贖罪の救世主

水野アヤト

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第十八話 正義の味方

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 南ローミリア絶対防衛線。
 肥沃な大地に恵まれた、南ローミリア大陸。この地方は、今も昔も他国に狙われ続けている。特にここ最近は、何度も敵対国家の侵略を受け続けていた。
 そのため、南ローミリアを治める国家群は、敵対国家との国境線近くに強固な防衛線を構築し、敵国侵攻時の防衛戦略を用意した。
 これにより南ローミリア国家群は、敵対国家による侵攻を今日まで退けてきたのである。今回の戦闘も、南ローミリア国家群の勝利に終わった。一年前の大国侵攻時の教訓が、それまで争いとは無縁だった国家群に、防衛陣地と防衛戦略の必要性を認識させたのである。

「終わりましたわ」

 戦闘終了後の戦場跡を、十数人の兵士達が見まわっている。その兵士達の先頭を歩く、二人の人物。
 一人は兵士の制服を来た女性である。その制服の腕には腕章が付いており、ローミリア語で「見習い」と書かれている。
 もう一人は男だった。見た目は二十歳位であり、彼は他の兵士達を率いて、戦場を見てまわっている。

「報告によると、残党を追撃していたミカヅキ隊とレッドフォード隊は無事帰還したそうですわ。追撃作戦は成功し、敵戦力を予定通り削り取れたと、報告を受けましたの」
「こちらの損害は?」
「追撃部隊の死者はいないとの事です。怪我人は何人かいるようですが、命に別状はないそうですわ」
「そうか」

 追撃作戦の成功よりも、味方の損害の方が気になっている。この男の癖みたいなものだ。
 とは言え、今回はこの男だけでなく、報告をした彼女自身も、味方に死者が出なかった事に心の底から安堵している。その理由は、今回の戦闘は、自分が初めて指揮したものであるからだ。
 彼女の名は、ミュセイラ・ヴァルトハイム。南ローミリアの盟主、ヴァスティナ帝国の見習い軍師である。

「自軍の損害は最小限。敵軍には壊滅的な損害。お前の作戦あってこそだ」

 一通り戦場を見渡した彼は、今回の功労者の一人である、ミュセイラを労った。
 彼らの立つ、この戦場跡で行なわれた戦闘。南ローミリアに存在する周辺の友好国と共に戦った、ヴァスティナ帝国。この南ローミリアを狙い、再度の侵攻を行なった、エステラン国。
 この二国による戦いが、彼らの立つ戦場跡で行なわれ、最終的には、ヴァスティナ帝国の勝利に終わったのである。
 
「私の作戦が成功したのも、皆さんの力あってこそですわ。ミカヅキさんやクリスティアーノさんが一騎当千の戦いを味方の前で披露したからこそ、私達は勝利を収めたのですわ」

 今回の戦闘は、侵攻した敵軍に対し、友好国から補給線などの支援を受けた、ヴァスティナ帝国軍が迎撃に出撃した戦いである。侵攻してきた敵軍は、宿敵エステラン国の同盟国、多民族国家バンデスの軍隊だった。
 バンデス国とは、エステラン国と軍事同盟を結ぶ国家である。この国は、大陸中央の独裁国家、ジエーデル国の存在が生み出した、比較的新しい国である。
 ジエーデルの侵攻によって、故郷を滅ぼされた生き残りが集まり、独裁国家に対抗するため築き上げた国である。
 復讐に燃える人々や、帰るべき場所を失った人々。時には、様々な国の敗残兵などが集まり、エステラン国の支援を受けて建国を果たした。国自体はそれ程大きくない、歴史の浅い国家だが、国全体が打倒ジエーデルに燃えており、その軍事力は侮れない。
 ジエーデルの侵攻により滅亡にまで追い込まれた国家群の、生き残った残党軍の多くが集まり、この国の軍事力となった。寄せ集めとも言えるが、ジエーデルへの憎しみを力としている彼らは、高い戦意を有している。小国ながら、軍隊の実力は確かだ。
 この二国は、対ジエーデル戦が発生した場合、軍事同盟に則り連合軍を編成して戦う。今まで、何度も侵攻を繰り返してきたジエーデル相手に、二国は連合軍を編成して戦った。ジエーデルが強大になっていく中、それでも尚、エステランが滅ぼされなかったのは、バンデス国の戦力があってこそである。
 バンデス国の勇猛果敢な戦い方が、何度もエステランの窮地を救い、ジエーデルの侵攻を退け続けた。エステランとバンデスの軍事同盟は、ジエーデルが未だにエステランを攻略出来ない、大きな理由の一つである。
 しかしこの二国は、今回ジエーデル相手に戦ったのではなく、ヴァスティナ帝国を相手に戦った。その理由は、エステランからバンデスへの要請があったためである。
 エステランはヴァスティナ攻略のために、数回に渡りこの地方へ侵攻し、敗走し続けてきた。ヴァスティナ連合軍、と言うよりも、ヴァスティナ帝国軍の精鋭が、エステラン軍を何度も打ち破ったのである。そのため今回の侵攻では、勝利のためにバンデス国の戦力を用意した。バンデスの高い戦意を持つ兵士ならば、今度こそ、帝国軍を撃破できると考えたのである。

