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第十四話 贖罪
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「女王、ユリーシア・ヴァスティナ陛下は暗殺された。暗殺を計画したのは、反女王派の帝国貴族。これが真実だ」
ここは、今は何もないとある一室。この部屋に集まった、六人の人物。
参謀長命令で集められた、リリカ、エミリオ、ウルスラ、イヴ。命令を下したリックと、彼に連れてこられたメイファ。
全員が集まり、リックの口から語られた、女王の死についての真実。
真相を知っていた、リリカとエミリオ以外の三人は、想像もできなかったあまりにも残酷な真実に、言葉を失う。
「俺たちの真の敵は帝国貴族だ。よって、帝国軍は直ちに首謀者を拘束する。いいな、リリカ?」
「私は異論ない。ヴァスティナ帝国宰相として、反女王派の勢力根絶を軍に依頼しよう」
宰相としての立場から、軍の最高責任者リクトビアへと、裏切り者の討伐依頼を彼女は出した。リリカもリックも、彼らを殺したい気持ちは同じ。彼らに地獄を見せるまで、この怒りが静まる事はない。
「参謀長・・・・・、私も同行させてください」
静まる事のない怒りを燃やすのは、この二人だけではない。
元は兵士だった、メイド長のウルスラ。寡黙で冷静な彼女も、今回ばかりは冷静さを欠いている。寡黙な表情は怒りで歪み、その目は強烈な殺意を帯びていた。
「リック君、僕もメイド長さんと同じ気持ちだよ」
わかっていた事だ。真実を聞かされれば、この二人はきっと復讐心を持つと。
ウルスラもイヴも、怒りの矛先を貴族たちに向ける。どんな手を使ってでも、殺し尽くしたいと願う。
「同行は許可しない。首謀者マルクル・ビル・ヌーヴェルは、俺とヘルベルトたちで拘束しに行く」
「無理を承知でお願いしたい。私は女王陛下と騎士団長の仇を討たなければなりません。参謀長が手を汚さなくとも、ここは私が」
「ユリユリは皆に優しくて、僕の事だって気持ち悪がったりしなかった。そんなユリユリを殺した奴を許すなんて、できるわけないよ」
二人の気持ちはわかる。特にウルスラは、リックより長くユリーシアの傍で仕え続けていた。
絶対の忠誠心。南ローミリア決戦時もそうであったが、彼女は配下のメイド部隊を率い、女王の警護に命を懸けていた。女王に敵が現れれば、それが何であろうと殲滅し、御身を守護する盾となり、剣となる。
ユリーシアこそ、彼女の存在理由の全てだった。リックと同じように・・・・・。
いつか、光を与えてくれた彼女を、闇から救い出してあげたかった。彼女には、自分のように闇を歩き続けて欲しくなかった。
それなのに、ユリーシアは殺されてしまった。この願いは永遠に叶わず、生きる意味も失くしたウルスラに、たった一つ残されているものは、復讐心だけだ。
「どうか、どうか私に仇を討たせてください。マルクルは拘束し、必要な情報は全て吐かせます。帝国貴族たちは根絶やしにして見せます。でなければ、私は陛下に・・・・・・っ!」
「メイド長、あなたが手を汚す必要はない」
「御心配には及びません。どうせ・・・・・、私の手は赤黒く染められていますので・・・・・」
「そうかも知れないし、気持ちは痛いほどわかるつもりだ。でも、俺はあなたに頼みたい事がある。だから同行させる事は出来ない」
彼の言葉の意味がわからず、ウルスラは少し思考する。
この部屋に集まられ、女王の死についての真相を聞かされたが、この場に相応しくないと言える人物が、二人いる。そもそも、この話は帝国の最重要機密に相当するもので、軽々しく多くの人間に話して良いものではない。
にもかかわらず、この場に呼ぶべきではない人物がいる。その人物とは、イヴとメイファだ。
宰相であるリリカ、参謀長であるリック、軍務を取り仕切るエミリオに、女王のメイド長であるウルスラは、真相を聞くべき人物と言えるだろう。この四人は、帝国の中枢に関わり深い人物であるからだ。
しかし、イヴとメイファは違う。
イヴは帝国軍の幹部とも言える立ち位置だが、基本的には戦闘担当であり、極端に言えば聞かなくても問題はない。そしてメイファは、参謀長専属メイドという立場だが、所詮は一介のメイドでしかない。
機密は漏洩させてはならない。知る人間が多ければ多いほど、漏洩の危険は高まる。軍師エミリオなどは、勿論その事を理解している。であるから、イヴとメイファは本来、この場にいてはならない存在と言えるのだ。
エミリオに呼ばれ、この部屋にウルスラが訪れて、その後にイヴとメイファは入室した。リックに連れられた、専属メイドの少女の姿を目にした時は、ウルスラだけでなくエミリオも、驚きを隠す事ができなかった。
特にエミリオは、この場で話された内容を初めから知っていた。機密という事を理解しているからこそ、何故リックが彼女を連れてきたのか、全く理解できなかったのである。彼が驚いてしまったのも無理はない。
彼が驚いたのを知っているウルスラは、メイファの登場は彼にとっても、全くの予想外のものであったと理解した。この場にウルスラたちを集めさせ、メイファを寝室から連れ出したリックだけが、集めた意味を知っている。
