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第十八話 正義の味方
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それから、二週間後。
「リクトビア・フローレンス!!お前って凄いんだな!見直したぜ!!」
元気よく、とても嬉しそうに、迷惑な位の大声を上げるこの男。二週間前の戦いで、帝国軍の捕虜となったライガ・イカルガは、現在ヴァスティナ帝国内で生活している。
拘束もされず、自由を与えられ、毎日を普通に生活していた。
「救国の英雄だって聞いたぞ!大国の侵攻から何度も帝国を守った、誰もが認める正義の味方。街の皆に愛されて、兵士達の信頼厚い、物語に出てくる理想の英雄みたいな奴だって、皆が言ってた!!」
「落ち着け、顔が近い、声がでかい、少し離れろ」
ここは、帝国軍新兵器開発実験場。
ライガはここに、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを捜しに来た。彼の名を叫び、全力疾走でここまで走って来た、無駄にタフな体力を持つライガは、リックを見つけた途端、突進する勢いで彼に詰め寄ったのである。
「大人達も子供達も、皆お前の事を褒めてた。帝国女王に絶対の忠誠を誓う、救国の英雄リクトビアだってな。凄いなお前、いやほんとすげぇよ!!」
「わかったから離れろ。五月蠅過ぎだ」
「しかもこの国、皆笑顔で楽しそうだ。平和だし、飯は上手いし、綺麗な街だ。この国が平和なのは、女王やお前が頑張ってるからだって、皆が言ってた!!」
「人の話を聞け。言いたい事はわかったから」
興奮を抑えきれず、自分の言いたかった事を一気に全て話そうとしている、今のライガには、何を言っても無駄だ。リックに詰め寄ったまま、自分が彼に言いたい事を言い終わるまで、ライガの言葉は止まらない。
しかし、今のリックは、彼に構っている暇がない。それは、この実験場でこれから行なわれようとしている、とある実験に立ち会うからだ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・・・、なんて体力だ馬鹿野郎。俺を殺す気か・・・・・・」
走り続けていたライガを追いかけ続け、ようやく彼に追いつき、息を切らしているのは、彼の見張りをしていたクリスである。彼がライガの見張りをしていたのは、今日がクリスの当番の日であったためだ。
ライガが自由に帝国内を動きまわれるのは、通称「イヴ案」のお陰である。
二週間前、イヴが皆の前で提案した「イヴ案」の内容。それは、ライガを自由にし、しばらく帝国で生活して貰うというものであった。
イヴが考えたこの案は、リックと帝国の事をライガに知って貰うための、平和的な解決策である。単純な男であるライガには、帝国内を自由に見て周らせ、己の聞いた話と実際がどれ程喰い違っているのかを、きちんとわからせた方が良い。
そう考えたイヴは、リック達の前でこの案を口にして、案の定レイナ達の猛反対を受けた。だが、それを想定していなかったイヴではない。逆に、反対意見を利用して見せたのである。
レイナやクリスに対し、どうすれば二人は納得するのかと、逆に聞き返し、上手く誘導して反対理由を口にさせた。主な二人の反対は、敵兵を自国内で自由にさせるのは、自国内の情報を奪われかねないという事や、万が一ライガが暴れた場合、一体誰が止めるのかという事であった。
反対意見を聞き出したイヴは、二人に対してこう言った。「じゃあさ、レイナちゃんとクリス君が心配してるところを解決出来たら、僕の案で決まりだね♪♪」と。
ライガを帝国内でしばらく生活させ、行動の自由を与える。その代わり、彼には常に見張りを付けて、行動を監視すればいい。見張りをするのは、ライガ万が一暴れた場合、即座に彼を無力化出来る者達がすれば、何の問題もないと、そう提案したのである。
反対意見をこういうやり方で解決すれば、レイナもクリスも何も言えなくなる。自分達の反対意見も、この案に取り入れられた以上、新たな反対意見を考え出さなければ、イヴ案が採用される事になる。
この時の二人には、他の意見は思い付かなかった。二人の性格をよく知っているイヴの勝利となり、リックの許可も得て、「イヴ案」は実行されたのである。
