贖罪の救世主

水野アヤト

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第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語

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第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語






1.聖夜なにしてますか? 忙しいですか? プレゼントもらっていいですか?



「うぅ⋯⋯⋯、寒い⋯⋯⋯⋯⋯」

 冬の季節を迎えた南ローミリア。
 ここヴァスティナ帝国の城内にある将軍専用の執務室で、いつもの様に書類の山に囲まれて軍務を片付けているリックは、筆を握る冷たくなった自分の手に息を吐き、凍える寒さに身震いしていた。
 極北の地にある大国ゼロリアス帝国や、北の大国ホーリスローネ王国などに比べれば、真冬の南ローミリアの寒さはそれほど恐ろしいものではない。しかし真冬だけあって、冬らしい外気の刺すような寒さは、例え室内にいても人を凍えさせてしまう。
 
「寒すぎて書類整理なんてやってられないな⋯⋯⋯⋯。レイナ、悪いんだけど炎魔法で暖炉の火を強くしてくれ」
「わかりました。燃やせ、焔」

 丁度彼の執務室には、炎魔法を操る事ができるレイナも軍務に励んでいた。そこでリックは、暖炉の火力を上げて室内をもっと暖めようと思い、彼女の力を借りる事にした。頼みを了承したレイナは言われた通り、暖炉に向かって火力を抑えた炎魔法を放ち、暖炉の中の薪をより一層燃え上がらせる。
 
「クリスは追加の薪」
「⋯⋯⋯ったく、これくらいの寒さでだらしねぇな」
「いいだろ別に。だって寒いんだもん」

 室内にはクリスもいて、二人と同様に書類を片付けている最中であった。面倒臭そうに部屋の椅子から腰を上げ、口で文句は言いつつも、クリスは暖炉に薪を放り込む。
 新たな薪を燃料にして、レイナの生み出した炎が暖炉で燃え上がり、冷える室内を徐々に暖めていく。

「⋯⋯⋯⋯まったく、何でこんなクソ寒い日に仕事しなくちゃならんのだ」
「それはこっちのセリフだ。脳筋槍女はともかく、俺まで片付けに巻き込むんじゃねぇよ」
「文句を言うな破廉恥剣士。私も貴様も、今や兵を預かる将の身なのだから、得物を振るう以外の務めは当然の仕事だ」

 三人がこうして執務室に籠っているのも、冬の間に次なる戦いに備えての準備の為である。
 リックはヴァスティナ帝国国防軍の最高司令官で、レイナとクリスは槍と剣を武器とした精鋭部隊の指揮官。指揮系統の頂点であるリックが忙しいのは当然だが、帝国国防軍の強力な戦力たる二部隊の指揮官二人もまた、やるべき事は沢山ある。
 冬の間の敵対勢力への備え。次なる戦いに向けての訓練内容の作成。功績を挙げた兵を昇進させるかの判断や、給料等の調整など、戦時下ではなくとも仕事は山積みなのだ。

「レイナの言う通りだぞ。文句言ってる暇があったら書いて判子を押せ」
「めんどくせぇな⋯⋯⋯⋯。おいリック、開発部の書類におかしな経費あるぞ」
「見せてみろ⋯⋯⋯。あっ、なんだこれ!? シャランドラの奴、開発部の宴会費って書いて魔物の猛毒仕入れてるぞ! あいつ化学兵器でも作る気か!?」
「⋯⋯⋯⋯閣下、街の酒場からヘルベルト宛の請求書が届いています」
「あの馬鹿! また酒飲み散らかして払えもしないのにツケにしやがったな! 減給!!」
「こっちのは、冒険者が女装男子を見てナンパかまして野郎が男だと知ってショック受けて鬱病になったとか書いてある抗議文だ」
「知るかそんなもん!! 鬱になったその馬鹿に男の娘耐性がなかっただけだろうが! 暖炉で燃やしちまえ!」
「⋯⋯⋯⋯閣下、食堂の献立にもっと納豆を増やして欲しいという嘆願書が――――」
「それは俺じゃなくて食堂のおばちゃんに言え! 誰だその阿保な書類送ってきた奴は!?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯申し訳ありません。食堂で頼んだら上の人に許可を貰って欲しいと言われて⋯⋯⋯⋯」
「ごめん全面的に俺が悪かった。明日から毎日食堂に納豆出るようにするから頼むから泣きそうな顔しないでくれ」
「槍女に甘過ぎだろ!! それでいいのかよ!!」