イヴとメイファがここにいる理由。恐らくそれが、リックの言う頼みというものに関係していると、彼女は判断した。
「僕を同行させないって事は、貴族を狙撃する命令とかを与えたいわけじゃないんだよね。リック君、僕をここに呼んだ理由はなに?」
「メイファの親友だから呼んだ。今から話す事は、お前も知る必要がある」
イヴとメイファがこの場に呼ばれた理由。
彼が何を話そうとしているのか、メイファだけは理解している。集まったこの部屋は、一部の者しか知らない部屋。この部屋の存在を知っているのは、彼女一人だけとなってしまった。そのはずだが、リックはこの部屋の存在を知っていた。帝国を支え続けた偉大な老人、宰相マストールがこの世を去る前に、聞かされていたからである。
この部屋は、メイファの忘れられない場所。全てを知るリックが、この部屋を選び、彼女を連れて来たという事は、闇に葬られた帝国の秘密を、ここで明かすつもりなのである。
「リリカ、エミリオ、これから話すのは帝国の闇だ。それでも二人は―――――」
「愚問だねリック」
「リリカ宰相と同意見だよ。私も宰相も、覚悟はできている」
確かに愚問だ。この二人は既に、後戻りの出来ないところまで歩んできた。
リリカはユリーシアに帝国を託され、エミリオはリックに従い続ける。この先、どんな闇が来ようとも、それぞれの心に従い、歩んでいくつもりなのだ。引き返すならば今の内だと、リックは二人に教えておくつもりであったが、その必要は全くなかった。
「わかった。それじゃあメイファ、俺の口から全部話すぞ」
「・・・・・・」
彼女の返事はない。俯き、視線を自分の足元へと移す。
話されようとしている帝国の闇には、このメイド少女が関係している。薄々気が付いていた四人は、自分たちの感が正しかったとわかる。
しかし、一体何故この少女なのか?
元々彼女は、奴隷商人に捕まっていたところを、リックたちに助けられ、帝国へとやって来た。リックは彼女を自身の専属メイドとし、ウルスラは彼女にメイファという名前を付け、今に至る。
メイファという名前を与えられた、この黒髪の少女。過去の事は誰にも語らず、自分の本当の名前すら明かさない。謎多き少女ではあるが、彼女の何がヴァスティナと関係しているのだろうか。
メイファとヴァスティナ。この隠された関係性を知るのは、最早リックのみである。知る者たちは皆、既にこの世にいない。リックだけが知っていて、背負う事になった帝国の闇が、語られようとしている。
皆が知らなければならない時が来たのだ。
「宰相マストールから教えられた話だ。彼が亡くなる前にな」
「マストール宰相が?君に託したという事かい?」
「そうだ。この話はユリーシア・ヴァスティナ陛下が、女王へと即位される以前の話になる」
八年以上前になる。その時はまだ、国王キメルネスが帝国を治めていた。
ユリーシアは女王ではなく、当時は六歳の姫殿下であった。
「メイファ。いや・・・・・・、アンジェリカ」
「・・・・・・」
「それが、メイファちゃんの本当の名前なの・・・・・?」
少女の真の名前。彼女が隠し続けた、大切な本当の名前。
「ユリーシア・ヴァスティナ陛下のたった一人の妹。アンジェリカ・ヴァスティナこそが、彼女の正体だ」
その言葉を聞き、リリカもエミリオもウルスラも、そしてイヴも、少女を凝視してしまう。
何も答えないメイドの少女。本当に彼女が、あのユリーシアの妹だというのか?疑惑の念を持ってしまうリリカたちだが、リックが冗談を言っているわけではないと、当然わかっている。
ならばこれは、事実なのだ。彼女はアンジェリカ・ヴァスティナで、帝国女王ユリーシア・ヴァスティナの妹。信じられないような話だが、信じるしかない。
「メイファちゃんが・・・・・、ユリユリの妹・・・・・・?」
「ありえません・・・・。陛下は妹がいるなどと、一言も仰らなかった・・・・・」
メイド長のウルスラですら知らない、帝国女王の妹の存在。
知らないのも当然だ。ウルスラがメイド長に就任した時、アンジェリカと言う少女はいなかった。
「彼女の存在は秘密だった。アンジェリカの事を知っていたのは、陛下とマストール宰相だけだ」
「そして今では・・・・ご主人様だけです・・・・・・」
沈黙を破り、言葉を口にしたアンジェリカ。
否定をせず、認めたのだ。最早彼女は、一介のメイドではない。
少女は、帝国女王の妹アンジェリカ。帝国王族の一人なのだ。
「私は存在を許されなかった人間・・・・・。姉様と私は・・・違う・・・・」
ユリーシアを姉と呼ぶ姿が、見てはいられない。
アンジェリカは実の姉を亡くした。しかも殺されたのだ。そんな彼女の心境を思うと、心が引き裂かれるようだ。
この世界で彼女は、唯一の肉親を失ってしまった。ユリーシアの死により、彼女が塞ぎ込んでしまった理由は、愛する姉を亡くしてしまったから。そう、永遠に・・・・・・。
「私は父様の・・・・・・、キメルネス王の血を引いています。ですが私は・・・・・・」
「女王ユリーシア・ヴァスティナ陛下の母親。王妃エアリーゼの血を彼女は引いていない」
