女を自分の胸で抱きしめ、これ以上地獄を見せまいとするが、彼女の震えは止まらなかった。
戦場は慣れている。ただ、最前線で起こる地獄のような凄惨な光景は、参謀であるミュセイラには見慣れていない光景だった。彼女はいつも、その地獄があった結果しか知らないからである。
最悪これがトラウマになって、彼女の心が壊れてしまう事だってある。そうさせまいとリックが彼女を守ろうとするが、目の前で起きた戦場の真の光景は、大きな衝撃を彼女に与えてしまった。
「ここにいたら危ない! 立て!」
怯えて何もできないミュセイラを、急いでリックが立ち上がらせようとする。敵の魔法攻撃が飛来した以上、ここも敵に狙われた危険地帯となった。そんな場所に、身を守る術を持たないミュセイラを残しておくわけにはいかない。
リックが彼女の腕を引っ張るが、足が竦んでしまったミュセイラは思うように立ち上がれない。動けないミュセイラを何とか立たせるため、倒れている彼女の身体に腕を回したリックが、急いで彼女を抱き起そうとした。
「しっかりしろミュセイラ! 一旦後ろに―――――」
ミュセイラを抱き起そうとしたリックだったが、彼は突然体勢を崩してしまい倒れ込んでしまった。それによって我に返ったミュセイラが、自分の上に倒れてしまったリックの身に、一体何が起こったのかを確認する。
見ると、周囲は再び敵の矢が降り注いだ後であり、味方の兵や地面に矢が突き刺さっていた。そして矢の一部は、苦痛に顔を歪めたリックの両脚にも突き刺さっていたのである。
「くっ⋯⋯⋯! こんな時に⋯⋯⋯!」
「あっ、足が⋯⋯⋯! 急いで手当しませんと!」
「俺のことはいい! お前だけでも早く逃げるんだ!」
戦いで培われた直感によってリックは悟った。この場所に降り注いだ魔法と矢による攻撃は、リック自身やミュセイラのような指揮命令系統を狙ったものである。敵はある程度の目星を付け、ここに指揮者が存在すると考え攻撃を仕掛けた可能性が高いのだ。
自分やミュセイラが狙われていると直感し、手当てしようとしたミュセイラの手を振り払ったリックは、必死に彼女に逃げるよう訴えた。だが彼女はリックを置いて逃げようとはせず、動けない彼を抱き起そうと奮闘する。
ミュセイラはリックの考えを察し、ここにいては二人共危険だと分かっていた。しかし、自分一人だけ逃げるわけにはいかない。逃げるならば、負傷した彼を引き摺ってでも一緒に逃げる。ミュセイラは決してリックを見捨てようとせず、一人で逃げろと訴え続ける彼の言葉を無視した。
「こんなところで死なせませんわよ!! 貴方には言ってやりたい文句が山ほどあるんですもの!!」
言ったら聞かない頑固者。それがミュセイラなんだと思い出したリックは、もう何を言っても無駄だと観念して、負傷した自分を運ぼうとする彼女に大人しく従った。
敵の攻撃に周囲の兵は応戦し、負傷者を運び出し、未だ飛来する魔法攻撃や矢を警戒する。混乱状態の中で誰も彼もが敵の対処に奔走しているが、大雨の視界不良を利用した敵軍は、遂に捨て身の攻撃を仕掛けるのだった。
「うおおおおおおおおっ!! 総統閣下万歳!!」
視界の悪さを利用した数人の敵兵が、味方に紛れて第一戦闘団の中に入り込んでいたのだ。その敵兵は全員、体に持てるだけの火薬を身に付け、リックとミュセイラのもとに全力で駆け出した。
この敵兵の狙いは、第一戦闘団の指揮者の排除。それは自らの命を犠牲にした、自爆による攻撃である。
向かってくる敵兵の狙いに気付いたリックは、すぐさま腰のホルスターに収めた拳銃を抜いて発砲を始める。周りの兵も、その発砲で敵の侵入に気付いて銃撃を始めた。放たれた弾丸は次々と敵兵を仕留め、特攻を阻止するべくその命を奪い去っていった。
だが一人だけ、体を弾丸に貫かれ続けても尚走り続ける。総統バルザックへの忠誠を叫び続け、死の恐怖を麻痺させた特攻兵が、身に付けた火薬の仕掛けを作動させた。
「伏せて!! リクトビアあああああああっ!!!」
特攻兵が仕掛けを作動させた瞬間、リックとミュセイラの前に、二人を救うために飛び込んだアングハルトが現れ、自身の拳銃で敵の頭を撃ち抜いた。
頭を撃ち抜かれてやっと止まった特攻兵だが、仕掛けは既に作動済みだった。絶命した特攻兵は地面に倒れ伏したが、この場から逃げるのはもう間に合わない。
一瞬で判断し覚悟を決めたアングハルトは、自身の背中を盾にし、リックとミュセイラを押し倒して地面に伏せた。
「アングハルト!?」
「駄目! アングハルトさん!」