 様々な書類がここに集められてしまったために、軍務とは全く関係ないものまで紛れ込んでしまい、この有様である。それ故に書類整理は必要なのだが、執務室の机という机に積まれた紙の山は、一向に減っていく気配がなかった。
 絶望状態の戦局に嫌気が差したリックが、自分の机に突っ伏して項垂れる。他の兵にはとても見せられない、駄々を捏ねた子供の様な姿だった。

「⋯⋯⋯⋯もういいや、全部燃やしちまおう」
「閣下、流石にそれは⋯⋯⋯⋯」
「ブチギレたクリスが暖炉に全部放り込んだ事にでもしちまえばエミリオに怒られないだろ」
「しかし⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、なるほど悪くない考えですね」
「おい!!」

 絶望のあまり、何もかも焼き尽くしてしまおうとさえ考えるリック。だがしかし、それを許さぬ監視役はちゃんと用意されているのだ。

「大切な書類を灰にするなど関心致しませんね」
「!!」

 いつの間にか部屋に現れていたのは、帝国女王最後の砦フラワー部隊の指揮官、メイド部隊全員が恐れる絶対強者、メイド長のウルスラであった。ウルスラは両手でティートレイを持ち、トレイの上に並べた紅茶を入れたカップを、クリスとレイナ、最後はリックのもとに運んでいく。
 丁寧にカップをリックの机に置くと、ウルスラの鋭い視線がリックを捉える。殺気すら感じさせる彼女の冷たい瞳に、リックはただただ震え上がり、震える手でカップを手に取って、恐怖で震えながら紅茶をすする。

「もしも、明日暖炉を掃除した際に灰の山が見つかりましたら、朝一番で殿下に御報告致します」
「まままままさかそんな、じょっ冗談にききき決まってるじゃないですか。ほほほっ本気にしないでくださいよもう⋯⋯⋯⋯」 

 朝一番で女王へ報告など、リックからすればとんでもない話である。殴り飛ばされ蹴り飛ばされた挙句散々罵られ、皆の前で土下座させられる未来しか見えなかったからだ。
 普段なら女王の傍にいる事が多いウルスラが、何故リック達の監視役をやっているかと言えば、これも全て帝国国防軍参謀長エミリオの策である。リックが仕事さぼらぬよう、強力な監視役を求めて女王からウルスラを借りたのだ。
 ちなみに女王アンジェリカは、エミリオの願いを二つ返事でオーケーしたという。

「⋯⋯⋯⋯それにしても本日はまた一段と冷えますね」
「こう寒い日が続くと参っちゃいますよ。でも、そう言う割にメイド長は平気そうですね」
「大陸北方の生まれですので、この程度は真冬の内に入りません」
「そうだったんですね。北の人はみんな寒さに強いってわけか」

 話に聞いた程度でしかリックも知らないが、大陸の北方、特に極北の地では、昼間でも外で凍死者が出る程の寒さだと言われている。
 そんな極寒の地の出身であれば、寒さに強いのも納得だった。冬の冷たい空気に身震い一つしない彼女に感心したリックが、北の地に興味を持ってウルスラに尋ねる。

「じゃあメイド長、北の方では冬をどうやって乗り切ってたんですか? いくら寒さに強いって言っても、向こうは普通に凍え死ぬ寒さですよね」
「特に変わった事はしていません。毛皮の衣服に身を包み、暖炉の火を焚いて部屋を暖め、体を温める効果を持った料理を食べて冬を過ごします」
「そっかー⋯⋯⋯⋯。極寒の地出身なら、真冬のあったかい過ごし方を知ってると思ったんだけどな⋯⋯⋯⋯」
「ですが、南ローミリアにはない風習ならありました」
「風習?」

 思い出したような顔をしたウルスラが、炎を燃え上がらせている暖炉を見て、懐かしそうに語り始めた。

「毎年この時期になると、無事に冬を越せるよう大地に祈る儀式をしていました。儀式といっても大層なものではなく、夜になれば装飾を施した幼木に祈りを捧げ、皆で暖炉を囲み、大地の恵みに感謝しながら豪華な料理を食べて過ごすといったものです」
「へぇ~⋯⋯⋯、クリスマスイブに似た風習だな」