言葉の続きは、リックの口より語られる。
その言葉が何を意味するのか。この場にいる者たちはすぐに理解できる。
アンジェリカ・ヴァスティナは、王の血を引いていても、王妃の血を引いてはいない。それは、ユリーシアと腹違いの姉妹であるという意味となる。
キメルネス王には、王妃エアリーゼしかいなかった。側室などは存在しない。これはウルスラも知る事実だ。では、彼女は誰の娘なのか。
王妃の血を引いていないという、リックによって語られた衝撃的な事実に、沈黙する事しかできないウルスラたち。普通の少女だと思っていた人物が、実は帝国女王の妹で、しかも出生に謎がある存在だというのだ。
あまりにも衝撃的な話の連続で、特にウルスラとイヴは、頭では話を理解できていても、心の整理ができないでいる。ユリーシアの死に嘆き悲しみ、死の真相を聞いて激情に駆られていた。そこへ今度は、アンジェリカという少女の、隠された真実を聞かされる。
あの夜の事件以来、メイファの親友となったイヴは、どう彼女に言葉をかけてよいかわからない。今まで彼女はたった一人で、この秘密を隠し続け、愛する姉の死に苦しんだ。
イヴは何もできなかった。もっと早く知っていたなら、傍でその苦しみを分かち合えたと、彼は思う。
「陛下はキメルネス王とエアリーゼ王妃の娘だ。だがアンジェリカは、キメルネス王と侍従の間に生まれた娘。王妃が殺したいほど憎んだ、存在を許されなかった妹だ」
今は亡き宰相に託され、必要な時が来たならば、その責を負う。
今がその時だ。だから彼は、この話がアンジェリカの忌まわしき記憶を呼び起こし、彼女を苦しめる事になろうとも、話さなければならない。
でなければ、彼も彼女も、前に進む事が出来ない。
「王妃の愛は深かったらしい。だから、王が側室を持つ事は許さなかった。そんな王妃の重い愛に苦悩していたせいで、当時の侍従長と関係を持った。そうして生まれてしまったのが、腹違いの妹アンジェリカと言うわけだ」
当時の侍従長というのは、今の侍従長に当たるウルスラの事ではない。
キメルネス王とエアリーゼ王妃に仕えていた、当時の侍従たちの長である。王妃は王を深く愛しており、自分以外の女性が近付く事さえも、決して良しとはしなかった。深く重いそんな王妃の愛は、やがて王を苦悩させていく。
宴の席などで、少しでも王が貴族の夫人や娘と話すだけで、王妃の怒りは火山の噴火そのものだった。日頃から政治に苦労が絶えず、精神的にも余裕のなかった王に、王妃の重すぎる愛は苦痛でしかなく、王は既に限界であったのだ。
そんな王を見兼ね、彼の精神的な支えとなったのが、アンジェリカの母親である、侍従長ミリアだった。
流石の王妃も、侍従が王に近付く事は許しており、侍従長ミリアは王の傍で、常日頃苦悩する彼を助け、いつしか彼の精神的支えになっていた。
それがきっかけとなり、キメルネスとミリアはお互いを想い合うようになってしまう。二人は王妃に気付かれぬよう密会し、愛し合った。キメルネスは心の安らぎを彼女に求めてしまったのだ。そんな彼を、ミリアも愛してしまった。
愛し合った二人に、子供が生まれるのはあっと言う間だった。エアリーゼがユリーシアを生んだ後、一年も経たずに、ミリアはアンジェリカを出産したのである。
王を病気的に愛する王妃が、アンジェリカの父がキメルネスだと知れば、間違いなく激怒では済まない。想像もできないような、恐ろしい暴挙に及ぶかも知れない。そう考えた二人は、この事実を隠す事にした。
「王と侍従長ミリアは考えた末に、アンジェリカの正体を隠す事にした。腹違いの妹と言う事実を隠し、誰も知らない間に、ミリアが城の騎士との間に授かった子としたんだ。そしてアンジェリカを、ユリーシアの遊び相手兼、将来の侍従として、自分たちの近くに置いた」
城の騎士と言うのは、偶々訓練中の事故で死んでいた、騎士の名前を利用したに過ぎない。この嘘を王妃は信じ、王の意見もあって、アンジェリカをユリーシアの傍に置く事を許した。
ユリーシアは幼少期、毎日のようにアンジェリカと過ごしていた。二人は仲が良く、どこへ行くにも二人一緒だった。二人にとっては、幸福な毎日。
そして、キメルネスとの間に出来た愛娘の事を、エアリーゼは溺愛していた。愛娘に笑顔を与えてくれる、そんなアンジェリカの事もまた、彼女は気に入っていたのである。
王妃エアリーゼはユリーシアとアンジェリカに優しく、傍から見ればその様子は、姉妹を可愛がる優しき母親と言えた。秘密は隠され続けていたものの、穏やかな時が流れていったのである。
「宰相マストールは真実を知っていた。秘密にはしたものの良心の呵責に耐えきれず、キメルネスは宰相に相談したらしい。宰相は王への忠誠心から、真実を隠すのに協力したそうだ。キメルネスとミリアは、マストール宰相の助けを借りながら、何とか上手くやっていったと言わけだ。とは言っても、嘘って言うのはいつかは気付かれる」
「・・・・・そうですね。知られさえしなければ、幸福な時間はずっと続いていたんです・・・・・・」
アンジェリカの言う通りだ。知られさえしなければ、終わりは訪れなかった。
あの頃の幸福な時間に、終わりは前触れもなくやって来たのである。
