贖罪の救世主

水野アヤト

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第四十六話 神殺し

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「閣下!! あれを!」
「!?」

 最前線で怪物の触手と戦っていたホブスとリックは、満を持して登場した、ヴァスティナ帝国国防軍の切り札を目撃した。
 ホブスがリックを呼び、上空へと腕を上げて指差した先には、帝国国防空軍が誇る航空戦力が展開していた。現れたのは、精鋭のドラグノフ飛行大隊を含む全航空部隊である。竜に跨った空に生きる戦士達が、全機爆装して攻撃態勢に入った。
 そして地上からは、帝国国防陸軍の鉄獅子たる戦車部隊が集結する。前線と後方からほとんどの戦車が集められ、陣形を組んで一斉砲撃の準備を済ませた。戦車部隊の後方には、全力攻撃のため自走砲や榴弾砲も控えている。
 陸空からの総力戦。第四皇女アリステリアの魔法攻撃によって、怪物の本体は大きな損傷を受けている。全力攻撃を行なうならば、今を於いて他にない。

「派手にやれ、ミュセイラ」

 これが、後方で指揮を執るミュセイラの指示によるものだと、リックは確信している。彼女だからこそ、リックが望んでいた完璧なタイミングで、帝国国防軍の全戦力が投入されたのだ。
 リックの命令に呼応するかの如く、陸と空からの同時攻撃が始まった。上空からはドラグノフ飛行大隊を筆頭に、攻撃隊が怪物の直上で急降下を始める。地上の戦車部隊も一斉射撃を開始して、怪物に絶え間ない命中弾を浴びせていく。
 急降下爆撃の態勢に入った攻撃隊は、全機が装備している全ての爆弾を切り離した。怪物の真上から雨のように爆弾が降り注ぎ、砲弾と爆弾が容赦なく怪物に浴びせられる。厚い外皮を吹き飛ばし、確実にダメージを与えている強力な攻撃の前に、流石の怪物も脚が止まって動けなくなった。
 
 攻撃隊が爆弾投下を終えた後も、帝国国防軍の攻撃は終わらない。次は全ての自走砲と榴弾砲が一斉に砲撃を始め、怪物の真上からありったけの砲弾を撃ち込んでいく。
 戦車部隊と支援部隊は、全砲弾を叩き込むつもりで射撃を続けている。砲身が焼けようと、故障が起きようと構わず、不死身の化け物相手に一歩も退くつもりはない。傷の再生など許さない、容赦ない全力攻撃によって生まれる爆風と轟音が、クレイセル大平原の大気と地面を震わせ支配する。
 
 並みの魔法攻撃では到底不可能な火力。ローミリア大陸の人間が誰も見た事のない、常識を覆す圧倒的な破壊力と爆発に、戦場に立つ全ての兵が目を奪われて立ち尽くしている。兵達は皆、これまでの戦争の常識を根底から覆す光景に、改めてヴァスティナ帝国が保有する兵器の恐ろしさを思い知らされていた。
 今まで剣や弓、魔法や大砲で戦ってきた兵からすれば、ボーゼアス教の怪物も帝国国防軍の兵器群も、両者共に凶悪な化け物である。化け物同士の総力戦を前にして、同盟軍に参加しているほとんどの兵が、自分達の戦争が時代遅れとなった事を実感していた。

「残りの火力を全てぶつけてやったんだ。勇者が撃つまで大人しくしてろ」

 やがて、砲弾が尽きた機甲部隊の射撃が終わる。全力攻撃を見届けたリックの視線の先には、全身に大きな損傷を受けて行動不能になった、見るも無残な怪物の姿があった。
 身体中の外皮が吹き飛ばされ、至る所から体液を撒き散らし、アリステリアにやられた時と同じように、不気味な悲鳴を平原に轟かせた。身体から伸ばしていた触手も半分以上吹き飛ばされ、生えていた脚も何本か千切れてしまっている。
 戦闘開始からこの瞬間まで、アリステリアの放った魔法以上の火力で、これほど決定的な損傷を負わせた事はない。大きな損傷を受け、動けなくなった怪物の姿に、同盟軍の兵は皆歓喜して、ヴァスティナ帝国とリックの名を叫んで称えた。