 ウルスラの話を興味深そうに聞いていたリックが、どんなものかと想像をしてみながら、まるで聖夜のような風習に驚いて見せる。
 すると、リックの口にした聞きなれない言葉に反応したレイナが、何の事か分からず問いかける。

「閣下。その、くりすますいぶ、というのは一体何でしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯!」

 リックの脳裏を、「やっちまった」という言葉が神速で駆け抜ける。何も考えず口にしてしまった「クリスマスイヴ」という言葉は、この世界に恐らく存在しない言葉だったからだ。
 最早、異世界から勇者が召喚されるようなご時世で、今更隠しても仕方ないかもしれないが、面倒事は避けるに越した事はない。レイナだけでなく、クリスやウルスラまでも興味を抱いてしまっているため、慌ててリックは誤魔化す為の話を考えた。

「じっ、実は、俺が生まれた地方だとそういうお祭りみたいなのがあってだな、神様の誕生日を祝うって名目の祭りなんだよ。誕生日の前日をクリスマスイブ、当日をクリスマスって言ってな、イブの日は豪華な料理やケーキを食って過ごして、クリスマスの朝には枕元にサンタさんからのプレゼントがあってだな⋯⋯⋯⋯⋯」
「「「サンタさん⋯⋯⋯⋯?」」」
「ああ、サンタクロースっていう白髭のおじさんの事だよ。聖夜、みんなが寝静まったところに現れて、良い子にしてた子供達にこっそりとプレゼントを置いていくんだ」

 クリスマスが何かを知ったが、今度はサンタクロースの存在に興味を持たれてしまう。リックが「しまった」と気付いた時には遅く、サンタの話題にレイナとクリスが興味津々な様子を見せていた。

「閣下、そのサンタというのは一体何者なのでしょうか?」
「プレゼントを配るって、寝てる餓鬼共全員にか? 一晩でどうやってまわるってんだよ」
「えっ、えーと⋯⋯⋯⋯。サンタは真っ赤なお鼻のトナカイさんが引くソリに乗って国中をまわるんだ。トナカイとソリは空を飛べて、サンタは家の煙突から入って――――」
「そっ、空飛ぶトナカイとソリ!?」
「それに乗って国中をたった一晩でまわるのかよ!? おい槍女、サンタって野郎は只者じゃねぇぞ!」
「ああ、間違いない。 お前が考える通り、サンタクロースは強い!」

 またまた「やってしまった」と後悔した頃には、時既に遅しである。
 強者との戦い。闘争本能に火が付いたレイナとクリスは、まだ見ぬ相手サンタクロースを挑むべき強者と考え、子供の様に瞳を輝かせていた。

「閣下のお話通りなら、サンタは煙突から侵入して、寝ている子供に気付かれぬようプレゼントを置いて去っていく。ならば、仕掛ける瞬間は⋯⋯⋯⋯!」
「言わなくても分かってるぜ! 夜中に現れた瞬間が勝負だ!」
「イブの夜は決して眠るわけにはいかないな。私より先に眠ってしまうなよ、破廉恥剣士」
「んなヘマするかよ。サンタの野郎が伝説の六剣以上に強い奴か、今から楽しみだぜ!」

 完全にサンタクロースと戦う気満々な二人を止める術は、皆無である。こうまで楽しみにされてしまったら、サンタが空想上の存在だと言えるはずもない。しかし事態は、真実を言えないまま確実に進行していく。

「閣下! クリスマスイブとやらはいつなのでしょうか!?」
「えっ!?」
「さっきお前、メイド長の話聞いてクリスマスを思い出したよな? なあメイド長、あんたのとこの儀式はいつ頃やってたんだ?」
「そうですね⋯⋯⋯⋯、時期的に考えて三日後くらいだったかと」
「よし、なら三日後が今年のクリスマスイブだぜ! おい槍女、こうしちゃいられねぇぞ!」

 勝手にクリスマスイブの日程を決められたかと思えば、二人は勝手に執務室を飛び出して行ってしまった。後に残ったのは未だ片付かない書類の山とリック、そしてウルスラである。

「はあー⋯⋯⋯⋯。あいつらはもう、どうしてあんなに純粋無垢なんだ⋯⋯⋯⋯⋯」
「そのサンタクロースとやらの正体を知ってしまったら、さぞ御二人は悲しむでしょうね」
「⋯⋯⋯流石メイド長、サンタの正体をもう見破ってましたか」
「そういった類の話で出てくる者の正体は、どの国でも大抵親だと決まっていますので」