次の瞬間、倒れた特攻兵の火薬が大爆発を起こし、周囲を爆風と衝撃が襲った。
「まったく⋯⋯⋯、目を離すとこれだよ」
ジエーデル軍の奇襲攻撃から数時間後。医療用の天幕の中、治療を終えてベッドに寝かされているリックのもとに、戦闘後の処理を済ませたホブスがやって来た。
両足に包帯を巻いている負傷した彼の姿を見るや否や、溜め息交じりに息を吐いて疲れた顔をしたホブスの第一声に、リックは苦笑いしかできなかった。
「話は大体聞きました。まさか敵が自爆特攻までしてくるとは思いませんでしたが、それだけ敵も必死なのは間違いないでしょう」
「そのせいで苦しい戦いだった。両軍の損害の方は?」
「幸い戦死者は少なかったですが、負傷者は重軽傷含め大勢います。こっちもやられてばかりではなかったので、敵に与えた損害はかなりのものかと」
ホブスの報告を聞いているのはリックだけではない。同じく治療を済ませたアングハルトと、二人のお陰で無事だったミュセイラが、リックの傍でホブスの報告を静かに聞いていた。
ミュセイラはほぼ無傷だったが、驚くべきはアングハルトの方である。敵の自爆特攻の際、リックとミュセイラに覆い被さる事で自らを盾とし、爆発から二人の身を守った。近くでの爆発だったが、幸運にも彼女の負傷は、爆発によって飛び散った破片の傷や、軽い火傷程度で済み、命に別状はなかったのである。
ただ、火薬には殺傷能力向上のための金属片が仕込まれており、爆発の衝撃で周囲に散ったその破片の内、比較的多きな破片が彼女の右腕に突き刺さった。それが彼女の一番大きな負傷だったが、幸いこれも大事には至らず、今は右腕に包帯を巻いて、腕を動かさないよう首から布で吊っている状態である。
「負傷した兵には悪いが、敵がしっかり消耗しているなら進軍を続けよう。こっちは苦しいが、捨て身の攻撃を挑んだ敵の方がもっと苦しいはずだからな」
「分かってます。今日は天候のせいで不覚を取りましたが、次は連中を蹴散らしてやると皆意気込んでますよ」
敵の自爆攻撃があった後、ミュセイラが指示していた砲撃部隊の攻撃が始まった事もあり、ジエーデル軍は大きな損害を出して撤退した。
その後雨は止み、第一戦闘団は急ぎ野営陣地を構築して、被害状況の確認と負傷者の手当てに加え、敵の第二次攻撃に備えていた。結局、完全に雨が止んでしまったためか、ジエーデル軍による再度の攻撃は行われなかったため、敵への警戒は続けつつも、兵達はようやく一息付ける状態となった。
「みんなのやる気を無駄には出来ないな。ミュセイラ、今後の進軍計画なんだが――――」
「⋯⋯⋯」
「おーい、聞いてるのか?」
「⋯⋯⋯!?」
一人俯きぼうっとしていたミュセイラが、リックの声で我に返る。戦闘が終わってから今に至るまで、ミュセイラはリックとアングハルトの手当てを行ない、二人の傍を離れようとはしなかった。そのために仕方なくホブスが彼女の代わりに全軍に指示を出し、現在の状況や被害報告をまとめたのである。
ミュセイラがこうなってしまった理由は、リックの負傷に責任を感じているからだ。リックの怪我はミュセイラを庇ったが故のものであり、もっと自分がしっかりしていれば、彼が傷を負う事はなかったからである。
「将軍⋯⋯⋯。私のせいで、本当になんて謝罪したらいいか⋯⋯⋯」
「それじゃあ謝罪の代わりに、今度恒例の一発芸大会で裸踊り見せてくれたら許す」
「分かりましたわ。今回は私が悪いのですから全裸で踊って見せるくらい⋯⋯⋯、って何やらせようとしてますの貴方って人は!!」
顔を真っ赤にしてミュセイラが怒るが、怒らせた当の本人は怪我の痛みも忘れて爆笑している。リックが怪我をしていなければ、今頃彼女にぶん殴られていただろう。
「人が折角謝ろうとしていますのに、いつもいつも私に対してだけはどうしてこうなんですの!? 悩んでた自分が滅茶苦茶馬鹿みたいですわ!」
「お前が無駄に責任感じてるから、別に見たくもないお前の裸で許してやろうって言ってんだろうが」
「はあ!? 見たくもないってそれはあれですの、私の体が貧相だって言いたいんですの!? こう見えても私、胸ならシャランドラさんより少し大き―――――」
いつも通りの犬も食わない口喧嘩が勃発したお陰で、ミュセイラが抱いていた悩みも後悔も、いつの間にか吹き飛んでしまっていた。
それはいいのだが、このままでは一向に話が先へ進まないため、軽く咳払いしたアングハルトが二人の間に割って入り、重要となる今後についての話し合いを再開させた。