 だが放っておけば、怪物の損傷は自己再生によって修復され、何事もなかったように元の姿に戻るだろう。与えた損傷が大きい分、直ぐの復活はないだろうが、切り札の勇者達が一撃を放つならば今である。
 ミュセイラはアリステリアの放った攻撃を利用し、怪物に対して絶妙なタイミングで全力攻撃を行なった。この攻撃の目的は、勇者達の秘宝による技で確実に仕留められるよう、怪物を弱らせる事にある。
 作戦は見事成功し、アリステリアの炎魔法攻撃と爆撃の威力の前に、見た目で分かる程に怪物は大きく弱体化した。しかも脚を吹き飛ばしたお陰もあって、身動きも封じる事ができた。今ならば、避けられる心配もなく一撃を叩き込めるだろう。

「何か変です閣下! 怪物の口が光ってます!」
「なに!?」

 これで勝てると思った束の間、ハンスが怪物の異変に気付いて叫ぶ。彼が言う通り、怪物が小さく口を開き、その中から怪しげな白い光が漏れていた。

「何をするつもりだ。往生際が悪い奴だぜ」

 戦場で戦う者の直感がリックに警告する。あの怪物は、まだ己の運命を受け入れていないと⋯⋯⋯⋯。
 あの白い光は、怪物がまだ諦めていない証拠。そう悟ったリックの脳裏に、作戦開始前にアリステリアが口にしていた話が蘇る。あの怪物は、魔力を吸収し続ければ国一つを焦土に変える魔法を放つ。その言葉を思い出した瞬間、真っ先にリックは怪物の狙いに気が付いた。
 
「野郎! 狙いは勇者達か!!」

 恐らく、怪物はこっちの狙いに気が付いている。だからこそ、現状の持てる力を使って、先に勇者達を排除するつもりなのだ。
 もし勇者達を失えば、グラーフ同盟軍に勝ち目はなくなる。それだけは、何としてでも阻止しなくてはならない。それに、勇者達の傍にはミュセイラがいる。仲間である彼女の身に、想像もできない危機が迫っている。

「シャランドラ!! シャランドラはどこだ!?」
「ここにおるで! なんや慌てて、どうしたん!?」

 攻撃態勢に入ろうとしている怪物を、このままにしてはおけない。機甲部隊や航空戦力に頼るにしても、今の攻撃で砲弾も爆弾も使い果たしている。後方で補給してからでは間に合わない。
 敵に狙いに一番に気付いたリックは、まずシャランドラの姿を捜した。シャランドラが声に応えた事で、リックは直ぐに彼女のもとに駆けていった。

「おいシャランドラ! あの怪物に効きそうなヤバい発明品とかないのか!?」
「と、突然なんやねん!? いくらうちが天才発明家でも、あんな馬鹿でかいのは想定し――――――」

 言葉を途中で止めたシャランドラは、視線の先にある物を見つけて駆けていった。シャランドラの後をリックは追い、彼女が見つけた物資入りの大きな木箱を発見する。木箱を彼女が開けると、そこには見た事もない鉄製の発明品が入っていた。
 見たところ武器の一種らしく、鉄でできた鋭く大きな杭が数本と爆薬、それを撃ち出すと思われる発射機がある。大体の使い方を察したリックは、これが間違いなくシャランドラのトンデモ発明品であると悟った。

「誰や! こんなところにうちの試作品勝手に持ってきたんは!?」
「あっ、そういや忘れてたぜ。シャランドラ嬢ちゃんよ、これどうやって使うんだ? 盗んできたはいいが使い方分からなくってよ」
「おどれかこの飲んだくれ!!」
「ぐはっ!!」

 発明品を勝手に盗み出して使おうとした鉄血部隊の一人が、シャランドラの強力な飛び膝蹴りを喰らってぶっ飛ばされた。
 それは兎も角、鉄血部隊が盗み出したこれが、シャランドラの発明品なのは間違いない。どれくらいの威力があるかは不明だが、見た目的には強力な近接武器である。接近戦を仕掛けて撃ち込む事ができれば、かなりの破壊力を期待できるだろう。

