贖罪の救世主

水野アヤト

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第四十五話 切り札

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「駄目だこりゃ」
「言ってる場合ですの!!」

 戦車部隊の戦果を確認したリックとミュセイラは、想像以上の敵戦力の厄介さにお手上げ状態となっていた。
 火砲による攻撃で一定のダメージは与えられても、決定的な損害を与えるには相当な火力が必要となる。いや、例え火力を用意できたとしても、あのように再生されてしまうのであれば、攻撃は全くの無意味となってしまう。

「ちょっとちょっと! ご自慢の兵器が全然効いてないじゃいの!」
「思った以上に通用しなかったな⋯⋯⋯⋯。陸空の全力攻撃でも倒せるかどうか微妙だぞ、あれ」

 お手上げなのはロイドも同様である。立ち向かったボーゼアス義勇軍の末路を見て、ジエーデル軍の戦力でもどうにもできないと、即座に理解したのだった。
 リックもミュセイラも、準備を進めている総攻撃を行なったとしても、やはり火力不足なのではないかと感じていた。せめて再生さえしなければ倒せない事もないだろうが、与えた損傷を瞬時に修復されてしまっては勝ち目がない。
 帝国国防軍とジエーデル軍が共同して攻撃を行ない、そこに同盟軍の全戦力を投入したとしても、勝算は限りなく低いだろう。だが戦わなければ、次に喰われるのは自分達なのである。
 今は、ボーゼアス義勇軍の残党を喰らい続けるのに夢中で、怪物の注意は同盟軍に向いてはいない。対抗策を考え準備し、それを実行に移して勝負を仕掛ける隙は、今を於いて他にないだろう。リック達は、早急かつ有効な怪物の殲滅作戦を考えねばならなかった。

「ふ~む、やはりあの程度では止められなかったようですな」

 難しい状況の中、リック達のもとに駆け付けたのは、ホーリスローネ王国軍の兵達だった。兵を率いてやって来たのは、王国の王子アリオンと将軍ギルバートである。
 ギルバートは焦る事も驚く事もなく、いつも通りの立ち振る舞いで現れた。冷静に敵を分析していた彼は、リック同様に帝国国防軍の火力だけでは倒せない事に気付いている。つまり、同盟軍が絶体絶命の窮地に立たされているのを、既に承知していた。

「下手に戦っても我が軍が全滅するだけで終わりでしょう。ですがここで仕留めねば、この先どんな被害が各国に及ぶか想像も出来ませんな」

 勝てないと判断して逃げる選択肢もあるだろう。だがここで同盟軍が撤退し、あの怪物を阻むものがいなくなれば、怪物はこのまま移動を続け、大陸中の国々を襲撃する可能性がある。そうなれば、街を巨大な怪獣が襲う、映画さながらの光景は避けられない。
 
「仕留めるって言ってもね紳士将軍さん、アナタ達でもどうにもできないんじゃないかしら? 見たでしょ、あのインチキな能力」
「はっはっはっー! 確かに、まさか傷が再生するとは思わなかったですな」
「でしょ? それより、あの怪物は突然現れたんだから、きっと闇魔法の召喚の一種なんじゃないかしら。だったら術者を仕留めるか、魔力切れを待てばそれで解決かも知れないわよ」

 あの怪物が魔物の一種で、召喚魔法によって出現した存在であるというロイドの考えは、リックとミュセイラも思い付いた事である。
 巨大なあの怪物は、何もないところに突如出現したに等しい。あれが召喚魔法によって出現した、一種の魔法によって創られた魔物であるならば、ロイドが口にした通りの弱点がある。術者を仕留めてしまうか、魔力の限界を迎えて消滅するのを待てば、苦労せず倒す事も可能だろう。
 問題なのは、あの怪物を召喚した術者が誰なのかという点と、魔力切れを待つにしても、一体どれだけの時間が掛かるか分からない事である。