「将軍閣下が仰った通り、我が軍より敵軍の方が苦しいのは間違いないでしょう。損害を被ったとは言え、第一戦闘団は装甲車輌も歩兵も健在です。偵察隊を出撃させて索敵を行ない、敵を発見次第今度はこちらから仕掛けましょう」
第一戦闘団の指揮官であるアングハルトの意見は、追撃による敵軍の撃滅である。敵軍との決戦を前に、敵戦力を削げるこの好機を見過ごせないという考えだ。
リックやホブスは、攻撃は最大の防御であると考え、アングハルトの意見に異議を唱える事はなかった。ただミュセイラは別の考えを持ち、攻撃を主張したアングハルトの意見に反対しようとしていた。
「お待ちになって下さいまし。確かに敵は消耗していますし、これは皆さんが考える通り好機ですの。でも恐らく、敵はそれすらも想定して策を用意していると思いますわ。追撃を仕掛けた私達に、今日と同じような奇襲攻撃をかけると見て間違いないですわ」
今回の戦闘を受け、ミュセイラはジエーデル軍の練度の高さを改めて思い知っただけでなく、敵戦力を良く分析した優秀な軍隊であると理解した。
今日の奇襲攻撃の際、天候による視界不良を利用して接近し、乱戦を仕掛けて銃火器を封じようとした。火力を分散させるために包囲戦を仕掛け、火薬による誘爆を起こすために、魔法攻撃は全て炎属性を使用した。
これらは全て、帝国国防軍が保有する戦力を分析し、その弱点を突く形での攻撃計画である。それだけの事をする敵が、奇襲攻撃後の反撃を想定していないと思えない。帝国国防軍の兵器群に勝利するため、ありとあらゆる手を講じていると見た方がいいのだ。
「敵の思惑には乗らず、少し様子を見るべきかもしれません。アングハルトさんと同じく、私も偵察隊は索敵を兼ねて出すべきだと思いますの。飛行部隊にも偵察をお願いして、陸と空から敵の動きを捉え続けて行動するべきですわ」
「それまではここを動けないってことか。ホブス、お前の意見は?」
「自分としてはヴァルトハイム参謀の意見に賛成です。ただそうなると、第一戦闘団はここで暫く足止めされてしまう。それは敵の思う壺かと思いますし、敵の策に嵌っているようで面白くはない。今度はこっちから敵を策に嵌めて仕掛けたいというのが本音です」
第一戦闘団はヴァスティナ帝国国防軍最強の機甲戦力であり、精鋭を集めた主戦力である。当然の事ながら、今までただ一度も敗北はない。
だが今回の戦闘で、第一戦闘団は敗北こそしなかったものの、初めて土をつけられる結果となった。ホブスも兵士達も、そしてアングハルトもまた、口には出さずとも悔しいのである。
ミュセイラの意見が正しいと頭では分かっていても、気持ちとしてはこの雪辱を晴らしたいというのが本音だ。ホブスにそのための策は何一つないが、彼の言葉を受けてミュセイラは思考を始めた。
するとそこへ、天幕の外からリック達の様子を見に、部隊に休息を取らせたゴリオンが現れる。不安の顔をしていたゴリオンだったが、リックの元気な様子を見て安心し、温かい笑みを浮かべるのだった。
「無事でよかったんだな。リックが爆発に巻き込まれたって聞いて、オラびっくりしただよ」
「俺もびっくりした。アングハルトがいなきゃ多分死んでた」
「閣下、お言葉は嬉しいですが冗談でも死んだなどと―――――」
「ちょっと待ってくださいまし。将軍、貴方今なんて仰いましたの?」
アングハルトの声を途中で遮ったのは、何かに気付いたようにはっとしているミュセイラだった。一体何だとリックが言いかけたが、真剣な顔をしたミュセイラに真っ直ぐ見つめられ、訳も分からないまま彼女の言葉に従って答えた。
「アングハルトがいなかったら俺が死んでたって話だ。それが何だってんだよ」
「死んでた⋯⋯⋯! そうそれですわ! 何でもっと早く思い付かなかったんですの!」
この場の全員、意味が分からずが首を傾げている中で、ミュセイラは世紀の大発明を閃いたが如く燥いでいた。そして直ぐに考えを纏めた彼女は、リックに向けて元気いっぱいの笑みを浮かべながら、嬉々として口を開くのだった。
「将軍!! 貴方死ねばいいんですのよ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんで?」
自分の閃きにご機嫌な様子のミュセイラと対照的に、訳も分からず突然の死刑宣告を受けたリックの落ち込みようは、それはそれは同情したくなる程の可哀想なものであったという⋯⋯⋯。
ヴァスティナ帝国国防軍の第一戦闘団は、ジエーデル軍の主力部隊と遂に交戦を開始し、土砂降りの雨の中で激しい戦闘を繰り広げていた。