「バンデスの兵は強かった。確かにレイナとクリスは一人で百の敵と戦える。だが、バンデス兵相手に、いつもと同じ事が出来たとは思えない。お前の作戦指揮があったからこそ、レイナとクリスも戦い易かったはずだ。それと、今回の作戦指揮、エミリオも褒めてた」
「えっ、メンフィス先輩が!?」

 ミュセイラが目を輝かせて、男の言葉に胸を躍らせる。
 軍師見習いである彼女は、帝国軍人として働きつつ、彼女の先輩軍師に当たる、帝国軍軍師エミリオ・メンフィスの下で戦略や戦術を学んでいる。その先輩に褒められた知り、興奮が抑えられないのである。
 彼女の立場からすると、軍師エミリオは先輩であり上司だ。そして彼女は、エミリオの事を尊敬している。
 初めてジエーデル国がこの地方へ侵攻を開始し、ヴァスティナ連合軍とジエーデル軍が激突した、「南ローミリア決戦」。この戦いで連合軍を指揮したのが、軍師エミリオ・メンフィスである。
 圧倒的な戦力差。しかも敵の指揮官は、他国にも名の知れた名将であった。
 彼はその時、初めて大規模な戦闘を指揮した。それぞれの国の戦力をまとめ上げ、帝国の癖のある精鋭を使いこなし、大胆にも、実戦で使用した事のない兵器まで持ち出し、極め付けは、大陸全土を利用してジエーデルの侵攻を退けた。
 「南ローミリア決戦」と呼ばれる、この戦争の詳細な情報を調べ上げた彼女は、それ以来エミリオの事を尊敬し、彼を師と仰いでいる。
 尊敬している先輩軍師から、今回の采配を褒められた事が歌い出したくなるほど嬉しいミュセイラは、先程まで行なわれていた戦闘の経過を思い出す。

(私の考えた作戦が、こうも上手くいくなんて・・・・・・)