帝国に戻ったリック達は、早速ライガに自由を与え、仮の部屋を用意し、お小遣いを持たせ、彼を解き放った。彼の見張りをするのは、実力のある者達でなければならないと言う事で、レイナ達がローテーションで、彼の見張りをする事になった。
初日は、言い出しっぺのイヴ自身が見張り、それ以降はレイナやクリス、ヘルベルトやゴリオンも、ライガの見張りを行なった。今日はクリスが当番で、一日中走りまわっていたライガを、ずっと追いかけ続けたのである。
「だらしないぞ破廉恥剣士。普段から鍛錬を怠っているからだ」
「怠ってねぇよ!てめぇだって昨日は虫の息だったじゃねぇかよ、おい!!」
「・・・・・・何を言っているのかわからない」
リックの傍には、彼の身のまわりの警護のため、レイナがずっと控えていた。息を切らすクリスに対し、彼女の厳しい言葉が引き金となって、いつもの喧嘩が始まる。
レイナは昨日が当番で、やはりクリス同様に、とんでも体力で走りまわるライガのお陰で、倒れる寸前まで疲れ果てた。彼女も人の事は言えないのだ。
ちなみに、初日のイヴの場合は、見晴らしの良いところから、ライフルスコープでずっと彼を監視していたため、走りまわってなどいない。ライガの移動に合わせて、少し監視地点を移動した位で、レイナやクリスの様な苦労は、全くしていないのである。
「参謀長、シャランドラ殿の準備が整いました」
「わかった。アングハルト、お前も実験に立ち会うつもりなのか?」
「はい。人手は多いに越した事がありません。さらに、今回の実験は例の機関の起動実験です。万が一を想定しなければなりません」
リックやレイナ以外にも、この実験場には多くの者達が集まっている。帝国軍第四隊の分隊長、セリーヌ・アングハルトもその一人だ。
彼女はここで行なわれようとしている、シャランドラの実験の手伝いをしていた。主に力仕事を担当し、実験場に設置された機械の運搬などを、技術者達と共に行なった。
兵士である彼女が、ここで技術者達の手伝いをしていたのは、命令を受けたからではない。今回の実験が、例の機関の起動実験だと知り、彼女は自主的に足を運んだのである。前回の起動実験時の、あの大事故を知っている彼女は、シャランドラの身を心配する余り、手伝いと言う形でここへ訪れ、内心緊張しながら実験を見守っているのだ。
同じように、シャランドラを心配し、この場に集まった者の中には、ゴリオンやイヴ、万が一に備えたミュセイラの姿もある。さらに、シャランドラの家族とも言える、彼女が育った隠れ里の住人達も、実験を見守っている。
帝国軍新兵器開発の技術者達。かつて、帝国のさらに南にある大森林で、密かに存在した隠れ里。その里の住人達は、今ではヴァスティナ帝国の住人であり、軍の兵器開発に力を注ぐ、今の帝国になくてはならない存在である。
シャランドラと長い付き合いである、元隠れ里の大人達は、あの時の様な事故が起きない事を祈り、この場に集まった。大人達の中には、元隠れ里の里長の姿もある。年齢が八十を超える里長も、孫娘のように可愛がってきた彼女の身を案じ、実験の成功を願っている。
「そろそろ始めるで!目ん玉見開いてよう見とき。今からうちが、天才の発明ってもんを見したるわ!!」
この場のほとんどの人間が不安を覚える中、自信満々な様子で、設置された自分の発明品の実験を行なおうとしている、帝国一の発明家シャランドラ。
設置された機械、「魔法動力機関」の起動実験。失敗と試行錯誤を繰り返し、毎日毎日、長い時間をかけて開発し続けた、彼女の根気と夢の結晶。
「シャランドラ」
「んっ?」
設置された魔法動力機関へと近付き、起動実験を行なおうとしているシャランドラを、リックが呼び止める。彼の表情には、明らかに恐れが見えた。
あの事故。起動実験に失敗し、シャランドラが死にかけたあの日の記憶。ここで彼女を止めなければ、今度こそ彼女を失ってしまうかも知れないという、絶対的な恐怖。その恐怖が、彼女を呼び止めてしまう。
彼の声で呼び止められ、振り返った彼女は、彼の気持ちをよく知っている。だから彼女は、笑って答える。
「うちな、この実験が成功したら、リックにお願いを一個、聞いて欲しいんよ」
「・・・・・・お願い?」
「頑張ったうちへのご褒美が欲しいんよ。それ位ええやろ?」
リックは無言で頷き、彼女のお願いの内容を待った。