早朝からの悪天候に悩まされながらも、第一戦闘団をジエーデル本国を目指して進軍を続けていた。滝のような大雨で視界は悪く、おまけにぬかるんだ地面に兵も車輌も足を取られてしまい、彼らの進軍速度は低下してしまっていた。
この地域の天候の変化は、ジエーデル軍の方がよく心得ていた。前日の時点で悪天候を予想していたジエーデル軍は、これを好機と考え行動を開始し、雨に紛れて奇襲攻撃を行なったのである。
その結果が、大雨の中での激戦となった。天候による視界不良と機動力の低下は、第一戦闘団にとって主力の兵器群の戦力低下を引き起こした。視界の悪さは索敵に悪影響を及ぼし、射撃や砲撃の精度の低下も発生させている。悪天候のせいで、切り札の航空支援も呼べない状況にあった。
更に敵は奇襲攻撃をかけるだけでなく、銃器を封じるべく徹底的な接近戦を行なった。死を恐れず立ち向かうジエーデル兵の気迫は凄まじく、第一戦闘団は戦闘開始から今に至るまで、苦戦を強いられ続けていた。
「各隊は決して散り散りにならず、今は連携して防御に徹して下さいな! 鋼鉄戦闘団には右翼の部隊の救出に向かって欲しいですの!」
「わかったんだな! みんな、オラたちで仲間を助けるだよ!」
第一戦闘団の作戦参謀ミュセイラは、全軍の中心部にて次々と命令を発している。彼女の命令に応えた鋼鉄戦闘団隊長のゴリオンは、高い士気を維持する自らの隊を率い、右翼の味方の救援に急行していった。
長い髪も軍服もびしょ濡れになりながらも、降り止まぬ雨音や兵の喧騒に負けじと、声を張り上げてミュセイラは指揮を続けている。攻撃を仕掛けた敵軍の対応に、ほとんどの兵が周囲を走り回っている中、彼女もまた頭と声を武器に戦っているのだ。
「敵は乱戦を狙っていますの!! 飛び込んで来た敵は小火器で応戦しつつ、重火器は弾幕を張ってこれ以上敵を近付けないで下さいな! 自走砲は砲撃準備のまま私の指示を待って待機ですわ!」
「ヴァルトハイム参謀!! 敵軍は我が軍を包囲しようとしておりますが、敵戦力の手薄な場所を発見しました! 包囲される前にそこから脱出を図りましょう!」
「それは罠でしてよ!! 必ず伏兵が配置されてますから、やられる前にぼかすか撃ち込んで吹き飛ばしてやりますわ! 砲撃部隊にそう伝えて下さいまし!」
「はっ!!」
進言を行なった兵には瞬時に指示を飛ばすだけでなく、ミュセイラは途切れる事のないマシンガンのように指示を飛ばし続け、この状況を乗り切るべく頭もフル回転させている。
「もう!! この糞忙しい時に将軍はどこにいるんですの!? また勝手に最前線に行ってたら承知しませんわよ!!」
指示を続けながら彼女が探しているのは、勿論リックの姿である。敵の奇襲攻撃時、ミュセイラはリックと離れて行動していたために、彼が今どこで何をしているのか全く分からないのだ。
「ここだ、ここ! 近くにいるから安心しろ!」
「!?」
ミュセイラの声に反応し、辺りを見回していた彼女にリックが叫ぶ。声のした方向へ彼女が向くと、そこには一両の戦車と、砲塔の上に立って銃を構えるリックの姿があった。
戦車の上で立つ事により高さを得たリックは、構えている狙撃銃の光学照準器を覗き込み、離れた先から向かってくる敵兵に狙いを定め、躊躇いなく引き金を引いていた。
「ちょっ!? そんなところで何やってますのよ!?」
「見りゃ分かるだろ! 緊急事態なんだから戦える奴は一人でも多い方がいい!」
「だからって勝手に銃を撃ちまくられちゃ困りますわ! 将軍なんですから戦闘よりも指揮に徹して下さいまし!」
「指揮はアングハルトとお前がいれば十分だ! ちゃんと守ってやるから心配するな!」
「だ・か・ら!! 守られるのは私《わたくし》ではなく貴方で⋯⋯⋯! ああもう、毎度毎度この人はどうしてもう!!」
文句だらけで怒りまくっているミュセイラを無視し、リックは狙撃銃を使って次々と敵兵を仕留めにかかる。シャランドラと一緒に銃器開発をしてるだけあり、リックは大体の銃種を扱えるようになっていて、どの銃を扱ってもその命中率は高い。天才的射撃センスを持つイヴ達を除けば、実は帝国内でも上位の実力なのである。
実戦で狙撃の腕前を披露しているわけだが、幾ら近くにいるとは言え、ミュセイラからすれば大人しくしていて欲しいというのが本音である。もし万が一の事が彼の身に起これば、それは帝国国防軍の敗北と同義だからだ。