「消滅を待っても無駄だ」
「えっ! あらやだ、皇女様まで御出まし!?」

 ロイドの案をばっさり切って現れたのは、ゼロリアス帝国第四皇女アリステリアだった。護衛の兵を引き連れる彼女の傍には、氷将の二つ名を持つ女将軍ジルの姿もある。
 アリオンとギルバートだけでなく、まさか彼女達までもがここに集まるとは思わず、ロイドもリック達も驚いて目を見張った。アリステリアの登場に皆が驚く中、当の本人は構わず皆のもとに歩を進める。
 すると、皆のもとに向かう彼女に、十文字の槍を持つ赤髪の少女が同行する。その少女は、ゼロリアス帝国軍に救援として駆け付けた、烈火騎士団の炎槍レイナだった。
 レイナの姿を見つけたリックは、自分が乗っていた装甲車輌から慌てて飛び降り、彼女のもとに駆け寄った。心底彼女の身を心配していたリックが、レイナの目の前までやって来る。まずは彼女に怪我がないかを目視確認して、無事だったと分かると説教モードに入った。

「レイナ!! 俺の命令無視して何やって――――――」
「叱責は後で幾らでも受けます。ですから今は殿下の御話を聞いて下さい」

 こんな状況でいきなり説教を始めようとしたリックだが、レイナの様子から事の重大さを察し、一先ず説教を止めてアリステリアを見る。レイナの言葉によって、全員の注意がアリステリアに向けられる中、大平原に現れた怪物を見ながら彼女は口を開いた。

「ただの魔法ではない。あれは伝説の魔導具だ」
「魔導具?」
「古より大陸に伝わる、強力な魔力を秘めた魔法武器。連中が兵の姿を消す事が出来たのも、別の魔導具の仕業だろう」

 聞きなれない単語にリックは首を傾げる。そんな彼に、意外にもアリステリアは簡単に説明をしてくれた。
 他の者達はリックとは違う反応を見せていた。魔導具の存在は知っているようであったが、信じられないと言った顔をしてアリステリアを見ていたのである。何故なら、魔導具もまた御伽話に出てくるような、物語の中での存在だったからだ。

「おっ、お待ちになって下さいまし殿下! 魔導具だなんてそんな⋯⋯⋯⋯、あれは物語に出てくるような空想上の産物じゃありませんの!?」
「勇者達が操る伝説の秘宝がそもそも魔導具だ。ローミリア大戦以前から魔導具は実在する」

 ゼロリアス帝国は、大陸一の軍事力を持つ国家であると同時に、魔法に関する研究も随一を誇っている。そんな国の皇女であるが故なのか、アリステリアはこの場の誰よりも魔法に詳しい様子だった。

「あの魔物⋯⋯⋯、大戦で使われたという魔導具と特徴が似ている」
「!?」
「本に記された通りなら、奴は生物を喰う事で魔力を補給し続け、更なる成長続ける。あの巨体でもまだ成体ではないだろう」
「⋯⋯⋯ってことは、あれよりもっとデカくなるんですか!?」
「それだけではない。魔力を吸収し続けて成長すれば、国一つを焦土に変えるほどの魔法を放つようになる」
「参ったな⋯⋯⋯。歩く大量破壊兵器かよ」

 レイナが話しを聞くよう頼んだのも納得だった。アリステリアが知る話通りならば、ここで倒さなければ大陸全体の危機となる。逆に、まだ成長途中な今こそが、倒すべき好機と言えるのだ。
 こうなると選択肢は一つしかないわけだが、帝国国防軍の全火力でさえ火力不足の可能性がある現状では、有効な殲滅手段が何もないに等しかった。
 
 誰もが攻撃案を出せない中、話を聞いていたアリオンは一人、意を決してギルバートに向き直る。アリオンに気付いたギルバートが彼を見ると、その顔は決意した男の顔に変わっていた。

「ギルバート。お前に策はあるか」

 この戦争が始まって以来、アリオンは一度もギルバートを頼りはしなかった。それが今、彼は初めてギルバートに策を問うたのである。
 アリオンの言葉は、今までの彼を知るリックやロイドを驚かせた。アリステリアですら少し目を見開いたほどだ。覚悟を決めたアリオンの問いかけが、ようやく将軍ギルバートを動かし、行き詰まったこの状況に一筋の光明を生み出す。

「ふ~む、あの怪物を倒す方法ですか。王子も難題を仰る⋯⋯⋯⋯、と言いたいところですが策はあります」
「ほっ、本当か⋯⋯⋯!?」
「但し、この策には同盟各国軍の力が必要不可欠です。丁度いい具合に皆様お揃いなのが助かりますな」

