贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
上 下
323 / 841
第十八話 正義の味方

しおりを挟む
 それから、二週間後。

「リクトビア・フローレンス!!お前って凄いんだな!見直したぜ!!」

 元気よく、とても嬉しそうに、迷惑な位の大声を上げるこの男。二週間前の戦いで、帝国軍の捕虜となったライガ・イカルガは、現在ヴァスティナ帝国内で生活している。
 拘束もされず、自由を与えられ、毎日を普通に生活していた。

「救国の英雄だって聞いたぞ!大国の侵攻から何度も帝国を守った、誰もが認める正義の味方。街の皆に愛されて、兵士達の信頼厚い、物語に出てくる理想の英雄みたいな奴だって、皆が言ってた!!」
「落ち着け、顔が近い、声がでかい、少し離れろ」

 ここは、帝国軍新兵器開発実験場。
 ライガはここに、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスを捜しに来た。彼の名を叫び、全力疾走でここまで走って来た、無駄にタフな体力を持つライガは、リックを見つけた途端、突進する勢いで彼に詰め寄ったのである。

「大人達も子供達も、皆お前の事を褒めてた。帝国女王に絶対の忠誠を誓う、救国の英雄リクトビアだってな。凄いなお前、いやほんとすげぇよ!!」
「わかったから離れろ。五月蠅過ぎだ」
「しかもこの国、皆笑顔で楽しそうだ。平和だし、飯は上手いし、綺麗な街だ。この国が平和なのは、女王やお前が頑張ってるからだって、皆が言ってた!!」
「人の話を聞け。言いたい事はわかったから」

 興奮を抑えきれず、自分の言いたかった事を一気に全て話そうとしている、今のライガには、何を言っても無駄だ。リックに詰め寄ったまま、自分が彼に言いたい事を言い終わるまで、ライガの言葉は止まらない。
 しかし、今のリックは、彼に構っている暇がない。それは、この実験場でこれから行なわれようとしている、とある実験に立ち会うからだ。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・・・、なんて体力だ馬鹿野郎。俺を殺す気か・・・・・・」

 走り続けていたライガを追いかけ続け、ようやく彼に追いつき、息を切らしているのは、彼の見張りをしていたクリスである。彼がライガの見張りをしていたのは、今日がクリスの当番の日であったためだ。
 ライガが自由に帝国内を動きまわれるのは、通称「イヴ案」のお陰である。
 二週間前、イヴが皆の前で提案した「イヴ案」の内容。それは、ライガを自由にし、しばらく帝国で生活して貰うというものであった。
 イヴが考えたこの案は、リックと帝国の事をライガに知って貰うための、平和的な解決策である。単純な男であるライガには、帝国内を自由に見て周らせ、己の聞いた話と実際がどれ程喰い違っているのかを、きちんとわからせた方が良い。
 そう考えたイヴは、リック達の前でこの案を口にして、案の定レイナ達の猛反対を受けた。だが、それを想定していなかったイヴではない。逆に、反対意見を利用して見せたのである。
 レイナやクリスに対し、どうすれば二人は納得するのかと、逆に聞き返し、上手く誘導して反対理由を口にさせた。主な二人の反対は、敵兵を自国内で自由にさせるのは、自国内の情報を奪われかねないという事や、万が一ライガが暴れた場合、一体誰が止めるのかという事であった。
 反対意見を聞き出したイヴは、二人に対してこう言った。「じゃあさ、レイナちゃんとクリス君が心配してるところを解決出来たら、僕の案で決まりだね♪♪」と。
 ライガを帝国内でしばらく生活させ、行動の自由を与える。その代わり、彼には常に見張りを付けて、行動を監視すればいい。見張りをするのは、ライガ万が一暴れた場合、即座に彼を無力化出来る者達がすれば、何の問題もないと、そう提案したのである。
 反対意見をこういうやり方で解決すれば、レイナもクリスも何も言えなくなる。自分達の反対意見も、この案に取り入れられた以上、新たな反対意見を考え出さなければ、イヴ案が採用される事になる。
 この時の二人には、他の意見は思い付かなかった。二人の性格をよく知っているイヴの勝利となり、リックの許可も得て、「イヴ案」は実行されたのである。
 帝国に戻ったリック達は、早速ライガに自由を与え、仮の部屋を用意し、お小遣いを持たせ、彼を解き放った。彼の見張りをするのは、実力のある者達でなければならないと言う事で、レイナ達がローテーションで、彼の見張りをする事になった。
 初日は、言い出しっぺのイヴ自身が見張り、それ以降はレイナやクリス、ヘルベルトやゴリオンも、ライガの見張りを行なった。今日はクリスが当番で、一日中走りまわっていたライガを、ずっと追いかけ続けたのである。