「それで、一体こいつはどうやって使うんだ?」
「むふふっ、こいつは今までのとは比べ物にならん傑作やで。名付けて、回転式装甲爆砕発射機や!!」
「うわー、聞くからにヤバそうな名前」
「こいつはな、相手の堅い防具とかを一発で貫通するために作った特別な杭をな、火薬の力で撃ち出す発射機や。回転式拳銃《リボルバー》の発射機構を応用しててな、装弾数は六発まで撃てるんやで。しかもな、発射される杭にはありったけの爆薬が仕込んであって、撃ち出されたら時限式で炸裂する仕掛けなんや!」
「お前普段何と戦う想定で武器作ってんだ? 一度病院で頭の中診てもらえよ」

 取り敢えず、これが頭のおかしい極悪兵器である事は分かった。確かにこの武器ならば、怪物の身体を貫通して傷を負わせられるだろう。しかも、撃ち込んだ杭が内側で炸裂するおまけ付きだ。
 作ったシャランドラの正気を疑うも、迷わずリックはこの武器を手に取って、彼女の許可も得ず装備した。怪物の攻撃を阻止するためには、これに賭けるしか他に方法がないからだ。

「これ借りてくぞ! 後で返す!」
「勝手に持ってかんといて! 作っといてなんやけど、それかなり危険なんやで!」

 シャランドラの制止も聞かず、回転式装甲爆砕発射機とやらを持って走り去っていくリック。傍で戦闘中だったヘルベルトが、その様子を見てシャランドラに近付き、リックを止めようとした理由を尋ねる。

「心配しなくても、隊長の頑丈さなら何使っても平気だろ。そんなにぶっ壊れの失敗作なのか?」
「失敗作ちゃうわ! たっ、ただな⋯⋯⋯⋯、ちょっとばかし使うもんを選ぶっていうか⋯⋯⋯⋯⋯」
「あ?」
「杭の発射が想定以上の反動でな、並みの人間が使ったら肩が外れるか体が吹っ飛ばされるんよ。あとな、時限装置に結構問題があって、撃ち込んでから爆発するまでの時間が大分短く⋯⋯⋯⋯⋯」
「馬鹿かお前!! とんでもない失敗作持ってくんじゃねぇよ! 大体、ろくに使えもしない癖にどうするつもりだったんだ!?」
「いっ、いや~⋯⋯⋯⋯⋯、ゴリオンならたぶん大丈夫やと思ってな。それか、頑丈やから最悪死なんやろと思って、鉄血部隊に使わせて試験運用をと⋯⋯⋯⋯⋯」
「勝手に人を実験台にしてんじゃねぇ!!」

 そんなにも危険な武器だとは露知らず、怪物相手に一撃をお見舞いしようと、リックが駆けて行った先には二人の女将軍の姿があった。

「ジルさん! クラリッサさん! 手を貸して下さい!!」

 リックが助けを求めたのは、何とゼロリアス帝国最強の剣である氷将ジルと、風将のクラリッサだった。名を呼ばれたジルの方は驚きはしなかったが、クラリッサの方は驚愕と怒りを露わにしていた。その理由は、リックが咄嗟に馴れ馴れしく名前で呼んでしまったからだ。

「貴様! いつ誰が私達を名前で呼んで良いと許可した!?」
「細かい事でキレてる場合じゃない! 怪物の狙いは勇者達だ。奴の攻撃を阻止するから手伝ってくれ」
「無礼を働いておいて何様だ!! 誰が貴様の頼みなど――――――」
「クラリッサ、協力しろ」
「ジル様!?」

 予想通り反発したクラリッサとは対照的に、ジルは文句一つ言わず協力的な姿勢を見せた。彼女は怪物のいる方を見上げ、怪物の巨大な口内で輝く光を確認し、納得したように言葉を続けた。

「凄まじい魔力を感じる。殿下の仰っていた話が事実なら、あれを撃たせるわけにはいかない」
「話が早くて助かります。俺がこの武器で野郎をぶっ飛ばすんで、ジルさんはそのための道作りを、クラリッサさんには発射機役をお願いしたい」
「何だかよく分からないが、了解した。クラリッサ、この男の言う通りに動け」
「わっ、私は反対です! 如何にジル様と言えど、こんな奴に手を貸すなど!」
「いい加減にしろプッツン馬鹿!! 怪物があれ撃ったらアリステリア殿下が消し炭になるって事がまだ分かんないのか!?」
「!!」