だが、リック自らが武器を手に戦う事こそ、帝国国防軍の本当の戦闘スタイルというのも事実である。今までも彼自身が最前線に立ち、兵と共に命を懸けて戦うからこそ、帝国国防軍の兵は士気を大いに盛り上げ、無類の強さを発揮してきた。
リックの姿が戦場にあれば、兵達は死の恐怖にも負けない安心感を覚え、国と民を守るために全力で戦える。兵士達にとってリックは、自分達に勝利を約束する御旗なのだ。
そこまで理解しているが故に、ミュセイラはこれ以上何も文句は言えなかった。第一、リックを戦車の上から引き摺り下ろして安全な場所に連行できるのは、ここにはいないヴィヴィアンヌくらいのものだからである。
「そんなことより、アングハルトさんは一体何処ですの!? 彼女と一緒じゃありませんでしたの!?」
「敵の攻撃が始まる前、後続の様子を見に行った切りわからん! ちっ⋯⋯⋯、弾が切れそうだ! おいホブスはいないのか!? いたらパシリらしく弾持ってこい!」
「弾は自分で調達して下さいまし! 貴方に構ってられる程、皆さん暇じゃありませんのよ!」
第一戦闘団の中心にリックとミュセイラはいるが、第一戦闘団指揮官であるアングハルトの姿はここにはない。彼女の事だから、二人とは別の場所で指揮と戦闘を行なっているだろうが、この状況下では何処にいるか確認もできないのである。
参謀という立場上、ミュセイラはアングハルトとの合流を望んでいる。第一戦闘団の事を誰よりも理解しているのはアングハルトであり、この後の行動をどうするべきかは、彼女も交えて決める必要があるからだ。
「ここで負けるってことはないが、被害が増える一方だな⋯⋯⋯。ミュセイラ! 何か良い案だせ!」
「言われなくても分かっていますの!! このまま防御に徹して敵の攻撃が止むまで迎撃を続くて下さいまし! こちらから動けば敵の罠にかかりますわ! 今は耐えるんですの!」
「ただの現状維持かよ!?」
「現状維持が良い案だって言ってんですのよ! 文句言ってないで仕事して下さいまし!」
敵は奇襲攻撃の後に包囲を仕掛けようと見せかけ、包囲から逃れようとしたところを伏兵が待ち構えている。それが敵の作戦だと読むミュセイラは、安全が確認できるまで、全軍をこの場から動かすつもりはない。
文句を言って見せたリックだが、直ぐにミュセイラの考えを理解し、やるしかないと覚悟を決めて戦闘を続けた。何だかんだとよく口喧嘩はするが、リックは彼女に絶対の信頼を寄せている。敵の罠があると彼女が読むならば、彼女の読みに従って行動するまでだ。
今は耐えるのが得策と理解はしても、敵はこの機に乗じて第一戦闘団の戦力を少しでも削ごうと、多大な犠牲を覚悟して猛攻を仕掛けている。敵味方が混在する乱戦状態になったところもあるが、構わず敵は矢と魔法攻撃による雨を降らせてきた。
お返しとばかりに、第一戦闘団の戦車や迫撃砲が砲撃を行なって見せるが、大雨による視界不良の中では、敵支援攻撃部隊に有効な打撃は与えずらかった。そのせいでリック達のもとにも、ジエーデル軍の必死な支援攻撃の雨が降り注ぐ。
「くそっ! 連中の攻撃は装甲車輌を盾にして堪えろ! ミュセイラ、早くお前も車輌の陰に隠れろ!」
「わっ、わかりましたわ! 将軍、貴方も早くこっちへ!」
「⋯⋯⋯っ! 伏せろミュセイラ!!」
誰よりも真っ先に気付いたリックが、構えていた狙撃銃を捨てて戦車の上から飛び降り、慌ててミュセイラのもとまで駆けていく。何事かと彼女が困惑した次の瞬間には、ミュセイラの体はリックに押し倒され、彼の体が彼女の上に覆い被さった。
それと同時に、リック達の傍を魔法攻撃による火球が雨のように降り注いだ。火球は味方の兵達を火だるまへと変えていき、雨の中でも炎を燃え上がらせ、次々と兵の命を奪っていく。更には、燃える兵の一人が運んでいた爆薬に引火し、その場で味方を巻き込む爆発まで起きてしまった。
炎に体を焼かれて苦しみのた打ち回る兵士。爆死して辺りに肉片を飛び散らせた兵の残骸。火球によって既に息絶えた兵もいるが、未だ炎に巻かれて悲鳴を上げる兵もいる。無事だった兵が如何にか助けようとするが、救うのが間に合ったのは僅かで、多くは手遅れな者達だった。
早く楽にしなければと、兵士達は苦しむ戦友に止めを刺す。中には自ら介錯を懇願する兵もいて、苦しみもがいて死を求め続ける彼らもまた、仲間達の手によって止めを刺された。
「あっ⋯⋯、ああっ⋯⋯⋯!」
「見るな! 傷になる!」
まるで地獄絵図のような光景に、恐怖に顔が歪んだミュセイラが悲鳴を上げて震える。リックは直ぐに彼女を自分の胸で抱きしめ、これ以上地獄を見せまいとするが、彼女の震えは止まらなかった。