「原因は私にはわかりませんが、反王族派の貴族の一人が、私の秘密を知ってしまったのです・・・・・」
現在と同じように、当時も帝国王族を敵視する貴族勢力は存在していた。
アンジェリカの語った貴族も、反王族派勢力の一人であり、勢力内では情報取集を担当していたのである。その貴族は情報を集めていた頃、ミリアの娘の事について、不信感を抱いてしまった。
不信感を抱いた理由は、城へ用事があった時、偶然にもキメルネスとミリアが、二人きりで会話しているのを目撃したからである。何でもない、王と侍従長の会話。誰が見ても、それ以上のものはない。しかしその貴族には、二人がただの王と侍従の関係だと、そう思えなかったのだ。
自分の直感を信じ、調べを進め始めた貴族のその男は、ミリアの娘アンジェリカへと行き着く。死んだ騎士との間に生まれた、侍従長ミリアの娘を調べると、言われている話と食い違う点がいくつもあり、明らかに怪しい存在だった。
そして貴族の男は、調べ尽くした後に結論を出す。男は自分の出した結論を、キメルネス王に聞かせた。
アンジェリカは、ミリアとキメルネスとの間に生まれた、知られてはならない娘であるという、彼の予想は的中していた。問い詰められたキメルネスは否定しきれず、隠してきた秘密を知られてしまう。
王が絶対に隠したいと思う、衝撃的な秘密を知った男は、反王族派の野望ではなく、己の欲望を叶えようとする。この秘密を隠す代わりに、王に様々な条件を呑ませようとしたのである。
これを知った宰相マストールは、秘密を隠すために、貴族の暗殺を決意した。王に対する忠誠心の厚い者を数人集め、密かにその貴族を襲撃させ、暗殺は成功した。口封じは成功したはずだった。
暗殺自体は成功した。しかし男は、自身が狙われている事に気付き、マストールたちに気付かれないよう、先手を打っていた。なんと男は、王妃エアリーゼに助けを求めていたのである。
貴族は暗殺したものの、王妃には知られてしまった。王妃の権力を利用し、自分の身の安全を保障して貰
おうと、貴族の男はエアリーゼに真実を暴露したのである。
暗殺後、全てが解決したかに思われてすぐ、王妃は怒り狂って真相を問い詰めた。問い詰められたのは、
キメルネスとミリアの二人。最早隠す事は出来ないとして、二人は全てを認めてしまう。
それから全てが変わった。王妃エアリーゼは怒りと嫉妬に狂い、精神的な病に侵されてしまう。以前の優
しい母親の姿はそこになく、アンジェリカに対しての態度は酷いものだった。口汚く罵り、愛娘ユリーシア
に近付く事を許さず、酷い時には手を上げる事もあった。
侍従長ミリアに対しても同様で、顔を見るだけで殺意を見せ、王妃とは思えない暴言を吐いた。王妃の逆
鱗に触れたミリアとアンジェリカは、彼女の罵倒や暴力、口にするのも恐ろしい嫌がらせに、毎日耐えるし
かなかった。二人の生活は、地獄の日々と言えただろう。
「貴族が保身のために王妃へ秘密を話し、私と母様は、王妃の怒りに怯えて過ごすしかありませんでした。母様は侍従長としての責任を果たすため、日々仕事に励みながら、毎日のように王妃のもとへ向かい、許しを得るため謝罪していました。ですが・・・・・・」
言葉にする事が出来なかった。物陰から彼女が見てしまった、思い出したくない光景。脳裏にそれが蘇り、話す事が出来ない。
毎日のようにミリアは謝罪の言葉を述べ、その度に、エアリーゼの容赦ない暴力が振るわれたのである。罵倒の言葉を喚き散らしながら、ミリアを何度も何度も激しく叩き、感情のままに怒り狂った。
当時、物陰から偶然、アンジェリカはその光景を見てしまう。まだ幼かった彼女にとって、自分の母親が痛めつけられる様は、辛く耐え難いものであった。
「結局、最後まで許しは貰えなかったらしい。王妃がもっとまともだったなら、この後起こった悲劇を回避できたかもしれない」
アンジェリカの代わりに、リックが話を続ける。
悲劇と聞いて、彼女の表情が青ざめていく。彼が何を話そうとしているのか、理解できてしまったからだ。
わかっていた事だ。全てをマストールから聞かされ、帝国の闇を語るこの男は、自分を利用しようとしている。だからこそ、アンジェリカ自身が聞きたくもない、思い出したくもない過去であろうとも、彼は躊躇わず語る。
「悲劇・・・・・。その話、キメルネス王の事故死と関係しているのかい?」
「察しが良いなリリカ。帝国内では詳しく話されていないが、キメルネスは城内で事故死したと、表向きはそう言われている」
「表向き。なら、裏に隠された真相があるんだね」
キメルネス王の事故死と、幼きユリーシアの即位。
宰相マストールが語ったこの歴史を、リリカは勿論、エミリオやウルスラも知っている。当然、アンジェリカもだ。
王の隠し子。王妃の精神的病。崩壊していく王族の末路が事故死だったなどと、今の話を聞いて、そう納得できるはずがない。
「王は・・・・・・自ら命を絶ちました」
察しの良いリリカの言葉を受け、アンジェリカが答えて見せる。
事故死などではない。キメルネス王は、この城で自殺したのである。
「・・・・・・どういう事かな、アンジェリカ」
