贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十話 揃いし力

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 ヴァスティナ帝国軍演習場。
 帝国軍兵士や、時には帝国騎士も使用するこの演習場では、今現在二人の男が激突していた。

「はあああああああああっ!!」
「ふんぬうううううううう!!」

 戦っている一人はライガだった。相変わらずの大声で、相手に向かって突撃していく。
 彼が戦っている相手は、帝国軍最強の盾だ。人の二倍以上はある身長の、縦にも横にも大きな巨漢。その身体より繰り出される力は、石壁すら粉砕してしまう。
 彼の名はゴリオン。剛腕にして鉄壁の、帝国参謀長配下の一人である。

「くらええええええええ!必殺、正義の鉄拳!!」

 何やら必殺技名を叫んでいるようだが、ただのパンチである。
 叫びと気合をのせて放ったパンチが、ゴリオンの肉体に命中する。大の男を殴り飛ばす事ができる程の、彼の渾身の一撃は、鉄壁の肉体を持つゴリオンには通用しなかった。
 殴られても全く動じず、ノーダメージ状態のゴリオン。その圧倒的な巨体を前に、未だ闘志を燃やし続けるライガは、新たな技を繰り出した。

「もう一発!必殺、正義の蹴り!!」

 今度もそうだ。必殺技名を叫んでいるが、やはりただの蹴りである。
 彼が力の限り放った蹴りは、またもゴリオンに命中する。今度もまた、ゴリオンは彼の攻撃を躱さなかった。その巨体故、俊敏に動けず躱せないと言う方が正しいが、ゴリオンの場合、躱さなくても問題がないと言えるだろう。
 ゴリオンの防御力は、ライガの放つ一撃や二撃ではびくともしない程である。ゴリオンは今鎧などを付けてはいないが、そもそも素の防御力が常人を超えており、素手による正面からの攻撃など、その肉体が通さないのだ。
 彼の圧倒的な防御力を超えた、必殺の一撃を放つ事ができる存在など、今の帝国には極僅かしかいない。少なくとも、今のライガでは全く歯が立たない相手であるのは、間違いないだろう。

「ふんっ!!」
「ぐはっ!?」

 ゴリオンの反撃がライガを吹き飛ばす。その剛腕から繰り出された張り手が、彼の身体を弾き飛ばしたのである。
 後ろへ弾き飛ばされたライガは、見事に地面に叩きつけられて、苦しそうに呻く。だが彼はすぐに起き上がり、再び構えを取った。攻撃が全く効かず、たった一撃の張り手に吹き飛ばされようとも、その闘志は消えなかったのである。

「うおおおおおおおおおっ!!オレは負けないいいいいいいいいっ!!!」
「まだやるんだか・・・・・・。オラ、お腹が空いただよ・・・・・・」

 闘志が燃え滾ったライガとは対照的に、空腹によってやる気を失くしているゴリオン。実はこの二人、この演習場で既に二十回は同じ事を繰り返している。
 ライガが諦める事を知らず、闘志を失くさないせいで、ゴリオンは彼との演習に付き合わされている。この戦いは模擬戦であり、戦闘の訓練をしたいと思っていたライガが、偶然彼の傍を通りかかったゴリオンを捕まえ、模擬戦を申し出たせいでこうなった。
 ライガが突撃し、ゴリオンが弾き飛ばす。この繰り返しが二十回は行なわれているのだ。
 何度も弾き飛ばされ、その度に起き上がるライガだが、彼の体力は底なしである。一方ゴリオンは、圧倒的な力を振るってはいるものの、いい加減お腹が空いてきており、既にこの演習にうんざりしていた。
 そんな二人の戦いを傍から見学している、リックとミュセイラ。リックが彼女を無理やり付き合わせ、ライガを探していたところ、演習場で彼の姿を見つけ、暫く戦いを見ていたのだ。
 ちなみに、ミュセイラを無理やり付き合わせた理由は、ちょっとした嫌がらせである。

「どう思う?ライガの戦い方」
「どうって・・・・・、馬鹿としか言いようがありませんわ。戦場に出たら真っ先に死にそうですわね」
「でもな、あいつゴリオンの攻撃を受けてもまだ倒れないんだぞ?馬鹿だけど、凄い」

 二人の共通の考えは、ライガは馬鹿だと言う事実。
 しかしリックの言う通り、彼の体力は底なしであり、その肉体は頑丈だ。素手による攻撃も申し分ない。確かにライガの力は、凄いと言えるものがある。馬鹿なのが非常に惜しい。
 
「そうは言っても、もう少し冷静でいて貰わないと実戦では使い物になりませんわよ?一人の命令無視の突撃で、作戦全体が瓦解する事だってありますもの」
「・・・・・・そうだな。俺たちに敗北は許されない。この小さな国が生き残るためには、戦いに勝ち続けるしかない」
 
 リックの言う通り、ヴァスティナ帝国に敗北は許されない。たった一度でも、大きな敗北を経験したならば最後、この国は敵国に一気に呑み込まれてしまうだろう。
 リックもミュセイラも、その事をよく理解しているからこそ、計画した作戦が瓦解し、戦争で敗北する可能性を危惧している。現状、帝国軍内で最も作戦を瓦解させる可能性が高いのは、他でもないライガである以上、リックは否定できなかった。