 事態を急を要する。こんなところで、互いの立場や所属などで揉めている場合ではない。
 クラリッサ以上の怒りを露わにしたリックの怒声に、怯んだ彼女は口を噤んだ。何より、さっきの炎魔法攻撃とは比べ物にならない一撃が、勇者達のいる場所に放たれようとしている。その場所には、彼女が守るべき絶対の主君たるアリステリアがいるのだ。
 気に入らない。本当に気に入らないという思いだが、全てリックの言う通りだった。リックのためではなく、あくまでアリステリアを守るために、クラリッサは自分に課せられた役目を了承した。

「⋯⋯⋯⋯⋯今回だけだぞ」
「ありがとう。それじゃあまずは――――――」

 二人の協力を得たリックのもとに、遅れてやって来た最後の援軍が駆けつける。
 戦場を駆け抜ける自動二輪のエンジン音。敵味方の中を掻き分け爆走する、変身特撮ヒーロー姿の人物と専用バイクが、リック達の目の前で急ブレーキをかけて停車した。

「待たせたな、リック君!!」
「こっちも待ってたぜ、お前をな!」

 リックが始めようとしている作戦には、丁度このヒーローが必要だった。これから呼ぼうと考えていたところで、やっと駆け付けた正義の味方。専用のバイク、通称タイフーン号に跨る彼の名は⋯⋯⋯⋯⋯。

「見ろ、破廉恥剣士! あれはまさか!?」
「まっ、間違いねぇ! あれは悪の組織と戦う改造人間!」

 戦闘中だったレイナとクリスが、彼の登場に気が付き驚いて駆け寄ってくる。そして彼らは、休日の朝の子供並みのテンションで、正義の味方として戦う変身特撮ヒーローの名を叫ぶ。

「「かっ、仮面ライガー!!」」
「否っ!! 生まれ変わった私の名は、仮面ライガーⅤ参《スリー》!!!」
「「仮面ライガー⋯⋯⋯⋯、Ⅴ参《スリー》!?」」
「魔法少女ノエルとの戦いで己の未熟さを痛感し、真の正義の戦士となるため、猛修行の末に生まれ変わったのだ!!」
「「かっ、かっ、かっこいい⋯⋯⋯⋯!!」」

 正義の味方「仮面ライガーⅤ参《スリー》」。その正体は勿論、帝国国防軍の特攻隊長ことライガ・イカルガであるのだが、純情な子供の心を持つレイナとクリスはその事をまだ知らない。
 そして、仮面ライガーが初見であるクラリッサとジルは、得体の知れない正義のヒーローの出現に戸惑ってた。あのジルですら、困惑しているのか瞬きを繰り返している。

「役者は揃ったな。ジルさんは氷魔法を準備しといて下さい! 仮面ライガーⅤ参《スリー》は俺とクラリッサさんをバイクに乗せてくれ! 他は俺達の援護だ!」
 
 ろくな作戦説明もせず、リックは戸惑うクラリッサの手を無理やり引いて、仮面ライガーⅤ参《スリー》のサイクロン号に跨った。バイク一台に三人乗りという、重量的にも限界に挑戦した乗り方だが、サイクロン号は力強いエンジン音を轟かせ、風のように走り出していってしまった。
 一体何が始まるのか、レイナとクリスは分かっていない。だがレイナは、リックが持っている武器と行動を見て、彼がまた危険を承知で行ってしまったと直感する。

「閣下!? 待って下さい!!」

 走り去っていくリックの背中を、悲痛な顔で追いかけようとするレイナ。
 あの背中を捕まえられなければ、二度と彼は戻って来ない。自分が無力であったばかりに、リックがヴィヴィアンヌに捕らわれた日の記憶が蘇る。自分達を守るために、自ら敵の手に落ちた彼の背中を、あの時彼女は掴む事ができなかった。
 離れていくリックの背に向かって、必死に手を伸ばすも、彼はレイナの願いを裏切って行ってしまう。