戦場は慣れている。ただ、最前線で起こる地獄のような凄惨な光景は、参謀であるミュセイラには見慣れていない光景だった。彼女はいつも、その地獄があった結果しか知らないからである。
最悪これがトラウマになって、彼女の心が壊れてしまう事だってある。そうさせまいとリックが彼女を守ろうとするが、目の前で起きた戦場の真の光景は、大きな衝撃を彼女に与えてしまった。
「ここにいたら危ない! 立て!」
怯えて何もできないミュセイラを、急いでリックが立ち上がらせようとする。敵の魔法攻撃が飛来した以上、ここも敵に狙われた危険地帯となった。そんな場所に、身を守る術を持たないミュセイラを残しておくわけにはいかない。
リックが彼女の腕を引っ張るが、足が竦んでしまったミュセイラは思うように立ち上がれない。動けないミュセイラを何とか立たせるため、倒れている彼女の身体に腕を回したリックが、急いで彼女を抱き起そうとした。
「しっかりしろミュセイラ! 一旦後ろに―――――」
ミュセイラを抱き起そうとしたリックだったが、彼は突然体勢を崩してしまい倒れ込んでしまった。それによって我に返ったミュセイラが、自分の上に倒れてしまったリックの身に、一体何が起こったのかを確認する。
見ると、周囲は再び敵の矢が降り注いだ後であり、味方の兵や地面に矢が突き刺さっていた。そして矢の一部は、苦痛に顔を歪めたリックの両脚にも突き刺さっていたのである。
「くっ⋯⋯⋯! こんな時に⋯⋯⋯!」
「あっ、足が⋯⋯⋯! 急いで手当しませんと!」
「俺のことはいい! お前だけでも早く逃げるんだ!」
戦いで培われた直感によってリックは悟った。この場所に降り注いだ魔法と矢による攻撃は、リック自身やミュセイラのような指揮命令系統を狙ったものである。敵はある程度の目星を付け、ここに指揮者が存在すると考え攻撃を仕掛けた可能性が高いのだ。
自分やミュセイラが狙われていると直感し、手当てしようとしたミュセイラの手を振り払ったリックは、必死に彼女に逃げるよう訴えた。だが彼女はリックを置いて逃げようとはせず、動けない彼を抱き起そうと奮闘する。
ミュセイラはリックの考えを察し、ここにいては二人共危険だと分かっていた。しかし、自分一人だけ逃げるわけにはいかない。逃げるならば、負傷した彼を引き摺ってでも一緒に逃げる。ミュセイラは決してリックを見捨てようとせず、一人で逃げろと訴え続ける彼の言葉を無視した。
「こんなところで死なせませんわよ!! 貴方には言ってやりたい文句が山ほどあるんですもの!!」
言ったら聞かない頑固者。それがミュセイラなんだと思い出したリックは、もう何を言っても無駄だと観念して、負傷した自分を運ぼうとする彼女に大人しく従った。
敵の攻撃に周囲の兵は応戦し、負傷者を運び出し、未だ飛来する魔法攻撃や矢を警戒する。混乱状態の中で誰も彼もが敵の対処に奔走しているが、大雨の視界不良を利用した敵軍は、遂に捨て身の攻撃を仕掛けるのだった。
「うおおおおおおおおっ!! 総統閣下万歳!!」
視界の悪さを利用した数人の敵兵が、味方に紛れて第一戦闘団の中に入り込んでいたのだ。その敵兵は全員、体に持てるだけの火薬を身に付け、リックとミュセイラのもとに全力で駆け出した。
この敵兵の狙いは、第一戦闘団の指揮者の排除。それは自らの命を犠牲にした、自爆による攻撃である。
向かってくる敵兵の狙いに気付いたリックは、すぐさま腰のホルスターに収めた拳銃を抜いて発砲を始める。周りの兵も、その発砲で敵の侵入に気付いて銃撃を始めた。放たれた弾丸は次々と敵兵を仕留め、特攻を阻止するべくその命を奪い去っていった。
だが一人だけ、体を弾丸に貫かれ続けても尚走り続ける。総統バルザックへの忠誠を叫び続け、死の恐怖を麻痺させた特攻兵が、身に付けた火薬の仕掛けを作動させた。
「伏せて!! リクトビアあああああああっ!!!」
特攻兵が仕掛けを作動させた瞬間、リックとミュセイラの前に、二人を救うために飛び込んだアングハルトが現れ、自身の拳銃で敵の頭を撃ち抜いた。
頭を撃ち抜かれてやっと止まった特攻兵だが、仕掛けは既に作動済みだった。絶命した特攻兵は地面に倒れ伏したが、この場から逃げるのはもう間に合わない。
一瞬で判断し覚悟を決めたアングハルトは、自身の背中を盾にし、リックとミュセイラを押し倒して地面に伏せた。
「アングハルト!?」
「駄目! アングハルトさん!」