 今回の戦闘は、始まる前から勝敗が決していたと言っても過言ではない。
 エステランとバンデスの連合軍。彼らの作戦は、突撃からの後退、そして反撃であった。
 彼らの作戦内容は、まず、バンデス軍の突撃部隊が、展開している帝国軍に突撃を敢行する。突撃部隊は帝国軍部隊深くまで突撃し、包囲される寸前のところで後退する。無闇に突撃し続け、包囲殲滅される事に気が付いて、慌てて後退し始めた、間抜けな部隊を演じてだ。
 後退する突撃部隊を帝国軍が追撃してくれば、作戦は次の段階へと進む。追撃してきた部隊を挑発しつつ上手く誘い込み、待機させて置いた奇襲部隊で攻撃をかける。帝国の追撃部隊を攻撃し、逃がさぬよう包囲してしまえば、追撃部隊救出のために帝国軍全体が確実に動く。
 味方の救出のために進軍してきた帝国軍を、左右から包み込むように包囲していく。追撃部隊と救出部隊を包囲殲滅し、帝国軍の戦力に損害を与え、戦局の流れをエステランとバンデスに持っていけば、後は簡単である。
 兵力差を活かして進軍し、残りの帝国軍部隊に総攻撃をかける。この時、帝国軍本隊目掛け、バンデス軍騎兵隊が左右より奇襲をかける。三方向からの同時総攻撃をかける事で、帝国軍に混乱を与えつつ、そのままの勢いで殲滅してしまおうと言うのが、エステランとバンデス両軍の作戦であった。
 しかしこの作戦は、軍師エミリオ旗下の諜報部隊によって帝国軍に伝わっていた。作戦に関する、大体の情報を得たエミリオとミュセイラ。今回の作戦は、ミュセイラが立案する事になっていたため、彼女はこの情報を基に、敵の作戦を逆手に取ろうと考えた。
 ミュセイラの作戦。まず彼女は、戦力の配置を慎重に決めた。突撃して来るバンデス軍を正面から迎え撃つ役は、帝国軍最強の盾、剛腕鉄壁のゴリオンと、彼の率いる部隊が受け持つ事となった。勇猛果敢なバンデス兵を正面から受け止める事が出来るのは、彼しかいない。
 戦闘が開始され、予定通りバンデス軍突撃部隊が攻撃をかけた時、ゴリオン旗下の迎撃部隊は、その力を存分に発揮して突撃部隊に大打撃を与えた。ゴリオン旗下の兵士達は、全員重装備で出撃し、突撃部隊を迎え撃った。全身に鎧を纏い、ランスと盾で武装した兵士達は、その防御力とランスを活かして、バンデス兵の攻撃を耐えつつ、味方同士で連携して、次々とバンデス兵を討ち取っていった。
 そしてゴリオンは、その巨体と剛腕を活かし、いつもの様に巨大な斧を振りまわして、バンデス兵を薙ぎ倒したのである。
 突撃部隊は目的を達成する事が出来ず、逆に大きな損害を被ってしまったため、後退を始めた。後退を始めたバンデス軍突撃部隊へ、ミュセイラは追撃部隊投入を指示する。追撃部隊に選ばれたのは帝国軍精鋭部隊、元傭兵ヘルベルトが率いる鉄血部隊と、元オーデル王国王都守備隊所属の兵士達である。
 彼らはミュセイラの指示で出撃し、予想外の損害を受けて慌てて後退する突撃部隊へ追い付き、叩き潰した。追撃部隊は全員が、戦場で鍛えられた精鋭である。彼らはバンデス兵よりも強く、士気も高い。特に鉄血部隊の面々は、戦争こそが生き甲斐の壊れた人間達だ。戦意を挫かれ、逃げ惑うように後退するバンデス兵など、彼らの敵ではなかった。
 突撃部隊の危機的状況を救うため救出に動いたのは、エステランとバンデスの連合軍だった。連合軍は、正面から救出部隊を進軍させた後、左右から部隊を展開させ、帝国軍精鋭部隊を包囲殲滅しようと動いた。救出に動かしたのは、帝国軍部隊を奇襲するはずだった部隊であり、この時点で、連合軍の作戦は完全に破綻したと言える。
 しかし、兵力は依然連合軍の方が上であり、当初の作戦計画が失敗したとしても、ここで帝国の精鋭部隊を殲滅出来れば、勝機はまだ十分にあった。そして、作戦が失敗した場合の策も、連合軍は用意していたのである。