「お願い⋯⋯⋯! やめて⋯⋯⋯、行かないで⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」

 今にも泣きそうな枯れた声で願い、傍で守ると誓った彼の背を追いかけ続ける。それなのに彼の姿は、走るバイクの轟音と共に遠ざかっていく。
 
 定員を超えてバイクに乗っているものの、シャランドラが改造したこのタイフーン号は、三人乗っている程度では全く速度を落とさない。在り得ない馬力を発揮して平原を爆走する、リック達の目指す先には、ヴァスティナ帝国一の巨漢の姿があった。

「ゴリオン!! 出番だ!!」
「!!」

 最前線で大斧を振り回していたゴリオンが、自分を呼ぶリックの声に反応して振り返る。
 リック達を乗せたタイフーン号が、自身に向かって真っ直ぐ突き進んでくる。しかも減速は一切しておらず、寧ろ益々加速していた。何もしなければ、両者はこのまま激突してしまう。
 初めは何事かと思ったゴリオンだったが、向かって来るタイフーン号とリックの姿を確認し、大体の事は理解した。武器を持ったリックが、敵に向かって全速力で向かって行く。これは彼が危険な無茶に挑もうとしている、今までにもあった光景だ。
 敵を倒すため、彼が自分の力を必要としている。ならば、その期待に応えなくてはならない。乗り物を加速させてやって来る彼らの姿を見たゴリオンは、自分に課せられた役目を察して行動する。彼は自分の得物たる巨大な大斧を、タイフーン号の進行方向の地面に突き刺した。
 大斧を傾け、ゴリオンは己の身体で大斧を支えている。そうして完成したのが、タイフーン号のためのジャンプ台だった。

 ゴリオンが作ったジャンプ台を見たリックは、口元に邪悪な笑みを浮かべて歓喜した。望んでいた通りのものが目の前に作られ、リックは仮面ライガーの背中を叩き、タイフーン号の加速を促す。

「おいライガー!! こいつはシャランドラの魔改造バイクなんだろ!? リミッター外してフルスロットルでぶっ飛ばせ!!」
「任せろ!! 轟け、タイフーン号おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「まっ、待て貴様ら!! こんなの聞いてないいいいいいいいいいいいいいいいっ!?!?!?」

 ヴァスティナ帝国一の発明家が魔改造を施したバイクが、自らを制御するためのリミッターを解放し、真のパワーを発揮して猛烈に加速する。余りの馬力に、バイクの前輪が六十度以上は上がった。
 一番後ろに座らされているクラリッサなど、未知の乗り物による危険運転と、軍馬など比較にならない速度に絶叫している。乗ってしまった事を今現在全力で後悔しながらも、リックの身体にしがみ付いて、何とか振り落とされないよう堪えてはいた。

 そしてタイフーン号は、最高速度でジャンプ台に到達する。ゴリオンが支える大斧の上を駆け抜け、大空目掛けて飛んでいく。ジャンプ自体は成功したが、飛び上がった瞬間、風将の二つ名を持つあのクラリッサが白目を剥いていたのは、彼女を心配して一瞬振り返ったリックだけが知る秘密である。
 
 タイフーン号は大空目指すかの如く飛んだが、鳥のように空が飛べるわけではない。このままでは重力に引かれ、地上に落下してしまう。しかも空中では、自由に身動きする事は出来ない。
 それを狙い撃ちしたかのように、生き残った一本の触手がタイフーン号に襲い掛かろうとする。空中で触手の攻撃を回避する事は、まず不可能だ。無防備な彼らを喰らおうと、触手が真っ直ぐ迫り来る。
 だがリックは、この状況を待っていた。そして信じてもいる。自分の狙いを理解して、地上にいる彼女が怪物本体までの道を作ってくれると⋯⋯⋯⋯。

「凍て付け」

 触手が彼らを喰らおうと口を開く寸前、一瞬で触手は先端から凍り付いていってしまった。触手を先から氷漬けにしていき、氷は怪物の本体まで届く。そうして出来上がったのは、怪物本体まで続く氷の道であった。
 リックの狙いを察したジルが、氷魔法を発動して触手を凍らせたのである。バイクはそのまま凍った触手の上に乗り、氷の道を爆走していった。氷で滑らぬよう注意しつつ、仮面ライガーはタイフーン号を怪物本体まで加速させる。
 