次の瞬間、倒れた特攻兵の火薬が大爆発を起こし、周囲を爆風と衝撃が襲った。
「まったく⋯⋯⋯、目を離すとこれだよ」
ジエーデル軍の奇襲攻撃から数時間後。医療用の天幕の中、治療を終えてベッドに寝かされているリックのもとに、戦闘後の処理を済ませたホブスがやって来た。
両足に包帯を巻いている負傷した彼の姿を見るや否や、溜め息交じりに息を吐いて疲れた顔をしたホブスの第一声に、リックは苦笑いしかできなかった。
「話は大体聞きました。まさか敵が自爆特攻までしてくるとは思いませんでしたが、それだけ敵も必死なのは間違いないでしょう」
「そのせいで苦しい戦いだった。両軍の損害の方は?」
「幸い戦死者は少なかったですが、負傷者は重軽傷含め大勢います。こっちもやられてばかりではなかったので、敵に与えた損害はかなりのものかと」
ホブスの報告を聞いているのはリックだけではない。同じく治療を済ませたアングハルトと、二人のお陰で無事だったミュセイラが、リックの傍でホブスの報告を静かに聞いていた。
ミュセイラはほぼ無傷だったが、驚くべきはアングハルトの方である。敵の自爆特攻の際、リックとミュセイラに覆い被さる事で自らを盾とし、爆発から二人の身を守った。近くでの爆発だったが、幸運にも彼女の負傷は、爆発によって飛び散った破片の傷や、軽い火傷程度で済み、命に別状はなかったのである。
ただ、火薬には殺傷能力向上のための金属片が仕込まれており、爆発の衝撃で周囲に散ったその破片の内、比較的多きな破片が彼女の右腕に突き刺さった。それが彼女の一番大きな負傷だったが、幸いこれも大事には至らず、今は右腕に包帯を巻いて、腕を動かさないよう首から布で吊っている状態である。
「負傷した兵には悪いが、敵がしっかり消耗しているなら進軍を続けよう。こっちは苦しいが、捨て身の攻撃を挑んだ敵の方がもっと苦しいはずだからな」
「分かってます。今日は天候のせいで不覚を取りましたが、次は連中を蹴散らしてやると皆意気込んでますよ」
敵の自爆攻撃があった後、ミュセイラが指示していた砲撃部隊の攻撃が始まった事もあり、ジエーデル軍は大きな損害を出して撤退した。
その後雨は止み、第一戦闘団は急ぎ野営陣地を構築して、被害状況の確認と負傷者の手当てに加え、敵の第二次攻撃に備えていた。結局、完全に雨が止んでしまったためか、ジエーデル軍による再度の攻撃は行われなかったため、敵への警戒は続けつつも、兵達はようやく一息付ける状態となった。
「みんなのやる気を無駄には出来ないな。ミュセイラ、今後の進軍計画なんだが――――」
「⋯⋯⋯」
「おーい、聞いてるのか?」
「⋯⋯⋯!?」
一人俯きぼうっとしていたミュセイラが、リックの声で我に返る。戦闘が終わってから今に至るまで、ミュセイラはリックとアングハルトの手当てを行ない、二人の傍を離れようとはしなかった。そのために仕方なくホブスが彼女の代わりに全軍に指示を出し、現在の状況や被害報告をまとめたのである。
ミュセイラがこうなってしまった理由は、リックの負傷に責任を感じているからだ。リックの怪我はミュセイラを庇ったが故のものであり、もっと自分がしっかりしていれば、彼が傷を負う事はなかったからである。
「将軍⋯⋯⋯。私のせいで、本当になんて謝罪したらいいか⋯⋯⋯」
「それじゃあ謝罪の代わりに、今度恒例の一発芸大会で裸踊り見せてくれたら許す」
「分かりましたわ。今回は私が悪いのですから全裸で踊って見せるくらい⋯⋯⋯、って何やらせようとしてますの貴方って人は!!」
顔を真っ赤にしてミュセイラが怒るが、怒らせた当の本人は怪我の痛みも忘れて爆笑している。リックが怪我をしていなければ、今頃彼女にぶん殴られていただろう。
「人が折角謝ろうとしていますのに、いつもいつも私に対してだけはどうしてこうなんですの!? 悩んでた自分が滅茶苦茶馬鹿みたいですわ!」
「お前が無駄に責任感じてるから、別に見たくもないお前の裸で許してやろうって言ってんだろうが」
「はあ!? 見たくもないってそれはあれですの、私の体が貧相だって言いたいんですの!? こう見えても私、胸ならシャランドラさんより少し大き―――――」
いつも通りの犬も食わない口喧嘩が勃発したお陰で、ミュセイラが抱いていた悩みも後悔も、いつの間にか吹き飛んでしまっていた。
それはいいのだが、このままでは一向に話が先へ進まないため、軽く咳払いしたアングハルトが二人の間に割って入り、重要となる今後についての話し合いを再開させた。