「・・・・・・どうする?」
「自分で考えて下さいまし!!」

 そんな二人の会話の最中も、ライガ対ゴリオンの戦いは続いている。
 そして、同じ事が繰り返されていた戦いに、ようやく変化が起きた。

「こうなったら最後の手段だ!装備!!」
「!?」

 叫ぶライガの周りに、突然巻き上がった風。演習場の地面から砂や草が舞い上がり、彼の周りで渦を巻く。
 発動したのである。彼の隠し玉、変身の魔法が。

「装備完了!!」

 変身が完了した。舞い上がった砂や草が、彼の身体に纏われて形を成す。
 纏われたあらゆる物質が、銀色に輝く鎧へと変化した。ライガの身体が、完全装甲化された瞬間だ。

「いくぞおおおおおおおおおっ!!!!!」

 変身が完了した途端、見た目の重装甲さを無視した疾走を見せるライガは、ゴリオンへ再び突撃する。
 完全に重装甲の鎧で覆われた彼は、更なる闘志を燃やし続けている。ゴリオンに勝つまで、彼は戦う事をやめるつもりがないのだ。

「どっ、どうなってもしらないだよ」
「!!」

 戦いを終わらせるために、今度は張り手ではない、必殺の一撃を放とうとするゴリオンは、構えに入った。彼の構えは、どこからどう見ても突進の構えであった。
 とても単純な、突進と言う攻撃方法。しかし、ゴリオンの巨体から放たれる突進は、猛獣の突進を超えた破壊兵器である。一度常人がこれを受けたならば、無事では済まない。基本的には、死ぬ。
 人間を軽く殺せる突進を放とうとしているのは、ライガがこれ位では死なないとわかっているためだ。彼を黙らせるためには、これ位が丁度良いと考えたのである。

「ふんっ!!!」
「ぐっおおおおおおおおおお!!?」

 ゴリオンの突進を受け、高く宙を舞うライガの身体。鎧が砕け散りながら、彼の身体が地面に叩きつけられる。底なしの体力と、無駄に頑丈な身体を持つ流石のライガも、今度ばかりは・・・・・・。

「うおおおおおおおおおっ!!!!」
「「「!?」」」

 信じられないものを目にした三人。
 地面に叩きつけられ、最早起き上がる事すら出来ないだろうと思っていたライガの身体が、起き上がる。ガクガクと震え、足腰も覚束ない状態であり、立つのがやっとという有り様だが、それでもライガは雄叫びを上げて立ち上がったのである。
 まさに不屈。ライガは自分自身に、決して敗北を許さないのである。
 何故ならば、彼は正義の味方なのだから・・・・・・・・・・・・・まだ自称正義の味方でしかないが。

「もういい。二人とも、模擬戦は終わりだ」
「「!」」

 見学していたリックが、戦いを止めさせる為に命令を下した。
 命令を聞き、ゴリオンは戦闘態勢を解除する。一方のライガだけは、未だに戦う気満々だ。模擬戦を止める気など全くないらしい。
 とは言っても、ライガ自身はもう限界だった。あの突進を受けて立ち上がりはしたものの、今にも倒れてしまいそうにふらついている。

「まだだ・・・・・まだオレは・・・・・・・!」
「やめろライガ。それ以上やったら、死ぬぞ?」

 倒れそうなライガに近付き、その身体を支えるリック。
 
「死んだら正義の味方になれないぞ」
「・・・・・・!!」
「わかってる。正義の味方は負けちゃいけない。だからお前は、勝つまで戦うんだろ?」
「ああ・・・・・」
「これは模擬戦だ。正義も悪もない、力を高め合うための戦いだ。別に負けてもいいんだよ」

 負けてもいい。その言葉に、不満そうな表情を見せるライガ。
 きっと彼ならば、そう言う反応をするだろうとわかっていたため、リックは言葉を続ける。

「強い奴と戦って、負けたら反省すればいい。何で負けたのか、どうやったら勝てるのかを考えて、次に生かせばいいんだよ。それが模擬戦ってもんだろ?」

 ライガにとって、リックは師のような存在である。
 今まで彼は、正義というものを目指し続け、自分の思うまま生きてきた。そんな彼の生き方には、致命的な問題があった。その問題とは、この先彼が学ばなければならない多くの事を教えてくれる存在に、今まで巡り合えなかったという事である。
 そして彼は、リックに出会った。彼はリックのお陰で、学ぶべき多くの事を学んだ。
 自分が今までどこが間違っていたのか、何をしなくてはならないのか、それを教えてくれた。故に彼は、今のリックの言葉を素直に聞き入れ、心を静めて反省を始めた。

「・・・・・・オレ、間違ってたぜ」
「わかればいい」

 冷静になったライガを地面に座らせ、彼を休憩させたリック。
 やはりライガは、リックが面倒を見るのが一番良い。そう思ったミュセイラは、傍で二人の様子を見て、続けてこう思った。

(やっぱり、この二人暑苦しいですわね・・・・・・)
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