「だらしないぞ破廉恥剣士。普段から鍛錬を怠っているからだ」
「怠ってねぇよ!てめぇだって昨日は虫の息だったじゃねぇかよ、おい!!」
「・・・・・・何を言っているのかわからない」

 リックの傍には、彼の身のまわりの警護のため、レイナがずっと控えていた。息を切らすクリスに対し、彼女の厳しい言葉が引き金となって、いつもの喧嘩が始まる。
 レイナは昨日が当番で、やはりクリス同様に、とんでも体力で走りまわるライガのお陰で、倒れる寸前まで疲れ果てた。彼女も人の事は言えないのだ。
 ちなみに、初日のイヴの場合は、見晴らしの良いところから、ライフルスコープでずっと彼を監視していたため、走りまわってなどいない。ライガの移動に合わせて、少し監視地点を移動した位で、レイナやクリスの様な苦労は、全くしていないのである。

「参謀長、シャランドラ殿の準備が整いました」
「わかった。アングハルト、お前も実験に立ち会うつもりなのか?」
「はい。人手は多いに越した事がありません。さらに、今回の実験は例の機関の起動実験です。万が一を想定しなければなりません」

 リックやレイナ以外にも、この実験場には多くの者達が集まっている。帝国軍第四隊の分隊長、セリーヌ・アングハルトもその一人だ。
 彼女はここで行なわれようとしている、シャランドラの実験の手伝いをしていた。主に力仕事を担当し、実験場に設置された機械の運搬などを、技術者達と共に行なった。
 兵士である彼女が、ここで技術者達の手伝いをしていたのは、命令を受けたからではない。今回の実験が、例の機関の起動実験だと知り、彼女は自主的に足を運んだのである。前回の起動実験時の、あの大事故を知っている彼女は、シャランドラの身を心配する余り、手伝いと言う形でここへ訪れ、内心緊張しながら実験を見守っているのだ。
 同じように、シャランドラを心配し、この場に集まった者の中には、ゴリオンやイヴ、万が一に備えたミュセイラの姿もある。さらに、シャランドラの家族とも言える、彼女が育った隠れ里の住人達も、実験を見守っている。
 帝国軍新兵器開発の技術者達。かつて、帝国のさらに南にある大森林で、密かに存在した隠れ里。その里の住人達は、今ではヴァスティナ帝国の住人であり、軍の兵器開発に力を注ぐ、今の帝国になくてはならない存在である。
 シャランドラと長い付き合いである、元隠れ里の大人達は、あの時の様な事故が起きない事を祈り、この場に集まった。大人達の中には、元隠れ里の里長の姿もある。年齢が八十を超える里長も、孫娘のように可愛がってきた彼女の身を案じ、実験の成功を願っている。

「そろそろ始めるで!目ん玉見開いてよう見とき。今からうちが、天才の発明ってもんを見したるわ!!」

 この場のほとんどの人間が不安を覚える中、自信満々な様子で、設置された自分の発明品の実験を行なおうとしている、帝国一の発明家シャランドラ。
 設置された機械、「魔法動力機関」の起動実験。失敗と試行錯誤を繰り返し、毎日毎日、長い時間をかけて開発し続けた、彼女の根気と夢の結晶。
 
「シャランドラ」
「んっ?」

 設置された魔法動力機関へと近付き、起動実験を行なおうとしているシャランドラを、リックが呼び止める。彼の表情には、明らかに恐れが見えた。
 あの事故。起動実験に失敗し、シャランドラが死にかけたあの日の記憶。ここで彼女を止めなければ、今度こそ彼女を失ってしまうかも知れないという、絶対的な恐怖。その恐怖が、彼女を呼び止めてしまう。
 彼の声で呼び止められ、振り返った彼女は、彼の気持ちをよく知っている。だから彼女は、笑って答える。

「うちな、この実験が成功したら、リックにお願いを一個、聞いて欲しいんよ」
「・・・・・・お願い?」
「頑張ったうちへのご褒美が欲しいんよ。それ位ええやろ?」

 リックは無言で頷き、彼女のお願いの内容を待った。
 了承得たシャランドラは、満面の笑みを浮かべて、お願いを口に出す。

「うちと、添い寝して欲しいんや」
「わかった、・・・・・・・・・・!!?」

 鳩が豆鉄砲を食ったようとは、まさにこの事だ。
 目を丸くして驚いた表情のリックと、ご機嫌な様子のシャランドラ。

「約束やで!絶対成功させたるわ!!」
「おい眼鏡女!好き勝手は許さねぇぞ!!」
「わお、シャランドラちゃん積極的♪♪」
「ほんとわかりませんわ。戦闘の時はともかく、参謀長のどこがそんなにも良いのかしら」