「将軍閣下が仰った通り、我が軍より敵軍の方が苦しいのは間違いないでしょう。損害を被ったとは言え、第一戦闘団は装甲車輌も歩兵も健在です。偵察隊を出撃させて索敵を行ない、敵を発見次第今度はこちらから仕掛けましょう」
第一戦闘団の指揮官であるアングハルトの意見は、追撃による敵軍の撃滅である。敵軍との決戦を前に、敵戦力を削げるこの好機を見過ごせないという考えだ。
リックやホブスは、攻撃は最大の防御であると考え、アングハルトの意見に異議を唱える事はなかった。ただミュセイラは別の考えを持ち、攻撃を主張したアングハルトの意見に反対しようとしていた。
「お待ちになって下さいまし。確かに敵は消耗していますし、これは皆さんが考える通り好機ですの。でも恐らく、敵はそれすらも想定して策を用意していると思いますわ。追撃を仕掛けた私達に、今日と同じような奇襲攻撃をかけると見て間違いないですわ」
今回の戦闘を受け、ミュセイラはジエーデル軍の練度の高さを改めて思い知っただけでなく、敵戦力を良く分析した優秀な軍隊であると理解した。
今日の奇襲攻撃の際、天候による視界不良を利用して接近し、乱戦を仕掛けて銃火器を封じようとした。火力を分散させるために包囲戦を仕掛け、火薬による誘爆を起こすために、魔法攻撃は全て炎属性を使用した。
これらは全て、帝国国防軍が保有する戦力を分析し、その弱点を突く形での攻撃計画である。それだけの事をする敵が、奇襲攻撃後の反撃を想定していないと思えない。帝国国防軍の兵器群に勝利するため、ありとあらゆる手を講じていると見た方がいいのだ。
「敵の思惑には乗らず、少し様子を見るべきかもしれません。アングハルトさんと同じく、私も偵察隊は索敵を兼ねて出すべきだと思いますの。飛行部隊にも偵察をお願いして、陸と空から敵の動きを捉え続けて行動するべきですわ」
「それまではここを動けないってことか。ホブス、お前の意見は?」
「自分としてはヴァルトハイム参謀の意見に賛成です。ただそうなると、第一戦闘団はここで暫く足止めされてしまう。それは敵の思う壺かと思いますし、敵の策に嵌っているようで面白くはない。今度はこっちから敵を策に嵌めて仕掛けたいというのが本音です」
第一戦闘団はヴァスティナ帝国国防軍最強の機甲戦力であり、精鋭を集めた主戦力である。当然の事ながら、今までただ一度も敗北はない。
だが今回の戦闘で、第一戦闘団は敗北こそしなかったものの、初めて土をつけられる結果となった。ホブスも兵士達も、そしてアングハルトもまた、口には出さずとも悔しいのである。
ミュセイラの意見が正しいと頭では分かっていても、気持ちとしてはこの雪辱を晴らしたいというのが本音だ。ホブスにそのための策は何一つないが、彼の言葉を受けてミュセイラは思考を始めた。
するとそこへ、天幕の外からリック達の様子を見に、部隊に休息を取らせたゴリオンが現れる。不安の顔をしていたゴリオンだったが、リックの元気な様子を見て安心し、温かい笑みを浮かべるのだった。
「無事でよかったんだな。リックが爆発に巻き込まれたって聞いて、オラびっくりしただよ」
「俺もびっくりした。アングハルトがいなきゃ多分死んでた」
「閣下、お言葉は嬉しいですが冗談でも死んだなどと―――――」
「ちょっと待ってくださいまし。将軍、貴方今なんて仰いましたの?」
アングハルトの声を途中で遮ったのは、何かに気付いたようにはっとしているミュセイラだった。一体何だとリックが言いかけたが、真剣な顔をしたミュセイラに真っ直ぐ見つめられ、訳も分からないまま彼女の言葉に従って答えた。
「アングハルトがいなかったら俺が死んでたって話だ。それが何だってんだよ」
「死んでた⋯⋯⋯! そうそれですわ! 何でもっと早く思い付かなかったんですの!」
この場の全員、意味が分からずが首を傾げている中で、ミュセイラは世紀の大発明を閃いたが如く燥いでいた。そして直ぐに考えを纏めた彼女は、リックに向けて元気いっぱいの笑みを浮かべながら、嬉々として口を開くのだった。
「将軍!! 貴方死ねばいいんですのよ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんで?」
自分の閃きにご機嫌な様子のミュセイラと対照的に、訳も分からず突然の死刑宣告を受けたリックの落ち込みようは、それはそれは同情したくなる程の可哀想なものであったという⋯⋯⋯。
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