「無茶苦茶な男だ。殿下が興味を持つのも分からなくはない」

 危険極まりない大博打を自ら行なう、一国の軍隊を支配する最高司令官。こんな壊れた男、今まで見た事も聞いた事もない。
 ただ不思議なのは、勇気と無謀を履き違えた、指揮官としてあるまじき行為であるにも関わらず、彼の行動は見ている者を魅了する。この男がやれば、どんな敵が相手でも必ず勝利を掴む。そう周囲に思わせる不思議な魔力を、あの男は持っている。
 きっとアリステリアは、そんな彼の魅力に興味を持ったのかもしれない。何故なら今ジル自身が、無謀なあの大博打が成功すると信じているからだ。

 いつの間にかジルの信頼を得ていたとは露知らず、リックは仮面ライガーとクラリッサと共に、タイフーン号で氷の道を駆け抜けていく。
 しかし彼らの道を遮るため、生き残っていた触手の群れの残党が現れる。決して数は多くないが、今は戦っている余裕がない。リック達の邪魔するために、触手の群れは残存戦力を結集し、タイフーン号に襲い掛かかろうとしていた。
 
「焼き尽くせ、焔っ!」
「奔れ、雷光っ!」

 当然、触手が邪魔をしてくるなど想定の範囲内である。だからこそ、地上にいる頼もしき仲間達が露払いをしてくれる。先陣を切ったのは、魔法攻撃ができるレイナとクリスだった。二人が放つ炎と雷が触手を襲い、触手がタイフーン号へ向かうのを阻む。
 炎と雷に牽制されて怯んだ群れに、今度は鉛玉による弾幕が襲い掛かった。鉄血部隊、アングハルト、銃火器を持つ全兵士が、残りの弾薬を使い切るまで撃ち続けたのである。触手の群れは銃弾に次々と撃ち抜かれ、蜂の巣となって戦闘不能になっていく。
 そんな中、群れの中の一本が弾幕を掻い潜り、タイフーン号との距離を一気に詰める。不味いと思った時には既に遅く、触手はリック達を喰らおうとする直前だった。
 それを許さないのが、ヴァスティナ帝国一の狙撃手であるイヴの、正確無比な狙撃である。襲う寸前の触手を狙撃銃で撃ち抜き、完全に倒れるまで銃を速射したのだ。一発も外れないイヴの狙撃の前に、この触手も戦闘不能になって脱落した。

 仲間達の援護を得て、道は開かれた。最早、彼らを邪魔する存在はいない。
 タイフーン号は全速力で突き進み、怪物本体まで急接近できた。倒すべき本体との距離は、もう目と鼻の先だ。
 
「ライガー!! ビビらず突っ込め!」
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!! タイフーン号は疾風怒濤の―――――」

 凍った触手でによって出来上がった、本体へ一直線の最短距離。これなら間に合うと確信した瞬間、倒された数本の触手が急速に再生し、リック達を阻まんと現れて急いで火球を放った。
 彼らに自分の攻撃を絶対に邪魔させまいと、再生能力を身体の損傷ではなく、急ぎ触手に集中したのである。放たれたいくつもの火球は、タイフーン号が走る目の前の氷道に着弾した。
 火球が凍った触手を爆発で吹き飛ばし、巻き込まれたタイフーン号が爆風で吹っ飛ばされる。乗っていたリック達はタイフーン号から投げ出され、それぞれの身体が宙を舞う。

「クラリッサ!! 俺を奴の頭までぶっ飛ばせ!!」
「馴れ馴れしく呼ぶな狂犬!!」

 宙を舞った状態でリックが呼んだのは、このために無理やり連れてきたクラリッサだった。怒声を上げながらも、彼女はリックに応えて風魔法を発動し、怪物の頭部に届くよう突風を巻き起こした。
 まるで木の葉のように舞い上げられたリックの身体が、風の力で怪物の頭上まで一気に押し上げられる。役目を終えたクラリッサとライガーは、吹き飛んだタイフーン号と共に地面目掛け落下していく。
 落ちていく二人の身が心配ではあるが、クラリッサがいれば風属性魔法の力で助かるはずだ。二人の身を案じつつ、リックは一人、怪物本体の頭上に到達した。リックを舞い上げた突風は役目を果たして消え去り、彼の身体は重力に逆らわず落下する。
 下を確認しつつ着地の態勢に入り、怪物の頭部に無事着地したリックが、邪悪な笑みを浮かべながら顔を上げる。顔を上げたリックの眼前には、蜘蛛を思わせる怪物の無数の眼が、自分の姿を映し出していた。