鋭い視線を向けたリリカの言葉に、アンジェリカは口を開く。
そして語り出す。その目に焼き付いた、八年前のあの夜の事を・・・・・・。
ここは、今は何もないとある一室。この部屋に集まった、六人の人物。
参謀長命令で集められた、リリカ、エミリオ、ウルスラ、イヴ。命令を下したリックと、彼に連れてこられたメイファ。
全員が集まり、リックの口から語られた、女王の死についての真実。
真相を知っていた、リリカとエミリオ以外の三人は、想像もできなかったあまりにも残酷な真実に、言葉を失う。
「俺たちの真の敵は帝国貴族だ。よって、帝国軍は直ちに首謀者を拘束する。いいな、リリカ?」
「私は異論ない。ヴァスティナ帝国宰相として、反女王派の勢力根絶を軍に依頼しよう」
宰相としての立場から、軍の最高責任者リクトビアへと、裏切り者の討伐依頼を彼女は出した。リリカもリックも、彼らを殺したい気持ちは同じ。彼らに地獄を見せるまで、この怒りが静まる事はない。
「参謀長・・・・・、私も同行させてください」
静まる事のない怒りを燃やすのは、この二人だけではない。
元は兵士だった、メイド長のウルスラ。寡黙で冷静な彼女も、今回ばかりは冷静さを欠いている。寡黙な表情は怒りで歪み、その目は強烈な殺意を帯びていた。
「リック君、僕もメイド長さんと同じ気持ちだよ」
わかっていた事だ。真実を聞かされれば、この二人はきっと復讐心を持つと。
ウルスラもイヴも、怒りの矛先を貴族たちに向ける。どんな手を使ってでも、殺し尽くしたいと願う。
「同行は許可しない。首謀者マルクル・ビル・ヌーヴェルは、俺とヘルベルトたちで拘束しに行く」
「無理を承知でお願いしたい。私は女王陛下と騎士団長の仇を討たなければなりません。参謀長が手を汚さなくとも、ここは私が」
「ユリユリは皆に優しくて、僕の事だって気持ち悪がったりしなかった。そんなユリユリを殺した奴を許すなんて、できるわけないよ」
二人の気持ちはわかる。特にウルスラは、リックより長くユリーシアの傍で仕え続けていた。
絶対の忠誠心。南ローミリア決戦時もそうであったが、彼女は配下のメイド部隊を率い、女王の警護に命を懸けていた。女王に敵が現れれば、それが何であろうと殲滅し、御身を守護する盾となり、剣となる。
ユリーシアこそ、彼女の存在理由の全てだった。リックと同じように・・・・・。
いつか、光を与えてくれた彼女を、闇から救い出してあげたかった。彼女には、自分のように闇を歩き続けて欲しくなかった。
それなのに、ユリーシアは殺されてしまった。この願いは永遠に叶わず、生きる意味も失くしたウルスラに、たった一つ残されているものは、復讐心だけだ。
「どうか、どうか私に仇を討たせてください。マルクルは拘束し、必要な情報は全て吐かせます。帝国貴族たちは根絶やしにして見せます。でなければ、私は陛下に・・・・・・っ!」
「メイド長、あなたが手を汚す必要はない」
「御心配には及びません。どうせ・・・・・、私の手は赤黒く染められていますので・・・・・」
「そうかも知れないし、気持ちは痛いほどわかるつもりだ。でも、俺はあなたに頼みたい事がある。だから同行させる事は出来ない」
彼の言葉の意味がわからず、ウルスラは少し思考する。
この部屋に集まられ、女王の死についての真相を聞かされたが、この場に相応しくないと言える人物が、二人いる。そもそも、この話は帝国の最重要機密に相当するもので、軽々しく多くの人間に話して良いものではない。
にもかかわらず、この場に呼ぶべきではない人物がいる。その人物とは、イヴとメイファだ。
宰相であるリリカ、参謀長であるリック、軍務を取り仕切るエミリオに、女王のメイド長であるウルスラは、真相を聞くべき人物と言えるだろう。この四人は、帝国の中枢に関わり深い人物であるからだ。
しかし、イヴとメイファは違う。
イヴは帝国軍の幹部とも言える立ち位置だが、基本的には戦闘担当であり、極端に言えば聞かなくても問題はない。そしてメイファは、参謀長専属メイドという立場だが、所詮は一介のメイドでしかない。
機密は漏洩させてはならない。知る人間が多ければ多いほど、漏洩の危険は高まる。軍師エミリオなどは、勿論その事を理解している。であるから、イヴとメイファは本来、この場にいてはならない存在と言えるのだ。
エミリオに呼ばれ、この部屋にウルスラが訪れて、その後にイヴとメイファは入室した。リックに連れられた、専属メイドの少女の姿を目にした時は、ウルスラだけでなくエミリオも、驚きを隠す事ができなかった。
特にエミリオは、この場で話された内容を初めから知っていた。機密という事を理解しているからこそ、何故リックが彼女を連れてきたのか、全く理解できなかったのである。彼が驚いてしまったのも無理はない。
彼が驚いたのを知っているウルスラは、メイファの登場は彼にとっても、全くの予想外のものであったと理解した。この場にウルスラたちを集めさせ、メイファを寝室から連れ出したリックだけが、集めた意味を知っている。
イヴとメイファがここにいる理由。恐らくそれが、リックの言う頼みというものに関係していると、彼女は判断した。