了承得たシャランドラは、満面の笑みを浮かべて、お願いを口に出す。
「うちと、添い寝して欲しいんや」
「わかった、・・・・・・・・・・!!?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとは、まさにこの事だ。
目を丸くして驚いた表情のリックと、ご機嫌な様子のシャランドラ。
「約束やで!絶対成功させたるわ!!」
「おい眼鏡女!好き勝手は許さねぇぞ!!」
「わお、シャランドラちゃん積極的♪♪」
「ほんとわかりませんわ。戦闘の時はともかく、参謀長のどこがそんなにも良いのかしら」
外野からの様々な声を受けながら、魔法動力機関へと向き直るシャランドラ。
今度こそ、実用化のために、起動を成功させなければならない。自分の夢のため、自分の復讐のため、そして彼のためにも、二度と失敗は許されない。
「大丈夫・・・・・・、うちならやれる・・・・・・」
誰にも聞こえない小さな声で、彼女は自分に言い聞かせる。
魔法動力機関の傍まで来た彼女は、起動のためのスイッチに指を置く。大きく息を吐き、彼女は覚悟を決めた。
「魔法動力機関、起動!!」
掛け声と共にスイッチを押し、魔法動力機関を起動させる。騒音レベルの機械音が鳴り響き、大型機械が唸りを上げた。
この実験は、動力機関が停止も暴走もせず、長時間起動し続ければ成功となる。ずっと前に、この試作品を荷車に搭載して起動した時は、結局暴走してしまい、制御が出来なかった。
だが、ようやく完成させた、実用化のための今回の機関は、理論上では、暴走の危険は最小限に抑えられており、長時間の稼働が可能になっている。
「どうや!?」
皆が固唾を呑んで見守る中、魔法動力機関は稼働し続けている。
動力機関は稼働音を響かせ続け、異音を発しない。技術者以外には、ただの機械の騒音にしか聞こえない、この稼働音。成功したのか失敗したのか、リック達にはよくわからない。しかし、実験の成否は、彼女の表情を見ればわかる。
「・・・・・・成功や」
口元に徐々に笑みが浮かび、瞳から涙が零れ出す。
魔法動力機関は、約一分以上稼働し続けた。停止も暴走もせず、今も安定して稼働し続けている。この実験は、彼女の言葉通り、成功したのである。
「成功やあああああああああっ!!!」
歓喜の叫び。そして、周りから成功を祝福する拍手と歓声。
彼女を見守っていた全ての者達が、実験の成功に湧いた。そして彼らは、大陸でも類を見ない、一大発明の目撃者となった。
シャランドラの夢の結晶が、ようやく実用化への一歩を踏み出した。
「やったのうシャランドラ。よく頑張った」
「里長、今日は皆を集めて成功祝いだろ!シャラ嬢ちゃんが等々やったんだ!」
「賛成だ!おい皆、宴の準備だ!!」
「今からかよ。正直、また失敗すると思ってたから何も用意してねぇぞ」
里長を含む、隠れ里で生まれ育った大人達が、シャランドラの成功を祝福し、宴の計画を考え始める。当の本人は、里長達技術者のもとではなく、リックへと振り返って駆け出した。
成功を知り、心底ほっとした表情のリックへと、真っ直ぐに駆け出していく。その勢いのまま、リックの体へ抱きついた。余りの嬉しさに涙を流し、顔をくしゃくしゃにしたまま、成功を喜ぶシャランドラ。
「うち・・・ひっぐ・・・・・やったんやで」
「ああ・・・・・・、ちゃんと見てた」
「全部リックのお陰や・・・・・・、ありがとうな」
抱きついたまま離れず、嬉しさの涙を流し続ける。
そんな彼女を抱きしめ返して、一瞬優しく微笑むリック。本当に久しぶりに見せる、彼の微笑み。
「礼を言うのは俺の方だ・・・・・・。お前の発明、使わせて欲しい」
「ええよ・・・・・・、最初からうちもそのつもりやもん。うちの魔法動力機関、好きに使ってくれや」
二人の周りに集まる、実験を見守っていた者達。
帝国一の発明家シャランドラへと、惜しむ事ない賛辞の言葉がかけられる。
そして、実験を皆と同じように見守り、シャランドラに抱きしめられたままのリックへと、熱い視線を送る者が一人いる。
「すげぇ・・・・・、やっぱこいつはすげぇんだ・・・・・・」
そう言って、実験にではない別の事に、一人感動しているライガ。彼の視線の先には、リックの姿があった。
ライガはその目に焼き付け、そして己の無知を噛み締めた。話でしか知らなかった、帝国軍参謀長の真実の姿を・・・・・・・。