「待たせたな」

 右手に持つ回転式装甲爆砕発射機を構え、戦闘態勢に入るリック。いよいよ彼の出番というところで、怪物が放とうとしている攻撃の準備が整ってしまった。巨大な口を開いた怪物が、口内に集めた恐るべき魔力の光を解き放とうとしている。
 
「させるか!!」

 怪物の攻撃を阻止すべく、シャランドラの発明品に全てを賭けたリックが駆け出す。無数の怪物の眼がある中、中心にある眼に狙いを定め、杭を装填した発射機を突き出した。
 渾身の力を込めて発射機を眼にぶつけ、力で怪物の眼を叩き割り、必殺の一撃を放つべく発射機の引き金を引く。次の瞬間、リックが持つ右手の発射機の撃鉄が信管を叩き、火薬の爆発の力で特製の杭が撃ち出される。放たれた杭は眼の中の肉を貫き、設計通り怪物の体内へと撃ち込まれた。

「くたばれええええええええええええええええっ!!!」

 勿論、一撃だけでは終わらない。装填されている杭は、あと五発も残っている。自らの危険や、初弾の反動で激痛が奔る右手に構わず、リックは発射機の引き金を無我夢中で引きまくった。二発目、三発目、四発目と次々撃ち込み、右手の感覚が失われていく。それでもリックは発射機を撃ち続け、最後の一発も気合で撃ち切ったのである。

「こいつで最後だ⋯⋯⋯⋯⋯、じゃあな糞野郎!」
 
 撃ち込まれた六本の杭には、時限式で大爆発を起こす仕掛けがある。どんなものでも爆砕してしまう、この恐るべき極悪な発明品は、リックの脱出を待ってはくれなかった。
 感覚を失って上がらない右手の代わりに、左手で中指を立ててリックが嗤った瞬間、撃ち込まれた全ての杭が怪物の体内で大爆発を巻き起こした。爆発は内側から怪物の頭を吹き飛ばし、肉片と鮮血を撒き散らす。余りの衝撃と激痛に、怪物も堪らず絶叫した。

 絶叫して狙いが外れたため、発射寸前だった怪物の魔法攻撃が、青い空と雲しかない天に向かって放たれる。発射された一筋の眩い光線が、戦場に猛烈な衝撃波を起こして一瞬で天高くまで伸びていき、進行方向にあった雲を全て霧散させてしまう。
 その光景を見ただけで、全ての人間が戦慄を覚えていた。雲が一瞬で消え去ってしまう程の、想像を超える魔法攻撃。これがもし地上に向かって放たれていたら、一体どれだけの被害が出ていたのか。
 勇者達を消し飛ばすどころか、後方の同盟軍陣地ごと消し飛ばしてもおかしくない、そう予感してしまう程の、桁外れの一撃であった。

 皆を巻き込んだリックの作戦通り、大爆発で頭部が爆砕された怪物は、勇者達への攻撃に見事失敗した。誰もが皆、巨大な怪物相手にたった一人立ち向かった英雄に歓喜する中、絶望の表情で悲鳴を上げる少女がいた。

「リック様!!!」

 大切な彼の名を叫ぶレイナが見たものは、大爆発に巻き込まれ、爆風によって宙を舞うリックの姿だった。爆発の衝撃で気を失ったのか、彼は悲鳴すら上げず地面目掛けて落下していく。あの高さから落ちては、まず助からない。
 誰よりも先にリックの姿を見つけたレイナが、落ちていく彼の下に一早く駆けて行く。
 しかし、クラリッサのように風を操れるわけではないレイナには、重力に命を捕らわれた彼を助けられる術はない⋯⋯⋯⋯⋯。
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