「僕を同行させないって事は、貴族を狙撃する命令とかを与えたいわけじゃないんだよね。リック君、僕をここに呼んだ理由はなに?」
「メイファの親友だから呼んだ。今から話す事は、お前も知る必要がある」
イヴとメイファがこの場に呼ばれた理由。
彼が何を話そうとしているのか、メイファだけは理解している。集まったこの部屋は、一部の者しか知らない部屋。この部屋の存在を知っているのは、彼女一人だけとなってしまった。そのはずだが、リックはこの部屋の存在を知っていた。帝国を支え続けた偉大な老人、宰相マストールがこの世を去る前に、聞かされていたからである。
この部屋は、メイファの忘れられない場所。全てを知るリックが、この部屋を選び、彼女を連れて来たという事は、闇に葬られた帝国の秘密を、ここで明かすつもりなのである。
「リリカ、エミリオ、これから話すのは帝国の闇だ。それでも二人は―――――」
「愚問だねリック」
「リリカ宰相と同意見だよ。私も宰相も、覚悟はできている」
確かに愚問だ。この二人は既に、後戻りの出来ないところまで歩んできた。
リリカはユリーシアに帝国を託され、エミリオはリックに従い続ける。この先、どんな闇が来ようとも、それぞれの心に従い、歩んでいくつもりなのだ。引き返すならば今の内だと、リックは二人に教えておくつもりであったが、その必要は全くなかった。
「わかった。それじゃあメイファ、俺の口から全部話すぞ」
「・・・・・・」
彼女の返事はない。俯き、視線を自分の足元へと移す。
話されようとしている帝国の闇には、このメイド少女が関係している。薄々気が付いていた四人は、自分たちの感が正しかったとわかる。
しかし、一体何故この少女なのか?
元々彼女は、奴隷商人に捕まっていたところを、リックたちに助けられ、帝国へとやって来た。リックは彼女を自身の専属メイドとし、ウルスラは彼女にメイファという名前を付け、今に至る。
メイファという名前を与えられた、この黒髪の少女。過去の事は誰にも語らず、自分の本当の名前すら明かさない。謎多き少女ではあるが、彼女の何がヴァスティナと関係しているのだろうか。
メイファとヴァスティナ。この隠された関係性を知るのは、最早リックのみである。知る者たちは皆、既にこの世にいない。リックだけが知っていて、背負う事になった帝国の闇が、語られようとしている。
皆が知らなければならない時が来たのだ。
「宰相マストールから教えられた話だ。彼が亡くなる前にな」
「マストール宰相が?君に託したという事かい?」
「そうだ。この話はユリーシア・ヴァスティナ陛下が、女王へと即位される以前の話になる」
八年以上前になる。その時はまだ、国王キメルネスが帝国を治めていた。
ユリーシアは女王ではなく、当時は六歳の姫殿下であった。
「メイファ。いや・・・・・・、アンジェリカ」
「・・・・・・」
「それが、メイファちゃんの本当の名前なの・・・・・?」
少女の真の名前。彼女が隠し続けた、大切な本当の名前。
「ユリーシア・ヴァスティナ陛下のたった一人の妹。アンジェリカ・ヴァスティナこそが、彼女の正体だ」
その言葉を聞き、リリカもエミリオもウルスラも、そしてイヴも、少女を凝視してしまう。
何も答えないメイドの少女。本当に彼女が、あのユリーシアの妹だというのか?疑惑の念を持ってしまうリリカたちだが、リックが冗談を言っているわけではないと、当然わかっている。
ならばこれは、事実なのだ。彼女はアンジェリカ・ヴァスティナで、帝国女王ユリーシア・ヴァスティナの妹。信じられないような話だが、信じるしかない。
「メイファちゃんが・・・・・、ユリユリの妹・・・・・・?」
「ありえません・・・・。陛下は妹がいるなどと、一言も仰らなかった・・・・・」
メイド長のウルスラですら知らない、帝国女王の妹の存在。
知らないのも当然だ。ウルスラがメイド長に就任した時、アンジェリカと言う少女はいなかった。
「彼女の存在は秘密だった。アンジェリカの事を知っていたのは、陛下とマストール宰相だけだ」
「そして今では・・・・ご主人様だけです・・・・・・」
沈黙を破り、言葉を口にしたアンジェリカ。
否定をせず、認めたのだ。最早彼女は、一介のメイドではない。
少女は、帝国女王の妹アンジェリカ。帝国王族の一人なのだ。
「私は存在を許されなかった人間・・・・・。姉様と私は・・・違う・・・・」
ユリーシアを姉と呼ぶ姿が、見てはいられない。
アンジェリカは実の姉を亡くした。しかも殺されたのだ。そんな彼女の心境を思うと、心が引き裂かれるようだ。
この世界で彼女は、唯一の肉親を失ってしまった。ユリーシアの死により、彼女が塞ぎ込んでしまった理由は、愛する姉を亡くしてしまったから。そう、永遠に・・・・・・。
「私は父様の・・・・・・、キメルネス王の血を引いています。ですが私は・・・・・・」
「女王ユリーシア・ヴァスティナ陛下の母親。王妃エアリーゼの血を彼女は引いていない」
言葉の続きは、リックの口より語られる。
その言葉が何を意味するのか。この場にいる者たちはすぐに理解できる。
アンジェリカ・ヴァスティナは、王の血を引いていても、王妃の血を引いてはいない。それは、ユリーシアと腹違いの姉妹であるという意味となる。