「リクトビア・フローレンス!!お前って凄いんだな!見直したぜ!!」
元気よく、とても嬉しそうに、迷惑な位の大声を上げるこの男。二週間前の戦いで、帝国軍の捕虜となったライガ・イカルガは、現在ヴァスティナ帝国内で生活している。
拘束もされず、自由を与えられ、毎日を普通に生活していた。
「救国の英雄だって聞いたぞ!大国の侵攻から何度も帝国を守った、誰もが認める正義の味方。街の皆に愛されて、兵士達の信頼厚い、物語に出てくる理想の英雄みたいな奴だって、皆が言ってた!!」
「落ち着け、顔が近い、声がでかい、少し離れろ」
ここは、帝国軍新兵器開発実験場。
ライガはここに、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを捜しに来た。彼の名を叫び、全力疾走でここまで走って来た、無駄にタフな体力を持つライガは、リックを見つけた途端、突進する勢いで彼に詰め寄ったのである。
「大人達も子供達も、皆お前の事を褒めてた。帝国女王に絶対の忠誠を誓う、救国の英雄リクトビアだってな。凄いなお前、いやほんとすげぇよ!!」
「わかったから離れろ。五月蠅過ぎだ」
「しかもこの国、皆笑顔で楽しそうだ。平和だし、飯は上手いし、綺麗な街だ。この国が平和なのは、女王やお前が頑張ってるからだって、皆が言ってた!!」
「人の話を聞け。言いたい事はわかったから」
興奮を抑えきれず、自分の言いたかった事を一気に全て話そうとしている、今のライガには、何を言っても無駄だ。リックに詰め寄ったまま、自分が彼に言いたい事を言い終わるまで、ライガの言葉は止まらない。
しかし、今のリックは、彼に構っている暇がない。それは、この実験場でこれから行なわれようとしている、とある実験に立ち会うからだ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・・・、なんて体力だ馬鹿野郎。俺を殺す気か・・・・・・」
走り続けていたライガを追いかけ続け、ようやく彼に追いつき、息を切らしているのは、彼の見張りをしていたクリスである。彼がライガの見張りをしていたのは、今日がクリスの当番の日であったためだ。
ライガが自由に帝国内を動きまわれるのは、通称「イヴ案」のお陰である。
二週間前、イヴが皆の前で提案した「イヴ案」の内容。それは、ライガを自由にし、しばらく帝国で生活して貰うというものであった。
イヴが考えたこの案は、リックと帝国の事をライガに知って貰うための、平和的な解決策である。単純な男であるライガには、帝国内を自由に見て周らせ、己の聞いた話と実際がどれ程喰い違っているのかを、きちんとわからせた方が良い。
そう考えたイヴは、リック達の前でこの案を口にして、案の定レイナ達の猛反対を受けた。だが、それを想定していなかったイヴではない。逆に、反対意見を利用して見せたのである。
レイナやクリスに対し、どうすれば二人は納得するのかと、逆に聞き返し、上手く誘導して反対理由を口にさせた。主な二人の反対は、敵兵を自国内で自由にさせるのは、自国内の情報を奪われかねないという事や、万が一ライガが暴れた場合、一体誰が止めるのかという事であった。
反対意見を聞き出したイヴは、二人に対してこう言った。「じゃあさ、レイナちゃんとクリス君が心配してるところを解決出来たら、僕の案で決まりだね♪♪」と。
ライガを帝国内でしばらく生活させ、行動の自由を与える。その代わり、彼には常に見張りを付けて、行動を監視すればいい。見張りをするのは、ライガ万が一暴れた場合、即座に彼を無力化出来る者達がすれば、何の問題もないと、そう提案したのである。
反対意見をこういうやり方で解決すれば、レイナもクリスも何も言えなくなる。自分達の反対意見も、この案に取り入れられた以上、新たな反対意見を考え出さなければ、イヴ案が採用される事になる。
この時の二人には、他の意見は思い付かなかった。二人の性格をよく知っているイヴの勝利となり、リックの許可も得て、「イヴ案」は実行されたのである。
帝国に戻ったリック達は、早速ライガに自由を与え、仮の部屋を用意し、お小遣いを持たせ、彼を解き放った。彼の見張りをするのは、実力のある者達でなければならないと言う事で、レイナ達がローテーションで、彼の見張りをする事になった。