 流石はメイド部隊最年長という事もあり、ウルスラは一発でサンタクロースの正体を看破していた。だが、ウルスラがサンタの正体を察してくれていても、肝心のあの二人があそこまで期待している状態では、真実を言い出しずらい。
 サンタクロースの正体が実は子供の親で、寝ている子の枕元にプレゼントを置いているなんて教えてしまったら、大きな子供であるレイナとクリスの夢をぶち壊してしまうのは確実だ。

「ああ、どうするかな⋯⋯⋯。この調子だとあいつら、城中にサンタの話を広めまくって面倒なことに⋯⋯⋯⋯」
「正直にお話してみては?」
「あのキラキラした目の純粋少年少女な二人を前にして、実はサンタは存在しないなんて言えますか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯無理ですね」

 あのウルスラですら視線を逸らして逃げる以上、とても真実は伝えられそうにない。
 深く溜息を吐いたリックは椅子から立ち上がり、真実を伝えるのは諦める事にした。逆に覚悟を決めたリックは、面倒事を察して逃げようとしたウルスラを捕まえ、逃亡を図った彼女を巻き込もうとする。

「メイド長、聞いて欲しいお願いがあります」
「お断りさせて頂きます」
「まあそう仰らずに⋯⋯⋯⋯」









 それから三日後。
 勝手に決められてしまったクリスマスイブ当日の朝。三日前と同じように執務室にいるリックとウルスラは、今日の最終的な打ち合わせを行なっていた。

「メイド長、例の物を」
「はい、こちらです」

 ウルスラからリックに手渡されたのは、赤を基調とした衣装であった。何を隠そうこれは、衣装作りを得意とするウルスラに作って貰った、サンタクロースの真っ赤な衣装である。

「ありがとう御座います。これでもし見つかっても、あいつらの夢を壊さずに済みそうです」
「まさか本当にプレゼントを配り歩くことになるとは⋯⋯⋯⋯」
「予定通り、俺はレイナとクリス、それから他の連中にも配ってくるので、メイド長は陛下とメイドさん達の方をお願いします」
「承知致しました」

 レイナとクリスがサンタの存在を信じてしまったあの後、二人は興奮のあまり城中でクリスマスとサンタの話を広めてしまった。その話を聞いた大半は、サンタの正体にすぐ察しがついていたものの、イブにパーティーを開くのは面白そうだと考えた者達がいた。
 お陰で今日は、クリスマスイブのパーティーが開かれる事になり、城内では大勢が準備を始めている。パーティーを仕切っているのは勿論、宴会担当のシャランドラであった。
 クリスマスパーティーまで開かれるあっては、もう後には引けない。サンタを信じてしまった純粋な者達のために、リックは自らがサンタクロースとなって、彼らの夢を壊さぬようプレゼントを贈る事にしたのだ。
 流石にサンタと戦うという夢は叶えられないので、せめてプレゼントだけでも贈って、サンタの存在を信じさせるくらいはしたい。純粋無垢な子供の夢を破壊できなかったリックは、仕方なくサンタ服を身に纏う決心をしたのである。

「それにしても驚いたのは、アマリリスさんと陛下がサンタの存在を信じちゃったことですよね⋯⋯⋯⋯」
「陛下の歳ならまだ分からなくもありませんが、まさかアマリリスもとは思いませんでした⋯⋯⋯⋯」

 女王やメイド達にウルスラがプレゼントを配る事になったのも、全てレイナとクリスのせいである。二人の話を偶然聞いてしまったアンジェリカとアマリリスは、何とサンタの存在を信じてしまったのである。お陰で二人共、朝からサンタを待ってソワソワしている有様だ。
 アンジェリカだけでなくアマリリスにもプレゼントを与えるなら、他の者達に配らないのは不公平になると思ったウルスラは、メイド部隊全員にもプレゼントを配る事にしたのである。

「確かアマリリスさんって、あの見た目で三十後半でしたっけ?」」
「あの子の時間は十代前半で止まっているようなのです⋯⋯⋯⋯」
「だから中身まで少女ってことですか?」
「せめて中身だけでも、もう少し大人になってくれれば⋯⋯⋯⋯⋯」