 余裕の笑みを浮かべるギルバートが、アリオンから三人へと視線を移す。三人とは勿論、同盟軍最強の戦力を率いるリック、ロイド、アリステリアである。ギルバートの策には、彼ら三人が率いる三国の戦力が必要不可欠なのだ。
 策を語ろうとするギルバートの視線を受け、真っ先に異を唱えたのはロイドだった。

「ねぇ、ワタシ達が戦上手だからって無茶振りは御免よ。狂犬さんの戦闘部隊でも駄目だったのに、期待されても困るわ」
「御心配なく。何も、御三方にあれを倒して貰うつもりではありません」
「じゃあ誰にあれを倒させるっていうの? 我らがグラーフ教の神様にでも頼むつもりかしら」
 
 皮肉を口にするロイドの言う通り、ここで巨大過ぎるあの怪物を倒すなど、最早神にでも縋るしかない状況である。それでも、冷静で余裕なギルバートの態度は変わらない。余程自分の策に自信があるのか、或いは勝利を確信しているのか、ここまでくると寧ろ不気味ですらあった。
 
「あっ、あれ⋯⋯⋯? もしかして俺達、来るタイミング間違えた?」
「おおっ! お待ちしておりましたよ、我らが勇者様方」

 アリオンとギルバートが現れた方向から、三人の少年少女が緊張気味に姿を現わした。何と現れたのは、王国軍が総攻撃に向けて温存していた、グラーフ同盟軍の象徴とも言える存在である。
 伝説の秘宝に選ばれし勇者、有馬櫂斗《ありまかいと》、早水悠紀《はやみゆき》、九条真夜《くじょうまや》の三人が、自分達を選んだ伝説の秘宝を、それぞれの武器へと変身させた状態で現れた。

「あらあら、今度は勇者ちゃん達じゃないの。そう言えば、顔を合わせるのは初めてだったわね」
「フローレンス将軍は兎も角、ルヒテンドルク殿や皇女殿下は初めてでしたな。私の策には彼らも必要でしてね、予め御呼びしておいたのですよ」

 ギルバートの説明の後、勇者櫂斗の視線がリックへと向いた。櫂斗が緊張気味にリックを見ていると、ギルバートやロイド達の目も彼へと向いていく。全員の視線が集中し、リックは逃げる様に顔を逸らして惚けた様に口笛を吹くが、そんな彼の背中をミュセイラがぶっ叩いた。
 
「ぎゃっ!? お前俺に容赦無さ過ぎだろ!」
「どの口がそれ言いますの。 それより、少しは反省してるなら謝ったらどうですの?」
「嫌だ。だってレイナ怪我させたあいつが悪いもん」
「子供ですの貴方!!」

 勇者救出作戦後、櫂斗の事をリックが二度も殴り飛ばした話は、既に同盟軍全体に知れ渡っている有名な話となっていた。現場にいた悠紀やアリオンは勿論、その場にいなかったロイドやアリステリアも周知の事実だ。
 その事件があったお陰で、リックと櫂斗の関係は最悪であり、お互いに謝罪の機会もなく今日まで来たのである。櫂斗の事を未だリックは許していないが、いつまでも子供ではない。殴った事への謝罪の言葉などはなかったが、あの時の事を蒸し返したりはせず黙ってはいた。
 一先ず大丈夫だと判断したギルバートは、咳払い一つして話しを戻す。

「厳しいこの状況の中、あの怪物を倒せる唯一の手段。それは彼らが持つ勇者の力だけです」

 やって来た勇者三人が、話が呑み込めず混乱している中、彼らへと向き直ったギルバートの目が櫂斗の姿を捉える。ギルバートの目は、そのままゆっくりと櫂斗が持つ聖剣へと向けられていく。
 
「勇者アリマ殿とその聖剣こそが、我々に残された切り札なのです」
 
 ギルバートの発言に皆が驚くが、一番驚いたのは本人である櫂斗自身だった。
 驚愕する彼をよそに、役者を揃えた紳士将軍は不敵な笑みを浮かべ、自らの策を実行に移した。
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