初日は、言い出しっぺのイヴ自身が見張り、それ以降はレイナやクリス、ヘルベルトやゴリオンも、ライガの見張りを行なった。今日はクリスが当番で、一日中走りまわっていたライガを、ずっと追いかけ続けたのである。
「だらしないぞ破廉恥剣士。普段から鍛錬を怠っているからだ」
「怠ってねぇよ!てめぇだって昨日は虫の息だったじゃねぇかよ、おい!!」
「・・・・・・何を言っているのかわからない」
リックの傍には、彼の身のまわりの警護のため、レイナがずっと控えていた。息を切らすクリスに対し、彼女の厳しい言葉が引き金となって、いつもの喧嘩が始まる。
レイナは昨日が当番で、やはりクリス同様に、とんでも体力で走りまわるライガのお陰で、倒れる寸前まで疲れ果てた。彼女も人の事は言えないのだ。
ちなみに、初日のイヴの場合は、見晴らしの良いところから、ライフルスコープでずっと彼を監視していたため、走りまわってなどいない。ライガの移動に合わせて、少し監視地点を移動した位で、レイナやクリスの様な苦労は、全くしていないのである。
「参謀長、シャランドラ殿の準備が整いました」
「わかった。アングハルト、お前も実験に立ち会うつもりなのか?」
「はい。人手は多いに越した事がありません。さらに、今回の実験は例の機関の起動実験です。万が一を想定しなければなりません」
リックやレイナ以外にも、この実験場には多くの者達が集まっている。帝国軍第四隊の分隊長、セリーヌ・アングハルトもその一人だ。
彼女はここで行なわれようとしている、シャランドラの実験の手伝いをしていた。主に力仕事を担当し、実験場に設置された機械の運搬などを、技術者達と共に行なった。
兵士である彼女が、ここで技術者達の手伝いをしていたのは、命令を受けたからではない。今回の実験が、例の機関の起動実験だと知り、彼女は自主的に足を運んだのである。前回の起動実験時の、あの大事故を知っている彼女は、シャランドラの身を心配する余り、手伝いと言う形でここへ訪れ、内心緊張しながら実験を見守っているのだ。
同じように、シャランドラを心配し、この場に集まった者の中には、ゴリオンやイヴ、万が一に備えたミュセイラの姿もある。さらに、シャランドラの家族とも言える、彼女が育った隠れ里の住人達も、実験を見守っている。
帝国軍新兵器開発の技術者達。かつて、帝国のさらに南にある大森林で、密かに存在した隠れ里。その里の住人達は、今ではヴァスティナ帝国の住人であり、軍の兵器開発に力を注ぐ、今の帝国になくてはならない存在である。
シャランドラと長い付き合いである、元隠れ里の大人達は、あの時の様な事故が起きない事を祈り、この場に集まった。大人達の中には、元隠れ里の里長の姿もある。年齢が八十を超える里長も、孫娘のように可愛がってきた彼女の身を案じ、実験の成功を願っている。
「そろそろ始めるで!目ん玉見開いてよう見とき。今からうちが、天才の発明ってもんを見したるわ!!」
この場のほとんどの人間が不安を覚える中、自信満々な様子で、設置された自分の発明品の実験を行なおうとしている、帝国一の発明家シャランドラ。
設置された機械、「魔法動力機関」の起動実験。失敗と試行錯誤を繰り返し、毎日毎日、長い時間をかけて開発し続けた、彼女の根気と夢の結晶。
「シャランドラ」
「んっ?」
設置された魔法動力機関へと近付き、起動実験を行なおうとしているシャランドラを、リックが呼び止める。彼の表情には、明らかに恐れが見えた。
あの事故。起動実験に失敗し、シャランドラが死にかけたあの日の記憶。ここで彼女を止めなければ、今度こそ彼女を失ってしまうかも知れないという、絶対的な恐怖。その恐怖が、彼女を呼び止めてしまう。
彼の声で呼び止められ、振り返った彼女は、彼の気持ちをよく知っている。だから彼女は、笑って答える。
「うちな、この実験が成功したら、リックにお願いを一個、聞いて欲しいんよ」
「・・・・・・お願い?」
「頑張ったうちへのご褒美が欲しいんよ。それ位ええやろ?」
リックは無言で頷き、彼女のお願いの内容を待った。
了承得たシャランドラは、満面の笑みを浮かべて、お願いを口に出す。
「うちと、添い寝して欲しいんや」
「わかった、・・・・・・・・・・!!?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとは、まさにこの事だ。