 だがミュセイラの作戦は、連合軍の二手三手先を行く。帝国軍追撃部隊は、連合軍の救出部隊が進軍を開始した瞬間、すぐさま後退を開始した。当然これはミュセイラの指示であり、勝利のための作戦の一環だった。
 包囲される前に後退を完了した、帝国軍追撃部隊。三方向から同時に迫っていた連合軍は、獲物を見失う形となったため、目標を切り替え、そのまま帝国軍本隊を三方向から攻撃しようと動いた。
 しかしこのままでは、正面のゴリオン率いる迎撃部隊が、彼らを阻む大きな障害となってしまう。そこで登場するのが、連合軍の隠していた策である。その策とは、魔法兵部隊の投入だった。
 雷属性魔法兵部隊を展開させ、ゴリオンの迎撃部隊目掛け、雷属性の魔法を放つ。剣や槍を防ぐため、全身を鉄製の防具で覆っていても、電気を防ぐ事は出来ない。ゴリオン自身もそれは同じだ。
 連合軍はまず、雷属性魔法兵部隊を展開し、雷魔法攻撃で帝国軍迎撃部隊を壊滅させ、炎属性魔法兵部隊の火炎放射攻撃で、帝国軍本隊に損害を与えていくつもりだった。その後、帝国軍本隊を三方向から包囲殲滅するのが、連合軍の作戦だったのである。
 だがこの作戦も、ミュセイラは読んでいた。帝国軍の精鋭相手に、敵軍は何かしらの切り札を用意していると予想していた彼女は、その切り札を黙らせる策も、しっかりと用意していた。
 連合軍が魔法兵部隊を展開した瞬間、ミュセイラが指示して展開させた部隊は、帝国一の狙撃手イヴ・ベルトーチカ率いる、帝国軍狙撃部隊であった。
 弓や魔法の有効射程外から、この部隊は敵魔法兵部隊を狙撃した。まさに一方的な攻撃であり、特に、狙撃部隊の指揮官イヴは、一人で連合軍の魔法兵部隊指揮官達を、全員討ち取って見せたのである。魔法兵部隊の攻撃が始まる前に、狙撃部隊が攻撃を加えた事で、敵魔法兵部隊は撤退を余儀なくされた。
 切り札を失った連合軍は、最早バンデス兵の勇猛果敢さに頼るしかなく、総攻撃に全てを懸けた。それに対してミュセイラは、総仕上げにかかったのである。
 帝国軍本隊に対し、左右から迫った敵連合軍。ここでミュセイラは、満を持して、帝国軍最強の戦力を出撃させた。右翼と左翼から突撃を敢行した連合軍目掛け、身を潜めていた二つの部隊が動く。槍兵を集めて編成された部隊が、右翼の敵へと攻めかかり、剣兵を集めて編成された部隊が、左翼の敵へと攻めかかる。
 両翼から迫った敵部隊を、帝国軍本隊の戦力を活かして、左右から挟み込むように攻撃をかける事で、敵部隊を挟撃する形を作り上げたのである。例えるならばサンドイッチだ。帝国軍本隊を中心に、両翼から迫った敵を、別の部隊で挟み込んだのである。
 挟撃は見事成功し、敵連合軍は大混乱に陥った。さらに、両翼から迫った敵連合軍は、槍兵部隊指揮官レイナ・ミカヅキと、剣兵部隊クリスティアーノ・レッドフォードによって、壊滅状態に追い込まれた。
 二人はそれぞれの戦場で、率いる部隊の兵士達と共に、その武を存分に振るった。二人はいつも通り、一騎当千の力を振るい、いつも通り無双した。二人の活躍は、味方の士気を最高まで引き上げ、帝国軍は敵連合軍を見事に蹴散らしていったのである。
 戦いの流れは完全に帝国側に傾き、エステランとバンデスの作戦は失敗した。
 両翼から迫った敵部隊は各個撃破され、正面から迫った部隊は、ゴリオンとヘルベルトの部隊が連携して撃破して見せた。敗北を悟った敵連合軍は、撤退の指示を出し、急いで退却し始めたのである。
 撤退を開始した敵連合軍へ更なる損害を与えるべく、ミュセイラは追撃命令を出し、通称ミカヅキ隊と通称レッドフォード隊を、敵の追撃へと当てた。追撃は成功し、両部隊は敵に更なる損害を与え、先程帰還を果たしたのである。
 この戦いは、ヴァスティナ帝国軍の勝利に終わった。全軍を指揮し、作戦を立案したミュセイラは、軍師としてのその力を、存分に披露したのである。