キメルネス王には、王妃エアリーゼしかいなかった。側室などは存在しない。これはウルスラも知る事実だ。では、彼女は誰の娘なのか。
王妃の血を引いていないという、リックによって語られた衝撃的な事実に、沈黙する事しかできないウルスラたち。普通の少女だと思っていた人物が、実は帝国女王の妹で、しかも出生に謎がある存在だというのだ。
あまりにも衝撃的な話の連続で、特にウルスラとイヴは、頭では話を理解できていても、心の整理ができないでいる。ユリーシアの死に嘆き悲しみ、死の真相を聞いて激情に駆られていた。そこへ今度は、アンジェリカという少女の、隠された真実を聞かされる。
あの夜の事件以来、メイファの親友となったイヴは、どう彼女に言葉をかけてよいかわからない。今まで彼女はたった一人で、この秘密を隠し続け、愛する姉の死に苦しんだ。
イヴは何もできなかった。もっと早く知っていたなら、傍でその苦しみを分かち合えたと、彼は思う。
「陛下はキメルネス王とエアリーゼ王妃の娘だ。だがアンジェリカは、キメルネス王と侍従の間に生まれた娘。王妃が殺したいほど憎んだ、存在を許されなかった妹だ」
今は亡き宰相に託され、必要な時が来たならば、その責を負う。
今がその時だ。だから彼は、この話がアンジェリカの忌まわしき記憶を呼び起こし、彼女を苦しめる事になろうとも、話さなければならない。
でなければ、彼も彼女も、前に進む事が出来ない。
「王妃の愛は深かったらしい。だから、王が側室を持つ事は許さなかった。そんな王妃の重い愛に苦悩していたせいで、当時の侍従長と関係を持った。そうして生まれてしまったのが、腹違いの妹アンジェリカと言うわけだ」
当時の侍従長というのは、今の侍従長に当たるウルスラの事ではない。
キメルネス王とエアリーゼ王妃に仕えていた、当時の侍従たちの長である。王妃は王を深く愛しており、自分以外の女性が近付く事さえも、決して良しとはしなかった。深く重いそんな王妃の愛は、やがて王を苦悩させていく。
宴の席などで、少しでも王が貴族の夫人や娘と話すだけで、王妃の怒りは火山の噴火そのものだった。日頃から政治に苦労が絶えず、精神的にも余裕のなかった王に、王妃の重すぎる愛は苦痛でしかなく、王は既に限界であったのだ。
そんな王を見兼ね、彼の精神的な支えとなったのが、アンジェリカの母親である、侍従長ミリアだった。
流石の王妃も、侍従が王に近付く事は許しており、侍従長ミリアは王の傍で、常日頃苦悩する彼を助け、いつしか彼の精神的支えになっていた。
それがきっかけとなり、キメルネスとミリアはお互いを想い合うようになってしまう。二人は王妃に気付かれぬよう密会し、愛し合った。キメルネスは心の安らぎを彼女に求めてしまったのだ。そんな彼を、ミリアも愛してしまった。
愛し合った二人に、子供が生まれるのはあっと言う間だった。エアリーゼがユリーシアを生んだ後、一年も経たずに、ミリアはアンジェリカを出産したのである。
王を病気的に愛する王妃が、アンジェリカの父がキメルネスだと知れば、間違いなく激怒では済まない。想像もできないような、恐ろしい暴挙に及ぶかも知れない。そう考えた二人は、この事実を隠す事にした。
「王と侍従長ミリアは考えた末に、アンジェリカの正体を隠す事にした。腹違いの妹と言う事実を隠し、誰も知らない間に、ミリアが城の騎士との間に授かった子としたんだ。そしてアンジェリカを、ユリーシアの遊び相手兼、将来の侍従として、自分たちの近くに置いた」
城の騎士と言うのは、偶々訓練中の事故で死んでいた、騎士の名前を利用したに過ぎない。この嘘を王妃は信じ、王の意見もあって、アンジェリカをユリーシアの傍に置く事を許した。
ユリーシアは幼少期、毎日のようにアンジェリカと過ごしていた。二人は仲が良く、どこへ行くにも二人一緒だった。二人にとっては、幸福な毎日。
そして、キメルネスとの間に出来た愛娘の事を、エアリーゼは溺愛していた。愛娘に笑顔を与えてくれる、そんなアンジェリカの事もまた、彼女は気に入っていたのである。
王妃エアリーゼはユリーシアとアンジェリカに優しく、傍から見ればその様子は、姉妹を可愛がる優しき母親と言えた。秘密は隠され続けていたものの、穏やかな時が流れていったのである。
「宰相マストールは真実を知っていた。秘密にはしたものの良心の呵責に耐えきれず、キメルネスは宰相に相談したらしい。宰相は王への忠誠心から、真実を隠すのに協力したそうだ。キメルネスとミリアは、マストール宰相の助けを借りながら、何とか上手くやっていったと言わけだ。とは言っても、嘘って言うのはいつかは気付かれる」
「・・・・・そうですね。知られさえしなければ、幸福な時間はずっと続いていたんです・・・・・・」
アンジェリカの言う通りだ。知られさえしなければ、終わりは訪れなかった。
あの頃の幸福な時間に、終わりは前触れもなくやって来たのである。
「原因は私にはわかりませんが、反王族派の貴族の一人が、私の秘密を知ってしまったのです・・・・・」
現在と同じように、当時も帝国王族を敵視する貴族勢力は存在していた。