目を丸くして驚いた表情のリックと、ご機嫌な様子のシャランドラ。
「約束やで!絶対成功させたるわ!!」
「おい眼鏡女!好き勝手は許さねぇぞ!!」
「わお、シャランドラちゃん積極的♪♪」
「ほんとわかりませんわ。戦闘の時はともかく、参謀長のどこがそんなにも良いのかしら」
外野からの様々な声を受けながら、魔法動力機関へと向き直るシャランドラ。
今度こそ、実用化のために、起動を成功させなければならない。自分の夢のため、自分の復讐のため、そして彼のためにも、二度と失敗は許されない。
「大丈夫・・・・・・、うちならやれる・・・・・・」
誰にも聞こえない小さな声で、彼女は自分に言い聞かせる。
魔法動力機関の傍まで来た彼女は、起動のためのスイッチに指を置く。大きく息を吐き、彼女は覚悟を決めた。
「魔法動力機関、起動!!」
掛け声と共にスイッチを押し、魔法動力機関を起動させる。騒音レベルの機械音が鳴り響き、大型機械が唸りを上げた。
この実験は、動力機関が停止も暴走もせず、長時間起動し続ければ成功となる。ずっと前に、この試作品を荷車に搭載して起動した時は、結局暴走してしまい、制御が出来なかった。
だが、ようやく完成させた、実用化のための今回の機関は、理論上では、暴走の危険は最小限に抑えられており、長時間の稼働が可能になっている。
「どうや!?」
皆が固唾を呑んで見守る中、魔法動力機関は稼働し続けている。
動力機関は稼働音を響かせ続け、異音を発しない。技術者以外には、ただの機械の騒音にしか聞こえない、この稼働音。成功したのか失敗したのか、リック達にはよくわからない。しかし、実験の成否は、彼女の表情を見ればわかる。
「・・・・・・成功や」
口元に徐々に笑みが浮かび、瞳から涙が零れ出す。
魔法動力機関は、約一分以上稼働し続けた。停止も暴走もせず、今も安定して稼働し続けている。この実験は、彼女の言葉通り、成功したのである。
「成功やあああああああああっ!!!」
歓喜の叫び。そして、周りから成功を祝福する拍手と歓声。
彼女を見守っていた全ての者達が、実験の成功に湧いた。そして彼らは、大陸でも類を見ない、一大発明の目撃者となった。
シャランドラの夢の結晶が、ようやく実用化への一歩を踏み出した。
「やったのうシャランドラ。よく頑張った」
「里長、今日は皆を集めて成功祝いだろ!シャラ嬢ちゃんが等々やったんだ!」
「賛成だ!おい皆、宴の準備だ!!」
「今からかよ。正直、また失敗すると思ってたから何も用意してねぇぞ」
里長を含む、隠れ里で生まれ育った大人達が、シャランドラの成功を祝福し、宴の計画を考え始める。当の本人は、里長達技術者のもとではなく、リックへと振り返って駆け出した。
成功を知り、心底ほっとした表情のリックへと、真っ直ぐに駆け出していく。その勢いのまま、リックの体へ抱きついた。余りの嬉しさに涙を流し、顔をくしゃくしゃにしたまま、成功を喜ぶシャランドラ。
「うち・・・ひっぐ・・・・・やったんやで」
「ああ・・・・・・、ちゃんと見てた」
「全部リックのお陰や・・・・・・、ありがとうな」
抱きついたまま離れず、嬉しさの涙を流し続ける。
そんな彼女を抱きしめ返して、一瞬優しく微笑むリック。本当に久しぶりに見せる、彼の微笑み。
「礼を言うのは俺の方だ・・・・・・。お前の発明、使わせて欲しい」
「ええよ・・・・・・、最初からうちもそのつもりやもん。うちの魔法動力機関、好きに使ってくれや」
二人の周りに集まる、実験を見守っていた者達。
帝国一の発明家シャランドラへと、惜しむ事ない賛辞の言葉がかけられる。
そして、実験を皆と同じように見守り、シャランドラに抱きしめられたままのリックへと、熱い視線を送る者が一人いる。
「すげぇ・・・・・、やっぱこいつはすげぇんだ・・・・・・」
そう言って、実験にではない別の事に、一人感動しているライガ。彼の視線の先には、リックの姿があった。
ライガはその目に焼き付け、そして己の無知を噛み締めた。話でしか知らなかった、帝国軍参謀長の真実の姿を・・・・・・・。
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小説家になろうでも公開している短編集です。
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