 メイド部隊の指揮官なだけあり、一癖も二癖もあるメイド達の面倒を見ているウルスラには、頭を悩ませる問題は沢山ある。彼女の頭痛の種の一つを知ったリックは、大変なメイド長の職に同情しつつ、切り替えて話を戻す。

「まあそれは置いといて、そろそろ行動を始めましょうか」
「はい。作戦開始まではいつも通り陛下の御傍に控えます」
「俺もこれから軍務に励みますから、夜中まではお互いいつも通りで過ごしましょう。パーティーの方にも出ちゃって大丈夫です」
「わかりました。ところで、レイナ様とクリス様は如何為さる御積りですか?」

 リック一番の問題は、サンタ出現に備えるであろうレイナとクリスを、一体どうやって躱してプレゼントを置くかである。
 あの二人の事だから、サンタが現れるまで今日は寝ずに部屋に籠るだろう。サンタの格好をして二人が起きている部屋に入ったら最後、神速の切っ先がリックを刺し貫いてしまうに違いない。
 つまり、この作戦に於いてサンタクロース役になるという事は、大きな命の危険が伴なうのである。今回の作戦を成功させるには、どのようにして二人の攻撃を躱すかが鍵となるのだ。その方法を尋ねるウルスラが心配するのも、無理はない話である。

「心配ありません。既に手は打ってあります」
「!?」
「前もってホブスに協力させましてね、レイナとクリスを滅茶苦茶戦わせる手筈なんです」
「戦わせる? いつもの喧嘩のようにでしょうか?」
「そうです。二人の前でホブスに、どっちがサンタと先に戦うんですかとか、どっちの方がサンタより強いんですかねとか言わせれば、あの二人の性格上必ず喧嘩します。とにかくホブスに焚き付けさせて、二人を一日中戦わせた挙句、パーティーの御馳走をたらふく食わせてお風呂にも入れて、ベッドに直行させれば最後、二人共ぐっすりですよ」

 まさに、子供を寝かし付ける最善の策であった。眠気に抗えない程全力で疲れさせれば、如何にあの二人と言えでも睡魔には勝てないだろう。単純明快な策であるが、あの二人相手には十分な策と言える。作戦を聞いたウルスラ本人も、「なるほど」と言いたげに感心している様子であった。

「流石は元参謀長。策を練るのがお上手なようで」
「ふっふっふっ、これぞ天下のリクトビア式作戦術です」
「最大の問題を解決できそうですので、私からは何もありません」

 確認事項は全て終わり、後は夜中まで待つのみである。
 こうして、リックとウルスラによる聖夜の戦いは開幕したのだった。









 陽が落ちて夜を迎えた後、ヴァスティナ城では歴史上初のクリスマスパーティーが開かれた。
 リックとウルスラの話を基に、城内の手が空いていた者達が、クリスマスツリーや御馳走や酒、それに大きなケーキまで用意して、皆存分にパーティーを楽しんだ。
 いつもの様に騒ぎたがりな宴会担当が、毎度お馴染みの一発芸大会を開いて皆を笑わせ、酒好きの飲んだくれ集団は酔い潰れ、腹を空かせた大食らい達は御馳走を平らげ、結局クリスマスパーティーとは名ばかりの、いつもの宴だった。
 そうして無事にパーティーが終わり、騒ぎ疲れた皆がそれぞれの寝床に入って寝静まった頃、リックとウルスラは作戦を開始した。

「じゃあメイド長、そっちは任せました」
「了解致しました。リック様、御武運をお祈り致します」

 夜も更けたヴァスティナ城内。人気のない夜の通路で、プレゼント袋を担いでサンクロースに扮したリックと、いつものメイド服姿で同じく袋を担ぐリンドウが、互いの成功を祈り、通路で別れてそれぞれの行動を始める。
 全身真っ赤な衣装の、この世界の人間からすればどう見ても不審者以外の何ものでもない、これぞサンタクロースと言わんばかりの格好をしたリックは、まず最初に一番危険な者達の寝室へ向かう事にした。後にまわすとどんどん行く意欲が失われるため、先に片付けようという考えである。
 そう考えて深夜の城内を一人で歩き、まず辿り着いたのはレイナの寝室だった。

「⋯⋯⋯⋯⋯それじゃあ早速。メリークリスマス」

 お決まりの言葉を小声で発し、恐る恐るサンタリックは寝室の扉に手をかけた。
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