アンジェリカの語った貴族も、反王族派勢力の一人であり、勢力内では情報取集を担当していたのである。その貴族は情報を集めていた頃、ミリアの娘の事について、不信感を抱いてしまった。
不信感を抱いた理由は、城へ用事があった時、偶然にもキメルネスとミリアが、二人きりで会話しているのを目撃したからである。何でもない、王と侍従長の会話。誰が見ても、それ以上のものはない。しかしその貴族には、二人がただの王と侍従の関係だと、そう思えなかったのだ。
自分の直感を信じ、調べを進め始めた貴族のその男は、ミリアの娘アンジェリカへと行き着く。死んだ騎士との間に生まれた、侍従長ミリアの娘を調べると、言われている話と食い違う点がいくつもあり、明らかに怪しい存在だった。
そして貴族の男は、調べ尽くした後に結論を出す。男は自分の出した結論を、キメルネス王に聞かせた。
アンジェリカは、ミリアとキメルネスとの間に生まれた、知られてはならない娘であるという、彼の予想は的中していた。問い詰められたキメルネスは否定しきれず、隠してきた秘密を知られてしまう。
王が絶対に隠したいと思う、衝撃的な秘密を知った男は、反王族派の野望ではなく、己の欲望を叶えようとする。この秘密を隠す代わりに、王に様々な条件を呑ませようとしたのである。
これを知った宰相マストールは、秘密を隠すために、貴族の暗殺を決意した。王に対する忠誠心の厚い者を数人集め、密かにその貴族を襲撃させ、暗殺は成功した。口封じは成功したはずだった。
暗殺自体は成功した。しかし男は、自身が狙われている事に気付き、マストールたちに気付かれないよう、先手を打っていた。なんと男は、王妃エアリーゼに助けを求めていたのである。
貴族は暗殺したものの、王妃には知られてしまった。王妃の権力を利用し、自分の身の安全を保障して貰
おうと、貴族の男はエアリーゼに真実を暴露したのである。
暗殺後、全てが解決したかに思われてすぐ、王妃は怒り狂って真相を問い詰めた。問い詰められたのは、
キメルネスとミリアの二人。最早隠す事は出来ないとして、二人は全てを認めてしまう。
それから全てが変わった。王妃エアリーゼは怒りと嫉妬に狂い、精神的な病に侵されてしまう。以前の優
しい母親の姿はそこになく、アンジェリカに対しての態度は酷いものだった。口汚く罵り、愛娘ユリーシア
に近付く事を許さず、酷い時には手を上げる事もあった。
侍従長ミリアに対しても同様で、顔を見るだけで殺意を見せ、王妃とは思えない暴言を吐いた。王妃の逆
鱗に触れたミリアとアンジェリカは、彼女の罵倒や暴力、口にするのも恐ろしい嫌がらせに、毎日耐えるし
かなかった。二人の生活は、地獄の日々と言えただろう。
「貴族が保身のために王妃へ秘密を話し、私と母様は、王妃の怒りに怯えて過ごすしかありませんでした。母様は侍従長としての責任を果たすため、日々仕事に励みながら、毎日のように王妃のもとへ向かい、許しを得るため謝罪していました。ですが・・・・・・」
言葉にする事が出来なかった。物陰から彼女が見てしまった、思い出したくない光景。脳裏にそれが蘇り、話す事が出来ない。
毎日のようにミリアは謝罪の言葉を述べ、その度に、エアリーゼの容赦ない暴力が振るわれたのである。罵倒の言葉を喚き散らしながら、ミリアを何度も何度も激しく叩き、感情のままに怒り狂った。
当時、物陰から偶然、アンジェリカはその光景を見てしまう。まだ幼かった彼女にとって、自分の母親が痛めつけられる様は、辛く耐え難いものであった。
「結局、最後まで許しは貰えなかったらしい。王妃がもっとまともだったなら、この後起こった悲劇を回避できたかもしれない」
アンジェリカの代わりに、リックが話を続ける。
悲劇と聞いて、彼女の表情が青ざめていく。彼が何を話そうとしているのか、理解できてしまったからだ。
わかっていた事だ。全てをマストールから聞かされ、帝国の闇を語るこの男は、自分を利用しようとしている。だからこそ、アンジェリカ自身が聞きたくもない、思い出したくもない過去であろうとも、彼は躊躇わず語る。
「悲劇・・・・・。その話、キメルネス王の事故死と関係しているのかい?」
「察しが良いなリリカ。帝国内では詳しく話されていないが、キメルネスは城内で事故死したと、表向きはそう言われている」
「表向き。なら、裏に隠された真相があるんだね」
キメルネス王の事故死と、幼きユリーシアの即位。
宰相マストールが語ったこの歴史を、リリカは勿論、エミリオやウルスラも知っている。当然、アンジェリカもだ。
王の隠し子。王妃の精神的病。崩壊していく王族の末路が事故死だったなどと、今の話を聞いて、そう納得できるはずがない。
「王は・・・・・・自ら命を絶ちました」
察しの良いリリカの言葉を受け、アンジェリカが答えて見せる。
事故死などではない。キメルネス王は、この城で自殺したのである。
「・・・・・・どういう事かな、アンジェリカ」
鋭い視線を向けたリリカの言葉に、アンジェリカは口を開く。
そして語り出す。その目に焼き付いた、八年前のあの夜の事を・・・・・・。
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