「先を読んだ良い作戦だった。個々の実力を把握して、その力を正確に活かしていたし、部隊の展開の仕方も問題なかった。エミリオがそう言って褒めてたぞ」
「そんな・・・・・・、私がこの作戦を立案できたのは、メンフィス先輩の手に入れた情報のお陰ですわ。それに、この作戦は個々の戦闘力に頼り過ぎていましたの。こんなものは、良い作戦だったと言えませんわ」

 彼女は口にしなかったが、この作戦を成功させる事が出来たのには、もう一つ、大きな理由がある。今回の戦いにおいて、帝国軍の指揮権はミュセイラに任された。彼女は今回が初めての実戦であり、帝国軍のほとんどの兵士は、彼女の軍師としての能力を知らなかった。
 見習い軍師の初の実戦。そんな人間に、自分達の命を預けなければならない、前線の兵士達。普通ならば、見習い軍師などに自分たちの命を預け、全ての指揮を任せるなど、兵士達からすれば納得のいかない話だ。見習いだと侮り、彼女の命令を聞かない兵士もいるだろう。
 しかし実際は、帝国軍全兵士はミュセイラの命令に忠実に従った。そのお陰で、帝国軍は勝利出来たのである。
 レイナやクリスを含む、帝国軍全兵士が見習いである彼女の命令に忠実に従った理由。それは、今彼女と共にいる、この男のお陰である。

(参謀長、あなたが兵士達にあの命令を下したからこそ、私は思い通りに作戦指揮が出来ましたのよ)

 彼女と共にいる男。帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスが、作戦開始前、全兵士に通達した命令は、「今回の戦闘指揮権はミュセイラ・ヴァルトハイムにある。よって、彼女の命令は絶対だ」と、命令を下した。
 帝国軍最高責任者である、参謀長の命令は絶対である。この命令があったからこそ、今回の作戦に参加した全兵士は、見習い軍師の命令を聞いたのである。作戦を成功させる事が出来たのは、兵士達が彼女の命令に従い、作戦通りに動いたからであった。
 
「意外と謙虚なところは、お前の美徳だな」
「意外とは余計ですわ」
「お前は良くやった。反省するのは後にして、とりあえず休んだらどうだ?」

 彼は笑う事が無い。寡黙な表情のまま、彼女に労いの言葉をかける。
 ミュセイラは彼の笑う姿を今まで見た事が無い。どうせ労ってくれるのならば、笑みの一つでも浮かべて欲しいと思いながら、張り詰めていた肩の力を抜く。
 戦いは終わった。戦後処理がまだ残っているが、とりあえずは一段落出来る。息を大きく吐いた彼女は、溜め込んでいた緊張や不安を、息と共に吐き出した。
 
「ミュセイラ」
「はい?」
「女王陛下が与えた機会を、お前は見事に活かして見せた。約束は果たそう」
「!!」
「見習いは卒業だ。正式に、お前をヴァスティナ帝国軍軍師と認める。陛下には俺から伝えておくから、今日からお前は---------」
「やりましたわあああああああ!!!」

 彼が言い終わらぬうちに、嬉しさの余り己のキャラを忘れ、喜び叫ぶ帝国軍新軍師、ミュセイラ・ヴァルトハイム。
 何事かと驚く周りの兵士達の視線に気が付き、嬉しさでガッツポーズを決めていた彼女は、恥ずかしさに赤面しつつ、すぐに冷静さを取り戻す。だが、彼女がここまで喜ぶのも、無理はないかも知れない。
 帝国の軍師となるため、遥々大陸中央からやって来た彼女は、見習い期間を経て、ようやく目標を叶えた。見習いから今日まで、半年も経っていない。帝国に来て、帝国軍見習い軍師となって、一か月半程経ってのスピード出世である。
 それでもこの一か月半は、彼女にとって苦労の多い長い時間であった。今までとは違う国での、今までとは違う生活に慣れるまでがまず大変だった。そして、軍隊の基礎的知識や、戦略と戦術の勉強を自主的に行ないつつ、毎日毎日朝早くから夜遅くまで、事務仕事と勉強を繰り返す日々。彼女はそんな毎日に耐えて、ようやく叶えたのである。
 ヴァスティナ帝国軍の軍師となる、己の目標を。