 外野からの様々な声を受けながら、魔法動力機関へと向き直るシャランドラ。
 今度こそ、実用化のために、起動を成功させなければならない。自分の夢のため、自分の復讐のため、そして彼のためにも、二度と失敗は許されない。

「大丈夫・・・・・・、うちならやれる・・・・・・」

 誰にも聞こえない小さな声で、彼女は自分に言い聞かせる。
 魔法動力機関の傍まで来た彼女は、起動のためのスイッチに指を置く。大きく息を吐き、彼女は覚悟を決めた。
 
「魔法動力機関、起動!!」

 掛け声と共にスイッチを押し、魔法動力機関を起動させる。騒音レベルの機械音が鳴り響き、大型機械が唸りを上げた。
 この実験は、動力機関が停止も暴走もせず、長時間起動し続ければ成功となる。ずっと前に、この試作品を荷車に搭載して起動した時は、結局暴走してしまい、制御が出来なかった。
 だが、ようやく完成させた、実用化のための今回の機関は、理論上では、暴走の危険は最小限に抑えられており、長時間の稼働が可能になっている。

「どうや!?」

 皆が固唾を呑んで見守る中、魔法動力機関は稼働し続けている。
 動力機関は稼働音を響かせ続け、異音を発しない。技術者以外には、ただの機械の騒音にしか聞こえない、この稼働音。成功したのか失敗したのか、リック達にはよくわからない。しかし、実験の成否は、彼女の表情を見ればわかる。

「・・・・・・成功や」

 口元に徐々に笑みが浮かび、瞳から涙が零れ出す。
 魔法動力機関は、約一分以上稼働し続けた。停止も暴走もせず、今も安定して稼働し続けている。この実験は、彼女の言葉通り、成功したのである。

「成功やあああああああああっ!!!」

 歓喜の叫び。そして、周りから成功を祝福する拍手と歓声。
 彼女を見守っていた全ての者達が、実験の成功に湧いた。そして彼らは、大陸でも類を見ない、一大発明の目撃者となった。
 シャランドラの夢の結晶が、ようやく実用化への一歩を踏み出した。

「やったのうシャランドラ。よく頑張った」
「里長、今日は皆を集めて成功祝いだろ!シャラ嬢ちゃんが等々やったんだ!」
「賛成だ!おい皆、宴の準備だ!!」
「今からかよ。正直、また失敗すると思ってたから何も用意してねぇぞ」 

 里長を含む、隠れ里で生まれ育った大人達が、シャランドラの成功を祝福し、宴の計画を考え始める。当の本人は、里長達技術者のもとではなく、リックへと振り返って駆け出した。
 成功を知り、心底ほっとした表情のリックへと、真っ直ぐに駆け出していく。その勢いのまま、リックの体へ抱きついた。余りの嬉しさに涙を流し、顔をくしゃくしゃにしたまま、成功を喜ぶシャランドラ。

「うち・・・ひっぐ・・・・・やったんやで」
「ああ・・・・・・、ちゃんと見てた」
「全部リックのお陰や・・・・・・、ありがとうな」

 抱きついたまま離れず、嬉しさの涙を流し続ける。
 そんな彼女を抱きしめ返して、一瞬優しく微笑むリック。本当に久しぶりに見せる、彼の微笑み。

「礼を言うのは俺の方だ・・・・・・。お前の発明、使わせて欲しい」
「ええよ・・・・・・、最初からうちもそのつもりやもん。うちの魔法動力機関、好きに使ってくれや」

 二人の周りに集まる、実験を見守っていた者達。
 帝国一の発明家シャランドラへと、惜しむ事ない賛辞の言葉がかけられる。
 そして、実験を皆と同じように見守り、シャランドラに抱きしめられたままのリックへと、熱い視線を送る者が一人いる。
 
「すげぇ・・・・・、やっぱこいつはすげぇんだ・・・・・・」

 そう言って、実験にではない別の事に、一人感動しているライガ。彼の視線の先には、リックの姿があった。
 ライガはその目に焼き付け、そして己の無知を噛み締めた。話でしか知らなかった、帝国軍参謀長の真実の姿を・・・・・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

会うたびに、貴方が嫌いになる【R15版】

猫子猫
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...