「・・・・・・」
「・・・・・・ごほん、少々取り乱してしまいましたわ」
「今のが少々か」
「いちいち五月蠅いですわよ。ほんと、毎回毎回一言多いですわね、参謀長」
「・・・・・・やっぱり、合格は取り消し-------」
「おっおっおっ、お待ちになって下さいまし参謀長閣下様。今のは場を和ませるためのジョークみたいなものでしてよ。本気になさらないで下さいまし、おっほほほほほほ」

 寡黙な表情は変わらないが、時々彼は、こんな風に不機嫌になって、彼女に反撃する。
 彼女も彼女で、自分の上司であり、帝国軍の最高指揮官である彼に、ついつい余計な事を言ってしまう。そのせいで、偶にこうなる。

「参謀長、そろそろ陣地に戻られた方が宜しいかと」
「そうだな。戻ったら事後処理に取り掛かる。ミュセイラ、お前は少し休んでからでいい」

 護衛の兵士の言葉を受け、彼は陣地へと戻ろうとする。ミュセイラに気遣いの言葉をかけ、部下である兵士達共に、この場を後にしようと振り返った、その時。
 
「待ったあああああああああああああああっ!!!!」

 戦闘は終わった。誰もがそう思っていた時、その男は現れた。
 戦場跡に響き渡った、若い男の大声。声の主は、陣地へと戻ろうとしていた、彼らを呼び止める。
 何事かと振り返る彼が目にしたのは、一人の男の姿。見たところ、歳は十代後半の青年であり、ぼろぼろになった軍服を着て、息を切らしながら、戦意に満ちた視線を向ける。
 服装から考えて、帝国軍の兵士ではなく、エステランかバンデスの兵士だろう。帝国軍兵士の戦闘服を着ていない以上、そうとしか考えられない。つまり、突然現れたこの男は、帝国の敵だ。

「敵襲だ!」
「御下がりください参謀長!!」
「いいか、相手は一人だが油断するな。まだ敵が潜んでいるかもしれん!」

 護衛の兵士達が、参謀長と新軍師を守るべく、武器を構えて戦闘態勢に入る。
 目の前の敵を警戒しつつ、更なる襲撃が無いか、周りにも注意を向ける兵士達。よく訓練されているだけあり、突然の襲撃者相手でも、帝国軍兵士である彼らの対応は早い。
 たった一人相手でも、決して油断しない。彼らは皆、優秀な兵士だ。

「見つけたぞ!!大悪党、帝国の狂犬リクトビア・フローレンス!!!」

 真っ直ぐ腕を伸ばした青年は、人差し指を立てて、自分が狙いを定めていた存在へと向け、大声で叫ぶ。
 青年は、この敗北した戦いに勝利を齎す為に、最後の勝負に出た。この戦いの勝敗を引っ繰り返す事の出来る、最後の方法。それは、ヴァスティナ帝国軍事実上の最高指揮官、リクトビア・フローレンスを討ち取る事である。

「貴様!我が国の英雄が大悪党だと!?」
「ふざけるなよ死にぞこないが!!今すぐ討ち取ってやる!」
「参謀長、ここは我らにお任せを!この無礼で不埒で死にぞこないの糞餓鬼は、我らが黙らせます!!」

 やる気、と言うより、殺る気と言うべきか。自分達が忠誠を誓う帝国の英雄を侮辱された事で、目の前の敵を生かして帰すつもりがない、護衛の兵士達。
 忠誠心のせいか、意外と血気盛んな彼らに守られながら、リクトビアとミュセイラは、青年から目を逸らさない。二人は、突然現れたこのたった一人の敵に、少し興味を抱いていた。

「さあ、勝負だ大悪党!オレの正義の拳が、お前の野望を打ち砕いて見せる!!」

 この時、リクトビアとミュセイラは同じ事を思った。「こいつ、多分めんどくさい奴だ」と。
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